白い空から渦巻く低気圧。
雪になればいいのに、今日も明日も雨が降る。
外が寒いから、廊下なんてもっともっと寒い。じっとなんてしてられないくらい。
それでもひそりと身を隠してジッとしてるのは、バレてはいけないから。


「ずっとかっこいいなって思ってて、」


かっこいい?私なんて、なにコイツすかしやがってって思った。
目つき悪いし、いけ好かない笑い方するし。
自分のことカッコいいとか思ってんじゃねーのって。


「この前の球技大会でサッカーしてるところ見て、すごくかっこよくて」


ああ、たしかにあれは、卑怯だと思った。
普段そんな素振り見せないくせに、なにあの、ハンパないかっこよさ。
あれで落ちた女は多いんだろう。
この子然り。


「悪いけど、俺今付き合うとか、考えてないから」


・・・こないだとおんなじ台詞。
バリエーションのないヤツめ。

それで、目の前の女の子がいなくなった後で、ふぅって重いため息つくんだよね。
そして、





機嫌悪そうな低い声と表情で、後ろに振り返るの。


「はーい」
「いつもいつも、覗き魔かお前は」
「だっておもしろいんだもん」
「何がおもしろいんだよ。悪趣味」


何がって、どう断ろうか考え込んでる顔とか?
困ると頭の後ろがりがりかくとことか、申し訳なさそうな声色とか歯切れの悪さとか。
何度見てもおもしろい。
何度見ても、気分悪い。


「クリスマス近いからみんな必死だね。毎年この時期はさぞかし告白ラッシュなんでしょうなぁ」
「くだらねー」
「んまヒドイっ、クリスマスといえば恋する乙女の3大行事じゃないよ!」
「きょーみねーよ。オマケに25日は練習試合だし」
「うわー、モテ男はいうことちっがーう」


座り込んでたおしりを、冷たい床から離してパタパタスカートをはたく。
冷気漂う静かな放課後の廊下を教室に向かって歩いていくと、弱い夕暮れの日差しがふたつの影を薄く作った。

さすが恋する乙女は、リサーチ力がすさまじい。
人気のない時間帯と場所をよく知ってらっしゃる。
そりゃあ誰だって告白シーンなんて間違っても見られたくないだろう。
フラれたらかっこわるいし。そんなのすぐ噂んなっちゃうし。

それでもこうして、”もしかして”に期待をかけられる根性は、すばらしいと思う。


「好きとか、絶対いえない」
「は?」
「どれだけ力使うだろうね。言おうって決断するだけで全部使い果たしちゃいそう。それから場所考えたり、言うこと考えたり、いろんなパターンの答え想像したり。すごい体力いるなぁ」
「なんだそりゃ」
「アンタもねぇ、そんな女の子の気持ちわかってて断ってんの?」
「はあ?」
「女の子が好きな人にすきってゆーのはすごいことなんだよ!それをアンタ、毎度毎度似たよーな台詞で両断して、何様のつもりっ?」
「なにキレてんだよ」
「・・・」


まったくだ。
誰の味方をして、何に怒ってるんだろう私は。
さっきまでは、真田に群がる女たちに向かって気分悪いとまで思ってたのに。

だって、いわば、同士じゃないか。
これまで真田にすきと言ってきた女の子たちと私は、おんなじ男をすきになった、仲間みたいなものだ。同情だってする。共感だってする。自分のことみたく、痛くもなる。


「べつに。真田があんまりにも簡単にフルから、乙女代表として文句言ってやっただけ」
「ぷ、オトメダイヒョウ?」
「なんだよっ」


すきだとか、思えば思うほど、いえないじゃない。
99パーセントのもしかしてより、1パーセントの恐怖のがでかいんだ。
一歩だって踏み外せない、細い細い橋を渡るようなものだ。
冗談じゃすまない。


「つまり、お前にもいるわけだ」
「なにが?」
「すきとか、絶対いえない相手が」
「・・・」


ぱちくり目を丸める私に向かって、真田があんまり、人ごとみたくにやりと笑うから
体の奥の、ずっとずっと奥のほうで、何かがかっと熱くなった。

誰かが言った。

真田と、いい感じに見えるよ?
絶対真田ものことすきだって。
言ってみりゃいいのに。絶対うまくいくよ。

・・・どこからくるんだ。

その、”絶対”。

私はただ毎日単純に、真田に会えれば喜んで、話が出来れば浮かれて。
その日寝る前に交わした会話全部が頭の中で何回も何回も繰り返されて、遅くまで眠れない日を繰り返すだけの、形のないものを抱いてるだけ。

恋を”恋”だと認めることも出来ない、臆病で、卑屈な、
嫌なことがあっても、「べつに真田なんてすきじゃなかったし」と、傷つくことからひたすら逃げる、きれいなままの心を甘やかすだけの、


「・・・」


すきとか、なんでいえるの。
すきなひと目の前にして、どこから出てくるの、その、言葉と気持ちと、

勇気


「クリスマスかぁ」
「なに」
「たしかに、かんけーないよな。恋人たちの行事は」
「お、さみしーこと言った」
「おーよ。さみしーさみしー女だみょーん」


笑って誤魔化すばかりだ。
だからいつまでも、真田と隣同士を歩いても、それ以上に近づくことはなく、必ずくるいつかの別れに目をそむけるばかりなんだ。

そんな弱々しい自分が、

すきだとか、


「・・・さなだぁ」
「ん?」


ぴたりと足を止めると、私の前でゆっくり真田も足を止めて、振り返る。


「痛いくらい、耳塞いで」
「は?」
「いーから」
「なんだよ」


わけわからん、という顔の真田に、はやくする!と怒鳴り散らして、表情いっぱいにハテナを浮かべる真田は言われたとおりに耳を塞ぐ。もっと、というと、ぎゅうぎゅうと両手いっぱいに力をこめて、これ以上は塞げないと痛そうな顔で言う。


・・・バカなやつ


「・・・誰とも付き合っちゃやだ」


だって誰よりも、私が、私のほうが、


「さなだがすき」


ねぇ、ほんとうだよ。ほんとうなんだよ。
はじめてだよ。伝えたいって思うくらい、好きだと思うのは。
はじめてなんだよ。


今まで心の奥の奥の奥でだけぼんやりしてたものを、
口唇も動かさないくらい小さく、吐き出した。

不思議だ。
しっかり言葉にした途端、心の中で守られてたものが現実世界に落とされた瞬間、
何も疑うことなく、私は真田が好きなんだって、はっきりわかった。


「もーいい?」
「うん」


おーいて。
耳を強く押さえすぎた真田が、ちょっと赤くなった耳をなぜながらまた廊下を歩き出す。
私は恥ずかしくて顔から火が出るくらい赤面して、そんなの隠したくて、少し後ろを歩いた。


「あー・・、そだ」


前を歩く真田がすこし、歩く速度を緩めて振り返りもせず話し出した。
まだ耳をなぜながら。


「クリスマス、ひまなら、見に来ればいーと思う」
「なにを?」
「なにをって、試合」


しあい?

・・・ああ、クリスマスは練習試合だって、さっき言ってたっけ。


「・・・」
「・・・」
「・・・・・・えっ、」


ごしごし、耳をこする真田は、さっきよりずっと耳が赤かった気がする。


「・・・ちょっと。まさか、耳ふさいでなかったの?」
「・・・ふさいだよ」
「じゃあなんで」
「知ってるか?」


目は口よりずっとしゃべるんだぞ。

赤らめた顔で少し振り返りながら、真田は私を見て言った。


「ひ、ひきょーだ!耳ふさげって言ったのに!」
「ふさいでただろっ?」
「ついでに目もつむってろ!」
「それじゃなんのために言ったんだよ、俺に言いたかったんだろっ?」
「おまえなんか好きじゃねーやばぁか!」
「ばぁかって・・」


わたしははずかしくて、はずかしくてはずかしくて、
わんわんと叫びながら目も耳も塞いで、この世から隠れたかった。

ああもう、いやだいやだ!はずかしくて、穴があったら入りたいっ!
せっかくクリスマスなのに、ちっともロマンチックじゃない。
やっぱり私には恋人たちの空気なんて似合わないんだ!


でも、あんなに興味のなかったこの季節が、25日が楽しみで仕方ない私は、

ただ、君に恋してた。















25日の約束事










Happy merry X'mas 2006.
No.8 - Sanada Kazuma write by uran.@D.N.A

 

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