クリスマス・イヴの逆襲




クリスマスなんて俺にはさして関係なく、バイトのシフトは24も25も豪快にまるをくくったからには興味も期待もまるでない。高宮たちはクリスマスを男ばかりで過ごすのは嫌だとナンパに繰り出したし、花道は万が一(億が一?)の奇跡を信じてるし、これはもう、バイトに明け暮れろと言われているようなものだ。

「・・・あれ、サンじゃないすか」
「おつかれー。クリスマスも元気に働くね君は」
「どーしたんすか、クリスマスっすよ今日は。待ちに待ったクリスマス」
「ねー。殴りたくなるからあんまクリスマスクリスマス言わないでねー」

ただでさえクリスマスは休むバイトが多くて、特に夜なんて誰も希望をだしたがらない。女の子は予定がなくても入らないし(クリスマスに予定がなにもないと思われたくないという)、男はかすかな希望を夢見てシフトにばつをふる。(そして結局男ばかりで寂しいクリスマスを過ごすのだ)

この人、さんはそんな多くのバイトたちの先陣を切って11月も後半あたりからすでにクリスマスは入れないと断言していた人だ。彼氏は、この前店に来たが大学生らしかった。そりゃ彼氏持ちなら当たり前にばつをふるだろう。
なのにどうしたことか。ついこの間まで俺ひとりのシフトだったのに(クリスマスの夜って結構人くるんだよなぁ)、来てみればすでにさんは働いていた。クリスマスはデートだと散々言っていたのに。日が近づくにつれ気味悪いくらい笑っていたのに。

「どーしたの、彼氏とクリスマスしなくていーの?」
「君にはさ水戸君、察して放っといてやろうとかいう心遣いはないのかな?」
「大体予想つくから聞いてんすよ」
「ひっど」

俺から目を離し床を見つめるさんは、客から見えないカウンターの奥で小さな椅子の上に小さくなって座り膝を抱えた。先日美容院にいって気合入れて巻いたといっていた髪も新しく買ったと自慢していたチェックのコートも寂しくそこにあり、なんだか気温以上の寒さが感じられる。膝に頬を押し付け明らかに落ち込んでるオーラをかもし出すさんの背中が何かブツブツ言ってる間にレジの前には客が並び始めていて、俺は急ぎ制服を着てレジを打った。

「なんでクリスマスにこんなとこにいるんだろ、ツリー見にいくはずだったのにな」
さーん、おでん足してくださいよ、大根」
「なんでクリスマスにだいこん煮込まなきゃいけないんだろ、イタメシのはずだったのにな」
さん、セッタ切れそーなんで持ってきてくださいよ、キンマルも」
「なんでわざわざ中で買うんだろ、タバコなんて自販で買えばいいのにな。タバコ吸うヤツなんてこの世から消えてなくなればいいのにな」
「あーもーいいよ俺やるからレジ打ってよ」
「こんな日に笑顔なんて振りまきたくねぇよバカヤロウ」

いつもならニコニコと笑顔巻き散らかして接客してるさんも、今日ばっかりは重い影を背負って店の奥へと消えていった。この時間帯なかなか込むのに、その上今日はクリスマスで国民の大半が夜中まで遊びたくるというのに、まるでレジを打ってくれないさんは接客に向かない暗い顔で大根を煮込む。それでも一応仕事をしている自覚はあるようで、少なかったたまごや牛すじも俺が気づく前にぽいぽいと入れていた。

店の中はいつものピークの時間を越えても人が引かず、これからクリスマスを楽しむんだろう若い集団や食事帰りっぽいカップル、こんな日でも働いていたような仕事上がりのサラリーマンでいつまでもにぎわっていた。さすがにレジの前に客が数人並ぶとさんは隣のレジに入り、さっきまでの憂鬱を封じ込めて明るく声を上げる。そんなさんに俺は笑いをかみ殺した。

「なんでかさ、クリスマスの前になると絶対に別れちゃうの。ずっと続いた彼氏でもクリスマス前になると絶対いなくなるの。なんだと思う?これ。なんか呪われてんのかな。しかもあたし来週誕生日なのね?この時期にフラれるってことはクリスマスだけじゃなく誕生日ももれなくひとりなのよ。なんだと思う?これ」
「災難すねぇ」
「あたし災難なのかな」
「いや、不幸かもね」
「あたし不幸なのかな」

ブツブツとダークな独り言を吐き出した後、散々愚痴るとさんは意外と落ち着いた風に話した。楽しみにしていたクリスマス直前にフラれたことはショックだが、俺が知る限り、彼女がいうようにそれは初めてのことではなく、鬱憤を吐き出し落ち着いた今、割りと冷静にこの状況を受け止めているようだ。

「なんでかなぁ。去年はさ、彼氏がすっごく疑り深いってゆーか嫉妬深いってゆーか、とにかく全然あたしのことを信用してくれない人でね、友達と遊びに行くとか言ったら誰だとかどこにいくのとかものすごい聞いてくる人だったの」
「ああ、そりゃ鬱陶しいね」
「そうなの。もうぜんぜん好きじゃなくなっちゃってね、でもクリスマス前だったから別れたくなくて、でもそうしてたら他にいいなーって思う人が出来て、別れよーかなどうしよーかなって思ってたらそのいいなーって思ってた人とちょっといい感じになってきて、だからもういーやって別れたの」
「そいつとは付き合わなかったの?」
「それがさ!その元彼が別れた後もしつこくて、いいなって思ってた人に私のことあることないこと悪口吹き込んだりしたのよ!最悪でしょ?」
「ああ、最悪だね」
「でしょ?でももっと最悪なのがその人がその悪口を全部信じちゃったってことなの!なんで?あたしの言うことよりなんであいつの言うこと信じちゃうわけ?」
「そりゃあ、まだ良く知らないうちならしょうがないってこともあるんじゃない?」
「さいってい」

俺より数時間前からバイトに入ってたさんに休憩を取らせたものの、さんは奥には入らず客からは見えないカウンター裏の床に座り込んで憤慨していた。いつも飲んでるコーヒー牛乳と賞味期限切れのパンを交互に食べながら商品を並べなおしてる俺に聞こえるように大きな声でしゃべる。客がいたらこんなマネはしないだろうが、さんもこのバイトが結構長いからこの時間に客足が途絶えることは分かってる。

「今年はどうしたの?」
「今年はね、ずっと前からクリスマスは約束してたのに、先週になって大学のサークルの集まりがあるから行けなくなったって言ってきたの。怒ったけどさ、しょうがないじゃん。納得したんだよ怒り狂ったけど。でもバイトも休みとっちゃったしひとりで家にいるのも嫌だったから友達と遊びに行くことにしたの。そしたらあいつ、昨日の夜いきなりあれは嘘だったとか言ってきてさ!ビックリさせようとしただけとか言ってきて、でもあたしは約束しちゃってるんじゃん!そんな彼氏が来たからって急に約束ブチったら友達にも悪いじゃん!ハブられちゃうじゃん!だから会えないって言ったの。そしたらもー怒っちゃって怒っちゃって、しまいにゃ俺と友達とどっちが大事なんだとか言うんだよ?そりゃオメー女が言ってナンボの台詞だろーがそもそもお前が余計なサプライズしよーとするから話がややこしくなるんだろ!」
「という具合にケンカになって別れたと」
「・・・ええまさしく」
さん意外と男っぽいからなー」
「は?どこが?」
「フツー女の子なら彼氏優先にしちゃうもんじゃないの」
「そりゃそーだけど、だって女同士のクリスマスにしよーって盛り上がってるときにやっぱ彼氏となんて言えないよ」
「ほら男っぽい」

カウンターの中へ戻っていくと、床に座り込んでるさんは「そーなのかな」と首をかしげて考え込んでいた。それは前々から思っていたことで、俺とさんは学校は違えどこうして同じところでバイトをすることで知り合い、同じ時間に入ることでさんの怒涛のしゃべりに押され時間をかけてだんだん親しくなっていったけど、この人がそんな性格というか性分じゃなけりゃここまで親しく話すようにもならなかったと思うのだ。さんは化粧したりめかしこんだり女な部分を全面に出す割りに、妙に話し方がフランクで内容も女っぽくなくてノリがいい。それはまぁ、俺をそういった対象で見ていないからこそそういった面を見せることが出来るんだろうけど。

「水戸君はさぁ、彼女とか、作らないの?」
「俺?ぜーんぜん。そんな気あったら今ここにいないでしょー」
「だよねぇ。去年もちゃーんと働いてたもんねー」
「えーもーバイトが恋人ですよ」
「うわさみしー。でも水戸君フツーにモテると思うけどな。かっこいいし」

さんは服をはたきながら立ち上がりゴミ箱にぽんとコーヒー牛乳のパックとパンの袋を投げ捨てた。あったかそうに湯気を昇らせるおでんを覗き込んで崩さないように具を入れ替える。その合間に休憩とっていいよとさんが言ったから、俺は少しだけ止まってた思考回路をまた動かして、休憩を貰うことにした。

店の中は暖房がしきりに動いてるおかげで外の寒さなんて微塵も感じない。それでもやっぱり時折思い出したように開く自動ドアが客と共に外の冷気を差し込ませ、俺たちがいるカウンターの中にまで襲ってくる。

今日はクリスマス・イヴだから。
真冬もいいとこな12月24日だから。

「だからね水戸君。君はその気になったらもっといいクリスマスを過ごせる子なんだから、いつまでもバイトと恋なんかしてないで女の子と恋しなさい女の子と」

さんは俺に休憩を取れと言った割りに話題はまだ続いているようで、だから俺も奥には引かずにさんの声が聞こえるカウンターの裏に座り込んだ。クリスマスに夢を馳せるさんは俺にもしきりにクリスマスの予定を聞いてきたりこの手の話をしてくるけど、俺はべつに、バイトにばかり思いを馳せているわけではない。クリスマスはさほど興味はないが、この場所には、恋してるかもしれない。

「俺もけっこう考えて毎年ここにいるんすけどねぇ」
「考えてって何を」
「なんだかんだでさん、毎年クリスマスにはここにいるからね」
「おーいケンカ売ってるのかー」
「ケンカじゃなくて、いちおー告白っぽいものなんすけどね」
「は?」

さんはまるで状況を飲み込んでいない顔で、きょとんと俺を見下げる。
俺はべつに、今日言おうとか、これから告白してしまおうとか思ってたわけじゃ全然ないのだけど、これでももうこの人を想って結構長いから、それを言うことは大きな決心というより、自然な吐露。よくあるシーンのように緊張を抑えて思いを伝え返事を待つというよりも、積もり積もってもう行き場もないほど固まった思いをたかだか言葉にしただけのような。なんだか身勝手で自己中なもののような気もするけど。

「・・・え?」

しばらくの間の後、さんはまだ意味を飲み込めないようで俺に聞き返してきた。少し訝しげな顔で俺を見つめ動かなくなったさんに代わってレジの前の客を隣のレジに呼び会計をする。また自動ドアが思い出して開き、外の冷気と入れ替わりに客が出て行くと、店の中にずっと流れていた曲がやっぱり今日はクリスマス・イヴだということを確認させた。
あの、え?ちょっと、意味がわかんない。
さんはまだ状況を飲み込めず、しまいには頭を抱え出して俺に聞き返す。というか、意味がわからないといってる時点でこの状況は分かってるようなものなのだけど。

「だから平たく言うと」
「や、待って!言わないで!」
「すきだってことなんすけどね」
「わー!バカ!」




クリスマス・イヴの逆襲






「ヤダーバカ!せっかくのイヴにこんなとこで告られたくないー!」
「こんなとこって失礼な。出会いの場なのに」





クリスマス・イヴの逆襲

クリスマス企画2007