の手からいつか解いた答案が返される。だけど自分はそれにさして興味がなく、受け取った後そのまま傍らに置き手元に散らばっている白いパズルのピースをひとつ手に取ってはめた。
「ー、今回は誰が1番だったのー?」
「ニアよ」
「えー、またニアかぁー」
真っ白いだけのパズル。微妙な形の違いを瞬時に見分けて迷いなく当てはめていく。間違いは許されない。いや、ただのパズルだから許されないことなんてないのだけど、でももしあてがってそれがはまらなかったら、自分はもうその続きは出来ない。続ける資格がない。違った、じゃあ別の、なんてことは出来ない。間違えた。その事実だけでこのゲームはもう負け。ひっくり返して、全部のピースをバラバラにし、また最初から。
「ニア、答案見せてよ」
「どうぞ」
「すごいなー、何回連続?あ、ここってなんでこうなるの?」
周りに人が寄ってくる。自分の周り?違う。完璧な答案の周りにだ。
・・・ただひとり、絶対に寄ってこない人間がいる。
私に背を向けて、自分の答案を握り締め、小さく肩を震わせて。感情的な彼は背を向けていてもその思念は伝わってくる。それは痛く突き刺さるものなのだろうけど、私に受け止める気がないからそれは刺さらない。私も彼からそっと視を外した。
「メロ」
名を呼ばれて、メロは強く答案用紙を握っていた手の力を少し抜く。
「前回よりいい点数よ、がんばったわね」
「・・・」
「答え合わせするから座って」
「・・・ああ」
ぽん、とやさしく背についた手は、メロの冷たい細い体を芯まであたためて、怒りの震えを落ち着かせてメロの体を椅子の上へと導いた。
「さぁみんなも席について。答え合わせするわよ」
「はーい」
席を立ち騒がしかった各々がパズルのピースのようにあるべき場所へと納まっていく。私はまたひとつパズルのピースを手に取り、当てはめ、次のピースに目を配る。ひとつひとつ、問いに対する正しい答えが披露されていく。誰かが判らなかった問題は、判った誰かが答えを述べて、それについての議論が繰り返されて。
「3枚目の問題はメロがよく出来てたわね。メロ、説明してちょうだい」
「・・・」
「メロ?」
「ニアのほうが完璧に出来てるだろ」
メロが吐き捨てるように言うと、周囲の目は私に移り変わる。だけとは一番後ろの席でそっぽ向いているメロをじっと見て、やれやれ、というように軽い息をつく。
「じゃあニア、答えてくれる?」
メロから視線を外してが言う。私は持っていたパズルの、最後のピースの形を指でなぞりながら、答案も見ずに3枚目の問いと答えを思い出しながら回答を口にした。この6枚つづりの問題用紙の中で1番時間のかかった問いだ。問題も答えもよく覚えている。
やっぱり後ろから突き刺さるような視線が始終放たれていたけど、前から降り注ぐ柔らかい視線がそれを中和していた。
答えを読み上げる途中、ずっと手の中で最後のピースを転がしていた。答えながらでもピースを探すことは出来る。パズルを完成させることは出来る。でも最後のひとつははめず、ずっと指先で形をなぞっていた。
ガタンッ・・
答えを読み上げ、もう終わろうとしたときに、突然後ろから椅子を押す音がして皆の視線がまた後ろに集まった。パタパタと早い足音が部屋を出て行くとバタン!と力任せにドアが閉められる。メロが部屋を出て行った。
「気にしないで、ニア、続けていいわよ」
の声で後ろのドアに張り付いていた皆の視線が前へ、私の平然と続けられる回答で皆の意識が答案へ戻った。
「素晴らしいわニア、完璧よ。じゃあ次ね」
時計の針がカチカチと問題なく進むように、授業は進んでいく。問題が読み上げられて、誰かが答えて、絡まった糸を解くように丁寧に。
私の指の中で最後のピースは、いつまでもそこにあった。
間違えたわけじゃない。当てはまらないわけじゃない。
でもずっと最後のピースは、私の手中から落ちなかった。
その後昼食がとられ、自由時間になり各々が各々の時間を過ごす。外を走り回ったり部屋を行き来したり、笑い声と泣き声が入り混じった騒がしさがハウスを包む、いつもの時間。
「問題を読んで答えを書くのは簡単なのよ。貴方ほど教科書を読み込んでいるならなおさらね。判らなかったわけじゃないでしょう?貴方の答えは間違ってはいなかったわ」
周囲の騒がしさがまるで嘘のように、そこだけ、不思議な世界が広がっていた。ピンと張り詰めているのに柔らかい、静寂なのに温かい。思わず目を閉じてしまいそうな長閑さで包み込まれるような。
「でも間違ってないことと正しいことは違うのよ。似てるようで違うの。貴方は決して間違ってるわけじゃないけど、どうしても目先のものでいっぱいになってしまう」
「・・・だからやっぱり、正しいのはニアだって言いたいんだろ」
「間違わないで。貴方は結果を求めすぎるの。もう少しゆっくり進みなさい。ニアと貴方は違うんだから、進む速さも違うわ」
「ニアのほうが年下だぞっ?ここにきたのだって特別プログラムを受けたのだって俺のほうが先なのにっ」
本に囲まれたメロの勉強部屋で、積み重なった問題集の向こう側で、癇癪を起こすメロの掠れた声が響く。そっと肩を抱くの胸の中でうずくまるメロは唸るように口唇を噛み締めて、震える体をどこまでも小さくして。
大丈夫よメロ。メロは出来る子だから。急がないで。
強く柔らかく抱く腕の中。
あたたかい声は頭の中へ胸の中へ浸透していって。
だいじょうぶ。だいじょうぶ。
あいしているとささやくように。
「・・・」
それは細い、ドアの隙間の向こう側。
遠い絵本の世界のような。
「あらニア、どうしたの?」
部屋から出てきたは私に目を留め笑いかける。めずらしいわね、と、何もせずに立ち尽くしている私を覗き込むように。
私の手にはまだ、パズルのピースが握られたまま。
最後のピースをはめなければパズルは完成しないのに。
ゲームは勝たなければ価値はないのに。
「今日のテストも素晴らしかったわね。次もその調子でね」
「・・・」
にこりと微笑むは皆を褒める顔と同じ顔。
メロを褒めるような、嗜めるような、慰めるような、顔は、これじゃない。
完璧じゃなければ、あの顔を見せてくれるんですか。
正しくなければ、気にかけてくれるんですか。
間違っていれば、その腕を延ばしてくれるんですか。
「メロのことは気にしないでね。あの子は、すぐに自分でいっぱいになってしまうから」
間違うって、どういうことですか。
正しくないことは、どうすれば出来るのですか。
完璧じゃなければ、貴方は私を見るのですか。
じゃあね、と歩いていくの背中をそっと覗きながら、開きかけた口を震わせ、何か言おうと喉は鳴るのだけど
「・・・」
言葉は生まれず、この口は意味を失い、何も求められないまま。
握られた手が開き、掌から最後のピースがぽとりと落ちた。
負け、なんてまさか願わないけど、何故か今は、
最後のピースをはめられないでいる。
クリスマス企画2007