みせかけのメリークリスマス




日が傾いてあたりだした雨は、気温の低下をさらに色濃くさせて襲い掛かる。
それでも隣にふわり居つく温かさのおかげで、いつだって、寒さなんて感じなかった。ホラ、って風上に立つときも。しょうがないなって手を繋ぐときも。バァカって乱れた髪を直してくれるときも。

「あかんおらん!どこ行きよった!?」
「わかんねーよ、でもあのカッコじゃカゼひくどころか死ぬぞあいつ!」

翼はいつだってそこにいた。私の沈みやすい心をいつも上手に見つけ出しては時に強く時に優しく、眩しすぎて直視できないほどの笑顔を乗せて、手を差し伸べてくれる。それが翼だった。翼がそう私の手を引いてくれるから、私たち、どこにいても、どんなに離れても、大丈夫って信じられた。

「あいつの行きそうなとこってどこだよ!」
「・・・そういやあいつ、クリスマスに翼と約束してるとか言ってなかったっけ」
「ああ!どっかのイルミネーション見にいくとかなんとか、どこだっけ!」

でも本当は、不安は消えることはなくて、翼がどんなに大丈夫だって言ってくれても、どんなに好きと言ってくれても、翼が目の前にいなきゃ、翼を傍に感じていられなきゃ、不安で、怖くて、寂しくて。

ずっとそばにいる

ねぇ翼、あの言葉は、うそじゃないよね。
翼は本当にそう言ってくれたよね。
翼はちゃんと、いるんだよね。

ねぇ翼、お願い、今すぐ私の傍にきて―

「・・・っくしゅ」

見上げた時計は真っ暗な空の中で光り輝いてカチカチと動いていた。世界は赤と緑に彩られ、街路樹も街灯もライトアップされて眩しくて、人々は傘を差しながら寄り添って歩いて幸せそうで。

雨の雫を髪に乗せるは大きな時計台を前に足を止め、カチカチと震える口と手を温めることも無く見上げた。街を歩く人たちは不審な目でを見やって過ぎていく。病院の中にいたままの薄着の服はこの季節の雨の夜には誰が見ても場違いで、下がる一方の温度が容赦なく体温を奪っては体の至るところに警告するように痺れと痛みをもたらせる。

1年前は、この多くの人たちと同じように、ふたり並んでこの道を歩いた。光のアーチをくぐりながら目の前の大きな時計台を目指して、どんなに厚着したって襲い来る寒さの中、それでもあたたかくこの道を歩いていた。ずっと一緒にと思いを込めて、来年も来ようと約束した。

大勢の人たちが通り過ぎていく。その一人ひとりを見るように目を配るけど、どこにも翼はいない。心の中で何度も何度もその名を呼ぶけど、あの笑顔を、見つけられない。

「翼・・」

翼を捜して右へ左へ、冷たい風が吹きすさぶ中、ただそれだけを求めて歩き回った。寒さが体を蝕んで、頭をガンガンと響かせて、あの言葉が反響する。

つばさはしんだ

それでも求め捜した。
翼ならきっと、来てくれる。どこかで捜してくれている。

「翼・・・」

それでも夜は更けていく。もう感覚もない手足がふと止まると立ち尽くし、行き場の無い心と体は誰の目にも触れないような道の端で小さくうずくまった。

時計の針は止まらない。
道行く人たちは入れ替わり立ち替わり、次第に少なくなっていく。
ガチガチと骨から震えてる体も、意味を見失って、次第にその動きを止める。

つばさはしんだ

・・・ほんとは、わかっていた。もう、どこにも翼はいないこと。
判っていて、目の前の翼は本物ではないと判っていて、でもだからってそれを消すことは出来なかった。その翼を消してしまったら、もう、一生翼には会えない。そんなことになるくらいならいっそ、このまま、夢の中で生きていたかった。

こんな冷たい世界で、羽も無く生きていくくらいなら、いっそ・・・

「おねがい、一緒に連れて行って、翼・・・」

大きな時計台がボーンと鐘の音を鳴らす。
てっぺんをさす2本の針がクリスマスの終焉を繰り返す。

お願い翼、わたしも一緒に・・・

「バァカ」

「・・・」

ふわり、肩に温かくて柔らかいものを感じて、ふと目を開ける。
凍りついた頭を少しずつ起こし、ぼやけた視界で見えたものを見上げた。

「ったく、こんなカッコで何考えてんの」
「・・・ばさ・・・」
「もーすぐ受験だろ、カゼひいたらどうするんだよ」
「つばさ・・・、翼、」

目の前に、確かにその姿があった。手を伸ばしたら確かにその体に触れることが出来た。

「なんて、俺が待たせたんだよな。ごめん」

翼の目が自分を映す。翼の手が頬を覆う。翼の匂いがふわり届く。
今までの暗さが嘘のように、寒さも冷たさも嘘のように。

「ごめんな、約束守れなくてごめん。一緒にここに来ることも、ずっと一緒にいることも出来なくなって、ごめん」

それはまるで、ずっと隣に居た頃のように
翼がいた頃のように

「・・・ううん、だいじょうぶ」

ぽつり落ちた涙が全身の氷を溶かすように、手に感覚を戻させて、心に振動を戻させて、体に温度を戻させて、

「ちゃんと、来てくれたから、・・・だいじょうぶ・・・」

大丈夫。
冷たくても痛くても、寂しくても空しくても、もう大丈夫。
悲しい笑顔でも、また翼が笑ってくれたから、もう

「ずっとすきだよ、翼・・・」

これが最後でも、ちゃんとその腕の強さと胸の温かさを感じられたから、もう、きっと大丈夫。

12時の鐘が消えていく。
魔法が解けるようにあたりはシンと静まり返って、冷たい風が道を流れて、光は天に召されていく。

!」

かじかんだ耳で捉えた声のほうを見上げると、直樹たちがを見つけ走り寄ってくる。この寒い中汗を滲ませて、真っ白な息で体を弾ませて、どれだけ走り回ったことだろう。

「アホお前!こんなカッコでも・・、あほんだら!」
「心配させんじゃねーよバカ!」

真っ先にナオキが駆けつけて、五助がコートを脱いで被せて、柾輝が深いため息をついて携帯を取り出して、六助が大丈夫かと大騒ぎして。

翼が大事にしていたもの。守りたかったもの。

「とにかくどっかあったかいとこ、」
「大丈夫・・」
「え?」

その体はこの冷たい世界の中で、ちっとも温度を下げていない。
冷たい雨が当たる中、それでも髪は濡れずに手足は震えずに頬には赤みがさして。

「ずっと翼がいたの」
「・・・」
「でももう、会えなくなっちゃった。でもね、翼、言ってくれたから」

ごめんと、さよならと。

「もう大丈夫・・・」

だいじょうぶ。だいじょうぶ。
そう信じて、強く願って、毀れ続ける涙の上で、笑った。

ごめんね翼。いつまでも心配ばかりさせて、ごめん。
ありがとう。いつも大事にしてくれて、想ってくれて、ありがとう。

「あ、雪!」
「ホンマや」

だいすきだよ、翼。
ぜったいに、ずっと、だいすき。

「メリークリスマス翼!」
「メリークリスマース!!」

メリークリスマス。

俺も、ずっと好きだよ、