さぁ、決着をつけようか




「待てー!お前は完全に包囲されているー!」
「いーやー!」


バタバタとふたつの足音が寒い廊下の静寂を打ち破る。つるつる滑る廊下では存分に力を発揮することもできず、その上後ろから追いかけてくるのは万年外を走り回ってる体力バカの結人だから背中の距離はどんどんと縮まっていくばかりだ。走りにくいスリッパを脱いでしまえばと思うけど、この時期にはだしで廊下を走るなんて結人以上のバカだし。


「だっから逃げんじゃねーよ!休み時間終っちゃうだろー!?」
「ゆーとが諦めればいーんでしょー!」
「男は諦めちゃいけない生き物なんだよ!」
「ぜんっぜんかっこよくないから!」


お互い叫びながら廊下の突き当りまで走りぬけ階段を駆け下りていく。後ろを振り返りながら迫ってくる結人から逃げて逃げて、そんな私を捕まえようと結人はしつこく追いかける追いかける。
でも悲しいことに私と結人の体力レベルが同じなはずが無い。階段を下りきってまた走るけどもうフラフラで足がもつれ出し、後ろの結人はそれをチャンスと言わんばかりに階段を3段ほど飛び降りて私の背中をがしっと掴んだ。


「へっへ、つっかまえたぞこのやろ!諦めろ!」
「は、はなせっ!」
「諦めろ、この俺様の黄金の足からは何人たりとも逃げられないのだ!」


制服の後ろ襟を掴み上げられて、私は上がった息を抑えてながらじたばたと暴れ文句を言おうとするけど、もうそれどころじゃないほどに心臓が苦しくて口を開きながら咳き込んだ。肩を大きく上下させて胸を押さえてごほごほ言う私を、おいおい大丈夫かぁなんて心配してる素振りを見せて、でも結人は絶対に後ろ襟を離しはしない。


「いーか?お前の足が遅いのもいつまでも片思いなのも、お前が叶う努力をしないせいだ」
「足遅いのは、関係ないでしょ!」
「何事にも努力と行動が大事だっつってんの。俺を見ろ、日々の努力と練習の甲斐あって今度の代表入りも確実だっつーの」
「・・・へぇ、すごいね」
「だろ?もっと褒め称えていーぞ」


はっはっはと高笑いして調子に乗る結人から、隙を見計らってはしつこく逃げようとするのだけど、今度は襟どころかがっしりと腕を捕まえらて完全に捉えられてしまった。高笑いしていてもそういうとこ抜け目ない結人は、単純な作りに見せかけておいて実は相当狡猾だ。


「だからお前もな、いつまでも逃げ回ってばっかいないでいい加減次の一歩を見せろって言ってんだよ」
「逃げてなんかないもん。私は今のままでいいんだもん」
「バッカおまえ、レンアイなんて付き合ってナンボでしょーが。いつまでも片思いじゃ時間の無駄だっつーの」


人の気も知らないでさらっと簡単に言ってのける結人にムッとした私は、掴まれている結人の手を振り払ってやった。

何故私たちが貴重な休み時間にこんな無意味な体力の削り合いすることになったのか。事の発端は、おいかけっこが始まるまでの私たちの会話にあった。
結人が私の隣で唐突に「今年ももーすぐクリスマスだなぁ」と話を振ってきて、私のクリスマスの予定を聞いてきたから、私は友達とケーキを食べると予定されている約束事をそのままに話したんだ。そうしたら結人が丸い目をさらに丸くして、おまえ、好きなヤツがいるクセにこの1年で一番盛り上がる聖なる夜をそんなことに使うのか!と大声で言ってきたのだ。(バカ結人。もうクラス中の恥だ私は)

私は、1年生のときからずっと想いと時間をかけてきた人がいる。
1こ上の先輩だからこの冬が終われば卒業。そうなれば永遠にさよならの人。


「だからな、当たって砕けろでいーんだよ。何にもしないでサヨナラなんて思い出にもなんねーって」
「結人はそういうことがすぐ出来るからそんな簡単に言うんだよ。そんなの出来ないの!しなくていいの!」
「だってもったいねーだろせっかく好きになったのにさー。もしうまくいってみ?クリスマス一緒にツリーとか見に行けるんだぞ?年明けたら一緒に初詣とか行けるんだぞ?バレンタインに堂々とチョコ渡せるんだぞ?たーのしいぞー?」
「そんなの期待してないもん。見てるだけで十分なんだもん。結人は楽しみたいだけでしょ、私で遊ばないで!」


ぴしゃりと言い放って、フンと階段を上がっていった。後ろから結人は頑固者ーと足音をペタペタ、履き古したスリッパを滑らせながらついてくる。


「べつに遊び気分で言ってんじゃないって。自分で区切りつけないと、今のままじゃセンパイが卒業したってずっと引きずるぞ?」
「いーじゃない。私は一生センパイを好きでいるんだもん」
「なに一途気取ってんだよ。そりゃただのバァカだよ」


私はまたムカッときて振り返り拳を握ると、結人はさっと防御の体勢をとった。でも私の拳は振り下ろされることは無く、だって私は握った拳よりも目と喉に力を込めないと泣いてしまいそうだったから、でもそれを結人に見られたくないからまたすぐに前を向き歩き出した。


「結人にはわからないの。告白なんかしたって絶対にうまくなんていかない。分かるんだもん、センパイは私のことなんて気にもしてないもん」
「だから気にしてもらうために告るんだろ?すきって言われたら誰だって悪い気はしないし気にもなるじゃん」
「いや。気まずくなんてなりたくない」
「どーせもう卒業じゃん。気まずくなったっていーじゃん」
「結人にはわかんないの!勝手なことばっか言わないで!」


頑なに気持ちを変えない私にいい加減愛想を尽かしたのか、後ろからはぁーあと大きなため息が聞こえた。なによ、私の恋がどうなろうと結人には関係ないじゃない。そもそも結人が私の恋を知ってること事態おかしいんだ。だから私はいつどこから漏れてしまうかもしれない怖さを拭えないでいるのに、結人はいつも面白がって私に構ってくるんだ。


「だいたいなー、俺にはわかんないわかんないって、おまえは俺のなに知ってるんだっつーの」
「私こないだ見たもん。結人が2組の子に告白されてたの」
「んあ?見てたぁ?」
「結人ごめんなって笑って断ってたじゃん。あの子がどんな思いで告白してきたのかも全然考えないでさ、調子ばっかりよくって、あの子がかわいそう。結人は女の子のそういうものをただ面白がってるだけなんだよ。最低!」
「あれは、俺なりに気ぃ使ったんだよ。重いまま別れるより気軽になっといたほーがいいじゃん。実際俺あいつと今でも普通に話できるし。お前だって告白してもしダメでも後味悪くないほうがいいだろ?」
「そりゃ、そうだけど」
「お前はただ傷つきたくないだけなんだよ。失敗したくないだけなの。一回くらい転んでみろってお前の大好きなaikoさまも言ってるだろ?」


パタパタパタパタ。黙りこくった私のせいで結人も言葉を発さなくなって、寒い廊下にいつもより少し早い足音だけが重なった。


「なんで結人は、そんなに私に告白勧めるの?」
「そりゃー、今年の垢は今年のうちに落としといたほーがすっきりするじゃん。クリスマスに大掃除しとけば新しー気持ちで新年を迎えられるってもんだよ。それでうまくいったら儲けもんじゃん」
「・・・」
「がんばってみろよー、ぜったい後悔しないから。空き缶拾っちゃう地球にやさしい人は女の子だって傷つけない」
「うるさいなっ」


そう、今度は振りかざした拳を本当に結人のおなかにボスッと食らわした。
前に結人が聞いてきたことがあった。あいつのどこがそんなに好きなの?って。そりゃ学校中から存在を知られてるような目立つ結人には分からないだろうけど、ひっそりと目立たないあの人に気づけた自分が私は好きだ。そりゃ、結人が言うように、ただ空き缶を拾ってるところを見ただけなんだけど、ほんと簡単で単純な理由なんだけど、私にとってあのときの光景は、深く心に焼きついたものだった。ただそれだけで、あの人をとても尊敬したし、愛しいと思った。


「冗談じゃなくてさ、ほんと勿体無いって。がんばってみろよ
「・・・」
「大丈夫、お前にはこのラッキーボーイ結人君がついているからさ。お前俺のラッキーっぷりをナメるなよ?俺は過去一度もおみくじで大吉以外引いたことないんだからな。ダメだったら俺がケーキのひとつやふたつゴチってやるからさ」
「・・・ダメだったらなんていわないでよ」
「お、てことはがんばる気になったかな?」


ばんばんと結人が痛く背中を叩いてきて、痛い!と叫んで振り返ると結人は、窓の外の冬の薄い太陽光を背負って、それ以上に大きく眩しく笑っていた。

結人の笑顔には、本当に人を勇気付ける力がある。それは結人自身がラッキーなんてものじゃくくれないほど、そんな言葉だけでくくっちゃいけないほど、本当はいろいろ努力してる人で、でもそうは見せないところが結人は本当にすごいんだ。なんでも軽く飛び越えてるように見えて、今年もちゃんと代表に選ばれているのだから、絶対に努力をしていないはずがないのに。
結人は、がんばれば実るということを知っている人。だからそれを私にも分からせようとしてくれているのは、とてもよく分かるんだ。私はただ、怖がって逃げ回っているばかりの、臆病者だから。


「・・・出来るかはまだ、わからないけど、結人の言ってくれることはすごくわかるよ。ただ傷つくのが嫌なだけっていうのも、わかってる」
「うん」
「でも、私だって、言ってみたらどうなるかなとか、言ってみようかなっていう思いは、やっぱりあって・・・。時々、もうぽろって出ちゃいそうになるときあるし」
「おまえ、そりゃもう相当好きなんじゃん。もー言っちゃえって」
「それはまだすぐには決められないけど、・・・考えてみる」
「おう、がんばれ」


今度はぽんと軽く、大きな手で背中を押した結人の励ましに、うんと頷いて、振り返って絶対眩しい笑顔をしてるんだろう結人を見上げた。結人は思った通りの力強い笑顔を持っていて、私はそれにつられてふと笑い前を向き歩いた。


「すごいね、結人が大丈夫って言うと大丈夫な気がしてくる」
「ははっ」


人の少ない冷たい廊下に結人の笑い声はすんと遠くまで響く。きっと結人の笑顔は冬の弱い太陽よりずっと強くて、結人の言葉はびゅうびゅうと吹き付ける風にも負けない力がある。大丈夫、がんばれ、大丈夫。そう私を励まして、背中を押してくれる。

教室まで戻ってくるとちょうど授業開始を知らせるチャイムが鳴った。無駄に体力を消耗してしまったおかげで、絶対に結人は次の数学は寝て過ごすだろう、大きなあくびをしながら窓辺の席へと歩いていった。


「ゆーと」


まだ小さなざわめきが漂う教室で、そっと呼んだ私の声を結人は上手に聞き取って顔を上げた。んー?とまた、大きな笑顔を見せる。


「ありがと」


その声はほんと、周りに混ざって聞こえないくらい、冬の強い風に飛ばされそうなくらい小さな声で、教室の中に泳いだ。でもやっぱり結人は深く大きく笑って、ビッと親指を立てた。

かたんと静かに椅子に座って、私はいつもより少しだけ早いテンポの心臓の音を聞いた。走り回ったせいと、怒鳴ってしまったせいと、結人に心の中の声を曝け出されてしまったせいで、私はこんな冬に似つかわしくなくぽっと体温を上げていた。

ドキドキ、ドキドキ、胸はなる。
結人の大きな笑顔と励ましに、初めて一歩を踏み出してみようかなと心が惑わされている。誰だって本当は自分の心に素直でいたい。新しい世界を見てみたい。あたたかい光の中に立ってみたい。特別になりたい。

1度くらい、転んでみよう。恥ずかしいなんていっていたら何も出来ない。

そう教えてくれた結人を信じて、心にパワーを送るんだ。




さぁ、決着をつけようか

クリスマス企画2007作品