ぶぇっくしょいっ!
豪快にくしゃみが飛び出て、染みこむ寒さで骨からぶるっと震えたから体を揺すった。いつもならくしゃみの後にてやんでぃちきしょうとか言って誰かの笑いを誘うんだけど、ここには誰もいないからそれもただサミシイだけで終わった。たぶんあいつだったら、眉ひそめオヤジくさいなーと文句言った後で笑うんだろうけど、あいつは今、俺の目の前にあるガラス窓の、下にいるから、文句も言わないし笑いもしない。
は今、一世一代の大舞台に立っているつもりなのだろう。あんなガチガチになって、ロボットみたいだぞ。後ろの木、すげぇ揺れてる。相当風が強いみたいだ。カゼひいちまう前にさっさと終わらせてこっち戻ってこいよ。
・・・なんて、けしかけたのは俺なんだけどさ。
あの休み時間の後も、数学の授業の後もはずっと何か考え込んでいた。多分俺があんなこと言ったせいで言おうか言うまいか、言うとしたらばなんと言おうかと頭を悩ませていたんだろう。うんうん唸ってる姿は可愛くも見えたけど、それは俺のせいであっても俺のためじゃないから、やっぱり面白くはなかった。
「あー、俺もバカだなぁ。うまくいっちゃったらどーすんだよ」
なにが、レンアイは付き合ってナンボだ。なにが、片思いなんて時間の無駄だ。
よく言えたもんだ。それは今まで、ひたすら自分に言ってきた言葉だったはずなのに、なんでそれをあいつに言ってるんだ、俺は。
はぁーあ、と毀れたため息は思った以上に大きくて耳に残った。告白しろとけしかけておいて、がんばれなんて言っておいて、でも心ん中じゃ実るなと祈って、早く帰ってこいと窓の外にいるあいつを見つめてる。自分が何をしたいのかぜんぜん分からない。
2階の教室から見下ろせる校庭では、木から散った葉っぱが風に吹かれてせわしなく転がって、それだけが時間の動きを見せていた。と、向かい合ってるあの人はさっきからずっと動かないまま、ずっと向き合って立ったまま。ああでも、の手が落ち着かない様子で動いている。きっとものすごくテンパってるんだろう。
おかしなことに、うまくいくなと思いつつも、ちゃんと気持ち言えてんのかなと心配になってる自分もいる。だって、あいつがあの人のことをほんとに想ってるのは、もう嫌というほど分かっているから、俺はあいつが好きだけど、あいつがあの人を想うのをやめさせて振り向かせたいわけじゃなくて、あいつのあの人への思いにちゃんと終止符が打たれて、あいつの中でちゃんと決着がついてから、ちゃんと俺を見て欲しいと、思ったんだ。
「らしくねーねぁー」
ほんと、らしくない。俺ってこんなオクビョウモノだったっけ?俺ってこんな奥手なヤツだったっけ?昔は瞬間的に誰かを好きになって、そしたら一目散に向かっていって、是が非でも自分のものにしようと前進あるのみだったのに。俺ってそんな男らしくてカッコいいヤツだったのに、いつの間にこんな、大人になっちゃったのかなぁ。
大人とは違うか。むしろ退化か。
・・・話が長いな。もう一体何分向かい合ってんだあの二人は。
こんなクリスマス直前に告られたら、特に好きなヤツじゃなくても付き合っちゃうかもな。あの二人だってまったくの他人なわけじゃないし、そもそもがあんな真剣に必死なって想いを伝えてるんだから、俺ならコロッと好きになっちゃうよ。(あ、もう手遅れだった)
「お、」
吹き付ける風にあおられての髪が舞う。少し乱れた頭が深く下げられて、向かい合ってるあの人も小さく頭を下げて、風が吹く方向へあの人はひとり歩いていった。
「・・・」
決着がついたな。立ち尽くしてが動かない。どう見たってあれは、ダメだっただろう。付き合うことになったふたりがまさかその瞬間から別々に帰ったりしないだろうし。
の恋が終わった。恋には始まりも終わりもないと誰かが言ってたけど、の恋は確かに知らぬ間に生まれ、そっと動き出して彷徨うように進んで、あるひとつの答えの元にたどり着いたんだ。
の垂れ下がっていた腕が持ち上げられて、見えない頭の向こう側の涙を拭いた。静かに始まって静かに息づいていたそれを、俺が後ろから押し出して急速にスピードを上げさせ決着をつけさせたんだ。
きっと、いや絶対に、今は泣いている。
ほんとうに、たしかにそこにあったものが無くなって、絶望の淵から転げ落ちようとしてる。俺は机の上のコートを掴んで教室を出て、誰も居ない廊下を走っていった。今日と走った階段をあのときよりずっと早く駆け下りて、下駄箱を靴も履き替えずに飛び出して校庭へ走った。
校舎を曲がろうとした瞬間、向かいから歩いてきた人とぶつかりそうになって驚いて足を止めた。すいませんと謝りかけたその時に見たその顔は、さっきまでと向かい合っていたあの人で、その人は静かに小さく頭を下げると俺の横をすっと通り過ぎていった。
静かな空気の人だった。人を見る目が優しくて、持っている雰囲気は柔らかくて、あまり多くの人の目には留まらなさそうな些細な人。でもはこの人を見つけて、見つめ続けて、どんどん好きになっていったんだ。
俺とは全然違う人。どっちかっていうと、英士みたいなタイプかな。
が好きになったのはこんな人。俺とは全然違う人。
「・・・」
なんだか走る気力も失って、風が向かう方向へ静かに歩いていった。風が冷たくて刺さりそうで、ろくに目も開けてられないくらいに強い。開けた視界の先では冬の寂しい木々から葉っぱが舞い散って落ちて、かさかさ乾いた音をたてている。
そんな冬の景色の中にまったく邪魔にならないようにはいた。立ち尽くしていた場所から少し離れて、校舎の脇にまるでこの世に存在してない程小さくなってしゃがみこんで、俯いて風にあおられてる。
きっと、いや絶対に、泣いてる。
「」
上手く出ない俺の声が、それでもちゃんとにまで届いて、の髪が揺れてまた静止した。風に揺れる髪の下で、すんと冷たい空気を吸い込んで、はぁと白い息を生んで、ゆっくりは顔を上げる。
「ゆうと」
顔を見せたは笑って俺を見上げた。
ぜんぜん涙なんてない。睫も濡れてない。ちょっと鼻が赤いくらいで。
「待っててくれたの?もしかして見てた?」
「うん」
「やだなぁ、恥ずかしいじゃん」
乱れた髪を撫ぜながらは張りの無い声を出して力の無い笑顔を漂わす。泣きたい気持ちを俺の前じゃ出せないのか。俺の前で、カッコ悪いとこや恥ずかしいとこを見せたくないのか。そんなの、俺ってどんだけ遠い位置にいるってことだろう。
「ダメだった。ごめんね結人」
「なんで俺に謝るんだよ」
「だって、なんか結人のラッキー下げちゃったみたいじゃん」
「・・・」
バカ。俺のラッキーなんて、お前のこの行動になんの役もかってないんだよ。
お前はちゃんと自分で決断して、ちゃんと自分の意思で行動して、ちゃんとお前の言葉で溜め続けた想いを吐き出したんだろ?
「ああ、お前はなんも悪くないからな。俺のラッキーが足りなかっただけ」
ばさり、抱えてたコートをの上から被せて、消えてきそうに震えてた肩を温める。
もうこれ以上、の心が冷えてしまいませんように。
「ごめんな、今度はもっとラッキー溜めとくからさ」
「・・・はは、」
が俺を見上げるのをやめてその表情は見えなくなったけど、ギリギリ見える口じゃまだ笑ってて。
俺ずっと、こいつが笑ってる顔が好きだって思ってた。
が笑ってるとこっちまで幸せになるっていうか、とにかくどんなときでも元気になれて、だから俺はいつもをどうにかして笑わせてやろうとしてて、
だから、笑って欲しくないなんて思うのは、初めてだ。
俺はの前から動き出して、の隣に立って校舎の壁に座り込んだ。冬の影はハンパなく寒いから上着も着てない俺は凍えそうで、容赦なく吹き込む風に殺されそうだ。
「結人、寒くないの」
「うん」
「寒いでしょ、いいよこれ、着なよ」
「んーん」
「結人、」
言い続けるに腕を伸ばして、が羽織ってるコートのフードをに被せた。
もう俺なんて無視していいから。
俺が隣にいること忘れていいから。
「ちょっと、なにすんの、結人」
悲しんでいるところを見せられないというなら俺はその顔を隠すから。
俺の前で笑わなきゃいけないと思うなら俺は目を瞑っているから。
俺にゴメンと思うなら俺はこの耳を千切るから。
「ゆうと、・・・」
俺はお前に何も言わないから。
「・・・・・・ゆーと・・・」
描いた未来はいつしか今になり、過ごした今はいつしか過去になり、七色だった世界は確実に一色になって足跡を残していく。
それが痛くても、悲しくても、切なくても、俺はここにいる。
死ぬほど寒くても、ここにいる。
なんでって、ぜんぶお前が俺に教えたんだ。
力になりたいということ。傍にいたいということ。
すき、ということ。
クリスマス企画2007作品