Happy merry X'mas - 2008 サンタクロースなんて本当はいない。 それが大人になるということなら、僕らは生まれた時から大人だった。 僕らの前にはサンタクロースなんて現れなかったし、プレゼントだって、貰ったことなかった。 「父さんの頃はまだ良かったんだよ。本当に欲しいものを送るのがサンタの役目だったんだから」 「今だってそうだよ」 隙間風でカタカタと揺れる窓の奥、腕を通していた服を頭から被る英士は、窓に映って見た一年ぶりの自分の姿にふぅと大きなため息を吐いた。そんな英士の隣に立つ沙樹は、英士を後ろ向かせブラシで背中を撫で下ろす。 「だけど、今は町に出れば何でも買えるんだよ。あんな大きなデパートいっぱいにオモチャが溢れててさ、今日なんて前通っただけですごい人だったよ」 「今の子供は、デパートで手に入るものばっかり欲しがるようになっちゃったね」 「そうだよ、もう届けるものがないよ」 寒くなると一斉にライトが灯り、煌めきだす街。 流れる音楽と鈴の音がさらに気分を盛り上げて、街はすっかりクリスマス一色。 プレゼントをねだる子供たちが大人を引っ張ってデパートに押し寄せて、大人はより高いものにこそ価値と親の威厳を着せ飾る。 クリスマスは、プレゼントがもらえる日。 人々は、流行りのオモチャや高価なジュエリーを求めてデパートに向かう。 「なんかもう、意味なんてない気がしてきた」 クリスマスなんて。サンタクロースなんて。 「意味なんてないよ」 真っ赤な服に、埃一つないよう取り払って、沙樹は両手でパンと英士の肩を叩く。 痛いよ、と眉をひそめる英士は、まだ納得いかない顔のまま。 「意味なんて全然ないよ。けどさ、サンタクロースが運ぶのは、意味じゃないんだよ」 「じゃあ・・・なに?」 いろんな事に流されて。いろんなものにつまづいて。 いつの間にか忘れてた、大事なもの・・・。 「夢だよ」 「・・・」 ほんとは誰よりも優しくなりたくて、大切な人を、大切にしたくて。 一年にたった一度、本当の自分に戻りたい。 大好きなあなたに、大好きと伝えたい。 「沙樹も一緒に行こうよ」 「私にはもう飛ぶ力がないよ。英士には英士の仲間がいるの」 また一度ポンと背中を押され、英士は溜息をついて頭にすっぽりと赤い帽子をかぶる。目の前の大きな窓をバンと開け放って、英士がソリに乗ると眠っていたトナカイが目を開けカツカツ足を動かしてみせる。空は冷たい風が渦巻いて、見下ろせる街はまだキラキラ光って、赤青黄色。 「さ、いってらっしゃい」 真っ暗な夜空に伸びる、星屑の光。 駆けだす蹄と大きなソリと、サンタクロース。 ・・・ まったくもって、信じらんねぇ。 つい今実際に目撃したことなのに、いつまでも狐に包まれた気分の亮は、フェルトで出来たトナカイの角付きのフードを肩に背負いながら、カウンターの上でしきりに首を振った。その隣でカイロス特製のスープで体を温める誠二は、空を飛んだ事にまだ目をキラキラさせて夢心地気分。 「なんでお前なんだよ、ふつーもっとじいさんなんじゃねーの」 「俺の父さんが先代のサンタクロース。俺は2代目」 「サンタにも代替えとかあんのかよ」 「あるの」 「じゃあこの喫茶店はなんだよ」 「ここは・・・俺の夢」 「サンタの夢が喫茶店・・・」 カイロスのカウンターに横一列並んで、亮と誠二と英士と結人と一馬と。 「でもさ、なんか、ちょっとくらい不思議でもいいような気してきた!」 「なんで」 「だってクリスマスじゃん!」 「はーあ、オコチャマは夢だけで生きていけていーよな・・」 「なにをっ?」 「ところでお前ら、これからどーすんの?」 「どーするって、・・・どうすんの?一馬」 「・・そりゃあ」 湯気の立つカップを見下ろして、カウンターの端で一馬はぽつり口を開く。 その時、カイロスのドアがガランと大きな音をたてて開き、木枯らしと一緒に厚着の女の人が駆け込んできた。 「あー!やっと見つけた!一馬、結人!」 「げっ、祐希先生!」 二人揃って椅子から飛びのく一馬と結人は、反射的に逃げようとするががっしりと背中を掴まれ、怒りいっぱいでじりじり見下ろしてくる目を前に、ごめんなさい!と頭を下げた。 「もう、ほんっとに心配したんだからね!どれだけ探したと思ってるの!」 「だから、ごめんってば・・」 「まったく・・・、もう、無事でよかった!」 「・・・」 「で、には会えたの?」 「え?」 何も言わずに院を飛び出してきたのに。 祐希先生はまだどこか怒ったようなぷっくりした頬で見つめてくる。 「う、うん」 「そう」 「寝顔、だけ・・・」 「そっか。あのね、椎名さんは、のこと・・」 「いいよ」 「え?」 「もういいんだ」 「・・・。そっか!」 祐希先生に頭をぐりぐりと撫でられて、一馬と結人は痛い痛いと言いながら、その手は跳ねのけなかった。こんな夜まで探し回って、心配してくれる人が自分たちにはいるんだから。証拠なんてなくても、兄弟でいていいんだと分かったから。遠く離れてしまっても、はずっと妹だから。 「さぁーてと!俺らも行くぞ誠二」 「はーい」 カウンターから立ち上がる亮と誠二も夜中まで走ってくたくた。 だけど、そんなの帳消しにしてしまうクリスマスプレゼントが待っているのだ。 なんせ、一生遊んでも使い切れないくらいの金が手に入ったのだから。 お宝お宝〜とうしろのテーブルにある袋を掴む亮は、幸せ満面の顔で袋を開ける。 その後ろを、一馬と結人は足音を消してそろそろと歩いていく。 亮と誠二が袋の中からバッと取り出したものは、天才画家・椎名が描いた最新作・・・ではなく、銀色に輝く大きな、お盆。 「・・・あれ?」 「なっ、なんっじゃこりゃあ!おいこら誠二テメェ!なんだよこれはぁああ!!」 「ええー!俺知らないよー!!・・・あ」 そういえば、ただ一度だけ、この絵を手放した。 煙突から逃げようとした時、体の大きい誠二じゃ持って煙突をくぐり抜けられなかったから、代わりに一馬が持つよと言ってくれて・・・ 亮と誠二がバッと後ろに振り返ると、一馬と結人は祐希先生の両脇をすり抜け全力で出口へと駆けだした。 「待てお前らぁあー!!」 「うわあー!」 走り出ていく一馬と結人を追いかけて、亮と誠二もドタバタとカイロスを駆けだす。 夜の街を疾走する二組の兄弟の声が澄んだ空気にどこまでも響いた。 怒り満面で追いかけてくる亮と誠二に引きかえて、跳ねるように逃げる一馬と結人。 4人はどこまでも逃げて追いかけて、街中を抜けて大きな橋のある外れまでやってきた。この先は、また別の町。 すると一馬と結人が突然ピタリと足を止め振り返る。 それに不意に驚いた亮と誠二も、橋の入り口で思わず足を止めた。 橋のまん中でこっちを向く一馬と結人は、高々と手を振り上げて 「メリークリスマス!泥棒兄弟!!」 真っ暗な聖夜の中、幼い二人の声は大きく響き渡った。 「んなこと言ってる場合かぁあ!待てコラ誘拐兄弟ぃい!!」 また走り出す亮と誠二から逃げて、一馬と結人は橋の先へと駆けていく。 この先は二人が暮らす院がある、一馬と結人とが出会った町。 戻ってきた一馬と結人は空からチラチラと舞う粉雪のように軽く、跳ねる。 「あ、雪だ!」 「うわ・・・」 「あれー、なんだ一馬、笑えるんじゃん!」 「うるせー!」 ケラケラ、ピョンピョン、踊るふたつの小さな影。 真っ暗な夜に舞い降りた、神様からのプレゼント。 僕らの夜に、君の空に、満点の今宵、希望が舞い降りる。 「メリークリスマス!」 おやすみ、またね、。
本当にシャレじゃなかった1年越しのクリスマス企画2008…。 |