オレちゃんが好きなんだよね。だから俺と付き合ってください。
……そんなこと言われたらあまり知らない人だって、たとえそんなに好きじゃなかった人だって、気になってしまう。そんなものだ。
ただそれが、君じゃなけりゃ、もっとよかった。
冬の冷たい空気は、強く吹き付けてくる風をいつも以上に大きく強い壁のように思わせる。吸い込む息は冷たく鼻孔を通るとズキンと痛み、なのに口から吐き出す息は熱くもわりと白く霞んで、吸って吸って吐いて吐いて吸って吸って吐いて吐いて。
真冬のグラウンドを走るのは陸上部だろうと誰も気が進まず、ジャージを着こんでも染み込む冷気を追い出したくてフォームなんてお構いなしにとにかく走る。そんなドタバタ走る子たちの横をスッと通り過ぎて、大きめのストライドで駆けていくテンポは口ずさむ音楽に乗って乱れない。この曲は好きだ。5分ちょうどだから。
「早、もう終わったの?」
「うん」
300メートルの楕円を10周走りきって、ゆっくり歩き続けながら手足の筋肉を伸ばす。ジョギングとストレッチが終われば筋トレ、体が冷えないうちにまたトラック練習。全力で走って、ゆっくり流して、また全力で走って、を繰り返すと心臓は夏の花火みたいに弾け飛びそうになる。けれども実際心臓が弾けるわけがないから喉の奥に染み込むマズイ味を飲み込みながら、もうジャージなんていらない火照った体をクールダウンさせて、また走る。
タイムを計るのは練習の一番最後だ。その時に体を一番ベストの状態へ持っていく。本番さながらに気持ちを高めて、今日一番の走りを。
「ちゃーん」
「……」
練習で高まった熱をドリンクで冷やし汗を拭ってさぁ体が整った……というころに、グラウンドを囲むフェンスの向こう側から投げかけられた、私を呼ぶ声。
「体あったまった?さー今月もお約束の日だよん」
花曇りの空なのに、緑色した網目の向こうで真夏の太陽張りに光る笑顔の、藤代誠二。
まるでマッチの火に煽られゴォッと火花を吹き出す手持ち花火のように燃え上がる、私の心。
ジャージの上着にハーフパンツの藤代はいつもの練習の格好で、足首を地面にぐりぐり押し付けたりジャンプしたり体を動かし始める。それをフェンス一枚隔てた視界の端で見ながら私もストレッチをして体をほぐす。
「位置についてー」
通常タイムを計る時に使う100メートル走用の白線はトラックの中にあるけど、私が100メートルを計る時に使う白線はフェンス沿いにある。この、男子棟と女子棟を分け隔てている高いフェンスはグラウンドをも二分にし、こちら側では女子の陸上部やソフトボール部やテニス部がそれぞれのスペースにいて、あちら側ではほぼ男子のサッカー部が所狭しとグラウンドを走りまわっている。
「よーい……」
フェンスのあちら側とこちら側。フェンスに添うように延びた2本の白線。
その一端に私と藤代が土に手をつき腰を上げ耳を澄ましタイミングを図る。
100メートル先にいる陸上部の友だちがバッと旗を振り下ろすと、私と藤代はまるで同じタイミングで地面を蹴り鉄砲の弾のように飛び出て白線の上をひた走っていく。まるで同じスピード、同じ息遣い、同じ目指す先。……だけど次第にずれていく二人のストライド、二人の位置、二人の精神。
ゴール寸前でオーだかイエーだか高い声を張り上げながら、ストップウォッチを持った友だちの前を悠々と走り抜いていった藤代は両手を上げながら勝利を確信し、私はそれにわずかに遅れて駆け抜けた。私は今日一番心臓が活発に活動して痛みすら覚えるのに、フェンスの向こうで藤代はラジコンの飛行機みたいに両手を広げてぐるりと緩やかに回ってフェンス近くに不時着する。
「オレ何びょー?」
「スゴッ、10秒62!藤代くんそのうち高校の大会記録抜いちゃうんじゃない?」
「なっはっは、陸上界からもお声がかかっちゃうかなぁー?」
「もすごいよ、11秒48。インハイの時より延びてるし」
「おおー自己ベストじゃないのちゃん、すげーじゃん」
「……」
確かに、それは私の自己ベストだ。今日は練習中から調子も良かった、ヒザも柔らかかったし走りも乗っていた。そんな数字を叩きだしてもおかしくないだけの自信もあった。……なのに。なのにだ。
「、チャン」
ニッコリとうだるような笑顔を放つ、網目模様の藤代誠二。
「今日8時半ね。オレサッカー見たいから食堂でい?」
「私は見たくない」
「いーじゃん見よーよ。”彼氏”のお願いは聞くもんだよー」
「……」
シネ、藤代誠二。
中等部からの一貫教育であるこの学校に、私が編入したのは高校2年の夏の始めだった。生徒のほとんどが中学からの持ちあがりでその上寮生活、グループや学校の雰囲気はでき上がっていたから入りたての頃は居場所も分からず、この学校特有の女子のノリにもついていきづらかったのを覚えている。
「おおおおお!うおーヤッベ!あのパスやっべぇー!」
「痛い、痛いってば」
「もーちゃんなんでそんな落ちついて見れんのコレを!世界のスター軍団だよ!?」
「知らないから、引っ張らないで痛い!」
部活が終わって寮に戻りごはんを食べてお風呂に入って、髪を乾かしながら見た時計は8時40分を回っていて「あ」と思わず声をこぼした。ペタペタとヤル気なく1階までを歩いていくと、食堂へ続くガラス戸の向こう側がすごく騒がしかった。男女別の敷地内で唯一男子と女子が混在する食堂は消灯時間までカップルたちの巣窟となっているけど、冬休みに入った今、部活組しか残っていない寮内はさほど人はいないはずなのに、今日はそうとは思えないくらいの熱気を放って見える。
食堂のガラス戸を開けると、奥にあるテレビの前に人だかりができていて、みんながテレビを見つめ男子も女子も入り混じって歓声を上げていた。かなり音量を上げているテレビの音を聞くと、実況中継のような声が聞こえる。ああそういえばサッカーがどうのって言ってたっけと思い出し人だかりのうしろに立つと、またワッと歓声が上がったと同時に沸きあがった人たちの一番前にあの、短い髪の頭を見つけた。
テレビではどうやらゴールが入ったようで、内外どちらも大騒ぎ。イスの上に立って誰よりもハイテンションで喜ぶ藤代はみんなを煽って大騒ぎし、うしろにいる私に気づいて駆け寄ってきて手を取り無理やりその人だかりの中に引っ張りこんだ。それから私を隣に座らせて、藤代は何とかっていう選手がどうの、ボールのさばき方がどうのと興奮しテレビを食い入るように見つめ、スーパープレイが決まるたびに握ったままの私の手を巻きこんで振り回し、声が枯れるほど大騒ぎした。
「すごいんだよ?世界のナンバー1プレーヤーばっかりなんだから!」
「ナンバー1は一人だけだと思うけど」
「ほらコレ、こいつが今世界の頂点だよ。マジですごいんだよ、ほらボール持つだけで観客総立ち!ちきしょーかっけぇー!」
ええと……たしか、曲がりなりにもこの人は今や日本のプロサッカー選手じゃなかったっけ?たしか、いつか何かの雑誌で高校ナンバー1プレーヤーだとか、世界に誇る若き才能だとか、言われてなかったっけ?
「ギャーッカッコいー!抱いてー!!」
「バカ」
自分の身の程なんてまるで知らぬ顔で、誰よりもキャーキャー大騒ぎする藤代は夢に瞳を輝かせる子どもみたいに無邪気で、純粋だ。高校生にしてプロのサッカー選手になってしまうくらい実力を買われていて、順調に勝ち進んでるらしい高校最後の大会も十分に活躍し周囲にも学校にも大いに期待されている。その実、とても脳みそは軽いけど、性格はさらに軽いけど、何を間違ったか今も私の手を離さない藤代誠二は、この学校の男子でただ一人私を名前で呼ぶ藤代誠二は、1年前から私の……”彼氏”だそうだ。
「いやー、テンション上がったー、疲れたー」
「あれだけ大騒ぎすればね」
「ちゃんはさぁ、なんかもっとこう……ガーッとテンション上がる時とかないのっ?もっと彼氏の前では素直になんないとさぁ」
「……」
「あ、またそんな顔するー」
べつにどんな顔をしたつもりもないんだけど。
どんな顔をしていたのか、ふと見た真っ暗な窓に写った自分は表情を見るより先に藤代の両手にぶにゅっと頬を潰されブサイクでしかなかっただろう。けどそんなブサイクな顔を見ながらも藤代はかわいーとケラケラ笑いデレデレと鼻の下を伸ばしている。もうそんな藤代の失礼な態度にも言動にもいい加減慣れた私は今さら手を振り払ったり突き放したりすることもない。無駄だと十分に分かった。コイツには何を言っても。
サッカーが終わった食堂は少しずつ人が減っていって、テレビの前には私と藤代しかいなくなった。夜の時間が濃くなるにつれ点々といるカップルたちの距離も縮まって人目もはばからず何したりする。すると私の手を握ってた藤代の左手が伸びをしながら自然を装い私の肩に移動し、何を周りに流されているのか距離を詰めようとしてきたからその顔をぐいと押し離してやった。
「ガード固いなぁ。普通1年も付き合ったらチューくらい済んでるよ。それどころかもっとアレやコレやと」
「ごめんね、私とあなたの間には0.86も差があるの」
「うわキレてるー、コンマ数秒まで数えてるー」
当たり前だ。こんな静かな夜ではカチカチと緩やかに過ぎていく1秒が、私にとってはどうもがいても越えられない高すぎる壁なんだ。0.1秒の差で勝敗が着く。0.01秒の遅れで予選落ちになる。
けどこの藤代は、そんな私の頭を真上から金づちで叩きつけるかのように言った。
1年前、私は今日と同じようにジョギングとストレッチから始め100メートルのタイムを計ろうとしてた部活中、フェンスの向こう側から、突然に。
『ちゃん?』
『……はい』
『オレ藤代誠二、知ってる?』
『はぁ……』
最初この学校を転校先に選んだのは寮生活で自由が利くと思ったからだ。進学校だけあって編入試験は困難を極めたけど、その不足分を補えるくらいの部活成績があったし、この学校特有の……まるでどこかのアイドル会社バリの人気を誇るサッカー部に黄色い歓声を飛ばしまくる女生徒も慣れてしまえば問題はなかったし、そもそもそのサッカー部に私がこの学校を選んだ最大の理由があったんだし。
この学校で一番期待されているのはサッカー部だ。陸上部なんていくつかあるグラウンド競技のひとつにすぎない。男子のグラウンドはサッカー部で埋め尽くされているけど女子のグラウンドは様々で緩やかだ。学校のために走ることもない。記録の順位でしか呼ばれないこともない。狭い代表枠を取り合って蹴落としあうこともない。ただただ自分の走りを得るために時間を使える。ここなら。
そんな武蔵森のサッカー部で、エースと呼ばれ一身に期待を受けすでにプロ入りを果たしさらなる活躍を期待されていた人が、同じ学年にいた。みんなが軽く呼ぶから名前は自然と覚えた。みんながキャアキャアと騒ぐから顔もなんとなく覚えてた。隣合うグラウンドで毎日朝から晩まで一際練習を重ねるサッカー部で、私はサッカーはまるで分からないけど確かにその人だけは別格に見えた。光って見えた。それが藤代誠二だった。
けど私は当然、そいつの名前なんて呼んだことはない。
名前を呼ばれることも絶対にない……なんて思う訳もないほどの人。
ただ一度関わりを持ったといえば、2年の2学期の始業式で、夏の都大会優勝を校長先生に祝われていたサッカー部のオマケのように私のインターハイでの100メートル3位入賞が報告され壇上ですれ違った……くらいだ。
なのに。
『オレちゃんが好きなんだよね』
『……は?』
『だからオレと付き合ってください』
『……、……、……は?』
毎日毎日、コンマ1秒を削ることに命をかけてる私が、その瞬間にどれだけの0.1秒をやり過ごしただろう。とにかく私は遊ばれてるのだと思った。バカにされてると思った。その屈託のないキラキラ笑顔の裏にどんな汚らしい邪心があるのかと身の毛もよだつ思いだった。
『私は一切好きじゃないので他当たってください』
『ええーッ何それヒデェ!なんでオレのこと嫌いなのッ?』
『嫌いでも好きでもなくて、何とも思ってない。興味ない』
『興味ない?』
寒い寒い冬の日だった。走るのを忘れて立ち話なんてしてたら数分で体は冷えて動きが悪くなり、タイムもフォームもあったもんじゃない。こんな人に時間を浪費させられた。みんなに持てはやされてヒーロー気取りか。女子にチヤホヤされて調子乗ってんのか。前の学校にもそういうヤツいっぱいいたな、いたいた。
『オレは君より早く走る男だよ?』
『……』
苛立ちで頬が震えるなんて、初めて体験した。
意味不明な告白以来まったく見てなかった目を思わず見返した。
『じゃあこういうのどう?100メートル競争して、オレが勝ったら付き合って』
『私が勝ったら今すぐ消えて、二度と声かけないで』
『よし、1本勝負ね』
『当たり前でしょ』
転校以来、トラックを走ってばかり練習ばかりの私は友だちらしい友だちも出来てなかったけど、いつもタイムを計ってくれる記録係の子を引っ張り込んで100メートルのラインを空けてもらった。藤代誠二はどこかのフェンスの境目から女子グラウンドに平気で入ってきて、ざわめく周囲の声にも動じずに私の隣に立ち足首をぐりぐり地面に押しつけ体をほぐした。
最初のタイム差は、何秒だったかな。怒りが頂点に達しすぎて覚えてないけど、とにかく……あいつの背中を見ながら100メートルが過ぎたのは確実だ。あいつがゴールと同時にオーだかイエーだか声を響かせ、周りの歓声に手まで振り返していた。シネって思った。
『じゃ、よろしく彼女』
『……』
『ん?もっかいやる?』
その時の私の脳内を占めていたものは、もちろん多少はあったけど、苛立ちばかりではなかった。
『1ヶ月後』
『うん?』
『1ヶ月後でも無理だろうけど、1ヶ月後にまたやる』
『うん。オッケー』
背中を見届けるほどの差があって1ヶ月で追い越せるなんてまさか思わない。
一人で練習して一人でタイム取って一人で走ってばかりの私はきっと、心のどこかで周囲をバカにしていた。練習内容も設備も指導者も部員も楽しむだけの陸上しかしていない、生ぬるい環境だ。でもそれでいい、自分でそんな学校を選んだんだから後悔はしない。陸上は一人でもできる。第一線の環境から出たことは逃げじゃない。後悔してない。後悔してない。後悔してない。
そんな私の高い頭を押しつぶし、窮屈だった心を引っ張り出した、藤代誠二。
その日から藤代は当たり前のように私を名前で呼び、また1秒以上差を付けて勝ち、たまの休日や放課後には誘い出し、相変わらず背中だけを見せて駆け抜け、人の携帯番号を勝手に盗み、大事な試合の前日なのに100メートルを走り、人前でも平気で手を取り、しつこく何度でも私を負かし、恥ずかしげもなく好きと降らせて、何カ月経っても必ず毎月25日に私の隣を走り、最後のインハイが終わった私の涙を拭い、いつまでも追い付けない私をバカにするでも励ますでもなく、晴れでも雨でも最初と同じ無邪気な笑顔で、最初と同じ季節になるまで、「はいまた俺の勝ち、また1ヶ月よろしく」なんて言って、100メートルを走り続けた。
「そーだ、ちゃんにプレゼントあったんだった」
「なにこのお菓子」
「サッカー部寮では毎年クリスマスパーティーがあんの。サッカー終わったからそろそろ始まったかな」
「……クリスマスパーティーが開かれてて、どうしてここにいるのかな」
「だってクリスマスじゃん。クリスマスといえば恋人たちの日じゃん?」
藤代はパーカーの前ポケットの中に両手を入れると、その手でチョコやクッキーの包みをボロボロと私の手に降らせ、私の両手に小さく山になったお菓子の中からチョコの包みをひとつつまむと口の中にポイと放り込んだ。
「そういうことしてると友だちなくすよ」
「あー平気平気、オレいつも言ってるから」
「何を?」
「友だちと彼女どっち取るって言われたら俺は彼女を取る」
藤代はまた私の肩に手を回しキリッとキメ顔を作る。
なんだろうな、この学校では藤代は何をやっても許されるなんて校則ができてるのかな。
「じゃあ彼女とサッカーならどっち取る?」
目の前のテレビではクリスマスっぽいセットでギャンギャンと騒がしいバラエティ番組が始まっているけど、普段あまりテレビを見ない私にはその面白味は8割も理解できない。それでもそのよく分からないテレビ画面を真っすぐ見つめる。視線はどこにもずらせない。隣の藤代が、サッカーが終わってからはずっと、こっちばかりを真っすぐ見てくるから。
「そりゃサッカーでしょう」
「でしょうね」
「だってそのほうがちゃん好きでしょ?」
「……」
「ちゃんを取るオレより、サッカーを取るオレの方が、ちゃんは好き」
思わず藤代のほうを向いてしまうと、当然こっちをずっと見ていた藤代と目が合った。藤代の眼には光がある。どこまでも続く深海のようなのに、一切曇りがなく深みまで透き通って見える。
そう、思わずしばらく見ていたことに気づかずにいると、同じように私を見つめていた藤代がその眼ではなく口を近づけようとしてきたから、私はやっと気付いて手に持っていたお菓子ごと藤代の体をドンと押し離した。
「なんでアンタはいっつもいっつも!」
「だぁってめっちゃ見てくるから、あ、コレいけるなって思っちゃうじゃん!」
藤代の胸に押しつけられたお菓子たちはボロボロと床に落ちていって、藤代と隣合ってる距離すら近すぎる気がしてきた私はいたたまれず、イスから下りてそれらを拾い集めた。チョコ、クッキー、チョコ、マシュマロ。冷える足元、テレビの声、骨ばった脚、胸の音。
「でも本当はサッカーじゃないんだよ」
また言ってるよ、もう何でも言ってろよ、なんてため息交じりに藤代を睨み上げると、藤代は私の顔に両手を捧ぎ、深く体を下げてかぶりつくようなキスをした。一瞬何が起きたのか分からなくて、その状況を認識しまた藤代の体を押し離そうとするけど、私の頭を抱く藤代の手は突然強くなって押し離すことも離れることも叶わず、近すぎる藤代が口唇を付けながらフッと笑い吹き出したのを感じてさらに腹ただしくなった。
やっと離れ、髪に触れたまま天井の方へ戻っていく藤代は、潤う口唇をペロリと舐めて甘い味を噛みしめ。
「サッカーもちゃんも、どっちも取っちゃうよ、オレ」
楽しそうな藤代とは裏腹に、私は頭の中も胸の中も色々渦巻いていろんな気持ちや言葉が溢れ返っているのに、そのどれもまともに吐き出せず、代わりに私の手から拾い集めたお菓子たちがまたポロポロと逃げていった。
この世界では、こいつは何をしても許されてしまうのか。
神さまは、そんなにもこいつを愛してしまっているのか。
そんなことはない、そんなことがあってたまるか。
そう私だけは堅く信じていないと、強く思っていないと。
深海に沈んでいく小さな星屑のように、この引力から逃れられない。
(追いかけてるのは、どっちだ)
クリスマス企画2011