ミケ物語 - Mike : attack on titan
調査兵団分隊長、ミケ・ザカリアス。
調査兵団の中でも上位の腕前を持つかなりの実力者。
体格も良く冷静で的確な判断力を持つ上等な兵士。
また彼は突出して嗅覚が優れており、巨人の匂いも嗅ぎ分ける。
それは巨人が来る方角や数まで把握できる優れた特殊能力だった。
彼を知るものは一様に彼を変人と呼ぶ。
彼は初対面の人間に対しまず匂いを嗅ぎ、その後何故か鼻で笑う。
特に意味はないと言われているが、される側としては良い気分はしないだろう。
「……」
「どうしたの、ミケ」
物静かな彼が長めの前髪の下でピクリと顔を上げ鼻をクンクンと動かした。
それは巨人の中に行く壁外調査の時はよく見る反応ではあるが、ここは調査兵団本部。
隣に座っていたハンジは資料に落としていた目をミケに向けた。
「来る」
「え? 何が?」
ボソリと呟き立ちあがると、ミケはハンジの質問も聞かずに部屋を出ていってしまった。
まさかこの二重の壁の中の内地で巨人が現れたなんてことはないだろう。
だけどミケの突然の行動に驚くハンジは好奇心でミケを追いかけていった。
「どこに行くんだお前ら。これから会議だろう」
「ああリヴァイ。いやね、ミケが突然歩き出すからどこに行くのかとさ。始まる前には戻るから」
「ヒマかお前ら」
途中すれ違ったリヴァイも気に留めずミケはスタスタと歩いていく。
鼻をクンクンと動かしながら、その匂いのする方に。
建物の外に出て訓練場の前を通り過ぎ、敷地内の奥に建っているある建物にまっすぐ。
そこは療養棟。怪我を負った多くの兵士が治療や寝泊まりをしている。
そしてその療養棟に入ろうとする人影がひとつ。
そこでようやくハンジは「あーあ」と納得した。
医療道具の詰まった大きなカバンを持ち、白い被り布にマスクをつけ白衣を着た彼女。
「あ、ミケ分隊長、ハンジ分隊長、こん……!?」
こんにちは、と言い終えることなく、彼女は目の前まで迫ってきたミケにのけ反った。
歩みを緩めることなく彼女の目の前まで詰め寄ったミケはクンクンクンクンと鼻を動かす。
「あ、あの……ミケ分隊長……?」
高いところから鼻を寄せクンクン、クンクン。
それは初対面の者にこそすれ、ミケと彼女はもう何度も会っているのに。
何度会っても彼女にだけはクンクン、クンクン、ミケは鼻を動かした。
「ええーと、あの、ミケ分隊長……」
「クンクン、クンクン」
「ハンジ分隊長……!」
「よほどお気に入りなんだねぇ、ミケは、君が」
どんな所にいても、どんなに遠くにいても、風が運んでくる。
この大地にいる限り、それはきっと。
この鼻が生きている限り、それはきっと。
「クンクン、クンクン」
「ミケ分隊長〜!」
必ず嗅ぎつける。必ず嗅ぎ分ける。
それは、きっと―。
Love so sweet - Levi : attack on titan
ぐずりと拭った涙が白いハンカチに沁み込む。
すぐ右側に座る彼女にリヴァイは頬杖つきながら再びため息を吐いた。
「いつまでグズグズしてんだ」
「・・・泣いていません・・・」
「どの口が言ってやがる」
この数分で何度繰り返したか分からない問答を終え、リヴァイはソファに深く背もたれる。
壁の時計を見上げるとかれこれ30分、何の前進も後退もない時を過ごしてる。
泣いてないと背を向け言い張る意地だけは立派なものだとリヴァイは心の奥で感心した。
「何が気に入らねぇんだ」
「・・・気に入らないことなんて」
「じゃあ何を拗ねてんだ」
「・・・拗ねてなんか」
涙を流し過ぎて鼻が詰まりその声はくぐもってよく届いてこない。
きっとあのハンカチの中はとんでもないことになっているだろう。
何を質問しても明快な答えは返ってこない。
女とは何故こんなにも泣きじゃくっておきながら「なんでもない」の一点張りを通すのか。
あえて質問するリヴァイだが、彼女がこんなにも泣きじゃくる理由はわかっていた。
定期的に行われる全兵団の報告会。
だが今夜はその後の食事会まで付き合う羽目となった。
いつもなら堅苦しいお偉い方の集まる世辞と謙遜の掛け合いなどさっさと放棄するのだが、
今夜はそうはいかず、あまつリヴァイはどこの誰かも知れぬ令嬢を自宅まで送り届けさせられた。
冗談じゃないと突っぱねるもフザけるなと凄むも容易だった。
だがそうは出来なかったのは、命じたのが他ならぬエルヴィンだったからだ。
彼も彼なりに気苦労や事情があるのだろう。
「送って差し上げろ」と言う顔もどこか申し訳なさそうだった。
リヴァイに言わせれば本当に「しょうがなかった」のだ。
とはいえ、それだけならまだ良かった。
ただひとつ不運だったのは、その令嬢の屋敷が王都の南側の街だったこと。
屋敷の前に馬車をつけ、本当にただ「送り届ける」という使命を果たしさっさと帰ろうとしたところ。
まさにその現場に居合わせてしまった、彼女。
その時の彼女の顔を、どう言い表そう。
「ただ送れと命令されただけだ」
「・・・そんなことは、分かっています」
「それ以外何の関わりもない。顔すらもう覚えちゃいねぇよ」
「それも、分かっています」
「じゃあ何だって言うんだ」
小一時間が経ちようやく涙も尽きようとしたんだろう、答えが明確になってきた。
ハンカチの下で鼻を赤く染める彼女を頬杖つきながら覗きこみ、次の言葉を待った。
「ただ・・・お綺麗だったので・・・」
「・・・、はあ?」
「雨の中で、傘を差してさしあげている姿が・・・とてもお綺麗だったので・・・」
「・・・悪いな、まるで意味がわからん」
「・・・・・・やっぱり、同じ・・・人種の方・・・同士は・・・お似合いだと・・・」
「・・・」
泣きじゃくる彼女の話は何でも聞き入れる態勢のリヴァイだったのだが、
予想もしなかった所を突いてきた彼女の言葉。
ただのジェラシーと簡単に括っていたリヴァイは虚を突かれ頭をガシガシと掻いた。
「全く下らん話だな」
「・・・」
背を向ける彼女が、これまで以上に俯き、再びハンカチを目に当てる。
ぐずぐずと泣いていた彼女が、今度は声も出さずに真剣に泣きだした。
「どうしようもない。俺もお前も、他の誰も」
「わ・・・分かっています・・・」
「人種が何だって言うんだ。髪が色づいてようが肌が何色だろうが、目や手足の数が変わるわけでもないだろ」
「分かっています・・・」
「例えお前が俺と同じだったとして、そんなことの何が嬉しい」
涙色に染まったハンカチを目から離し、振り返る彼女はリヴァイに数時間ぶりに目を合わせる。
「私は嬉しいです」
強く言い放ち、また黒い瞳を涙に溢れさせる彼女は背を向けぐずりとハンカチを濡らした。
リヴァイは後ろに頭を倒し、天井を見ながらふと息を吐き出した。
「それはもう、死んでやり直すしかねぇな」
ひくり・・・彼女の涙声が止まる。
「次は人じゃねーかもしれねぇぞ。運よく人でも、同じ時代に生まれないかもしれない。運よく同じ時代で同じ人種でも、出会わないかもしれない。運良く人で、同じ時代で、同じ人種で出会って・・・同じ野郎同士かもな」
「・・・」
「・・・ああ・・・」
頭を上げ起き上がるリヴァイは、俯く彼女のうしろ襟を掴み引き寄せる。
後ろに態勢を崩す彼女はそのままリヴァイの胸に倒れこみ、涙ごと口寄せられた。
ごくり・・・、呑み込む味はしょっぱい。
「・・・お前が男だったらと思うとゾッとする」
「・・・」
「色や顔立ちが違うなんて、死ぬほどどうでもいい」
俺が男で、お前が女であればな。
口先を重ね呟くリヴァイの言葉に、もっともだと素直に目を閉じた。
重ねるごとに沸き起こる欲情は男女の別だからこそ。
愛し合えるのは今の二人だからこそ。
分かっている。分かっていた。
何度死に繰り返しても、こんな奇跡は、二度とない。
Inside of white tent - Levi : attack on titan
(「未知らぬ夜に」9話、閑話)
注射器に赤い血が溜まると刺し口を綿で止め腕に巻いていた管を外す。
いつもながら流れるような所作。痛みも、目立った痕すら残さない。
「さっき馬から落ちそうになってたでしょ。余所見してちゃ駄目よ」
「え、見てたの?」
「見てました」
「違うよアレは・・・、オレはちゃんとこう、隊列からずれないように・・・」
「口開けてエレン」
目の下を押さえ、口を開け喉の奥を見て、聴診器で鼓動を聞いて。
近い距離で向かい合って言い合う姿は医者と患者というより、まるで姉弟のような。
エレンの後方で椅子に座るハンジはその光景を眺め「すっかり仲良しだねぇ」と呟いた。
けど隣で腕を組み立っているリヴァイは相槌は愚か微動だにしない。
「どうでもいいけど、さっきみたいなことされたら、すぐ殴ってでも逃げろよな」
「殴ってって、そんな」
「甘いこと言ってんなよな。兵士でも相手は男なんだぞ、隙ありすぎ!」
「はいはい、後ろ向いて」
「ハイハイじゃなくて、さっきだってオレが行かなかったら・・・」
「ハイハイ、黙ってください」
二人の掛け合いは仲のいい姉弟・・・どころかより親密さを増していく。
この一ヶ月少しずつ距離を詰め密接に関係してきた二人だ。
傍から見ればそれはほほえましいもの。
でもそれを腕を組み見ているリヴァイにはとても「ほほえましい」表情などはない。
ハンジはメガネの下で「うーん・・・」と冷や汗を流した。
「エレン終わった? じゃ私達は先に行ってようか」
「あ、はい」
「じゃあお先に、リヴァイ」
めくり上げていた袖を戻すエレンを連れてハンジはそそくさとテントを出ていく。
器具を揃え直す彼女は「お待たせしました」とリヴァイを椅子に招いた。
組んでいた腕を解くリヴァイは歩み寄り、採血からしますねと言う彼女の前に座った。
「お体に不調ございませんか?」
溜まる赤い血を見ながら彼女が語りかける。いつもの調子。
立派な医者の語り口。
彼女は目盛りを観ながら、けれども何の答えも返ってこないリヴァイに一度目を上げた。
リヴァイは目の前に座っていながら、まるで見下ろすように目線だけを彼女にあてている。
いつも通りの平静。いつも通りの威圧。
「どうかなさいました?」
言葉を発さないリヴァイに不安をよぎらせ、彼女は注射を終えながら再び問いかける。
「頭痛がする」
「え・・・」
リヴァイは彼女から目を外しポツリとこぼすと、彼女は途端に顔色を変えた。
すぐに注射を終え、刺し口を綿で押さえすぐに傷テープを巻く。
「いつから、どのようにですか?」
「・・・」
「熱は? ちょっと・・・失礼します」
彼女はすぐに注射器を片付けリヴァイの額に手をあてる。
「風邪でしょうか・・・。夜は眠れていますか? 発熱では・・・なさそうですね」
「・・・」
「あそこでの生活も大変でしょうし、お疲れなんでしょうか・・・。食事は取れていますか?」
額から手を離し聴診器を耳に着ける。
一言ついただけで彼女の表情も接し方もガラリと変わった。
”診療”ならこうも簡単に触れてくるものだとリヴァイは心の内で思った。
「失礼しますね」
そう彼女が聴診器を胸に当てようとさらに一歩近づいた・・・その時。
リヴァイは目の前まで来た彼女のマスクを指先でぐいと引き下げ、
露わになった彼女の口を上げさせるとおもむろに口付けた。
「・・・」
動きを失った彼女は聴診器を落とし、その行為に気付くと咄嗟に身を引いた。
けれどもリヴァイの強固な腕がそれを許さず、押さえつけられた口唇だけは離れなかった。
鈍い光が包んでいる日暮れの白いテントの中。
籠った息を零しても唾液が喉に流れゴクリと音をたてても強い口付けは続いた。
しばらくして掴まれていた力が無くなり、ようやくふたつの口唇の間に風が流れた。
ドクドクと高ぶる心音が胸を締め付けるほど痛く打ちつけている。
うろたえた目でリヴァイを見上げると、すぐ鼻先でリヴァイはペロリと口唇を舐めた。
「あのガキの言う通りだな」
「え・・・?」
「隙がありすぎだ。他の野郎になんかされたら、そいつ殺すぞ」
「・・・本当にしそうで、怖いです・・・」
「死なせたくなけりゃしっかりしてろ」
頬が火照り心音はいまだ鳴りやまず、彼女はハイ・・・と返しながら目を伏せた。
テントの外から複数の足音が近づいてきて、リヴァイは彼女から手を離す。
足音がテントの入り口までくると彼女を呼びながらエレンが顔を出し、リヴァイは立ちあがった。
「・・・なんだお前ら」
「あ・・・すいません、リヴァイ兵長」
いつでも不機嫌そうなリヴァイの目が新兵たちを見据える。
リヴァイの後ろで彼女は下げられたマスクをつけ直す。
頬が異常に熱いのが分かった。
(こんなことがあったかどうかは定かじゃない)
Open the door. - Levi:attack on titan
(同棲はじめました。)
日暮れ時から降りだした雨に打たれ、額からつと流れる雫に不快を感じる。
不機嫌に舌を打ち、濡れた頬を拭いながらリヴァイはドアを開けた。
しかし家の中はすでに暗くなっているにも関わらずランプの一つもついていない。
物音もなければ夕餉の香りもなく、シンと静かな家の中に人の気配はまるでなかった。
帰っていないのか? 水気で重くなったブーツを脱ぎながらリヴァイはバスルームへと向かう。
外が薄暗ければ、家の中はほぼ視界がないほど暗い。
まだ不慣れなこの家をリヴァイはわずかな視界と感覚だけを頼りに奥へと進んでいく。
余計に暗い最奥の扉に行き着きドアノブを回し、ガチャリとドアを開ける。
するとこれまでとは違う、温かな湿気をもわっと肌に感じ、同時に清潔感のある匂いが鼻をついた。
「わっ・・・、ま、待ってください!」
「・・・」
突然あらゆる感覚で感じ取ったありありとした人の気配。
バスルームにひとつだけ置かれたランプが丸く個室を照らして、だけど全体を覆っている湯気がまた視界を遮り、
聞き覚えのある声で「帰ってたか」と冷静に判断し、充満する石鹸の匂いが一瞬で今の状況を説明した。
小さなランプの明かりの隅で、シャワー室から出たばかりの彼女が咄嗟にタオルで体を隠した。
「すみませ・・・、すぐ、出ますから、あの・・・、閉めてください・・・!」
「・・・」
おそらく顔を赤らめているだろう彼女が、必死にタオルを抱きとめ個室の隅で固まっている。
肩に添う長い髪は雨に濡れる比ではないほど水気を含んでいて、その先からポトリと雫が垂れる。
タオルを抱き締めている肩から腕は橙色の明かりの中で余計に華奢に見え、
足りないタオルの中から垣間見える腰から膝、つま先にかけての脚は流れるような曲線を描いており、
リヴァイは顔を伝う雫の不快感も忘れて扉をパタンと閉めた。
「そ、そうじゃなくて・・・、外に出てから閉めてくださいい!」
「今さらなに照れてんだ。お前の体くらい目ぇ瞑ってても想像つくぞ」
「そっ・・・そういうことでは、なく、着替え中ですから!」
「着るのか?」
ランプの明かりの中へ一歩近づくと床板がぎしりと重みを伝え、影の多かったリヴァイがはっきりと見えた。
それは同時に二人の距離が縮まっていくを伝え、彼女は一層慌てて後ずさりする。
けれどもその個室がそう広いわけでもなく、すぐに背中は壁につき、
だけど制限などないリヴァイは歩を緩めずあっという間に目の前に来た。
タオルを抱く手をさらに強める彼女に近づくと、冷えた体を温めただろうシャワーの残響が頭に浮かんだ。
髪に残る水滴がコロコロと白い肌を転がって、リヴァイは彼女の腰から背中をなぞりその雫を指に受け止めた。
同時に彼女の引き締めた口唇の奥から「ひっ」と過敏な声が漏れてくる。
目の前の濡れた肌と鳴くような声が熱にうなされる夜を思い出させ、
リヴァイはこんな間近にいながら目をウロウロと移ろわせる彼女の口唇に近づき喉を潤すように口づけた。
密接した瞬間にビクリと目の前の体が飛び跳ねる。
タオルを押さえていた腕の一方がリヴァイの体を押し離そうとするが、まさかそんな力に押されるはずもなく、
リヴァイは彼女の背中にべたりと手をつき潤った肌の感触を掌全体に馴染ませた。
何も着ていないかと思いきやすでに下着はつけていて、腰に添いながらその下に指を入れこもうとした。
「リ・・・リヴァイさ・・・リヴァイさん・・・!」
「ん?」
「あの、こんなとこで・・・、駄目です、あの・・・っ」
何かを必死に訴えようとしている彼女の拙い言葉がリヴァイを止めようとしているようだが、
適正な状況や場所などという概念のないリヴァイにとってはどうでもいいことだった。
触れる範囲を広げれば柔な体は過敏に跳ね、口づければ抵抗の言葉も閉ざされる。
平静を保てない彼女を据え膳にしているだけで肌は逆立ち、逆に興奮をかきたてた。
「リヴァイさん・・・!」
だけど、彼女の細い腕がいつになく強い力で、寄り添おうとしていた体と体の間にはだかった。
そのまま体裁や理性を打ち崩し彼女の思考も身体も解きほどこうとしていたリヴァイだけど、
再び目の前にした彼女の顔があまりに真剣に俯いていたから、彼女との間に距離を取った。
「なんだ」
「・・・駄目、です、こんなところで、」
「こんなところ? どこだろうと家の中じゃ俺とお前しかいない」
「そう・・・ですけど・・・、でも・・・」
理解には及ばないが、いまだしっかりとタオルを押さえ目を合わさない彼女の中には何か、
リヴァイの強引さにも譲らない程の何かがあるようだった。
だけどそれが何かをはっきりと説明はできない。
次第に冷えていく肩から水分が飛んでいく。
言葉に詰まり続ける彼女は思考が昇り詰めすぎたのか、リヴァイの前から抜けだし
ランプの明かりの、バスルームの外へと逃げだしてしまい、リヴァイはボリボリと耳を掻いた。
「−おい」
彼女があの恰好で駆け込む場所など寝室くらいしかなく、リヴァイは寝室の扉の前に立った。
雨音が届くほど静かな空間にリヴァイの小さな声が響くが応答はない。
扉の向こうでは確実に人の気配がしている。
ドアノブに手をかけるリヴァイは扉を押し開けようとするが、開いたドアはすぐに止まった。
鍵などついていない。彼女がすぐそこにいるようだった。
「なんなんだ、はっきり言え」
「・・・」
「嫌なら嫌だと言えばいいだろ」
「・・・嫌、という・・・わけでは・・・」
聞き取りづらい声が扉の向こうで小さく生まれる。
嫌、なわけではない。だとしたら何をそんなに抵抗しているのか。
リヴァイにはまるで解せずため息しか漏れない。
なんにせよ、こんな扉一枚隔てていては、見えにくい彼女の心の内どころか、その表情すら掴めない。
「開けるぞ」
言い置いて、それでも返答はないが、ぐいと扉を押し開ける。
扉の向こうに座り込んでいた彼女は背中から押され転がり床に手をついた。
入った寝室は当然真っ暗なまま、リヴァイが指先にぶら下げたランプで彼女は照らされた。
床で態勢を崩す彼女はタオルを体に巻いてはいるが多く肌を露出していて、
赤らめ動揺した顔でリヴァイを見上げる彼女はまた体を隠しながら急ぎ立ち上がろうとした。
「す、すみませ・・・服着ます・・・っ」
「・・・」
察するに・・・、何事もきちんとした彼女だ。
淫らな格好や状況が許せなかったのだろう。
はしたない。みっともない。そんな言葉は幼少時から槍のように突き刺さった上流のお家育ち。
日差しも当たらないドブのような地下街で育った自分とでは、そりゃあ理解し合えないだろう。
光と影が同居しようとしているのだ。分かりあえない。
混ざりあえない。別物だから。
立ち上がった彼女をリヴァイは腕を掴み捕まえた。
引き戻された彼女は落ちそうになったタオルをまた必死に掴みとめる。
橙色の明かりの中でまたふたりが間近に向き合う。
恥ずかしがるような、怯えるような彼女を前に、リヴァイは扉横のチェストにランプを置いた。
「悪いな」
「・・・」
ドキドキと心音を抱き締めていた彼女の全身の力がふと緩む。
「お前にはお前の沁みついたもんがあるんだろうが、俺には分からん。そんな上品な育ち方をしてないんでな」
「・・・?」
「俺にあるのは・・・そんな格好のお前に欲情しないほど、俺はお前に無関心じゃないってことだけだな」
「っ・・・」
リヴァイは彼女が強く握りしめているタオルを掴み、バサッと取りはらってしまう。
かばっていたものを取られ、隠していたものをさらけ出され、あるはずもない恰好のまま。
どんな顔をすればいいか分からず、何も言えず、何も出来ず、ただただ動揺し涙ぐむばかりの彼女。
震え固まる彼女に手を伸ばし、深く俯く頬に指を添えた。
指先で感じた温度は熱い。
柔らかく丸みを帯びた頬。濡れたまつ毛。引き締めた震える口唇。
硬直したままの体。華奢な肩。いまだ隠そうとする腕。立っているのがやっとの脚。小さな爪。
まるで別物だ。当然。別々の個体だもの。
一人と一人。男と女。どこをとっても。
「・・・お前しかいない」
「え・・・?」
躊躇せず触れられる相手は。触れていたいと思える相手は。
「俺を拒否するな」
「・・・」
指先で誘い上げた顔はまだ熱く真っ赤に染まっていたが、見つめる視線に迷いはなくなっていた。
リヴァイが一歩間を詰めると、彼女はドキリと緊張するが、逃げなかった。
窓を叩く雨音が寝室を包む。
冷えてしまった彼女の体を抱きとめ腕に背に腰に手を添わせ温めた。
彼女はそのたびピクリと肌を過敏に逆立てたが、身を任せ離れはしなかった。
この人にすべてをさらけ出すことに、何の恥があろう。
この人にすべてを任せることに、何の迷いがあろう。
見つめられれば見つめ、触れられれば触れ、気が済むまで力の限り抱きあう。
そうすればここには愛しかないこと、思い出す。
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