ああなつやすみ - Levi:attack on titan




強い日差しに照らされカラカラに乾いた石畳を歩く。
馬に乗っていれば自然と筋力が働き汗をかく。歩いているだけで喉は渇く。
土と岩盤で日差しを拒絶していた地下ではそう味わいのなかった、夏の暑さ。
これだけは何年繰り返そうと慣れない。
額から滴る汗をめくり上げた袖でぐいと拭い、リヴァイは目的の家のドアを開けた。

「リヴァイさん、いらっしゃい」
「兵団より北のくせしてなんでこんなに暑いんだ」
「そんなに大差ありませんよ。冷たいもの用意しますね」

開いたドアの音を聞きつけて、彼女が笑顔で出迎える。
週に一度の休養日。普段は堅く身を包み隠す白衣もマスクもない。
彼女は肩下から白く伸びやかな腕を晒し、歩くたびスカートの裾を揺るがせた。

「私も夏はダメで、つい家にこもっちゃいます」
「お前がうちにひきこもってんのはいつものことだろ」

白衣を着ていれば目立たないマスク。冬であれば着こめる帽子やストール。
けれども夏はどちらもそぐわない。素顔を晒さない彼女には不適合な季節。

「日程が決まった」
「はい。ありがとうございます」

キッチンのテーブルにつくリヴァイは、お湯を沸かす彼女にメモを渡す。
次回壁外調査の日取りが書かれた粗野なメモ。

「リヴァイさんの文字はいつも読みにくいですよね。1か7か分からない」
「7だ」
「きちんと人に伝えようという想いが足りないんですよ」
「きちんと人に伝えようという気がないからな」
「お口が悪いのもそのせいですね」
「放っとけ」

軽口を叩きながらもクスクス笑う彼女が、用意したポットに茶葉をひとさじ振るう。
開いた窓から隣の診療所の声や街の音が響いてくる。
入り込んだ風が部屋を廻って肌を撫ぜ、リヴァイは痒みを感じた首元を掻いた。

「ほらもう、ダメですよ引っ掻いたら。悪化しちゃう」
「痒いんだよ」
「汗疹は掻くと悪化しますから、お薬お渡ししたでしょう?」

カップをふたつ用意する彼女がリヴァイの後ろ首の腫れに気付く。
薬箱から取りだした塗り薬を、リヴァイの隣に腰かけ指先で点々と塗り広げた。
自室で自分ひとりしかいないとなれば薬も塗るだろうけど、
これから彼女の元へ行こうという時にわざわざ自分で塗ることもないと思った。

「効きが悪いぞこの薬」
「ちゃんと清潔にしてます?」
「清潔は保ってるだろーが」
「お部屋じゃなくて身体ですよ。きちんと洗ってから塗らないと意味ないですから。
 どうしてお部屋は綺麗にするのにお風呂は適当なのかしら。基準が分からない」
「自分が汚すのは許せても人が汚すのは許せねぇんだよ」
「勝手なんだから」
「じゃあ薬の前に風呂にでも入るか?」

リヴァイはすぐそばで口唇を尖らせる彼女の肩に腕を回し引き寄せる。
息が吹きかかるほど傍に寄った二人の目線が混じり合う。
冗談で投げかけたけど、目の前の彼女があまりにまっすぐ見つめたから。
これほど傍に寄ったのも久しぶりだったから。
リヴァイは余計な思惑も吹き流し、そのまま口唇を寄せ首を傾けた。

「・・・テメェ」
「ふふ」

なのに・・・口唇に当たったのは、彼女の柔らかな口唇、ではなく。
薬の付いた柔らかな人先指。
だってお湯が沸いたから。
そう隣から立ち上がり彼女は沸き上がった火元へいなくなる。
熱い湯気と柔らかな紅茶の香りが立ち込むポットの前でリヴァイはチと口唇を拭った。

「ねぇリヴァイさん、私滝が見たい」
「滝?」
「東の森の中にあるの。きっと涼しいですよ」
「それまでの道のりがクソ暑ぃよ」
「そんなこと言ったらどこにもでかけられない。せっかくの休日なのに」
「ガキは川で水浴びでもしてろ」
「キスが出来なくて拗ねちゃう人とどっちが子どもなのかしら」

熱い湯気と柔らかな紅茶の香りを昇らせているふたつのティーカップを間に、
テーブルのあちら側とこちら側でにらみ合うふたりの目線がバチバチと混じる。

「クソあっちぃな、これだから夏は嫌いだ」
「汗疹よりお口の悪さを直す薬があったらいいのに」
「行儀のいい俺なんて気持ち悪ぃだろ」
「それもそうですね」
「おい」

やがて天高い太陽が傾いて。窓から流れ込む風が涼しくなって。熱い紅茶が飲み頃になって。
ただ流れゆく。夏から冬へ。冬からまた夏へ。

「なんだ」
「・・・」
「なんだって言ってんだよ」
「キス、しておけばよかったなぁって」
「・・・」

巡る巡る季節の中の、ほんのひと時。
何度も繰り返される時の中で、けれどもこの一時の間は。この一瞬の熱情は。
夏の風が吹き流れる、今だけしか味わえない。



唯一度だけ - Levi:attack on titan




夢の中? それとも現実?
泣いたり 笑ったり どうしたらいいの

「すごい、これ全部手縫いなの? 綺麗」
「もちろん。裾のレースからリボンの刺繍まですべて職人たちが仕上げたものだ。最高級品だぞ」
「こんなに綺麗なもの、もったいないわ。ずっと飾っておきたい」
「何を言うか、ドレスは着るからこそ美しい。お前の美しさを何倍にも引き立てる」
「ヤダ、おじ様」

人々が こぞって笑いかける
おとぎ話が現実(ほんと)になった
今日 すべてが明らかに

「なぁ、こっちなんてどうだ? さっきのとはまた形が違って綺麗だぞ」
「ほらこれつけてみなさいな。まぁかわいらしい、お姫様にだって引けを取らないわ」
「そんなにいろんなもの見せられたら、決められないわ」
「好きなだけ着てみるといい。着てみないと決められんだろうしな」
「ほらコレなんてお姫様のドレスそのものだわ、綺麗ねぇ」
「どうする? どれがいい?」
「ええー・・・」

この世に生まれて ただ一度
このすばらしさ まさに夢・・・

奇跡のように降りそそぐ
まばゆい黄金の光

「リヴァイさん」

この世に生まれて ただ一度

きっと これは夢 まぼろし

「こんなところにいた。お茶なんて飲んでないで、一緒に来てくださいよ」
「俺が行ってもわからねぇよ」
「それでも一緒にいてほしいんです!」
「ああ、コレ飲んだらな」
「いま!」
「わかったわかった」

人の一生に ただ一度
二度とかえらぬ 美しい思い出

人の一生に ただ一度
春のつぼみ ほころび

「コレと、コレ、どちらがいいと思います?」
「違いがぜんっぜんわからねぇ」
「もう!」

花 ひらくとき


(婚礼衣装かなにか)
ベタ文:映画「会議は踊る」(唯一度だけ)より




星が帰る森 - Levi:attack on titan




濡れた身体を拭いきり、ナイトウェアを頭から被る。
ひらりと足元まで覆い隠す白いロングドレスは袖がなく、この季節には少々肌寒い。
髪を止めていたピンを外し、ばさりと背に落ちた毛先を散らす。
頭から先までそっとクシを通し、上着を羽織り浴室を出た。

明かりが漏れている食卓でお水を汲んで喉を潤す。
リヴァイさんもお風呂どうぞ、とソファに座っている背に向かって声をかけた。
けれども返事どころか振り向きもせず、背中に寄っていった。

「リヴァイさん?」

背中から覗きこむと、思った通り、リヴァイは手の中に紙を持ったまま目を閉じていた。
辺り一帯にひしめく資料や書類、ペンとインク。
実行部隊で前線に立つことが使命の彼でも、普段は書類仕事に追われている。
書類が汚れては大変だと手からそっとペンを引き抜くと、ピクリとその手が動いた。

「リヴァイさん、もう休まれては?」
「・・・」
「お風呂どうします? 起きてからにします?」
「・・・」

夜の音量を壊さない声で語りかけるも、リヴァイから返ってくる声はない。
目はうっすらと開いたが、何を映しているかも分からない。
これはもう、眠気の骨頂なのだろう。目の下のクマもひと際。

「そんなにお疲れじゃお仕事になりませんよ、明日にしましょう?」
「それは、おまえが」
「え?」

突然ぽつりと声を発したかと思えば、また突然口を閉ざす。
細い目をつむり、手で顔を覆い隠すようにゴシゴシこすり、動かなくなる。
これはもうダメだ。自分が何を言ってるかも分かっていないだろう。
ほら立って、と彼女はリヴァイの腕を引き、リヴァイを立たせた。

「ちがう、それが」
「はい、足元危ないですよ」
「おまえ・・・だから・・・」
「はい、こっちですよ」

頭の中でいったいなにと闘っているのか。
目をつむって歩くリヴァイを彼女はゆっくり寝室へ連れていく。
不意に何かを思い出すように足を止め、こっちですよと引っ張るとまた歩き出す。

寝室に行き着き彼女は扉を開ける。
けれども突然リヴァイが彼女の腕を引き、バタンとリヴァイの脚が扉を閉めた。

「だから、おまえが、そういつも・・・」

目の前で、目も開けていられない疲弊した顔がブツブツつぶやく。
起きながら夢を見ているのか。頭の中で眠気と闘っているのか。
少し前ならリヴァイのこんな無意識の言動に困惑していた。
けれどももう慣れたもので、彼女はリヴァイの顔を両手でゴシゴシ拭った。

「はい、リヴァイさん、お仕事はもうおしまいですよ」
「おまえ・・・おれが・・・」
「はい、もうおやすみです。寝ましょうね」
「・・・おやすみ・・・」

分かっているのかいないのか。彼女の言葉を反復する弱い言葉。
ようやくリヴァイの脚が扉から外れ、彼女はリヴァイを寝室に入れた。
ふとんを寄せリヴァイを座らせ、靴を脱がせて寝かしつける。
ベッドでようやくフーと息を吐くリヴァイは、休むことにしたようだった。

明かりを消しに行かなくては。彼女はベッドから離れていく。
けれどもいつの間にかナイトウェアの裾を掴んでいた手に引きとめられた。
寝ているのに、つんつんと引っ張っても離れない。
彼女は仕方なくベッドに入り、リヴァイの腕に添って身体を横たえた。

もう寝息をたてている顔は、ようやくすべての雑ごとから解放されたよう。
静かな寝息が深く沈んでいくお腹をやさしく撫ぜる。
いまだにその手が掴んでいる裾。

「おやすみなさい」





森に帰る星 - Levi:attack on titan




パチパチ燃える暖炉の薪が割れてゴトリと音をたてる。
書類を見ながらつい意識を飛ばしていたリヴァイは目を開け、何をしていたかを思い出す。
目の前に広がった書類や資料、ペンやインク。
どこまで読んだかもわからないほど記憶を飛ばしてしまっていた。

ふーと身体を起こしソファに背をつけると、テーブルの向こうに彼女の脚を見た。
対面のソファにいる彼女は本を抱きながら、長い髪を垂らしている。
寝てしまったのか。リヴァイは書類を手放し立ちあがった。
テーブルを超え彼女に寄り、おいと垂れている髪を書きわけ彼女の顔を覗いた。

「おい」
「・・・ふぁ・・・」
「寝るならベッドで寝ろ」

軽い振動で目を覚ました彼女は、リヴァイを見上げると眠気眼をこすった。
ああ・・・寝ちゃった。どこまで読んだかもわからない本を抱いていることを思い出す。

「リヴァイさんは・・・?」
「俺はもう少しだ」
「はい・・・」

何がハイなのか。よくわからないまま、彼女はまた動かなくなってしまう。
部屋は暖まっているとはいえ、ソファで眠ってしまうには肌寒い季節。
リヴァイは再び彼女を揺らし寝室へといざなうが、またハイと答えるだけで動かない。
仕方ない。ため息つくリヴァイは彼女の膝から本を取り上げテーブルに置いた。

彼女の前にしゃがむと細い腕を自分の肩に乗せ、抱きよせて持ちあげる。
軽く持ちあがる彼女の脚が空中を蹴る。そのままリヴァイは寝室へと運んだ。
彼女はよくこんな風に本を抱えながらソファで寝てしまう。
本を読みながら。仕事をしながら。リヴァイを待ちながら。

「ふふ・・・」
「起きてんじゃねーか」

そして寝てしまった彼女を、リヴァイが寝室へと運ぶ。
彼女はそれが好きなようだった。
本当に寝ていたのか、寝たふりをしていたのかは、分からないけど。
抱きつく彼女の背中はクスクス揺れていた。

足で扉を開けてふとんの中に彼女を埋める。
暗い中でも彼女が笑っているのはよくわかって、白い頬を撫ぜた。

「リヴァイさんは?」
「俺はまだ仕事が残ってる」

彼女の手がベッドのへりに腰掛けるリヴァイに伸びてくる。
その手に絡め取られてしまうと・・・もう解けない。

「リヴァイさんは・・・?」

弱い彼女の指先が離してくれず、やれやれとふとんをめくる。
彼女に覆いかぶさりながら頭に口付け、彼女の隣に身体を横たえた。

閉じた瞼の上を指腹で撫ぜ、乾いた頬を掌で覆い、口唇の形をなぞる。
眠たげな彼女がくすぐったいと手を止めるから、今度は口唇で辿った。
抱きついてくる腕が寒くないように余すことなく撫ぜる。
次第に深くなっていく呼吸を身体で感じ、重ねた。

「おやすみ」