清らかに洗浄され、丁寧に扱われ、 綺麗に飾り付けられる私はまるで、 まるで、 B A M B I N A しばらくしてまた現れた英士は、を湯船から出すと洗っていたときと同じように丁寧に水分を拭き取る。髪を乾かしばさりと新しい服を背中から掛けられ、一枚一枚布を着重ねてしゅっと紐で縛られる。その様子を押し潰されそうな心臓に堪えながら見ていると、自身に意思や行動力などまったく無いように思えた。 高級そうな綺麗な布に纏われて、顔や手足に白い粉を叩き込まれ髪を結われ、唇に薄く紅が乗り爪は切り揃えられる。先程の入浴で全身から強い花の匂いが鼻の奥から脳を突いて、脳内がぐらりと揺れた。 出来た、と英士が一息つくと、英士は浴場から出てまたを連れて廊下を歩き出す。 きつく締め付けられるようなこの帯と、少しの歩幅しか許されない硬い布と、柔らかすぎるじゅうたんに歩き難さを感じた。 「英士!」 少し前と後ろに歩く二人の元へ、また別の使用人らしき人が慌てて駆け寄ってきた。 「ちょっときて、レイが大変だよ」 「何した?」 「いきなり大佐の部屋乗り込んでって、でも大佐が相手にしないもんだから今部屋の前で銃振りかざして暴れまくってるんだよ!」 「・・・」 だから言ったのに。と英士の小さなボヤキとため息が聞こえたが、それも自分があの時見過ごしたせいかと諦めたらしい英士はそのまま歩みを進めた。階段を上り幾つかの部屋を通り過ぎ、それでもどこまでも延々と続いていそうな赤じゅうたんの上をひたひたと歩く。そうしていると少しずつ、遠くで叫ぶような金切り声が聞こえてきて、英士はまたやれやれとため息のようなものを吐いた。 そんな英士の肩越しに見えたのは、先ほど浴場へ向かう前に会った、金色の髪の少女。 「離せっ!ここで死んでやるんだからっ!」 「やめろってレイ!危ないから!」 「死んでやるっ、死んでやるー!」 涙で枯れた声を振りかざして、その手にしっかりと銃を握り締めて暴れたくる、先の少女。 両脇にいる男二人がかりでも押さえつけられないのは、我を忘れるあまりに少女とは思えないような力を出させているからだ。自分で銃を喉に突きつけようとして、今にも引かれる引き金を両隣の男が必死で止める。 そんな騒ぎに、英士はを少し離れたところで足を止めさせて近づいていった。 「レイ、騒がないで」 「なによっ、あんたなんか呼んでないのよ!なんでアキラが出てこないのよぉっ!」 「そんなことしたって大佐は来ないよ。おとなしく部屋に戻って」 「アキラっ!アキラぁっ!!」 「大きな声を出さないで」 キンキンと響く声は夜の帳を引き裂くよう。でもさっきまで荒々しかったレイの意気は、英士をその視界に捉えることで少しずつ力が抜けていくようだった。涙をぼたりぼたりじゅうたんに染み込ませながらレイは嗚咽を繰り返し、ギリギリの力でやっと立っているように見える。 そんなレイが、濡れた瞳で英士の肩越しに、少し離れた場所にいるに目を留めた。その瞬間に、レイの目に消えかけていた熱情がぶり返す。その目に睨まれて、もビクリと頬を緊張させた。 「あんたのせいよっ!あんたのせいでっ・・・」 「レイ、」 「あんたなんか、殺してやるっ・・・!!」 に向かって掴みかかろうとするレイを英士が止め、両脇の男も慌てて掴み止める。 その手に握られた銃口がに向かわないよう手首は掴まれ、今にも発砲しそうなレイの剣幕に、はぎゅと身をすくめた。その鉄砲の威力は、知っていた。また脳裏に血にまみれて倒れる母が思い浮かぶ。 そんな喧騒の中、静かにすぐそこのドアががちゃりと開いた。 その音に敏感に反応して顔を向けるレイの目に映ったのは、この屋敷の主人の男。 「アキラっ!」 「うるせーよ、さっさと静かにさせろ」 「すいません、すぐに・・」 「アキラ、ねぇアキラ、アキラが一番大事なのはあたしよね?愛してるのは私よね?」 「英士、済んだのか」 「はい」 両脇の男たちに止められてもすがりよろうとするレイに、男は目もくれずに英士に言葉をかけた。 そうして英士が目をやったに、男も目をやる。 いまだ状況をまったく把握できないは、至るところに目を散りばめさせながらも恐る恐る、男の視線に目を合わせた。そのを見て、また男は「ふぅん?」と、口端を上げた。 「入れろ」 「はい」 ドアにもたれる男の命に、英士はの元へ歩み寄り部屋に入るよう促す。 これだけ訴えかけてもまったく聞こうとしない、見ようともしない男に、レイは必死にその名を呼び続けた。それでも意中の男はだけを見て、薄い笑みを浮かべている。 「おい、静かにさせとけよ」 「はい」 「アキラっ!!」 言葉ひとつ寄越そうとしない。そのままだけを部屋に入れて、その扉はバタンと閉ざされた。 もう感情が口に追いつかずに、言葉にもならない奇声を発してまた廊下は騒然となった。 人が泣くところも、叫ぶところも、今までに何度か見てきたことはあった。 でもこんな、喉の奥から泣き叫ぶような声は、初めて聞いた。 あの少女がなんなのかも、この場所がどういうところなのかも、この男の意もまったく把握できないが、目の前にあるのはただ、あの少女の嘆願をまったく厭わずに無視し続けるこの、男の薄い笑みだけだった。 屋敷に並ぶ豪勢な調度品や装飾品と同じように綺麗に飾られた自分が、皮肉にもこの場に沿っている気がした。 すべてはこの男の趣向によって集められた ただの、コレクションのように思えた。 |