それは淡く鮮やかな、繊細な色彩 不可能の象徴 B A M B I N A 「うるせーな」 男は鬱陶しそうに、ドアの向こうで遠ざかっていく金切り声に耳をこする。 その部屋は広く、外の光を十分に差し込みそうな大きな窓とその前に資料が山積みされた広い机、部屋の中心のテーブルとソファ、壁沿いに囲むように本棚とクローゼットが並んでも十分余裕があるほどだった。 部屋の天井の中心にぶら下がった大きく豪華なシャンデリアが夜の部屋を煌々と照らし、その下を歩く男は窓に向かって歩いていくと乱雑に詰まれた資料の山の合間に置かれていた煙草を手に取り口に咥える。 その背を、まだドアの前から一歩も足を進めることが出来ないはきゅと手を握り締め見ていた。力をこめてないと、今すぐにでもへたりと腰が抜けてしまいそうなんだ。それほどまでにもう、緊張も、不安も、頭と胸に襲いすぎていた。 咥えた煙草に火をつけて煙を天井に吐き出す姿が夜の窓にくっきりと映る。 その手前、机の向こうにある椅子の背にかかっている服にふと、目を留めた。 濃紺の生地に金色の腕章。それに刻まれた紋章は、西大陸で一番の勢力を誇るという帝国の象徴であるクレマチスの紋章。の住んでいた土地からは遠く離れた国で、今まで生きてきた十数年、関わったどころか見たことすらない巨大な国。 それでもにはその紋章に、見覚えがあった。村を襲われ母を殺され、連れ去られた時に両腕を掴んでいた男たちの腕にも、その紋章がついていた。 「・・・どうして」 「あ?」 「どうして、村を、襲ったの・・・」 消え入りそうな声色で、は頼りない言葉を何とか喉に通した。 怖くて目も合わせられず俯き加減に、たどたどしく少しだけ目を上げる。 「平和に暮らしてただけなのに、なんで村ごと襲われなきゃならないのか。それも世界の半分の勢力を持つ帝国に、あんなチンケな村が」 すぅと、その喉を通って口から吐き出された煙は、白く空気を汚して溶けて消えた。 相変わらず低い、抑揚の無い声。 「納得のいく理由があれば許すのか?」 「・・・」 「だったら聞こうが聞くまいが一緒だろ」 机の上の灰皿に煙草を押し付け、煙を引きずって振り返った男の目は、船のコンテナの中で見た時と等しく、怪しく光った。端正な顔立ちに見えてその奥深くには野性味を帯びるような、その目は、怖い。 はいたたまれずに視線を外し、喉を通らずにかき消された言葉を呑み込んだ。 やはりこの男だった。 村を、みんなを、母親を、殺した。 ・・・足音すら響かせないじゅうたんに人影を見てふと目を上げると、目の前まで来ていた男にはビクリと肩を揺らし一歩後ずさった。そんなを追いかけるように伸びてくる男の手が顎に触れ掴まれる。シャンデリアの光をその顔の向こうにして、暗い男の目がさらに近くで、赤く光った。 「いい色だな」 の目を静かに見下ろして、目の前から低い声が小さく毀れてくる。 震える身体を悟られないように必死に口を引き締め、顎を掴まれながらも目を離した。 生まれつきだった。 生まれたときからずっと、の目は神々しい金の光を帯びていた。 髪は漆黒。肌は白。その2色を大げさなほど引き立てる、金色の瞳。 「は・・・」 その手は、母親を殺した手だ。 その目は、人を人とも思わない目だ。 「離して」 「黙れ」 「触らないでっ・・」 顔を背けてその手を払い、逃げるようには後ろのドアに手をついた。 何か、どうしようもない重さと闇が漂うこの部屋の空気から出たくて、逃げ出したくてドアを開けると、僅かに開いたドアをバタンとすぐに閉められた。 背中に感じる、重い存在感。触れらてもいないのに、大きな力で押し潰されそうなこの男の空気。 絶対的威圧。 ぐいと振り向かされまた顔を掴まれると、目の前で細くするあの目がまた、怪しく赤く光った。 「覚えておけ」 すぐ鼻先で、低い声が言う。 「俺の許可なしに何もしゃべるな」 「・・・」 「すべては俺が中心だと思え。お前はその恨みがましい目で一生、俺に仕え尽くして生きろ」 「・・・・・・」 細くなる目と小さく鳴る喉が嘲りを模って、人形になれと、その人は言う。 目にうすらと波が襲い、息すら詰まるほど喉が熱く、焼けそうなほど。力をこめて閉じていなければ震え続けるだろうその口を、覆う大きな手。その手を、は振り払うようにガリッと歯を立てた。 僅かな痛みで手が離れると同時に、目の前に佇む男の目が静かに笑みを消した。 毀れる涙を躊躇わず、は高まる呼吸を押さえつけて目の前の男を強く見た。暗い瞳で見下ろしてくる男は痛みの走った右手の人差し指の付け根を一度舐め、その手を、ガッとの細い首に押し付けた。 強い握力で締めつけられる喉で空気が止まる。の脳裏には倒れた母が浮かんだ。 殺される、と思った。 「しゃべるのは許さねぇけど、」 「・・・」 「抵抗するのは許すぜ?」 適わない力で、無駄に抗ってみせろ。 愉快そうに笑う男はの首に圧力をかけたまま、ぐいとの腰に捲きついた帯を引っ張り解いた。 身体を締め付けていた着物の圧迫感が緩まったには、殺される、という恐怖よりももっとリアルな、欲情が見えた。 「っ・・・!」 はらり、はらり、何枚も重ねられた着物が一枚一枚剥がれていく。 どれだけ懇親の力を込めてその細い腕を突き伸ばしても、この男の力には勝らない。 着物の隙間から入り込んで体の表面を漂っていた冷たい手が、ピタリと足の内側を探し当てた。 やわい肌を上る掌は身体の中心に向かって迫ってきて、足の間でくと折り込まれた指先が足の付け根に沿って、当てられた。 「や、・・・」 「言っただろ、しゃべるな」 「っ・・・!」 喉を押さえつけていた手がさらに強く圧迫する。声どころか空気すら通りづらい細い喉がぐるっと鳴いた。 せりあがる動悸と迫りくる感触が上から下からと、押し潰されそうだ。男の肩を掴み必死に押し離そうとするけど、すべてはまったくの、無に見えた。 足の間で指先がピタリと一点に定まる。その瞬間ぞわりと全身の身の毛がよだった。風呂場で触られた時と同じような感覚。でもあの時のそれよりずっと、嫌悪と羞恥が入り混じる。撫ぜるように小さく動く指先が更に奥へと進むと、何かを感じたのか、目の前の男はまた薄く口端を上げた。 ぐいと足で足を広げられ、居場所を広くしたそこへ男の指が更に自由に動く。ビクっと身体は揺れ、骨の髄から冷えていく寒気が全身に走った。 「っ、・・・」 うまく通らない声の変わりに、じわりと涙が睫毛を濡らす。そんなものなど何も見えないように男は、愉快に口端を引き上げ指で何かを絡め取った。 「楽に死ぬか。惨めに生きるか」 「い、・・・」 「死にたきゃ勝手に死ね。生きたければ、俺を受け入れろ」 「っ・・・・・・」 ず、と、一本の指が深く侵入する。その中でどろりと感じた流れ出る液体は、性感を表す白ではなく、身が引き裂かれる濁った、赤。内壁を指の腹で押し付け、ひっかくように爪先がうごめく度に痛感が刺激され細かな痛みが目の周りに走った。 「喘ぐくらいなら許してやるぜ」 ふと喉の手が緩まり、どっと空気が流れ込んだ。締め付けられていたものが開放され、荒く呼吸を繰り返す中でぽたりと涙が赤じゅうたんに落ちて染み込む。次の瞬間、右足がぐいと男の手によって上げられ、カチャ、とベルトの緩まる音を滲んだ視界の奥で聞いた。 ドアと厚い胸に挟まれて力なく座り込むことも出来ないまま、ヒリヒリと痛む入り口にべとりとまた、別の何かがあてがわれる。今までとはまた別の痛みが、下腹部を襲った。腰に回されたその腕に押さえつけられて、足先がじゅうたんを掠めて身が少し浮く。身体を揺らしながら奥へ奥へと入ってくる異物感に、ずきんと痛みが身体の中心を走った。狭く滑りの悪いそこへ、場違いなほど膨らんだ異物が押し広げ侵入する。 「っ!・・・」 言葉にも声にもならない激痛でぎりっと歯をかみ締めると、口唇にやわい痛みと鉄の味が滲んだ。そんなもの、下から突き上げる痛みに比べれば微塵も感じないに等しいものだったのだけど。 震えるほどに強く握った手が男の肩で泣いているように見える。その掌の中で汗がべとりと広がっていた。 真正面から身体を押し付けてくる男の喉が小さく鳴る。 細い息が通る。 生きたければ俺を受け入れろ。 絶対的な力に苛まれながら屈して、惨めに生きろ。 言葉に乗った熱い息が耳にかかり、またぞわりと神経を逆撫でした。 「・・・、いくぞ」 「っ・・・」 一度息を吐いた耳元の口が、そう小さく言葉を発した。それがどんな意味かを理解する間も与えずに、男はさらに足を上げさせそこに腰を押し付け繰り返した。 突かれるたびに身体の最奥でズキンと振動する。荒れていく目の前の呼吸とその振動が次第にその速さを増して息すら出来ないほど追い詰めた。 ガタガタと揺れ続けるドアが最後にがたっと大きく軋むと同時に、身体の中の異物が最奥まで突きたて、果てた。小さく漏れた男の声がその高まった息と共に消えていくと、足の間にまたどろりと流れる感触を感じ、熱いそれがすぐさま冷えて膝裏まで流れ落ちていった。 前にある大きな肩が静かに、でも大きく隆起し、その息をすぐに落ち着けて少し離れた男は目の前での顔をまた上げさせ、身体の中心を繋げたままその怪しく光る目を見せた。 「いいか、お前の絶対君主は神じゃない。この俺だ」 「・・・」 冴えない視界で、動作しない脳で、機能しない身体で、何を受け止めればいいのか、判らなかった。 捨て去るように引き抜かれた身体はあっけないほどに軽く離れ、はすべての圧力と鎖から解かれてじゅうたんの上に膝を崩す。細い肩で呼吸を繰り返し、まだ詰まった感覚のする喉が咳き込むほどにおかしかった。 まだ身体の奥は振動と熱と痛みを引きずっていて、中から止め処なく何かが流れ出てきているのも感じた。 それが何かも判らない。ただ、痛みと苦しみと気だるさがいつまでも襲った。 少し目を上げれば、暗かった窓の外が薄い青に変わっていることが判っただろう。 そうしてだんだんと白んでいく空が、いつもどおりの朝を迎えることが判っただろう。 でもそれらすべて、もう、自分には関係ない出来事のようだった。 すべては自分に無関心に、ただ、当たり前を繰り返す。 消えていく月明かりも 陽の差す夜明けも 溶けゆく夕陽も 鈍色に漏る雨だれも この世を彩る当たり前が無残に、たった一人を取り残して、 時は動く・・・。 |