ガラパゴス超進化論




原稿が仕上がった今、エイジの自宅へ赴く必要はないが、昨夜のことが頭から離れず福田はバイクを走らせていた。あの後、コンビニから戻ったは皆と一緒にコンビニ弁当を食べ、やはり涙なんて嘘だったかのように明るく楽しく喋っていたが、福田たちが帰宅した後は二人の様子など知る術は無い。静かな住宅街を疾走する黒いバイクは慣れた様子でエイジのマンションの前で停止し、ハンドルにヘルメットをかけ中に入ろうとするとすぐそばでタクシーが止まり福田は足を止めた。

「あれ、どうしたんだよ雄二郎さん」
「福田くんこそ。今日は仕事ないだろ?」
「いや、新妻くんたちが気になっちまって」
「それでわざわざ様子見に来たの? 君もホント物好きだな」
「そういうアンタはなんで来たんだよ。原稿はきのう上がっただろ」
「僕はコレだよ、ファンレター届けに」
「そのためにわざわざ?」
「はは、実は僕も今日休みなんだよね。やっぱ気になっちゃうよねぇ」

タクシーから降りてきた雄二郎は大量の手紙や小包が入った紙袋ふたつを両手に抱えており、福田はその片方を持ち肩に担ぐと一緒にエントランスへと入っていった。コンビニもアシスタントもない貴重な一日をこんな事に費やすなんて我ながら馬鹿げてるとも思えるが、昨日のあのの様子を目撃してしまった福田にとっては放っておける事態でもない。することが無く暇な休日を使ってミーハー気分で来た雄二郎とは断じて違うと思いながら福田はエイジの自宅の呼び鈴に手を伸ばした。

「まさか、真っ最中だなんてことは・・・ないよね?」
「・・・」

そんなことは押す前に言え。ピンポーンと軽く聞こえた音と同時に発言した雄二郎を睨み下すが、インターホンからは応答が無い。

「どうする?」
「どーするって・・・。開けて欲しくないならきのうみたいに張り紙すんだろ」
「そっか。張り紙が無いってことは開けてオッケーってこと?」

じゃあと鍵を取り出し雄二郎は玄関を開ける。
玄関口から「新妻くーん」と声をかけたのは、万が一を想定しての防衛線。
・・・しかしやはり応答が無い。すぐそこの寝室の扉は閉まっている。奥の仕事場の扉も閉まっている。

「どうする?」
「あいつの靴はねぇな」
「また新妻くんが隠したんじゃないの?」
「どうだかな。あいつ渋谷行きたがってたから出てったのかもな。服も渇いただろーし」

靴を脱ぎずかずかと中に入っていく福田を追いかけ、雄二郎も靴を脱ぎ捨てる。
突きあたりの扉を開けると、窓際の机にエイジの小さな後ろ姿が見えた。

「なんだ、いたのかよ新妻くん」
「おはよう新妻くん。ちゃんは?」

声がして、ゆっくりと振り返ったエイジは二人を視界に入れるとぼんやりとした口調で「おはようございます」と返した。マンガを描いているわけでも、奇声を発するでもないエイジがただ椅子に座っている。机の上には原稿。昨夜、ネームを描き直す羽目になったがあっという間に作り上げてしまったエイジは、いつもなら早速原稿に取りかかっているはずなのに、ただ、そこにいるだけ。

「どうしたの新妻くん、またちゃんとケンカでもしたの?」
「してません。は出て行きました」
「出てったって、遊びに? それとも帰ったってことか?」
「今は○×ホテルです」
「ホテル? こっから出てってホテルとったってことか?」
「それでもしかしてそのお金は新妻くんが出してあげたの? だから甘やかしすぎだってば」
の両親が迎えに来たです」
「え、両親? ちゃんの?」
「はい」

どうやら状況は思っていたよりも別の方向へ進んでいるようで、机の前の窓の外をまっすぐ見つめるエイジの両脇に立つ福田と雄二郎は互いに顔を見合わせた。

「もしかしてご両親とケンカしちゃったとか?」
「怒られました。元々の両親からは嫌われてるので」
「え、嫌われてるって、なんで? 親戚なんだろ?」
に会うことは禁止されてるんです」
「ええ? なんでまた」
「しょうがないです。ボクは、漫画描くしか出来ないですから」

声だけを聞けばいつもの新妻エイジなのだけど。
羽ペンを振り回し真っ白い紙にコマを振り、キャラが動き背景が広がりセリフが書き込まれ何もなかった台紙に世界が作り上げられていく。少年たちを惹きこみ、大人たちをも巻き込み、誰もが名前くらいは知っている日本一のマンガになろうとしているCROWをほぼすべてひとりで生みだしてきた天才、新妻エイジが、今は紙面の前でまるでただの人のように座りこんでいる。

「えーと、状況がよく分からないけど、新妻くん、とりあえず原稿は進めてくれるよね?」
「分からないです」
「分からないって・・・」
「分からないんです。マンガ。どうやって描いてたか、分からなくなりました」
「何言ってんの新妻くん、新妻くんがマンガ描かないなんてありえないだろ?」

ペンダコが弾け硬くなった指先。インクに染まる爪。トーンカスの張り付くスウェット。
真っ白いままの原稿。宙も舞わずに転がる羽ペン。静かな仕事場。ラフ画のままのCROW。
寝る・食う・マンガの三点しかインプットされていない新妻エイジから抜け落ちた、夢、希望、生命。

あの新妻エイジに、こんなことが起こるなんて。

「カッコ悪いじゃねーかよ、新妻エイジ」

心配して声をかけ続ける雄二郎を押しのけ、福田が机の上の羽根ペンを掴みとる。

「漫画家は、マンガ描かなきゃ漫画家とは言えねぇ。マンガで食ってるから漫画家なんだよ。アンタ、新妻エイジだろ? 高校生にしてジャンプで連載して一度も落とさずジャンプ一のマンガに仕上げたあの新妻エイジだろ? 仮にも俺が師匠と呼んでるアンタが、マンガの描き方が分からねぇなんて馬鹿言ってんじゃねぇぞ」
「福田くん・・・」
「アイツ言ってたぞ。夢のためならそれ以外のものなんて簡単に置いてっちまうって。マンガの描き方分かんなくなるくらい想ってんのに、アイツには何にも伝わってねーぞ。好きな女置き去りにしてまで描き続けたマンガが、アイツには何ひとつ伝わってねーんだぞ。そんなマンガに何の意味があんだよ!」

エイジも、も、想いばかりで下手なんだ。
それは元々組みこまれたものではないから。食べることや寝ることみたく元々備わったものではないから。
その感情は、マンガを描くことと同じで、意思がないと出来ないことだから。

「あんたの武器は何だよ、伝えたいものを伝えられるものはなんだよ、マンガだろ? 日本一の漫画家になるんだろーが、世界一のマンガ描くんだろーが! 夢だ希望だ言ってるジャンプを背負ってる漫画家が、好きな女泣かしてんじゃねーぞ!」
「・・・」

気がつけば握っていた。記憶なんてないころから見ていた。何もない田舎の街に百の世界が詰まったマンガ。
気がつけば描いていた。食べることも寝ることも忘れるくらい夢中になって描いた。
チラシの裏、算数のノート、机の上、テストの裏。
畳みに寝転がり何枚も描いた。夜ごと馳せた夢の色。
完成したマンガを真っ先に見せた。いつも隣に寝転がってた・・・

「・・・世界一の漫画家になって、ケッコンするです」
「え?」
「雄二郎さん、今週分描き直します」
「え、今週分って、きのう上げたやつ? いやそれは、無理だよもう出しちゃったもん」
「今すぐ描き直します。差し替えてください」
「イヤだから無理だって! 時間的に無理!」
「全部じゃないです。終わり5ページ、4時間で仕上げます」
「4時間!? それなら・・・間に合わないことも、ない、かな・・・?」
「やってやれよ雄二郎さん、中井さんも呼び出す」
「いやでもホントに4時間で出来るの? 5ページだよ!?」

携帯電話を耳に当て、まだ寝ていたらしい中井を呼び起こしながら福田はいまだ迷っている雄二郎にも編集部へ電話をかけさせる。そして福田は手にしていた羽ペンを突きだし、それを確かに掴み取ったエイジがリモコンで音楽をつけ大音量がスピーカーを叩いた。
真っ白い紙を見開いた目で見下ろし、目の前に映った世界を黒いインクでなぞりだす。

「ああ! また新妻くん、下書きもなしに!」
「それが一番手っ取り早い。新妻師匠を信じろ。原稿出来たら中井さんとアンタも手伝え」
「ええ? 君は!?」
「俺はあっちを引き受けるぜ新妻師匠」
「はい、お任せするです! ギューンッ!」
「え? あっちって!?」

怒涛の速さで直に原稿にマンガを描いていくエイジと、スカジャンのポケットからバイクのキーを取りだし部屋を出る福田の間で、うろたえる雄二郎は飛んできた一枚目の原稿を空中でキャッチする。玄関から飛び出し、バイクにまたがりエンジンをふかす福田は大きな音を引きずり静かな住宅街を走り抜けていった。


「おい、ここに青森から来た一家が泊ってるだろ! 娘を呼びだしてくれ!」
「はい? なんですか貴方」
って名前の娘だ、苗字は分からねーが、緊急なんだ、すぐ呼び出してくれ!」
「そんなことできませんよ! ちょっと、騒がないでください!」

エイジが言ったホテルに乗りこんだ福田はカウンターの従業員に掴みかかり、出さないなら一部屋ずつ回るぞ! とロビーの真ん中で大騒ぎした。多くの従業員が駆けつけ取り押さえられかけた福田だったが、そこにエレベーターから下りてきたが「福田さん!?」と驚き駆け寄ってきたことで福田は周囲の従業員を振り払った。

「ちょーど良かったぜ、やっぱお前たちは運命だな」
「え?」
「来い、今すぐ新妻師匠のとこに」
「は・・・なんで?」
「なんでじゃねぇ。お前にはそれを見届ける義務があんだよ」

がっしとの細腕を掴み、福田は再びロビーを突き進みバイクへ向かっていく。
ちょっと待ちなさい君! 誰なんだね!
一緒にいたの両親らしき二人が当然止めに入るけど、福田はにヘルメットを被せ後部シートに無理やり乗せすぐに発車した。

「ねえ! エイジが、何なの?」
「マンガ描いてるんだよ!」
「そんなのいつものことじゃない! きのうだってエージ、ずっとマンガ描いてたんだから!」
「次のネームだろ。でも原稿は真っ白だった。いつもならそんなことねーのに。それで今は、きのう仕上げた原稿を編集とケンカして無理やり描き直してる」
「はあ? だから何なの、マンガの事情なんて知らないんだけど!」

ぐんとスピードを上げ、は驚き福田のスカジャンにぎゅっと掴まる。
国道をひた走り信号を曲がり、細い道で車を追い抜き、住宅街へ。

「漫画家なんて地味で、部屋籠りっぱなしで汚くて、カッコよくもなんともねーけどな、俺たちはそれでもマンガしかねーんだよ! マンガ描くことでしか言いたいことも言えねぇ。でも今に新妻師匠のマンガは日本一になる。日本で一番ってことは世界で一番ってことだ。世界中が新妻師匠のマンガを欲しがる。新妻師匠を認める。お前が認めなくてもな!」
「だから、そんなの知らない・・・」
「お前は、新妻師匠はマンガ描く手止めてまでお前を欲しがらないって言ったけどな、お前がいなきゃ、新妻師匠のマンガは止まっちまうんだよ」
「・・・」
「新妻エイジからマンガ取ったら、何が残るんだよ!」

今や世界中に広がる日本の象徴とも言える文化となったマンガの、あらゆるジャンルのあらゆる世代のあらゆる描き方のマンガの中で、最も読まれ最も親しまれ最も愛される。それはとてつもない、幻想にほど近い夢。たった一人の指先から紡がれる、たった一枚の紙から広がる、壮大すぎる奇跡。それを、たった17歳の少年が起こそうとしている。夢、希望、情熱、友情。一人の想いが何億の手に。

「連れ戻したぜ新妻師匠!」

猛スピードで走り抜けた二人乗りのバイクはエイジのマンションに到着し、福田はエイジの元へを引っ張っていった。仕事場ではいつも通り、呼び出された中井が背景を描き込み、雄二郎がベタの記号部分を黒く塗りつぶし、窓辺の机でエイジが黒いスウェトの背に羽ペンを付けて大きな身振り手振りで奇声を発し原稿を埋めていく。

「ありがとうございます福田さん、原稿もう上がります」
「おお、俺も手伝うぜ」

スカジャンを脱ぎ棄てると福田は床に座り込み消しゴムをかけていく。大の男が4人も集まって、小さな部屋で机に向かい、細かな作業を無言でせっせと取りかかる。夢に向かっていたって、ぜんぜんカッコ良くなどない。好きなことに一生懸命になっていたって、ぜんぜん輝いていない。

「最後の一枚、完成です!」

ジャーン! と椅子の上でポーズを決め最後の一枚を高く掲げると、エイジは飛び上がり床に着地し原稿を床に並べ置いた。

そしてそっとドアの方を、そこに立ち尽くしてるを見上げる。
いつも見てきたエイジなのに、何故だかはその目に見られドキリと震えた。
エイジが立ち上がり、床をひたひた近づいてくる。
あっという間に距離は詰まり、目の前まで来るとエイジのインクに染まった黒い両手がに延びてきて、今にも泣き出しそうなを捕まえるとそのままに口唇に口付けた。

わ! とそれを目撃した中井が赤面し声を上げる。
それに驚き振り返った雄二郎も、福田もその方を見てブッと吹き出す。

「・・・」
「・・・」

しばらくしてぷは、と離れたエイジは、いまだ一言も発せないままのと向かい合い、しばらく無言の時が流れた。福田も雄二郎も中井も黙って二人を見上げている。けれども見つめ合う二人の瞳には何が通じているのか、二人して同時にふと笑った。
二人の間に流れた時と、通じた想いは、他人には分かる由も無いけど、の頭をしっかりと抱きよせ力の限り抱き合う二人は幼いながらも幸福な光が射して見えた。

「あれ、ちゃん、その格好なに?」

そんな二人の後ろから雄二郎がまるで空気が読めないような発言をして、床に這いつくばる福田は雄二郎を睨み上げた。しかしよくよく見てみると、はピンク色のドレスを着ており髪も綺麗にまとめ上げ、とても普段着のようではなかった。

「私、今からコンクールだから」
「コンクール?」
「東京国際ピアノコンクールです。はそれに出るためにウィーンから戻って来ました」
「は、ウィーン・・・?」

突然何の話か理解できない福田たち三人がポカンとエイジたちを見上げると、玄関からピンポーンと呼び鈴がなりドンドンドン! とドアが激しく叩かれた。

「エイジ! がいるんだろ、開けなさい!」
「誘拐みたいな真似してどういうつもりなの! 開けなさいエイジ!」

ピンポンピンポン激しく呼び鈴が鳴り、ドアが叩かれ続けている。

「あれってもしかして・・・」
「うちの両親よ」
「今日のコンクールが終われば明日には上海。それも終わればまたヨーロッパに戻ってしまう。また会えなくなります。それ嫌です」
「私もヤダ。エージのとこにいたいよぅ」

またぎゅうぎゅうと抱き合う二人は、ドアを叩く音も外の怒鳴り声も聞こえないフリして、昨日までまるでいがみ合っていた姿はどこへやら。

「青森に、天才がふたり・・・?」
「なんか、きゅーに馬鹿らしくなってきたぞ・・・」
「僕も・・・」

突然現れたエイジの彼女に振り回され休日返上で原稿をやり直す三人は、同じマンガ漬けの日々を送っていながらこの歴然たる差はなんなんだ? と現実を直視していられない。これが天才というものなのだろうか。これが天に愛されるということなのだろうか。これが運命というものなのだろうか。凡人には分からない。

人目もはばからず抱き合う二人を前に、床に頬杖ついてペンをくわえる福田は深いため息を吐き出して、完成にほど近い残り原稿を見下ろしまぁいいかと原稿に戻った。

しょうがない。これが、こんなものを一瞬にして描き上げてしまう、天才新妻エイジなのだから。


3週間後、再び原稿に追われる新妻宅の呼び鈴を雄二郎が鳴らした。

「すごい反響だよ、今週号のCROW。もうダントツ1位は間違いなしだろうね」
「へー、さすが新妻師匠だよな」
「あの描き直しが良かったんだよやっぱり」
「アンケートは? なんて書かれてるんだ?」

大音量の音楽がエイジのつけているヘッドホンにだけ響いて、本人はおそらく雄二郎が来たことにも気付いていないだろうが福田たちは慣れた様子で構わず会話する。あの時描き直した原稿はギリギリで入稿が間に合い差し替えられ、それが発売されるや否や大反響をもたらしていた。

「それが内容としては賛否両論なんだよね。あんなのはCROWじゃない、これまでと違う、ネタに詰まったか? なんて意見もあるよ。その倍くらい、泣いた、今までで一番カッコ良かった、続きが予想つかない、新妻にこんな幅があったとは、だって」
「はは、どっちにしろ大反響に変わりはねーな」
「そりゃはそうだよ。だってあんなCROW、いつもの新妻くんなら絶対描かないじゃないか」

原稿を描き上げジャキン! と振り返るエイジは雄二郎に気付きヘッドホンを外す。
あの後は両親に再び連れ戻され、コンクールには間に合ったそうだと聞いて福田は内心ホッとしていた。

「そういえばコンクールはどうだったんだよ、優勝できたのか?」
「いいえ」
「え、駄目だったの!? それじゃあまた・・・ご両親に怒られたでしょ」
「はい。青森の実家も今のウィーンのアパートも出入り禁止、電話も禁止になりました」
「あっちゃー、もう最悪じゃない。ちゃんなんで優勝出来なかったの?」
「曲を変えたそうです」
「曲?」
「ロックを弾いたそうです」
「・・・そりゃあ駄目だろうな、当然」

コンクールやクラシックの世界など知る由も無い三人だけど、そんな高貴な世界に反骨精神のロックがまかり通るわけも無いことくらい分かる。ジャンプで一位の作家になろうと、結婚なんて普通世間の親には反対されるのと同じ。世知辛い職業だなと福田は改めてため息しか出なかった。

「で、ちゃんはなんだって? あの回の感想」
「意味が分からないって手紙がきました。はいつもボクのマンガは好きじゃないって言います」
「あーあ、それじゃ差し替えた意味ないじゃないか。あれはちゃんの為に描いたようなものなのに」
「いいです。今後の展開も面白くなったし満足してます。皆さんありがとうございました」
「でも諦めねーよな新妻師匠、親の反対くらいでよ」
「もちろんです。ジャンプで一番、日本で一番、世界で一番の漫画家になってとケッコンします!」
「ヨッ、それでこそ新妻エイジ! これからも頼みますよ先生!」

外はほとんどの家が静まっているが、ここだけはいつも通り煌々と蛍光灯が付いている夜更け。

「でもなんでそこまであっちの親に嫌われてんだよ、新妻師匠」
「そうだよ、こんなに好き合ってるんだから認めてあげればいいのにね」
の部屋でしてる時に見られて、それから二度と家に上げてもらえなくなりました」
「してる、時・・・?」

仕上がった原稿を床に置き、エイジは両手を目の前でまるくスコープのようにかざしながら原稿をチェックする。回を追うごとに反響が大きくなっている今のCROWは留まるところを知らないよう。

「ボクの部屋でもゴムが見つかって会うこと禁止されました」
「出た、ゴム・・・」
「そりゃあ、俺が親でも反対するわ・・・」
「うん・・・むしろ同情するよ、ちゃんの親御さんに・・・」
「好き合う二人にはトーゼンのことです!」
「うん、もう、いいや・・・」

バサバサバサッ! まるで紙の中の主人公のように羽ペンを振るい机に戻るエイジはもう次のネーム帳を開き始める。今はもう、次から次へと展開が溢れ返って仕方ない様子だ。こんなことがしたい、こんな技を使いたい、こんな敵と戦いたい、こんなことを言わせたい。考え出したらきりが無い。枯れることを知らない泉は一瞬の間にざかざかと真っ白い紙を埋めていった。

マンガを描く以外、まるで能力が欠け落ちている子どものようなエイジなのに、だからこそ彼はこの世界で一番になれる素質を誰よりも持っている。凡人では行きつけない境地。理解できない思考。夢を仕事にするということは、現実を直視することだ。少年漫画を描き続けながら、少年のままではいられない現実。

だけど彼はこんなにも軽やかにこの世界を飛んでみせる。
こんなにも自由で、こんなにも我儘で、こんなにも夢に溢れている。
才能とか、天才とか、そんな言葉すらその頭の中にはないだろう。
そんな言葉を吐く前に、エイジは真っ白い紙にマンガを描いている。

彼しか持ち得ない夢を。彼しか知り得ない世界を。彼にしかない愛を。
ただの指先ひとつから、海の向こうまで。
この世界の頂へ。





ガラパゴス超進化論

4年越しの着地・・・!お待たせしてスミマセンでした。