「っ、ゴホゴホッ!いぎっ・・・」
「おいおい大丈夫か?痛み止め切れたか?」
「ゴホッ、ああ・・・」
暗い部屋の中でマットが立ち上がるとガサガサと袋から薬を取って水と一緒に持ってきてくれた。白い錠剤を口の中に雑に放り込んで、ごくりと飲み込む。水が喉を通って身体の中へと沈んでいくのが分かったけど、錠剤が喉を通る瞬間がまた痛かった。薬がそんなに早く効くはずもなく、水を飲むために上げていた頭をまたどさっと肘掛に下げて天井を見上げた。ベッドは沈みすぎて余計に痛い。血液が体内で流れるだけで痛みを感じる。
「やっぱ医者関係は整えといたほうがいいな。闇医者くらいいくらでもいるだろ」
「それもマフィアに入れば片付くだろ。ネットで見つかる程度の闇医者なんて使えねぇよ」
「でもまずお前が身体治らないと話進まねぇし」
「ほっときゃ治るって」
ああ痛ぇ・・・
考えるより先に口から漏れる台詞は、もう口癖のようになっていた。寝返ることも出来ない。この狭くて硬いソファの上じゃ元々寝返ることなんてそうそう出来ないけど、僅かにでも寝返らなきゃ人は長時間寝てられない。薬を飲んでも痛みで目が覚めて、傷が疼いて寝付けなくて、その痛みが頭に刺さって次第に全身に回って・・・
ボロボロだな。嗤うことすら痛くて出来ない。ため息だけだ、ラクに出るのは。
まぁ今じゃ、笑うこともそうそうないけど。
の側から離れて、3ヶ月が経った。時々電話をかけてしまうのは、自慰行為に似ている。堪らず手にとっては、後で恐ろしいほどの後悔が襲ってくる。でもまた手を伸ばしてしまう。声を聞いている間は痛み止めなんかよりずっと、血液が柔らかく全身を流れる気がするから。
どこにいるのかも、どうしているのかもは聞いてこなかった。聞かれても答えはしないし、そうなるだろうこともは分かってるんだろう。だから聞かないんだろう。なんでもない話だけしていた。もしかしたら黙ってる時間のほうが長かったかもしれない。そんな電波だけが繋がっている空間を、妙に愛おしく感じた。
言葉じゃ、現実過ぎる。
気持ちじゃ、彷徨い過ぎる。
まるで陽だまりの中で背中合わせで座っているような暖かさを感じられた。
「タダじゃ死なないとは思ってたけど、腹に銃弾食らって医者にもかからず生きてるなんてな」
「ここで死んだらお笑い種だ」
「まったくだな。神様でも味方につけたか?」
神様?
冗談にしか思えない単語を聞いて、視線を上げた。するとマットは顎でメロの身体を差して、メロは自分の胸に視線を下げる。首からかかっている鎖の先の十字架。
「・・・まさか。俺に味方する神なんて死神くらいだ」
痛み止めがまだ効かない。メロは少し顔を歪めながら腕を動かして、十字架を服の中にしまいこんだ。「神様は美人?」なんてマットが言ってくるからペッと吐き捨てた。
・・・本当はこんなもの、見たくもない。重くて重くて、首がもたげてしまいそうだ。ヴァンパイアのように皮膚に焼き付いて、一生消えない影になる。不必要にがんじがらめの鎖など誰が自分から欲しがる。
そうと分かっていても捨てないのは、自分への戒めのため。何が常識で何が正しくて、何が人として間違っていて何をすれば不幸になるかなんて、分かっている。それらすべてを承知した上で歯向かおうっていうのだから、我慢する。この十字架の重みを身に感じ、後悔しながら生きていけばいい。そんな人生がお似合いだ。
もう、この手は綺麗じゃないんだから。
「怪我治ったら動くんだろ?」
「ああ」
「じゃ、また当分は休みだな」
「すぐ治すさ」
「そー言わずゆっくり治せよ」
「お前ヤル気あるのか?」
「ヤル気ねぇ・・」
煙草を咥えて椅子から立ち上がるマットは、火をつけながら寝室へと歩いていった。
「俺は、お前が一言やめたって言や全然やめれるけど?」
煙草を咥えた口で聞こえづらい台詞を吐いて、マットは見えなくなった。
少し目を吊り上げたメロは、隣の部屋からテレビの音が漏れてくるのにフンと目を離し頭をソファに倒し、また痛んだ腹に顔を歪める。
やめる?
ふざけるな、やめることなんてできるものか。人生をかけたっていい。キラを捕まえられるなら、Lの倒せなかった敵を倒せるなら、1番になれるなら、すべてを犠牲にしてでも、その上で高笑いしてやる。
なんでそんなことを言う。
マットも、も・・・
ジャラっと首から提げた鎖を手にとって懐から十字架を出して、壁に向かって投げつけた。また反動で、ズキッと腹が痛む。大きな音を立てて壁にぶつかった十字架は鎖と共に床に落ちて、視界から消えた。
あんなものがあるから思い出すんだ。あんなものがあるから後悔する。
だからこんなに苦しくて、
声が聞きたくて、
会いたくて、・・・
ガシッと自分の額を掌で押さえこんで、こみ上げる感情を押さえつけた。
思い出すなよ
もう、未練たらしく想うなよ
俺はもう人を殺した、これからもっと落ちてくんだ
十字架なんてただの飾りだろ
頼むから、もう・・・
ブブ・・・ブブ・・・
机の上で振動音がして、メロは手の力を緩めて目を開いた。
さっきまで何も聞こえなかったのに、一瞬にして隣の部屋のテレビの音もちゃんと聞こえてくる。机の上で着信を伝えている携帯に手を伸ばして表示を見ると、番号が連なっていた。何度も何度も、頭と胸に刻み込んだ番号だった。
手を動かしても、腹の傷は痛まなかった。
・・・痛み止めが効いてきたからだろう。
のほうから電話をかけてくるのは、初めてだった。
どうかしたのか、と聞いたらは「メロが呼んだような気がして」と言った後で、なんてね、と笑った。何かあったんだろうかとか、耐えられなくなったのかとか、色々考えれば思いつくことはあったんだろうけど、電話越しのの声は思ったよりずっと明るくて軽くて、ああ、これが本当のだな、と思った。
「・・・会おうか」
と離れて、3ヶ月が経っていた。
また苦しい思いをさせただろう。会わなければ良かったと思わせたかもしれない。
『うん』
なのにそんな、笑ってる顔を思い返すほどの声をかけるなんて。
昔のまま、別れを惜しんだあの頃のまま・・・
気づけば短い秋は通り過ぎていた。
空は白んで、木枯らしが寒さを強調させていた。