力の限り抱きしめていたは一度涙を呑んで頬をぬぐうと、メロから離れて昔のようにあどけなく笑った。メロはまだ、昔のように笑えなかった。
「ずっとアメリカにいたの?」
「ああ」
「私もよ。ああ、だったらもっと早く会えたら良かったのに。もしかして、テレビ見た?最近よくテレビカメラ来てたから。それで会いに来てくれたの?」
はまるで、帰りの遅い子供を心配していた母親のように、メロの髪を撫ぜたり頬を覆ったり、その温かな掌でメロを実感する。ただただやさしくあるだけの掌。こんなに愛しげに触れられることなんて、何年振りか。それにも戸惑いがちに、ああとだけしか答えられないのに、はまだ乾かない瞳で見上げて、嬉しそうに何度も頷いた。
「今、何してるの?どこにいるの?」
「・・・」
「・・・あ、ニアもね、こっちにいるよ。キラ事件の調査してて、まとまったら本格的に動き出すんだって」
「ニアとはまったく別で動いてんだから、そういうこと俺に言うな」
「・・・」
昔より少し低くなった声で、メロはすと表情を堅くした。
はただ、施設で一緒だったニアの話として話しただけだろうけど、今のメロとニアはまったく別の世界にいる。いや、これからだ。まったく相反する立場になるのは。
メロが調べているキラ。ニアも調べているキラ。ニアの情報は確かに欲しいものではあるし、正道を外したからには手段は問わない。けれど絶対にそれを、を伝っては知りたくない。
まさかニアだってに重要な事は何ひとつ話すわけがないと分かっているけど、には欠片ほども関わらせたくなかった。
それに、こんなにも自然とニアの話をするは、ニアにメロの話をしかねない。それはつまり、には何も話せないことを意味する。だからメロは釘を刺した。
「ねぇメロ、また会える?」
「・・・」
答えないメロに、は表情を消していった。
ハウスを出て行ったときからメロは変わっていなかった。
いや、あの時以上にメロの頭の中は、Lと、ニアと、キラばかり。
「、遅れるよ」
「あ、はい」
後方からを呼ぶ声に振り向くと、はカバンの中から手帳を取り出しペンを走らせ、破ってメロに渡した。
「これ、私が今住んでるところと連絡先。ゴメンね、今ちょっと時間がなくて・・・夜にでも連絡して?」
は、今このままメロと離れればもう二度と会えない気がしていた。そんなメロから離れたくなかったけどそうもいかず、その紙切れが唯一繋ぎとめる術だった。それを受け取っても返事のないメロは本当に連絡してくれるか心配だったけど、託すしかなかった。
「・・・あ」
ふと下げた視線の先、メロのもう片方の手にあるものを見て、は笑った。黒いパッケージのチョコレート。
「やっぱりメロだ」
また一度「いそいで」と急かされるは、惜しみながらメロから離れる。
じゃあね、必ず連絡してねと最後まで願って、何度も何度も振り返りながら離れていった。
が見えなくなり、メロは手の中に残ったメモを見つめた。欠片も関わらせたくないと思いながら、何も答えないことしか出来ないなんて。手中のメモをそっと握りポケットにつっこんでメロは眩しい陽の光の下へ歩き出した。
ずっと持っていたチョコレートは手の温度とこの日差しで、溶けているような感触がする。案の定、開けて噛んでみてもいつものような音はせずにぐにゃりと折れた。感触のないチョコレートを食べながら歩いて、歩いて、その足で・・・遠い雨の匂いを思い出していた。
部屋に戻ったメロは指先に小さな袋を提げて中を見渡したが、マットの姿が見えなかった。ついに空腹をこじらせ外に行ったか。・・・と思ったが、奥の部屋を覗くと腹を抱えながらベッドに横たわるマットを見つけた。
「マット、これ食え」
「・・・あ、どこ行ってたんだよ」
のそりと顔をこちらに向けたマットは、こちらに差し出された袋を目にするとガバット起き上がり飛び付いた。中にはペットボトルの水とパンがあり、マットは袋をバリバリと破るとすぐさまかぶりついた。
「メシくらい買いに行けよ」
「死ぬかと思った」
命じれば渋々外出もするが、用が無ければ一切外に出ない。
施設にいたころは食事もきれいな布団も用意されたから良かったものの、自分たちの生活力のなさは想像以上だった。マットにいたっては食事すら面倒くさがる。はぁーあ、とわざとらしくため息をつくメロは手前の部屋に戻るとソファに横になり肘掛に頭を預けた。
「あ、なにこれ」
隣の部屋から聞こえたマットの声を気にも留めずにメロは寝落ちようとしていたが、ガサガサと袋をいじる音でパッと目を開いた。そうだったと思い出したメロはすぐさま立ちあがるとまた奥の部屋へ駆けこみ、マットが袋の中から取り出した紙きれをさっと取り上げた。
「何そのアドレス」
「なんでもねーよ」
「なんか調べんの?」
・・・そうだ。調べごとの内だと言えばよかった。
何もわざとらしくなんでもねーよ、なんて奪い取らずに。
「いや、これは違う。何でもない」
「何でもないなら捨てれば」
「うるさい。黙って食ってろ」
言い聞かせて出ていくメロはまたソファにどさり身体を預けた。
「寝んの?なんかやることある?」
「なんもねーよ」
戸口まで出てきたマットがフーンと手持無沙汰にベッドへ戻っていく。
いつものようにゲーム機の電源をつけ遊びだしたんだろう、音だけが届いた。
昨夜はあまり眠れていないせいで今頃眠気が襲ってきた。
ソファに横たわり目を閉じた途端、意識がとんとんと落ちていった。
メロの眠りは浅い。すると必ず夢を見る。まだハウスにいた頃の自分たち。
気分悪くもいつもニアがでてきて、夢なのにその中でさえ一番になることはなく。
そうして気分悪くしていると必ずが出てきて。
無邪気に笑って、俺のチョコを取っていくんだ。