シューティングスター




今まで、学校が嫌になることは何度もあった。
朝目が覚めるとまた1日が始まったことに憂鬱になって、もそもそ食べるごはんはうまく喉を通らなくて、どんなに天気が良くても学校までの道のりは気が重かった。同じ制服を着て同じ場所へ向かっているのに、横を通り過ぎていく人たちが楽しそうに学校に向かっている意味がわからなかった。

それでも最近は、穏やかな毎日を送れていた。
静かな毎日を送っていた。

「おっはよん、ちゃーん」
「・・・おはよう」
「今日もかーわいーにゃ・・」
「やめてください」

スズメがちゅんちゅんさえずる清々しい朝にとってもよく似合う、茶色い前髪をかわいいパッチンで留めてる湯舟君が、今日もキラキラ笑顔で現れた。彼の特徴ともいえるかわいいと噂の(かわいいか?)語尾は今日も健在で、でも私はそれにかぶさるように返答して先を歩いていった。

「ねぇちゃん、ちゃんは朝はごはん派?パン派?ちなみにオレはなっとー派」
「・・・、納豆派?」
「納豆があればごはんでもパンでもオッケィ!」
「・・・パンに、納豆?」
ちゃんは納豆すき?」
「納豆、食べれない・・・」
「ええっ、なんでッ?あんなウマイのに!?オレ3食納豆でもイケるよッ?」

あの臭みがどうしてもダメな私は信じられず、首をかしげながら昇降口へと入っていった。
登校ラッシュでたくさんの生徒が昇降口に入っていく中、明るいテンションとこのしゃべり口調、派手な茶髪に気崩した学ランと目立つ湯舟君は問答無用で人の目を引いている。そんな湯舟君のとなりから、私は逃げるように先を急ごうとするけど、湯舟君は跳ねるようについてくるから結局周りの注目に私も巻き込まれてしまう。

くつを履き替えてる子たちがこっちをチラチラ見てくる。
廊下を歩いていく子たちがヒソヒソ話しながら笑ってる。

「おっはよーにゃー、ひーやま、わーかな」
「おお」

くつを履き替える私のうしろで、向かい側の下駄箱で上履きを履きつぶす湯舟君は、歩いてきた湯舟君と同じクラスの桧山君と若菜君に手を振って笑顔を振りまいていた。

「めずらしーにゃー、来るの早くねー?」
「こいつが早く目ぇ覚めたからってオレまで巻き込みやがったんだよ」
「朝メシおごってやっただろ、いつまでも文句ゆーんじゃねぇよ。つかお前もはえーな湯舟」
「フフーン、俺にはちゃんがついてるからにゃー」
「はっ?」

湯舟君が話し込んでるうちに行ってしまおうと歩き出したけど、湯舟君がピースしながら言ったことに思わず声を出して振り向いてしまった。だって私は湯舟君になにもした覚えはない。

「なに、ダレこれ」
ちゃんだにゃーん」

湯舟君がうれしそうに私を紹介してくる。
けど、桧山君と若菜君は私を見て、プッと笑ってすぐその顔を隠した。
・・・もやっと嫌な気分になって、私はすぐその場から歩き出した。

ちゃーん、待ーってにゃ」
「・・・」

またうしろから、ピョンピョン跳ねて湯舟君が追いかけてくる。
なにが面白いのかわからないけど、湯舟君は最近ずっとこうなのだ。

「あの、もうやめてほしいんだけど」
「なにを?」
「そっちは楽しいかもしれないけど、私はすごく嫌なの。遊ぶなら、他でやってほしい」
「遊ぶって、ちゃんぜんぜん遊んでくんないじゃん」
「遊ばないよ、なんで私が湯舟君と遊ぶの?友だちと遊んでればいいでしょ?」
「えっ、オレってちゃんと友だちにもなれてなかったのっ?ぐわぁん、ショック!」
「・・・」

もう、ほんと嫌だ、こういう人。
こっちが真剣に言ってるのに、ちっとも真面目に取りつかずにヘラヘラはぐらかす。
こっちが本当に嫌がってることをちっともわかろうとしない。

やっと、2年になって、クラス替えでもやもやした生活から抜け出せたと思ったのに、大きな声でちゃんちゃんととなりを歩く湯舟君のせいでまた周りの目が私に集まってくるようになった。

コソコソささやき合う。ちゃんと聞こえるところで。
隠れてケラケラ笑う。ちゃんと見えるところで。

「ねぇちゃん、今日さぁー」
「もうやめて、私にかまわないで!」
「ええーっ、ちゃーん!」

周りの視線を振り切るように湯舟君のとなりから逃げだした。
たくさんいる人の間をかき分けるように走っていった。
うしろのほうではゲラゲラっと笑い声がわき上がっている。
角を曲がるときに少しだけ振り返ってみると、湯舟君が桧山君と若菜君と一緒に大笑いしていた。

ほらやっぱり、みんなで遊んでるだけだ。
ああいう人たち、すっごく嫌い。いなくなればいい。
私は静かにひっそり残りの学校生活を送りたいのに。

「はぁ・・・」

さすがに教室の中までは入ってこないだろうと、自分の席にカバンを下ろしてふぅと息をついた。お腹の底でモヤモヤしたものがなくならず、口を押さえて深呼吸をくり返す。

さんどうしたのー?大丈夫?」
「え、あ、うん。ちょっと走ったら気分悪くなっちゃって」
「あはは、すごい勢いで駆け込んできたもんね」
「あはは、うん」

話しかけてきた近くの席の子たちに笑い返しながら、イスにストンと座った。
ああ気持ち悪い、朝ごはんが上がってきそうだ・・・。

「また湯舟に付きまとわれてんでしょ?なんでそーなっちゃったの?」
「いやぁ、わかんないんだー。なんか遊ばれてるみたいで」
「ヤダよねそーゆーの。人で遊ぶなっつーのね。あたし言ってあげよーか、やめろって。あたし湯舟と去年同じクラスだったから言えるよ?」
「うん、でも、そのうち飽きると思うから」
「そうそう!あいつチョー飽きっぽいの!お昼ごはんにパン食べてて、半分食べてもう飽きたからあげるーとか言ってくんの!どんだけだよって!」
「あは、ヒドイなそれー」

やっぱり湯舟君はそういう人らしい。
あと少しガマンしていればさっさと忘れてくれるんだ。
それまで私は出来るだけ目立たないようにガマンしてればいいんだ。

っちゃーん!」
「・・・!」

まさか、教室までは追いかけてこないと思っていた私の安堵をブチ壊し、湯舟君が窓からぴょーんと飛び越えて駆け寄ってきた。

「なっ、なっ、」
「はい、ラブレターだにゃー」

イスから転げ落ちそうな私の机の前にしゃがみこむ湯舟君は、ピシャンと持っていた紙を机の上に置くと、テレるような笑顔を引きずりながらまたピョンと軽く教室を出ていった。嵐が去ったような残り香漂う教室で、あたりの視線は一身に私に注がれる。

「あははっ、マジウケるし湯舟!ラブレターだって!」
「あは・・・は・・・」
「なになに、なに書いてあんのー?見せてー」

周りの子たちが大笑いしてくれて本当に良かった。
私ひとりじゃこの空気の中をどう過ごせばいいかわからなかった。

となりの子が湯舟君が置いていったラブレター(ていうかただの紙切れを折っただけのもの)を開いてみんながそれを覗きこむ。そこには「ゆーみちゃんへ ともだちになってください」とふんだんのハートマーク付きで書かれていた。

「あははっ、女子かアイツは!」
「湯舟だからねー。さんどーするー?ともだちだって!」
「はは・・・、冗談だよ、きっと」
「ねー、ぜったい相手にしないほうがいいよ。ウソくさ!」

バカだねーあいつ、とケラケラ笑って、みんなで取り合ってまわし読む。どんどんくしゃくしゃになっていく。

「あ、ちょっと・・・」
「え?」

私はその子たちの手の中でくしゃくしゃになってしまった紙をもらって開き、湯舟君の文字が書いてある、裏面を見た。

「・・・」

それは、数日前に2年生全員に配られた、進路希望調査の紙だった。

なんでこれを、ラブレターにするんだあの男・・・!