シューティングスター




湯舟君と、そのうしろにはまた野球部の岡田君とか関川君がいた。

ちゃん、コレおみやげにゃー」
「・・・」

キラキラ笑顔の湯舟君は握りしめてたアメをハイと私の手のひらに落とす。
私はそれを見下ろして、そうだと思いだしてポケットからあの紙を取り出した。

「湯舟君、これ、返すよ」
「え!それはオレの気持ち返品ってことっ?どーしよ岡田ぁー!失恋しちゃったにゃー!」
「いや、しらねーよ」
「・・・」

うわんとうしろの岡田君に泣きつく湯舟君は、うっとうしそうに腕をはがされまた私の前に押し出された。
たとえばこんな湯舟君までもが全部ウソだったとして、ただ私がからかわれていただけだったとして、そこで私がみんなに笑われて、私はそりゃ冗談だよねーって笑い返して、それで終わりなら・・・それでいい。

「あのー、なんでダメなのでしょうか・・・」
「・・・」

でも、それだけじゃなかった。
私と一緒にいるだけで、湯舟君も笑われる。
私がヘンなことしなくても、なにもしなくても、私は笑われる。
そういう人間だから・・・私は・・・

「もう、やめて」
「え?」

そりゃそうだよ、だっておかしいもん。
こんなキラキラした湯舟君のそばに、私なんて、
かわいくないし、きれいでもないし、細くもないし、オシャレでもないし、・・・

「あ、こら湯舟ー、もうやめてあげなよー」
「・・・」

私が湯舟君に口を開こうとした、手前、誰かの声が間に入ってピタリと止めた。
トイレから出てきた同じクラスの子たちが、こっちに近付いてくる。

さんメーワクしてんだってさ、ストーカー湯舟ー」
「え?」
「ほらー、ラブレター返されてんじゃん!お友達になれなくってザンネーン」
さん純情だからさぁ、あんまりからかっちゃかわいそーでしょー」

私と湯舟君の間に入って、みんなが私をかばう。
笑って私の肩持って、笑って湯舟君いじって、笑って私を押しやって。
笑って笑って笑って。

「・・・あのさぁ」

みんなの向こうで、どんな顔をしてるのか分からない湯舟君の、声だけが聞こえた。

「オレ、ちゃんと話したいんだけど」

湯舟君の声が、みんなの笑い声をかき消した。
・・・けどそれも一瞬のことで、みんなはプッと吹き出して大きく笑い出した。

「あははっ、湯舟マジだー!」
「ちょっと大丈夫?かなり重症じゃない?」
「そっかー、湯舟ってアレなんだね、・・・?」
「あはっ、ちょっと、やめなって」

笑い崩れるみんなは「それでもダメー」と私を囲んで廊下を歩きだす。
どんどん離れてく湯舟君がどんな顔をしてるか。
それでもなにも言いだせない私は、この中から抜け出すことが出来ない私は、湯舟君からしたら同じ罪で・・・。

「ダメだよさん、湯舟ってちょっとヤバい。危ない道に走っちゃうよー」
「・・・」

同じ・・・だけど、湯舟君まで悪く言われたく、ない。
これでいいんだ。これでいいんだ。
もう湯舟君は笑われない。これでいいんだ。

これで。

「おい湯舟っ!・・・」

遠くで声がした。

「キャアッ!」

廊下にいた誰もが振り向き、私の両脇の子も、私もその声に振り向いた、瞬間。
私のとなりを歩いてた子が、背中を蹴り飛ばされ前のめりに倒れた。
誰かは叫んだけど、私はまるで何ごとか飲み込めず、倒れたその子に目を見開いて言葉を失った。

「バッカ湯舟!女だぞ、飛び蹴りはねぇだろ!」
「・・・」

うしろからバタバタと慌てた足音が駆け寄ってくる。
振り返ると、驚くくらい私のすぐうしろに湯舟君が、いつものキラキラ笑顔をかき消して、信じれないくらい怒った顔で息荒く立っていて・・・
ていうか、と、飛び蹴りっ!?

「なにすんだよ湯舟!」
「信じらんない!なに考えてんの!?」
「うるっせぇ!お前らムカつくんだ!」
「フザけん・・・キャアーッ!」
「あーもーやめろって湯舟ぇー!」

暴発した湯舟君を岡田君と関川君が止めるけど、女の子を蹴り飛ばしてもまるで怒り冷めない湯舟君は、その後も私の周りの子たちに殴りかかり蹴りかかった。私ひとり、呆然と立ち尽くして、騒ぎが大きくなり教室から駆け付けた野球部の人たちに押さえられてどこかへ連れていかれるまで、湯舟君の怒りは廊下で爆発し続けた。

暴れたくった湯舟君が連れ去られた後もみんなが騒然として、みんな「また野球部か・・・」って改めてささやき合った。その騒ぎは先生の耳にも入り、蹴り飛ばされた子は泣いていたし、その日は終日「野球部は職員室に来なさい」と校内放送が鳴り続いた。


「湯舟君ね、3日間の謹慎だって」
「謹慎・・・」
「岡田君とかに話聞いて川藤先生もフォローしてくれたみたいだけど、やっぱ相手が女の子だから、そうでもしないと収集つかないからって」
「あの・・・、野球部は?せっかく試合とか出来るようになったのに」
「ああ、うん。そこは、川藤先生がどうにかしてくれるんじゃない、かな」
「・・・」

川藤先生から湯舟君の処分を聞いてきてくれた八木さんがそれを私に教えてくれた。あれから湯舟君と野球部の人は部室にいたところを、駆け付けた川藤先生に事情を話して、湯舟君は保健室で蹴り倒した子にも謝罪をしたらしい。その後、処分を決定された湯舟君はすぐに家に帰され、3日間の自宅謹慎だそうだ。

「あの・・・、私が事情話したら、謹慎解いてくれるかな」
「え?事情って?」
「やめろよ」

グラウンド脇で話す私たちのうしろに、ユニフォーム姿の野球部の人たちがやってきて、声をかけた岡田君が私を見下ろしてきた。

「3日謹慎すりゃ問題ねーんだからほっとけよ」
「・・・」
「つーか事情話すってなに話すんだよ。お前にフラれた腹いせにやったことだから許してやってくれとか言うわけ」
「え?フラ、れた・・・?」
「あいつフォローしてどーすんだよ、あいつの気持ちが復活するだけじゃねーか。その気ねーならほっとけよ」
「・・・?」

・・・いま、私の脳内には疑問符がすし詰めになっている。
いったい、なにがどうしたら、私にフラれるとかいう言葉がこの世に生まれるの・・・?

「フったって、私が・・・?」
「ああ?お前湯舟に手紙突っ返しただろ」
「手紙・・・」
「あー!アレはあの手紙を返したんじゃなくて、湯舟君が進路希望の紙の裏に手紙書いたからさんは返そうとしただけで・・・」
「はぁ?湯舟のヤツ、フラれたフラれたって大騒ぎしながら帰ってったぜ」
「てゆーか昼休みにあの女たちがゴチャゴチャ言っても、お前べつに否定しなかっただろ!?」
「だ、だって・・・、私といると湯舟君、またあんなふうに笑われちゃうし・・・」
「はあっ?」
「私のこと・・・好きとか、からかってるだけだと思ってたし・・・」
「・・・」

私の卑屈になってしまった心が、この人たちに分かるわけない。
だってこういう人たちのせいで、私の心は形を変えてしまったんだから・・・

「あーあ、湯舟もむくわれねーな。こっちはメシ食ってる間ずーっとちゃんちゃんってバカ話聞かされてたってのによ」
「・・・」
「しょ、しょーがないよ!ホラ、湯舟君てなんかこう、なに言ってもウソくさいっていうかさ、フザけてるようにしか聞こえないっていうかさ、さんも信じられなかったんだよね!」
「八木、フォローになってねぇ」

・・・ああ、やっぱり、私のせいなんだ。
私がいろんなことを疑わずに、まっすぐ笑う湯舟君を、まっすぐ見ていれば。

「まぁ、それならいーんじゃねーの」
「何がいーんだよ安仁屋」
「3日すりゃもとに戻るんだからほっときゃいーんだよ。おら行くぞ」

安仁屋君の一声で部員の人たちはぞろぞろとグラウンドに入っていく。
なんか、不思議な感じ。傍から見てたこの人たちは怖くて、苦手な種類の人たちにしか見えなかったのに、今ここにいる人たちは、湯舟君を信じて湯舟君のために動いてる人たちで・・・。

「お前、明日覚えてんだろーな」
「え・・・?」
「明日の朝、早く来いよ」
「なんでよ、湯舟君謹慎中じゃない」
「んなのかんけーねーよ」

部員の人たちに続いてグラウンドに入っていく安仁屋君が、私と八木さんの前でボソリと言って通り過ぎていった。また八木さんと顔を見合わせたけど、八木さんはまた首をかしげていた。

いつもより一人足りない人数で野球部の練習は始まる。
マネージャーの八木さんと、川藤先生も混ざって小さなボールを追いかけ走る。
いつもなら湯舟君も同じようにあの中で練習してるんだろう。
怖かった野球部の人たちが、そこでは本当に純粋な野球部員にしか見えなかった。
湯舟君はじめ、容姿はそうは見えづらいけど。

早く、あの中に湯舟君を戻してあげたい。
早く3日が過ぎ去ればいいのにと思った。