Spring blue
十分取った睡眠時間を経て(いや、ここは睡眠学習としておこう)、さぁて今日も部活部活とカバンを担いで昇降口から外へ出た。すると、なにやらすぐそこに人だかりというか、数人の3年が通り行く生徒を引き止めているようで、なんだなんだとその光景を見ながらそのまま歩いていった。
「ちはーっす」
部室のドアを開けながら挨拶すると、中にいた部員はほとんど振り向き、中でも椅子に座ってバッシュを磨いてた神さんが丁寧に挨拶を返してくれた。
「神さん早いっすねー」
「そう?もうみんな来てるよ」
「え、マジすか!俺も授業終わってソッコー来たのになぁ」
まだ部活開始までには時間があるけど、1年で最初の大会を目前にしている今、スタメンのほとんどはもうすでに着替え終えて自主的に体育館へと集まっているようだった。ダラダラと時間ギリギリに集まってくる連中とはワケが違うんだ。自分もこうでなければ、1年だからなんて理由で試合から外されたくなんてない。と俺は、ロッカーにカバンを放り込んで急いで制服を脱いだ。
「清田、なんか落ちたよ」
後ろでキュッと小気味良い音を鳴らしてた神さんがそう言ったから俺は振り向いた。神さんは床に落ちた紙を拾い上げて「あれ、」といい、俺もその紙を見てさっきの出来事を思い出す。
「これ、人気投票のやつ?」
「そーっす、さっき下駄箱んとこで3年に渡されたんすよ」
「俺も朝貰ったな。今日はほとんどみんなこの話題だったよ」
そう神さんと話してると、周りにいた人も集まってきて「あーそれなー」と一気に部室内はその話題一色になった。
ついさっき、昇降口で通り過ぎる生徒を引きとめる3年に自分も漏れなく引き止められてこの紙を渡された。その紙には男が作ったんだろうと思わせるだだくさな字で「ミス海南決定戦!」と書かれている。つまりは男子による男子のための学校内女子人気投票だ。
でもそんなもの、2・3年にとったらいい娯楽かもしれないが、入学してまだ1ヶ月も経ってない1年に言われても誰が誰やらで、せいぜい同じクラスの女子くらいしか分からない。廊下や食堂であの人かわいーなと通りすがりに思ったところで、その人の名前なんて分からないのだから。
「今年の1年にかわいー子いるよな。肩下くらいの髪でさ、ちっさくってお嬢様タイプの子。清田、あの子なんてーの?」
「わかんねーっすよそれじゃ」
「いるじゃんダントツでかわいー子!」
「えー?俺同じ1年でかわいーって思った女まだいないっすよ」
「はは、清田目肥えてるんじゃないか?」
「そーっすか?フツーっすよ」
今のこの話題の盛り上がりっぷりを見ても、これは2・3年の余興であることがよくわかる。1年はただのオマケ。だからまぁ俺としては、人気投票を楽しむというよりもこの話題で今みたく2・3年の部員と喋れていることのほうがお得な気がしてならない。
同じ1年でこの部室を使っているヤツは少ない。練習中はそりゃ当たり前に山ほどいるけど、どいつもこいつも一歩引いた目で見てきやがるからまだダチらしいダチはいない。仕方ないな、天才というのはいつでもどこでも近寄りがたい存在だから。
「まぁ結果は目に見えてるけどな。どーせ1位は相田サキだって」
「誰っすか?」
「3年にな、めっちゃかわいー人がいるんだよ。おととしにもこんな人気投票あったんだけど、入学してすぐなのにいきなり1位かっさらったんだぜ」
「うっわマジっすか。すげぇっすね、見てみてぇー。その人に入れたんすか?」
「俺サキさんに入れた」
「お前彼女に入れてやれよ」
「人気投票と彼女は別」
「まぁトーゼンだよな」
それからも、最近誰だれがかわいくなったとか何組の誰それが実は結構かわいいだとか、俺には分からない話題だけどその話題は衰えることなく部活までの時間をあっという間に食っていった。こういうノリはやっぱ高校ならではだと思う。中学じゃ女とかレンアイとかよりまず楽しいこと優先で、ただ毎日ゲラゲラ笑ってるほうが多かった。
「神さんはもう誰かに入れたんすか?」
「え?ああ、うん」
「へー、誰っすか?」
「まぁまぁ、な」
「なんすかそれー」
頭上じゃまだだれそれの話で盛り上がってる中、輪の中にいながらあまり周りの話は聞いてなさそうに手に持った人気投票の紙を見つめてる神さんに聞いた。神さんは俺が見たところバスケ部の中じゃ爽やかさナンバーワンで、いつも静かに笑って周りの話を聞いてるみたいな大人な感じがする。先輩だけど緊張感もそんなになく一緒にいられる居心地のいい人だ。
「神さんの好きなタイプってどんなんすか?あんま想像つかないや。もしかして神さんもその3年の人に?」
「いや、違うけど」
「神は入れるヤツなんて最初っから決まってるもんなー」
「おい、やめろよ」
「えー誰っすか!教えてくださいよ!」
同じく2年の人にいきなりそういわれて、神さんは焦った様子でその人の口を止めた。なんだかその様子がマジな雰囲気を余計に感じさせるようだけど、神さんが好きになる女ってどんなだろうと、俺はますます興味惹かれて誰誰!と乗り出して聞いた。だけど神さんはそう簡単には口を割ってくれなくて、いつもの爽やかな笑顔で「また今度な」となだめすかす。その後時計を見上げればいつの間にか集合時間ギリギリになっていて、俺たちはバッシュを掴んで急いで部室を出て行った。
常勝軍団、県下最強と言われるバスケ部はその練習量もレベルも部員の数もハンパないけど、普段はみんな同じただの高校生でなんだか安心した。そりゃ試合に出るため上手くなるためにいろいろ犠牲にするものはあるしその覚悟もしてきたつもりだけど、それだけじゃ満足できない。なんでも同じだけ楽しむし、気持ちも注ぐ。
その手始めがこのテキトーさを漂わせる人気投票なのだ。誰に入れっかなぁ、明日からはかわいー子はちゃんと名前をチェックしながら見なきゃなぁなんて思いながら、ボールの弾む音が響いてくる体育館のドアを開けた。