みせかけのメリークリスマス




目前に控えたクリスマスのおかげで、普段は質素な病院の中もところどころに赤や緑が散りばめられ心踊る空気を満たしていた。どこかの病室で流しているのか、クリスマスのあの曲も聞こえる。鈴の音が夢を運んでくる。

「なんや、ようわからん、どういうこっちゃ!」
「わかんねーよ俺だって!」
「あいつ、翼が死んだこと・・わかってないのか?」
「でも、さっきまで翼がここにいたって・・・、信じられなくてそう思い込んでんのかな・・・」
「・・・」

検査の結果が出たからと病室を出て行ったの、空っぽになったベッドを見ながら4人は口々に不安と疑問を漏らした。があんまりにもいつも通りの笑顔と声を持っていたから、今はそれをどこかへおいてきてしまっている自分たちは誰も、真実を突きつける刃を持つことが出来なかった。

翼が死んだなんて事実を知ったら、のあの笑顔は絶対に消え失せる。

ガラッとドアが開く音がして直樹たちは咄嗟に口を閉ざして勢い良くドアに振り返った。でもドアの前にいたのはではなくの母親で、4人は驚きを落ち着ける息を吐きながら頭を下げた。

「今日、翼君、お葬式だったんでしょう」
「あ、はい、さっき」
「あの子を連れて行きたかったんだけど、あの子があんな状態だから、ごめんなさいね」
は、どんな状態なんですか?翼が死んだこと、分かってないんですか?」
「私も、病院の先生にもよく分からないの。きのうあの子が目を覚まして、つらいだろうけど言わなきゃいけないことだから言ったんだけど、あの子、翼君が無事でよかったって言い出して、何を言っても冗談にしかとらなくて、」
「それはやっぱ、信じられなくて、」
「それが、どこか違うの。あの子には、翼君が見えてるみたいで」
「・・・見えてるったって、」
「ええ、おかしなことなんだけど、あの子は本当に翼君がいるみたいに、しゃべるのよ・・・」
「・・・」

の母の話すことに4人は互いに顔を見合わせるけど、どういう意味なのかまったく分からなかった。

には翼が見えている?

だって翼はもうどこにもいない。暗い部屋の中で眠っていた翼は確かに冷たくて、小さな箱に詰められた翼は憎まれ口のひとつも言わなくて、全ての人の心の中にだけ痛く突き刺さる翼は今日、灰となって消えたのだ。

そんなはずがない、どう考えたって信じられない、おかしいと口走ると、の母は直樹たちを連れて病室を出た。クリスマスのリースがドアの窓にぶら下がる廊下を歩いて、一番奥の眩しく光っている日当たりのいいスペースまで来ると足を止めて、少し離れたところから突き当たりのソファの並ぶ向こう側に視線をやる。

「何照れてんの?へんなの」

温かい陽だまりから聞こえてきた声は確かにの声。明るく笑って慣れ親しんだような口調で誰かと話している。直樹たちも窓辺で日の光を浴びながら笑っているの背中を見た。

「ナオキなんて京都から来たんだよ?かわいそうじゃない。久しぶりなんだからどっか行っておいでよ。私は大丈夫だから」

ちらりと見せる横顔は少し上を向いて、まっすぐ目の前を見ている。
今まで何度も見てきた。あんなは。
いつも少しだけ見上げる位置を、見つめる視線。

「大丈夫だよ、さっき先生もすぐ退院できるって言ってた。ちゃんと治してすぐ退院するから、クリスマスのこと忘れないでね?」

いつも翼に見せていた顔。いつも翼にかけていた声。

「ダメ、絶対行くんだもん。約束だからね。翼と一緒のクリスマスは、・・・当分ないんだもん。絶対一緒にいたい」

いつも陽だまりのような、愛に溢れた光景だったものが、今はこんなにも冷めて見える。まるでそこに翼が本当にいるように、翼を見つめて翼に話しかけているがそこにいる。でもどう見たっての隣には誰もいなく、誰の声も聞こえない。

翼の死を受け止められないんじゃなく、認められないんじゃなく、には翼の姿が本当に見えている。愛しさの溢れる目で隣を見つめ、優しく甘えた言葉をかけるの姿が、純粋で、無垢で、・・・それが余計に怖く感じた。

とてもそのに声をかけることは出来なかった。事実を言い渡すことなんて絶対に出来なかった。こんなにどうして言える。翼はもういない、翼は死んだんだと、無残な言葉を。

「どないなってしまうんや、あいつ・・・」

に気づかれないうちに病室に戻ってきた直樹たちは、誰も何も言えずに言葉を飲み込んで、どうともできない、どうすればいいかも分からない現状に頭を抱えた。今のに現実を受け止めきれる力があるようにはとても思えない。怖くて誰も、何も言えない。

「信じられねーんだろうな。全身で拒否してんだよ、翼が死んだこと。俺だってまだ信じられねーし、信じたくねーしさ」
「だから翼の幻想見てるってのか?そんなのただの病気じゃねーかよ」
「六助、」
「翼がのうなって寂しいのはあいつだけやないけど、あいつ以上に翼の近くにおったやつも、おらんねんて」
「・・・だけど、」
「医者も様子見ながら時間かけて治療すりゃ理解できるようになるって言ってんだから、任すしかないだろ。俺たちにはなにも出来ねーよ。せいぜい、あいつが翼のこと理解できたときに、支えてやるくらいしか」
「・・・」

ついさっきまであんなにあたたかく降り注いでいた陽光は、いつの間にか厚い雲に隠れてしまっていた。日が暮れるのも早く、まだ夕方には早いのにもう薄暗くて、窓から外の冷気がひやりと伝ってくる。

今日は帰るか、と立ち上がる4人は、上着を持ってドアに向かって歩き出した。まだは検診から戻ってこないけど、今のにかける言葉も見せる顔も見当たらないから、また明日来ることをメモで残して帰ることにした。

そうして五助がドアを開けたとき、そのすぐ向こうに、がいた。
あまりに近くにいたに驚いて足を止めるけど、目の前にいるが、白くて薄い服とカーディガンを羽織っているだけの小さなが静かに自分たちを見上げていて、何を思っているか分からないその表情にひやりと寒気を感じた。

「もう帰るの?」
「ああ、また明日来るで、今日はもう疲れたやろ」
「そんなのいいのに。でも外もう暗いもんね、早く帰らないとまた雪降ってきちゃうかも。翼ももう帰るって。なんかね、会うの恥ずかしいんだって。なんでだろうね?」

ふふ、とは可愛く笑う。
そんなにホッと安心して、そのまま別れて4人は病院を後にした。

「あービビった、聞いてたんかと思ったわ」
「俺も」
「バカ、聞いてただろあの顔は」
「うそ、だって笑ってたじゃんあいつ」
「あいつに何が見えてんのか知らねーけど、あいつは元々認めたくないんだろ。あいつ自身気づいてても頭がそれを許さねーんだよ」
「なんだよそれ・・・」

灰色がかった重い雲はもう太陽の光すら滲ませずに重なって空に蔓延っていた。秒針が動くごとに気温がどんどん下がっていくように思えるほど、夜はあっという間に冷気に包まれる。星も見えない空に何も見えず、明日の方向も分からないまま、心に灰色だけが残った。

「あんな、翼が見たらどう思うかな」
「たぶん、めちゃくちゃ辛いやろな」
「危ないよ、あいつ、なんか、あのままもう戻ってこない気する」
「何言ってんだよ」
「翼がおったら、何があってもあいつは大丈夫なんやろけどな」
「・・・」

その、翼がいない。
雲が厚すぎて何も見えない空。
この夜のどこに、明日があるのだろう。


・・・ねぇ、翼、もうどこにも行かないで
やっぱり、離れるのは寂しいよ
スペインなんて遠いよ

ずっと、ずっと翼と一緒にいたい
翼の傍にいたい

ねぇ、翼・・・

私を置いて行かないで