みせかけのメリークリスマス




あれから何度か病院を訪れたけど、の様子は変わりなかった。
笑って、翼が今でも本当にそこにいるように話す。翼がいなくなったことを現実に受け止めなければいけない4人にとって、それは見るのも聞くのも辛いことだけど、翼が短い生涯で一番大事にしていたものを、消したくなかった。

ー」

また病院を訪れた直樹たちがガラッとドアを開けると、それに顔を上げたはベッドの上でさっと何かをふとんの中に隠した。

「ビックリした、みんなまた来てくれたの?」
「なんや、今なに隠した?」
「ダメ、見せない。ナオキすぐしゃべっちゃうもん」
「なんやねん、見せてみぃって」

ぎゅっと力をこめるから無理やりふとんを剥がすと、の手の中には連なった赤い毛糸があった。それを見た瞬間、翼のものだと悟るのだけど、すぐに笑顔を持ち直した。

「またかいな、お前は中学ん時からちっとも進歩ないなぁ」
「うるさいなぁ、翼が毎年編めって言ったんだもん。毎年おんなじマフラーなんて使えないだろって。ワガママだよね」
「うわー、あいっかわらずの王様ぷりやな」
「まぁあいつならそんくらい言うだろーな」

でも、どこかではそんなが癒しともなっていた。いまだに翼がいないなんてどうしても思えなかったから、こんな話をしていれば後ろのドアからひょっこり顔を出すような気がしてしょうがなかったから、きっと泣きじゃくるだろうより、変わらない笑顔を見せるを見ているほうがずっと安らかな気持ちになれたから、直樹も五助も六助も、に話を合わせ笑うことで、自分の心も癒されていた。

「今年のクリスマスは、なんか約束してたんか?」
「うん。一緒にイルミネーション見にいくの、去年行ったところがすごく綺麗だったから」
「そーか」

白い頬をほのかに赤らめるの顔は、他のいつよりも幸せそうに見えた。
翼が高校を卒業すると同時にスペインに渡ることを決めた時から、二人の笑顔はいつだって幸せでありながらどこか影の差すもので、溢れ出るというよりも、がんばって作り上げているような、綺麗に輝く雪の結晶のようだったから。

「そうだ、翼がね、言ってくれたの」
「何を?」
「翼、スペインには行かないって」

綺麗なのに、いつかは解けてしまう雪の華。

「え・・・?」
「もうどこにも行かないって。ずっと傍にいるって、約束したの」
「・・・」

嬉しそうに、手の中の赤い毛糸に指を絡める。手放してしまわないようにとぎゅと握る。

「もう、やってられんわお前ら、見せ付けんなって!」
「ほんと、いい加減にしろっつーの、見てらんねー」

思わず時間を止まってしまった直樹たちはハッと気づいて笑顔を取り戻した。小さな病室に笑い声を響かせていつも通りであろうと。今まで通りであろうと。翼がいた頃のまま。

「・・・翼がそう言ったのかよ」

なのに、その一番後ろで、柾輝だけが一度も笑顔を見せずにいた。大きな笑い声の間を簡単に通り抜けた柾輝の声は直樹たちの耳にも、にも届く。

「本当に翼がそう言ったのかよ」
「え?」
「スペインに行かないって?サッカー諦めたって、ほんとに翼がそう言ったのかよ。だったらそれ翼じゃねーだろ」
「おい柾輝、」

赤い糸が絡む指がぴたりと止まって、の目は移ろいだ。
翼が一番大事にしていたもの。

「お前が見てきた翼は本当にそんな奴だったのかよ、今お前が見てる翼はほんとに翼か?お前今まで翼の何見てきたんだよ」
「どうしたの、柾輝・・」
「現実から目逸らしてんじゃねーよ、お前だけ辛いとでも思ってんのかよ。翼が死んで、お前がそれ受け止めねーで誰が受け止めんだよ」
「・・・、翼が、しんだ・・・?」
「柾輝、やめんかい!」
「お前らもだろ、ヘラヘラ笑いやがって、誰もほんとのこと言わないで何が解決するってんだよ」
「せやからって今のこいつにそんなこと言ってどうなんねん!」
「・・・おい、っ!」

言い合う声が狭い病室の中で行きかう中、五助が突然声を上げた。ぎゅっと痛いほど力をこめて頭を抱えるは頭に入ってくるもの全てを拒絶して、小さくうずくまった。
そのの状態に手がつけられず、すぐ医者を呼ぶと4人は病室から外へ出された。混乱するは誰も傍に寄せ付けようとせず、病室の中から落ち着かせようとする声が届いてくる。居たたまれなくなって、直樹たちは病室の前から離れてロビーのソファに座り込んだ。

「せやから言ったやろ、今のあいつには受け止め切れんて。お前かて分かってたやろ柾輝、これであいつがどうにかなってしまったらどないすんねん」
「・・・」
「もうよせって、柾輝だって分かってなくて言ったんじゃないだろ。俺だって、」
「俺らが守んなきゃいけないのはあいつじゃないんだよ」

窓辺で外を向きながら、柾輝はぽつりと言葉を漏らした。

「俺らが守んなきゃいけないのはあいつじゃねーよ。翼が大事にしてたのはあんなあいつじゃない。あいつが翼を見ないなら、俺たちがあいつを守る理由なんてないだろ。あいつがちゃんとしなきゃ、あいつまでなくなっちまう。そんなの、翼が許さねーよ」
「・・・」

・・・自分たちの中にいる翼は、いつだって誇り高く咲き誇っていた。自分を美しく咲かせるために身を削る薔薇のように、高みを目指し自由に羽ばたいていた。たとえずっと大事にしてきた人と離れてしまうことになろうと、目指す先は見失わない。どちらかを選ぶんじゃなく、どちらも手にしてみせると我侭に自分を貫き通す、それが翼だったはず。

甘えや弱さじゃない。優しさを間違わない。
それが翼だったはず。
もう翼は、一番掴みたかったものを掴むことは出来ないから。

「あいつだけは絶対守ってやんねーと、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃねーよ」
「ああ、せやな」
「うん・・」

翼が大事にしていたもの。
自分が自分であること。諦めないこと。信じあうこと。
翼が好きだったを守ることが、自分たちに出来る最後の手向けだ。

「・・おい、あれ!」

窓の外に向いていた柾輝が突然声をあげ窓に両手を貼り付けた。
窓から見下ろせる真下の病院の入り口から走り出ていくが見えた。

「あのバカ・・・!」

窓から走っていくの姿を見た4人は急いで体を翻し廊下を走っていった。