サンタクロースなんて、本当はいない。 それが大人になるということなら、僕らは生まれたときから大人だった。 僕らの前にはサンタクロースなんて現れなかったし、プレゼントだって貰ったことなかった。 僕らは、みなしごだったんだ。
Happy merry X'mas - 2008 曇った空から渦巻いて降りてくる冷たい風は、町のホコリを巻き上げて視界を曇らせていた。 これが春の風に乗る綿帽子だったなら。ふわりとやわらかく落ちてくる真っ白な雪だったなら。 だけど落ちてくるのは幻想も夢も希望もありはしない汚れた現実。花は枯れ緑は失せ木々は枝になり、川の水は冷え固まるけど少し重みをかければすぐに割れてしまうから乗って遊ぶことも出来ない。寒いだけの冬。つまらない季節。 「かーずまぁー」 ゆらゆら揺れる電線の、向こうに広がる灰色の空。そのずっと遠くのほうに、一本の鉄塔が見える。きっと近くに行けば大きくて空に突き刺さってるように見えるんだろうその鉄塔も、これだけ離れていれば小指の長さくらいだ。ほら、左手の小指を目の前にして立ててみれば、同じ長さ。 「一馬ってばあ!」 「なんだよ」 目の前にかざしてた左手を引いて、一馬は呼ばれているほうに振り返る。その先には部屋の真ん中にふたつ並んでる机の奥で、座っている椅子を傾けてギィギィとバランスを取っている結人が、ガタンと勢いよく床に脚をつけてこっちを見ていた。 「なぁー、どっか行こーぜー。飽きちゃった」 「まだ30分も経ってねーよ」 「30分もやってりゃじゅーぶんじゃん。だってさー、今日はクリスマスだよ?外じゃいろいろやってるよぜったいー」 「バカ、外なんて行けるわけないじゃん」 そう言いながら一馬は窓から離れてドアのほうへスタスタ歩いていった。そしてドアの手すりに手をかけ勢いよく引いて見せる。だけどドアはガチャンと重く揺れるだけでびくともせず開きもしない。 「うっそ鍵までかけてんの?信用ないなぁー」 「あるわけないだろ。今月だけで2回逃げたんだぞ」 「そーだけどさぁー」 ちぇ、と机にうな垂れて結人は、寒さで流れてくる鼻水をずずっと左手にはめた手袋で拭った。床から冷気が漂ってくる真冬。そんな中この部屋には暖房らしい暖房もなく、散々使い古され汚れた毛布だけが寒さを紛らわす唯一のものだった。でもその毛布を一馬も結人も床に転がしているだけで使っていない。だってこんな寒さ、まだまだ序の口。夜になれば息をするのもつらいくらいの寒さが襲ってくるんだ。弱々しくても太陽光が見えている今はぜんぜんマシ。 「なぁ結人、あの鉄塔、何か知ってる?」 「ん、どれ?」 また冷気とホコリで白く曇った窓の元まで戻ってきた一馬は、窓の外を見ながら結人を呼び寄せて遠くに見える鉄塔を指さした。 「しらねー。あれがなに?」 「あそこにさ、橋があるんだよ」 「はし?」 「うん。でさ、あの橋の向こうには大きな街があるんだって。ここよりずっとでかくてきれいな街なんだって」 「ふーん。そんなにデカイ街ならクリスマスもせーだいなんだろな」 結人がははっと笑う息で窓がさらに白く曇る。 その隣で一馬は、じっと窓の外の鉄塔を見つめていた。 しばらくして、部屋の外にパタパタと近づいてくる足音が響いた。すりガラスの向こうに見える人影は冷えた廊下を足早に歩いて、ドアの前でガチャンと音を立てる。と同時にくしゅんと大きなくしゃみも響いた。 「はぁー、こんなに寒いとカゼ引いちゃうね。ちゃんと毛布かぶってた?」 ガラッとドアを開け聞こえた声は、ニットのセーターと帽子と靴下を何枚も重ねているのにどこか鼻声。白い息をもわりと生みながらにこりと笑って、取り外した鍵を片手に部屋の中を見渡した。 ・・・だけど、 「あれ・・・、一馬?結人?」 この狭い部屋に隠れる場所なんてありはしない。部屋の真ん中には机と椅子と、ぐしゃぐしゃの毛布が転がっているだけ。それにいつもに増して冷え切った部屋。それもそのはず。並ぶ部屋の窓の、一番左端の窓は全開で、その窓にかかっていたはずのカーテンはなく、ぴゅうぴゅうと冷たい風が部屋の中に吹き込んで。 「ああー!」 大声を出して窓に駆け寄るも、窓から垂れ下がったカーテンがむなしく揺れているだけで、その下の地面には二つの見慣れた大きさの靴跡がくっきりと敷地の外に向かって続いていた。 「また逃げられたぁー!」 寒い寒い空に解けていく叫び声。 その声を聞きとったものは誰も、部屋の中にいたはずの二人を見たものは誰も、いなかった。 -- NEXT -- メリークリスマス2008!今年もぜひお付き合いください。 |