Happy merry X'mas - 2008
01:嘘吐兄弟






狭くて四角い空にみぞれ交じりの風がぐるぐる渦巻く。だけども街を包む街灯や建物、行きかう大勢の人々の熱気に溶かされて、ただの冷たい風が硬いコンクリートの上を転がっていた。

今日という日を祝うため、いつも帰りが遅いお父さんも早くに帰ってきて、お母さんはごちそうの準備をして、子供たちは枕元に置かれるプレゼントを心待ちにしてる。恋人たちは寄り添って、寒い夜でも綺麗なネオンやツリーを求めて街を歩き、大人たちは着飾り透き通ったワインを飲んで十字架を胸に平和を祈る。

そんな大人たちが集う、街角の小さなレストラン。


「サンタクロースなんて、本当はいない。それが大人になるということなら、僕らは生まれたときから大人でした。僕らの前にはサンタクロースなんて現れなかったし、プレゼントだって貰ったことなかった。」


お店のガラスのドアから隙間風がぴゅうぴゅう吹き込んでドアを揺らしていた。冬の冷たい空気、あんな風が吹き込んでいたらとても寒いんだろうけど、このお店の中には大きな暖炉があってごおごおと強い火が店内を暖めているから、ドレスを纏う淑女は肩を出しているし、タキシードの紳士は首元を緩めている。

店の中はオレンジ色したランプとろうそくがゆらゆらと暖かな明かりを保っていて、白いテーブルクロスの上にはこんがり焼けたローストビーフ、丸々と太ったチキン、温かいスープ、真っ白いパン、色とりどりのケーキ。


「僕たち3人は、隣の小さな町に捨てられたみなしごだったんです。だから僕たちはクリスマスなんて一度もしたことがないし、欲しいものは自分たちで手に入れるしかなかった・・・。」


そんな店内の片隅のテーブルに座っている一馬と結人は、自分たちの周りを囲んでる大人たちに比べ、ボロボロのニット帽、黒ずんだ厚手の上着、かたっぽだけのてぶくろ、擦り切れた靴。寒さに震える結人を見かねて傍にいた婦人が結人に温かいスープを手渡した。ありがとうと弱々しく微笑む結人に、涙を堪えながらいいのよと微笑み返す。


「3人って、他にも兄弟がいるの?」
「はい、一番下に、妹がいるんです。僕たちはどんなに寒くてもおなかがすいても我慢できるけど、でも、妹はまだ小さいから・・・。それに今日はクリスマスだし、妹にクリスマスがどんなに楽しいものかを教えてあげたかったんです。でも・・・」
「でも?」
「でも、僕たちはプレゼントを買ってあげるお金がなくて・・・。だけど、だけど幼い妹にだけは、サンタクロースを信じて欲しかったから・・・、僕の右手のてぶくろと、弟の左手のてぶくろを、サンタさんからだよってプレゼントしたんです・・・。片方ずつのボロボロのてぶくろを、妹はとても喜んでくれました。」


ぽつりぽつりと紡ぐ一馬の話に、向かいにいた店主は堪え切れずに落ちた涙を拭った。隣の婦人は濡れしきったハンカチを握りしめながら「それで、妹さんはどうしたの?」と話の続きを求める。


「妹は・・・ある日、知らない大人がやってきて、妹は連れていかれてしまったんです。僕たちは訳が分からなくて・・・、必死に守ろうとしたんだけど、子供の僕らが大人に適うはずがなくて・・・。」


一馬の隣で、結人が温かいスープにぽつりと涙を落とした。
悲しくて、思い出したくなくて、結人は堪え切れずに立ち上がって店の奥に走ってうずくまった。結人の手から落ちたカップは床に落ちてゴロンと転がり、わぁっと泣きじゃくる結人の声と重なって大人たちは嘆くように憐れんだ。


「大人が憎いと思って・・・、大人はみんな敵だと思って・・・」
「おとななんてだいっきらいだー!」
「僕らは悪いことなんて何もしてないのに、どうしてっ・・・」


ガシャン、と一馬がテーブルを叩くと周りの大人たちは堪え切れずに嘆きながら涙を流した。酷いことを・・・、大人は勝手だ・・・、大人たちは口々に二人の少年たちの嘆きを口走り噛み締めた。

・・・そんな大人たちが悲壮に打ちひしがれている間に、店の奥でうずくまっていた結人はそっと大人たちの様子を伺い、静かに傍にある店のカウンターの中に身を隠した。大人たちからは見えないカウンターの向こう側を両手両足をつきながらこっそり進み、突き当たりにあるレジスターに歩み寄る。

そんなレジカウンターを背に、大人たちは涙を拭いながら一馬に遠慮しないでとお金を握らせた。戸惑いながらありがとうとお礼を口にする一馬の声を聞き取った結人は小さくプッと噴き出して、遠慮なんかするかよと抑えた声で吐き捨てながらレジスターの赤いボタンを押した。
押した途端にチンとレジスターが開く。その小さな音を耳に拾った一馬は咄嗟に目の前にある窓に目線を上げ、ぼんやりと外を見ながら大人たちの視線をさらった。


「今年も雪が降るのかな・・・。雪が綺麗だなんて・・・、そりゃあたたかい暖炉のある部屋から見ていれば綺麗かもしれないけど、僕らにとって雪は、ただ冷たくて・・・ただ哀しくて・・・」


クリスマスで満員続きだった店のレジスターにはたくさんのお金が詰まっていて、結人はお札もコインも一枚残らずポケットに詰め込んだ。奥まで手を突っ込んで全部取り出したことを確認すると、そっと頭を上げて見つけたカウンターの小銭がたくさん入った募金の瓶もおなかの中にさっと隠し入れた。そうしてまた床に両手をつきそろそろと元の場所に戻っていく結人は、カウンターから抜け出たところでバタンと大きな音をたてて倒れた。


「ぼく、もう、おなかがすいて力が出ないよ・・・」


倒れた結人に悲鳴を上げる大人たちは急いで駆け付け、大丈夫、しっかりしてと泣きながら抱き上げぎゅっと抱きしめた。

・・・すると、抱きしめられた結人の服の中から何かが毀れ、ガシャンと割れて床に散らばった。大人たちはピタリと涙を止めて床に散らばったものに目を留め、一馬はチッと舌打ちをする。


「これは、募金の・・・。もしかして・・・!」


号泣していた店主が涙を散らして慌ててカウンターの中へ駆け込むと、開きっぱなしの空っぽなレジスターが目に飛び込んできた。

それと同時に一馬はバッと立ち上がり目の前のテーブルに敷かれたテーブルクロスを引っ張りガシャーン!と料理ともどもお皿やグラスをひっくり返した。夫人の腕に抱かれていた結人もドンと突き飛ばして立ち上がりドアへと走る。いまだに何事か理解できない大人たちの合間をひらひらとテーブルやイスを倒しながら走り抜ける二人はあっという間に店のドアをくぐり抜け、その時初めて店の一番奥でわなわなと震える店主の叫び声が響き渡った。


「泥棒だーっ!」


荒れる店内でようやく状況を理解した大人たちが一斉に店の外に駆け出て遠ざかっていくふたつの影を視界にとらえる。


「このクソガキどもがーっ!!」


だけどもう米粒のように小さくなっているふたつの影は、パラパラチャリチャリ細かなお金を足跡のように散らばせながら、白んだ冬の空気に溶け消えるように走り去っていった。その様子はまるで冬の初めに舞い踊る雪虫のように捉えようがなく、ころっと騙された大人たちを嘲笑うかのように軽やか。
 


「このドジ!」
「ゴメーン!でもさすがの名演技だったぜ!」


べしっと隣の頭を殴る一馬と、高らかに笑い声を響かせる結人。
石畳の地面を颯爽と走るふたりについてこれる大人は誰もいない。


「でも大人ってバカだよなぁ!遠慮しないでーなんつってさ!」
「きっと人間って、生きた分だけバカになるんだぜ」
「ははっ!じゃあ俺、大人になんてなりたくねーや!」


空に渦巻く冷たい風とコンクリートの上をたったか走っていくふたり。二つの同じ足音は高らかに地面を蹴って宙を舞い、にぎわう聖なる街の雑踏を嘲笑って抜けていく。街には赤や緑や金色のネオン、もみの木にはリボンとサンタの人形、スピーカーから流れ続ける鈴の音、甘いケーキに大きなプレゼント。

だって今日は、クリスマスだから。
街に明かりとお金が溢れる年に一度の聖なる一日だから。


「一馬、次はどこ行くの?」
「決まってんじゃん、あそこだよ」


街を彩るクリスマスの景色の中、白い息を弾ませながら走り抜ける二人。
次第に傾いていく太陽の行く先。指さす方向に見える、高い高い煙突。


「あれが?」
「ああ。シイナの家だ」


これからはじまる、一世一代のクリスマスナイト。










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物語は一馬と結人を中心に進んでいきます。