Happy merry X'mas - 2008 賑わうクリスマスムードの街からは少し離れた郊外。大きな家々は静かな佇まいで、それでも庭の大きなもみの木やデコレーションケーキのようにネオンで飾られた屋根がチカチカと聖なる日を楽しんでいた。 「かずまぁー、まだー?もう疲れたよー」 「おっかしいなぁ、あそこに見えてんのに」 「つかれたよーさむいよーおなかすいたよー!」 「うるさいなー、さっき食べただろ。それよりお前も探せよ」 「一馬ひょっとして迷子じゃねーのー?」 「ちげーよ、ほんとに道がないんだって!なんなんだよこの壁!」 遠くの白けた空にちょこんと見えている赤い煙突。あれを目指してずっとずっと歩いているのになぜかそこに行きつかない。この寒空の中、自分たち以外に歩いている人なんて誰もいなくて、風に揺られる落ち葉だけがかさかさ前を転がっている。ずっと歩いてきた道の後にも先にも、たださっきからずっと道なりに壁があるだけで、煙突までの道がちっとも見つからない。 「もーどこだよシイナの家はぁー」 「・・・ていうか、もう着いてんじゃね?」 「え?」 道なりに延々続いている壁。その遠くに見えている赤い煙突。 「ってことは、これ全部シイナの家っ?」 「そー、なるな・・・」 軽く背丈を超える壁。その上に突き出た蔦が絡みついている鉄の棒。確かにさっきからずっとおんなじ壁が続いていた。この壁の向こうにはきっと、今まで歩いてきた道の分だけ大きな家が建っているんだろう。首を大きく後ろに反らしても見きれないほどの高さ、これでもかと目を見開いても収まらないほどのでかさ。 二人がぽかんと口を開けたまま壁の向こうを見上げていると、静かな空気の遠くから地鳴りのような音が近づいてきた。ブロロロ…と黒い煙を吐き出しながら迫ってくるのは大きな大きなトラックで、その荷台からは緑の葉っぱがはみ出ている。 その大きなトラックはビビーとクラクションを鳴らしながら一馬と結人の横を通り過ぎ二人はゲホゲホとむせ返った。 「なんだよあのでっかい車!あんなの初めて見たー!」 「あ、止まった。もしかして・・・」 二人が見送った視線の先でまた黒い煙を吐き出し停まったトラック。そこは一馬が思ったとおり壁の切れ目、屋敷への門があった。 二人は走り出し、トラックの影に隠れて門のほうを覗き見た。するとトラックの前のシートから赤と緑のクリスマスカラーのつなぎを着た男が二人、ぽんと飛び降り出てきて門の横の壁についていたベルを鳴らした。ジリリリリリ!と大きなベルの音が辺り一面に響き渡ると、しばらくして門から続いている屋敷の玄関からメイド服を着た女が出てきて、門の前までやってきて二人の男の前に立った。 「お待たせしましたぁトナカイ急便でーす!クリスマスツリーお持ちしましたぁー!」 「お待ちしてました、寒い中ご苦労様です。中まで運んでいただけます?」 「ハイ喜んでー!」 大きな声で答える二人の男はすぐさまトラックに乗り込んで、ゆっくりと開く門の間にトラックを進ませた。 「一馬、チャンスチャンス!あれに乗り込もうぜ!」 「よし!」 進みだすトラックがスピードに乗る前に、一馬と結人はトラックの荷台に捕まり急いで乗り込んだ。荷台のツリーが倒れないように張り巡らせたロープに捕まり荷台に上がると周りから見つからないように樹と運転席の間に隠れ、二人はしめしめと笑い合う。 「ラッキー、うまく入れたじゃん。このまま家の中まで行けちゃうんじゃない?」 「ああ」 「それにしてもさ、本当にこれがあのシイナの家なの?」 「間違いないさ、椎名は街一番の大金持ちなんだ。こんなでかい家、そうそうあるもんじゃない」 「おい、なんか聞こえねぇ?」 白い息をこぼしながらこそこそと話していた一馬と結人は、一枚隔てた前の運転席から聞こえた言葉にギクリと口を閉ざした。小声のつもりだったけどすぐそこの運転席に聞こえてしまったようだ。 「え?なんも聞こえないよ?」 「・・・ヘンだな、ガキの声みたいなのが聞こえたんだけど」 トラックを運転する男が訝しげに耳を澄ませている隣で、棒付きのあめ玉を口の中でころころ転がす助手席の男はケラケラ笑いながら「ラジオじゃないのー?」と軽く言ってのけた。 「それより、潜入成功だね」 「ああ、やっぱ狙い目だぜクリスマス」 「変装も完璧だしね!」 あめ玉を咥えた助手席の男が頭に付けたトナカイの角の飾りを揺らして笑うと、運転席の男は隣の男ほどではないがにやりと不敵に笑って見せた。 変装? 「この時期この格好じゃ誰も不思議がらねぇ。それどころか手招いて家に迎え入れる始末だ」 「クリスマスさまさまだね!」 「街一番のチョー金持ち、天才美術家の家だって俺らにかかりゃ楽勝だぜ」 「このトラックとツリー盗むのに時間かかっちゃったけどねー」 「いーんだよそこは。下準備ってのは時間がかかるもんなんだよ。それより誠二、忘れんなよ。屋敷の中に入ったら」 「わかってるって。俺がハンコくださーいって騒いで、その隙にあきちゃんが家の間取りを調べる!でしょ?」 「出来るだけ屋敷の奥で騒げよ」 ガタガタ揺れるトラックの荷台で、前の席から聞こえてくる会話を聞きながらぎゅっと口を押さえている一馬と結人は互いに顔を見合わせた。 「なに、こいつらもシイナの家に入り込もうとしてんの?」 「・・・みたいだな」 「こいつらも誰かさらわれたのかな」 「なわけないだろ、こいつらは完璧盗みに入ろうとしてるんだよ」 「盗むってなにを?」 きょとんと丸い目を向けてくる結人の前で、一馬は困ってぐっと口を紡いだ。 するとまた前の席から聞こえてきた声に二人は耳を澄ませる。 「でもその絵ってそんなに価値あんの?」 「当たり前だろ。天才美術家椎名翼。今までヤツが描いた絵は全部億単位の売値がついてんだ。きっと屋敷の中にはまだ世に出てない絵がゴロゴロしてるはずだぜ。それに今また新作を創作中って噂だ」 「それをごっそり丸ごと俺らがいただくんだね!楽しそー!」 テンションが上がってバタバタと助手席の男が暴れると、運転席の男も騒ぐなよと諌めつつ目の前のお宝に気分が高揚しているようだった。 「シイナってそんなすごいヤツだったんだな」 「・・・すごいもんか。あいつはただのヘンタイヤローだ。金持ちの権力振りかざしてやりたい放題、金持ちはみんな悪者なんだよ!」 ゆっくりと進んでいたトラックはしばらく行くと停まって、荷台は大きく揺れた。トラックの前では車から降りた二人の男とさっき門まで出迎えたメイドがツリーの運び場所について話している。 「行くぞ結人」 「え、どこに?」 「このまま乗ってたら見つかるだろ。ここから出てひとまずどこかに隠れるんだよ。どこかから屋敷の中に入れる場所を探す」 「うん!」 そうして一馬と結人はまたこっそりと静かに荷台の後ろへ進み、小さく顔を出して誰もいないことを確認するとぽんと飛び降り近くの木の影に隠れた。トラックの荷台に積まれていた大きなもみの木はロープが解かれ屋敷の中へと運ばれて行く。 次第に日は暮れ気温はどんどん下がる。 木陰が夕闇を連れてきて、街に赤や黄色の明かりを灯らせる。 ドアに飾られたリースが揺れる。 ろうそくに灯がともる。 ツリーが瞬きだす。 クリスマスの夜が始まる。 -- NEXT -- どうやら私は藤代に「あきちゃん」と呼ばせるのが好きみたいですね |