Happy merry X'mas - 2008 空が暗くなるにつれ、気温はどんどん下がっていった。震えが止まらず結人が大きなくしゃみを吐き出すと、バカ!と隣の一馬がその口をふさいで頭を下げさせる。大きな屋敷を囲むように続いている木々の影で、ふたりはもう一度そっと頭を出してみた。 「しっかしでかい家だなー。シイナってほんと金持ちなんだな」 「そんなことより入れるとこ探せよ」 「あ、あのドアは?」 「どれ?」 目の前にはいくつも窓があるのにそのどれもきちんと鍵がかかっていて、どこからも侵入できそうにない。大きな家なだけに警戒も厳重そうだ。どこか抜け道を探そうと一馬がきょろきょろと首を回していると、結人が遠くの隅にあるドアを指さした。屋敷には少々不釣り合いな小さなドアで、すぐ横にある窓の向こうにはキッチン用具や調味料が並んでいるところを見るとどうやら勝手口のようだった。 「よし、あそこから入ろう。窓から中の様子見てみようぜ」 「うん」 がさがさと体勢低く勝手口のドアに近づいていく二人は周りを警戒しながらドアに駆け寄り背伸びして窓から中を覗いてみた。そこは確かにキッチンだった。明かりはついていて暖かい色をしたオーブンでは何かがぐるぐる回っているけど、見たところ誰もいない。 「よし、開いてる。入れるぞ」 そっと勝手口のドアノブを回してみるとそれは簡単に回って静かにドアは開いた。二人はまたドアから中をそっと覗き込み、誰もいないことを目と耳で確認するとそろりと中に忍び入った。 「なんだ、誰もいないじゃん。簡単簡単」 「シッ、声が大きいって。行くぞ」 二人で声と足音を潜め、キッチンの出入り口からそっと顔を出して廊下に誰もいないことを確認した。ふかふかのじゅうたんが敷き詰められた長い廊下には、奥のほうに人の気配はするものの誰の姿も見えない。二人はよし、と気持ちをこめて軽やかに廊下を走りだした。 「どこかな。こんなでかい家、ひとつひとつ部屋確かめてたら夜が明けちゃうぜ」 「でもそうするしかないだろ。片っ端からドア開けてくしかない」 廊下の壁に張り付きながら、柱に隠れて、大きな美術品に隠れて、人がいないかを確認しながら一馬と結人は廊下を進んでいく。大きい割に人が少ないこの屋敷、どの部屋を開けても綺麗な絵画が飾られている。 「これ全部、シイナが作ったのかな」 「そーなんじゃないの。どこがいいのかぜんっぜんわかんないけどな」 「おれも」 また空っぽだった部屋のドアを閉めて、次の部屋へと駆けて行く一馬と結人。次々と進んでいくとだんだん人の気配が感じられるようになってきた。屋敷の隅だったキッチンからドアを辿って行くうちに、玄関のほうへときてしまったようだ。 玄関に程近い廊下の角までやってきて、一馬と結人は大きな花瓶の影に隠れながらそっと目を覗かせた。覗いた先の広いホールの真ん中には、先ほどトラックの荷台に積まれていた背の高いツリーがどんと置かれている。大きなもみの木をメイドたちが囲んで、星や雪の飾りをつけている。 「来たのねツリー。へぇー、いいもみの木じゃない」 「あ、奥さま!場所はここでよろしいですか?」 ロビーでどんどん豪華になっていくツリーの前に、奥の廊下からひとりの女の人が歩いてきてツリーを見上げた。 「奥さま、さまも一緒にツリーの飾り付けなさいますでしょうか」 「そうね、じゃ呼んでこよ」 その会話を聞いて一馬と結人は互いに顔を見合わせた。ロビーの奥の廊下へと歩いていくあの人のあとをついていけば・・・、そう思うけど、この広いロビーを見つからずに駆け抜けるのは困難だ。 どうしようと二人が足踏みしていると、別のドアがバタンと開いてその奥からバタバタとした二つの足音と大きな声が響いて、一馬と結人はそのほうに目を奪われた。 「さっすが椎名センセイ!今度の展覧会も大盛況!どの作品もついた値は億を下らない!」 「ふーん」 「これで次の新作発表会にもハクがついたというもの!今度の新作ならわたくし腕によりをかけて過去最高の値をつけてみせます!」 「ていうかまだ出来てないし」 「いいんですよセンセイの作品ならどんな絵でも瞬く間に売れてしまうんですから!」 長い真っ白なガウンを肩から羽織ってツリーの前まで歩いてくる、少し小さな男と、その後ろを手をこすり合わせながらぴったりとくっついてくる大柄で髪の長い男。 「あいつが、シイナ・・・」 腕を組んでツリーを見上げている男。この大きな屋敷の主で、街一番の大金持ちと言われ今もっとも注目を集めている天才美術画家、椎名翼。初めて見たその姿に、一馬は目を吊り上げてギリ・・・と歯を噛みしめた。 「ではセンセイ、次の発表会は来週あたりはどうです?」 「あの絵は売らない。アイコ、かおるは?」 「奥さまなら先ほど一緒にツリーの飾り付けをしようとさまをお迎えに行かれました」 「ちょちょちょ、センセイ!今なんとおっしゃいましたっ?」 「あの絵は売りまっせーん。じゃ僕もツリーの飾りつけ・・」 「センセー!何を面白くもない冗談を!センセイの新作といえど世に出なければ値がつくはずもない!値がつかない絵などただのガラクタと一緒です!いい絵は市場に出て人々が競り合ってこそ価値が出るのですよ!」 「アイコ、お茶」 「はい!」 「センセー!!」 大きなツリーを囲んで大勢の人たちがそれぞれに入り乱れる。 なんなんだこの家はと一馬と結人がじっと見届けていると、ひとりのメイドがパタパタとこちらへ駆けてくる。お茶を命じられてキッチンに行こうとしているようだ。キッチンといえば今二人が入ってきた場所、つまりは二人がいる廊下の先に向かおうとしているのだ。 どんどん駆け寄ってくるメイドに慌てて、一馬と結人は廊下の奥へと走り戻っていく。だけど走るうちにそのままキッチンまで来てしまって、メイドの足音もやっぱりついてくる。 「ヤバいよ一馬、どうしよう!」 「ど、どうしようたって・・」 パタパタ、迫る来る足音。 どうしよう、どうしよう、どうしよう。 「・・・あら、あなたたち、どなた?」 「ぼ、僕たちは・・・教会の者です。お祈りをしに来ました」 「まぁ、教会から」 まっ白い布で身を包んでいる二人の少年。もちろん一馬と結人。 よく見ればその体に巻きつけている白い布はテーブルクロスで、頭に被っているのはキッチンに飾り付けられていたクリスマスの帽子で、手に持っている棒は木ベラを逆さまに持っているだけなのだけど、アイコはそんなことにはさっぱり気付かずに「寒い中ご苦労様です」と深々と頭を下げた。 その様子は一馬のほうが「え?」と疑問を持つほど、アイコは純粋に二人をありがたく労り、あまつ「おひとつどうぞ」と持っていたテーブルの上のパンケーキが入ったかごを差し出した。結人はケーキに飛びつき手を出すけど、その隣で一馬がゴホンと咳払いをしたからすごすごと手を引く。 「この屋敷には、不幸な少女がいるようだ」 「不幸な少女・・・?少女っていったら、さまのことでしょうか。でもさまは不幸なんかじゃありませんよ」 「いいや不幸だ、不幸に決まってる!」 「はぁ・・・」 突然声を荒げられ、アイコは疑問に包まれながら頷く。 「その少女は今どこに?」 「さまのお部屋は東の塔のてっぺんです」 「東の塔のてっぺん・・・。今宵、その少女に真の幸福が訪れるでしょう」 アイコの言葉を一度復唱した後、一馬はそう言い残しひらりと体をひるがえして、結人と一緒にキッチンの勝手口から出て行った。 「なんだったのかしら・・・」 風のようにいなくなった二人の少年に首をかしげるアイコだけど、お茶を持っていかなければと思い出し、急いでティーセットを持って廊下を駆けていった。 「なぁーどうするんだよ一馬、外に出ちゃってさ」 「あのままじゃ怪しまれるだろ」 「いやぁ、あの人だったら今度はお茶くらい出してくれたかもしれない」 「・・・まぁ、確かに」 二人は外に出て、屋敷中にいるメイドから逃げ隠れるうちに屋敷の門を出てきてしまった。また屋敷を囲む高い高い壁が続く道を歩いて行く。結人はもらいそびれたケーキの匂いを思い出しながらぐぅとおなかを鳴らした。 「いいさ、居場所がわかったんだ。今夜また入り込む」 「どうやって?」 「・・・それは、今から考えるんだよ」 「じゃあ何か食いながら考えようよー、ハラへったぁー!」 「・・・。そうだな」 腹が減っては戦は出来ぬというし。 そうして二人は来た道を戻りながら、食べ物屋を探すことにした。 -- NEXT --
aicoさん、かおるさん、ありがとうございました!(まだ出ます) |