Happy merry X'mas - 2008 木枯らし吹く街角に、おもちゃみたいに小さなお店があった。窓からは温かい色をしたカーテンが覗き、ドアの上には木板をたてつけた看板が乗っていて「喫茶 カイロス」と彫ってある。 「俺、カレー!」 「ていうかカレーしかないし」 カウンターに二人並んで座る一馬と結人がメニューを閉じながらカレーを二つ注文すると、カウンターをはさんで向かいに立っているマスターらしき男は静かに返事をして、背中を向けてコンロの火をつける。 「でもさ一馬、夜はどうやってあそこに入るの?」 「シッ、ここでそんな話するなよ」 グラスの水を飲みながら聞く結人の口を、一馬は周りを気にしながらとめた。だけどこの店に警戒しなきゃいけない人間なんていない。客は後ろの窓辺のテーブルに座ってカレーを食べている男が一人いるだけだし、店員も今カレーを作っている男と、奥に鼻歌交じりにグラスを拭いている女の子がいるだけ。クリスマスにもかかわらず閑散としている店内に安心して一馬と結人は小さく話し出す。 「簡単さ、あの家金持ちのくせにぜんぜん警戒なんてしてなかった」 「そーだな、見つかっても、僕らは家がなくて寒くて仕方なかったから入ってしまったんです、とか何とか言えばいーんだよな。さっきのメイドも簡単に騙されちゃったし、大人ってバカだなー」 ははっと高笑いを上げる結人は椅子からぽんと飛び降りて、空っぽになったグラスを持って入口近くに置かれている水が入ったポットのところへ駆けていった。 すると、小さなクリスマスソングが流れているだけの小さな店内に、軽快な短音のクリスマスの曲が流れだした。一馬も結人も音のほうに振り返ると、そこには窓辺のソファに座っている唯一の客がカレーを食べながらポケットから携帯電話を取り出したのを見た。 「はーい、こちら市民の安全を守る正義の味方ユンちゃんでーす」 ふざけた電話の取り方をする男にぷっと笑いながら結人は一馬の隣へ戻って椅子に座りなおした。 「いま?今はーパトロール中だよー。ほんとほんと、信じてナオちゃん。・・・え?自転車が置いたまま?ああ、今日は、歩いてパトロールしてまーす」 狭くて静かな店内に、男の電話の声は一際よく響いていた。結人が一馬に顔を寄せて小さな声で「パトロールだって」とつぶやいて、一馬はそっと後ろの男を覗き見る。よくよく見てみればその男は黒い制服を着ていて、座っているソファには黒い帽子が置いてある。 「食い逃げとレジ荒らし?ああ、あの教会の隣のレストランね。子供の二人組、片方ずつのてぶくろの話?3人兄弟?なんだそりゃ」 最後の一口を食べ終えてスプーンを空っぽのお皿の上に置く男は、電話を持つ手を変えてなおも話し続ける。その電話の会話が気になって振り返る結人を、一馬は服を掴んで前を向きなおさせた。 「よくわかんないけど、いい大人が子供の作り話にコロッと騙されてお金を取られたと。じゃあとりあえず戻るよ、はーい」 会話を終えてピッと電話を切った男は、立ち上がると横に置いていた帽子を持ってカウンターに近づいてきた。コツコツと靴音が自分たちに近づいてきて、一馬と結人は背中を丸めて小さくなる。 「ヨーンサ、ごちそうさま」 「仕事?」 「うん。サボってるのがバレないうちに戻らなきゃ」 「ご苦労さま」 にっこり笑ってお金を渡す男は、持っていた帽子をビシッとかぶって見せた。その姿はシワひとつない制服も手伝って、どこから見ても街の警察官だ。またねーと店を出て行くお巡りさんがドアをくぐるとドアに付けられたベルがカランカランと揺れて音をたてる。 「ねぇ一馬、今のって、俺たちのことだよね」 「シッ、まだ何も言うな。店の人も聞いてたんだから」 こそこそと小さな会話を交わす二人は怪しまれていないかとそっとカウンターの向こう側にいるマスターに目を上げてみた。するとすぐ目の前にまっすぐこっちを見ているマスターが立っていて、二人はびくっと驚き体を響かせるのだけど、マスターは「お待たせ」と温かい湯気とにおいが立ち込めるカレーを二つ手渡してきて、二人は黙ってそれを受け取った。 「な、一馬、なんかやばくね?」 「すぐ出るぞ。早く食べろ」 「うん」 いいにおいを漂わせるカレーは空腹に刺激をもたらして食欲をそそる。大きなスプーンを手に取りカレーに手をつける二人は、大きな口でぱくりと大きな一口をほおばった。 「・・・」 その途端、みるみると顔を真っ赤にして、二人は辛ぇー!!と叫びながら水をごくごく飲み込んだ。 「うぇえ!なんだよこれ、辛ぇー!」 「信じらんね、ふつーじゃないよこの味!」 涙目で水をごくごく飲みほす二人がたまらず大騒ぎする。カウンターの向こうでマスターは小首を傾げながら鍋のカレーを一口すくって食べてみるけど、何がおかしいのかわからないとでもいうかのようにまた首を傾げていた。 「ったく、話になんねぇ。行くぞ結人」 「うん・・」 まだ涙を目にいっぱい溜めてヒィヒィ舌を出している結人にそう呟いて、一馬はグラスを持って立ち上がると入口近くの水が入ったポットのところまで歩いて行った。結人もそれに続いてグラスを持ち、椅子から立ち上がる。 ポットを手に取りグラスに水を流し入れ、ポットを置くと同時に二人は店のドアに向って全力で走りだした。急いでドアを開けるとドアについたベルがガランと大きな音を立てる。店員が追いかけてくる前に逃げ出してしまおうと二人は大急ぎでドアをくぐりぬけようとした。 だけど、ドアをくぐり走り出そうとした一馬と結人は、不運にも店に入ってこようとした誰かにぶつかって店の中へごろんと転がり尻をついた。 「あ?」 店に入ろうとした男は、ドアが開くなりぶつかってきた何かを見下ろして眉をひそめた。食い逃げが失敗して小さく舌打ちをする一馬はそれでも何とかこの場を凌ごうと頭を働かす。 そんな二人の子供を見下ろす強面な男と、その男の後ろからひょっこり顔を覗かせる棒付きの飴を咥えた男。二人の男はひょいと一馬と結人の前にしゃがみこみ、楽しげに二人を見渡した。 「なになに、食い逃げっ?やるーう」 「でも残念しっぱーい。運ねーなお前ら」 「あの・・・、僕らは、みなしごで・・・、ごはんを食べるお金もなくて・・・」 床に尻もちをついたままの一馬と結人は、目に涙をためてたどたどしく言葉を漏らした。 「ブーッ、0点。そういう演技は相手見てやれよ。俺らにそんな泣き落とし通用・・」 目の前の男はハッと笑い飛ばしながら馬鹿にするけど、次の瞬間男はどーんと突き飛ばされた。 「うえええ、かわいぞうっ、みなしごっ・・、かわいぞうーっ!」 「・・・。とにかく俺には通用しねーからな」 ぼろぼろと大泣きする男は、口にくわえていた飴を取ってこれも食べろと差しだしてくる。その後もかわいそうかわいそうと嘆き続け、その男に突き飛ばされた男は呆れた深い深い溜息を吐き出し、だけどきっちり突き飛ばされたお返しにバシッと頭を叩いた。 一馬と結人は目の前の情景になんだかついていけなくてぽかんと目の前の殴り殴られている二人を見ているのだけど、一馬はぽんと肩に手を置かれてゆっくりと振り返った。そこには、この店のマスターが静かに立っていた。 「食い逃げは駄目だよ」 怒るでも、笑うでもないトーンで呟くマスター。 目の前には勝手に殴り合っている意味のわからない二人の男。 一馬と結人はどこに逃げられることもなく、口を紡いで観念した。 -- NEXT --
英士は真剣に料理を作ってもマズイというミステリー。 |