Happy merry X'mas - 2008
05:激辛計画






鍋ではことこと、いい香りを立ち上がらせているカレーが煮込まれている。こんなにも食欲をそそるいい匂いなのに、これを一口でも口にした客はみんな決まって・・・


「・・・辛ぇええー!!」
「ぐっふぇぇあー!!」


こうなる。
腹が減っていたんだろう大きな口でカレーを頬張った二人の男は味を噛み締めたのも束の間、さらに大きな口を開けて叫び上がった。一人の男はゲホゲホと激しくむせかえり、もう一人の男は椅子から飛び出して床でのたうち回っている。カレーを運んだ結人は大騒ぎする二人に大爆笑してるのだけど、カウンターの中でカレー皿を拭いている一馬はチラリと横にいるマスターを見る。・・・だけど、


「そんなに辛いかなぁ」


やっぱりこのマスターは鍋に残ったカレーを一口食べて首を傾げていた。

一口は一口。食べた分は働いてもらわないと。
そう言われて一馬と結人は、警察に突き出されることなくこの喫茶カイロスで働くことになった。結人は来た客にお水を出したり注文を聞いたり、一馬は料理の盛り付けを手伝ったり皿を洗ったりする。やってらんないと思いながらも、警察よりマシかと何も言わずきゅっきゅとグラスを拭いた。


「なぁ、一馬一馬」


ひょっこりカウンターの向こうから顔を覗かせる結人がわざとらしくひそめた声で一馬を呼ぶ。


「あいつらって、昼間のやつだよな」
「ああ、シイナの家で会ったやつらだ。服装はもうあの時とは違うけど、二人の声とあの飴の男は間違いない」
「だよな。でさ、あいつら夜にまたシイナの家に忍び込む気だよ。なんか、計画立ててる」


計画?
それを聞いて一馬はこっそりカウンターから抜け出て、二人はテーブルを拭くふりをしながら二人の席に近づいていった。


「あー舌がバカになっちまった・・・。とにかく、あの家の警備は厳重だ、特に今は新作の絵があるってんでそう簡単に入れるもんじゃねぇ。でもあの家には1か所だけ穴があんだよ」
「ええー穴ぁー?うっそぉーそんなのなかったよー」
「バッカほんとの穴じゃねーよ、入れる隙があるってことだよ。思い出してみろよ、俺らがあの家に入ってすぐ、何があった?」
「家に穴ー、入ってすぐー?えーとー・・・、わかんないよー」
「なんでわかんねーんだよ!いーか?さっき椎名の家に入った時に・・うおっ!」


テーブルの上に紙を広げ向かい合って話しこんでいた二人だけど、テーブルの横に二人の子供が張り付いていたのに気づき驚いた。


「なんだよお前ら、あっち行けっ」
「ねーねー、なんの計画?」
「盗み!」
「なーんちゃってー!」


無邪気に問う結人に飴を咥えた男がさらに無邪気に答える。即座に向かいに座っていた男はおどけて見せたけど、なおも飴の男が「椎名の絵を盗むんだ」とカッコよく言うものだから男はまた「なーんちゃってー!」とおどけながら飴の男を渾身の力をこめて睨みつけた。


「俺たちは、誘拐!」
「・・・誘拐?されるの、されたの」
「するの!」
「何言っちゃってるんだい、かわいいおぼっちゃんたちが」
「俺たちおぼっちゃんじゃないよ、こっちは一馬、俺は弟の結人!」
「おとうとっ?」


結人が丁寧に名前を言うのを止めた一馬だけど、飴を咥えた男はなぜかそれに大きく反応して立ち上がった。


「いえーいきょうだーい!俺らもきょうだーい!この人あきちゃん、俺の兄貴!俺セージ、弟!そっちも兄弟こっちも兄弟みんな仲良し〜よろしくぅっ!」


いぇーい!
結人と、飴を咥えた男・誠二はパチーン!と手を合わせた。


「でお前ら、さっきの誘拐本気で言ってんの?だったら証拠見せろよ」
「証拠・・・?」


突然言いだした男・亮の言葉に一馬と結人はきょとんと目を向ける。


「年に一度のクリスマス。どこの店も稼ぎ時で商売繁盛。その中でも一番稼いでるところっていったらどこだと思う?」
「クリスマスに一番稼いでるところ?っていったらやっぱり、レストランじゃない?」
「おまえは?」
「やっぱり、デパート・・・?」
「そう、デパートだ。こんな凍えそうな日でもあったかくてメシも食えるしプレゼントも買える。特にこの街のセントデパートは今頃人でごった返してるだろう。そこでお前らなんか盗んでこい。金でも食いもんでも何でもいい。それが出来んならお前らいう、ゆうかい?信じてやるよ。椎名の家の入り方も教えてやる」
「ほんと?教えてくれんのっ?」
「やめろ結人」


結人の服をぐっと掴んで、一馬は二人の席から離れていった。

外はもう日が沈み、チカチカとクリスマスの電飾が賑やかに彩りを増す。
店の奥にあるテレビではクリスマス本番である夜の賑わいを伝えていた。

1年で一番の賑わいを見せるこの街一番のデパートは、プレゼントを買い求めてやってくる家族連れやカップルで溢れかえってきた。

年に一度のクリスマス。
プレゼントはどうぞセントデパートで!
鈴の音と一緒に流れるクリスマスソングに乗って、デパートは最後の盛り上がりを大いに賑わせている。


「・・・あれ、」


そんな大賑わいのデパートとは相反した、静かな喫茶店、カイロス。


「結局食い逃げされてる」


オレンジ色のランプに照らされたあたたかな店内には、もう誰もいなかった。












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舌がバカになっちまった(モエ)