Happy merry X'mas - 2008 その日、街の一角にある小さな駐在所は人と喧噪とがひしめいていた。この時期、何かと事件、もめごとが増えるものだけど、この日の駐在所は、穏やかじゃない。 「店の売上全部だよ、全部!こんな小さな募金箱まで盗もうとしたんだ!」 「でも結局は何も取らずに逃走、と」 「最初から怪しいと思ってたのよ!自分たちはみなしごで、妹が誘拐されたなんて嘘までついて!まったく、どう育てたらこんな厭らしい子が育つのかしら、親の顔が見てみたいわっ!」 「はぁ、皆さんでその話に夢中になってる間に盗まれそうになったと」 「こいつらどうせ隣町の子供だろ?こういう人間にデパートをうろつかれると店の品位に関わるんですよ!こういうやつらを放っておくから事件になるんだ、警察はもっとこういう人間をちゃんと取り締まってくださいよ!」 血相を変えてまくしたてる大人の怒号に、駐在所の片隅に座っている一馬と結人は聞いてない顔でそっぽ向く。そんな二人の悪びれない態度にまた熱を煮立てる大人たちを、駐在所の婦人警官のナオが調書を取りながら落ち着いてくださいとなだめた。 「でもデパートの売り上げも全額無事だったようですね」 「無事じゃないよ、売り子の服がなくなったんだ!」 「売り子の服?」 「サンタの服とトナカイの着ぐるみが盗まれたんだよ!」 「それもこの子たちが?でも持ってないようですけど・・・」 「そんなもん盗むかよ」 「なにぃ!?」 「あーあー!わかりました、じゃあなくなったのは着ぐるみだけということで、被害届け出しましょうね。ほら潤慶巡査、被害届け作ってください」 狭い中にひしめく多彩な声。年の瀬も迫る今日一日はこんな感じで何かと騒がしい駐在所だった。・・・なのに、それを全部ひとりで対処し回っていたのだ。なぜなら一番働いてもらわないといけないはずのもう一人の警官、潤慶は、パトロールと偽って駐在所を抜け出してばかりだったから。 今でも潤慶は、被害者たちの声に耳も傾けず自分のデスクで深く座りテーブルに足を上げ、手中の鉄砲を眺めながらクリスマスソングを鼻で奏でている。ナオはもう一度ユン!と急かすけど、どっしり深く腰掛けるその体は動こうとはせず、その上「あ、おなかすいた」とどっぷり沈んだ窓の外を見て言い放つ始末。潤慶のその態度にナオは痺れを切らして立ち上がり、急いで被害届けの紙を取り出した。 「ええと、レストランでの無銭飲食・・・だけどこれは最初からお金を取るつもりはなかったんですよね?」 「それは・・、こいつらが泥棒目当てだと知ってたらそんなことはなかったさ!」 「そうよ、こんなボロボロの服を着てるから不憫に思ってあげたのに全部ウソばっかり!まったく卑しい子!」 「うるせぇババア!」 「こら!あの、もうちょっと落ち着いて・・」 「汚いわ臭うわ、服だってボロボロ!その上片方ずつしかない手ぶくろなんて貧乏まるだし!これだから貧乏人は嫌なのよ!」 あーヤダヤダ!とハンカチで鼻を覆う貴婦人のあまりの発言に一馬はムカッと腹を立てて椅子から立ち上がり掴みかかろうとした。だけどその一馬の前にドンと現れた潤慶の足が一馬の行く先を阻み、一馬はピタリと足を止める。 床を踏みしめた潤慶は、手にしていた小さな鉄砲をハンカチを握る貴婦人の顔にまっすぐ向けた。黒光りする個体は潤慶の帽子の下の眼と同じようにギラリと鈍く光る。 向けられた銃口に目を剥いて硬直する貴婦人を前に、照準を合わせる潤慶は躊躇いなく指を引いた。その途端に銃口からポーンと飛び出たコルクの弾は、つながれた細い糸に飛び立つのを阻まれブラブラと鉄砲の下で揺れる。 「な、なっ、」 「ボロボロにならないとわからないあったかさってもんがあるんだよ」 きゅぽ、とコルクの弾を鉄砲に詰め直す潤慶は、「ヤバ、いーこと言っちゃった」とくるりと背を向けまた鉄砲で遊びながら鼻歌を奏でた。 「な、なんなんですのこの方っ!?」 「あーあー!すいませんすいません!この人はもう底抜けにヘンな人でー!」 キンキンと金切り声を張り上げる貴婦人をナオはなだめ続け、憤慨して帰って行く大人たちを疲れを押し隠した笑顔で見送った。 「ユーンー・・・!怒らせてどーするの、余計に時間かかっちゃったじゃない!」 「ナーオちゃん、怒っちゃイ・ヤ☆今日はクリスマスだよ?」 「仕事しろー!」 「はいはい、じゃあ調書作りまーす」 すっかり日が暮れたクリスマスの駐在所、軒下のむき出しの電燈がポツリと光を降らせ、やっと騒ぎが収まったそこをじんわりと照らしていた。潤慶は真ん中のテーブルのソファに椅子を変えると、二人肩を寄せ合う兄弟にこっちこっちと手招きをして、一枚の紙の前でコンコンと鉛筆を立てる。 「はい、君たち名前はー?」 「・・・」 「どこから来たの、おとーさんとおかーさんはー?」 「・・・」 「きょーは何月何日ですかー?天気は晴れですかー?」 「そこは自分で書きなさいよ」 監視するように隣に待機するナオにすかさずつっこまれ、潤慶はチェと唇を尖らせた。・・・だけども未だ部屋の隅の椅子に肩寄せ合う二人は、その口をつぐんで顔をそむけたまま。 ナオさん、調書が取れません!潔くあっさり諦めた潤慶に深い溜息をついて、ナオは奥に消えていった。ため息つかれちゃった☆と舌を出す潤慶は、それでも何も反応してくれない一馬と結人を見てまたチェと鉛筆をテーブルに転がした。 「黙ったままだとおうち帰れないよー。せっかくのクリスマスがこんなとこで過ごす羽目になってもいーの?僕はヤダぞ!」 「・・・」 「僕だってさ、クリスマスくらいお休みにしたいわけよ。大きいケーキとチキンをたらふく食べたいわけよ。ツリーの下にはプレゼントがあってさ」 「大人のくせにプレゼントなんて欲しいのかよ」 「大人だってプレゼントは欲しいさー。いくつになったって永遠の夢だよねーサンタクロースって」 「は?サンタクロースなんて信じてんの?警官のくせに」 「そりゃあ信じてるさー。サンタさんは信じる良い子のとこにしか来ないんだよーだ」 「・・・子供だからってバカにしやがって」 ポーン・・・ 潤慶がお気に入りらしい鉄砲のオモチャをまた発射させると奥のドアが開いて、戻ってきたナオがカップを4つ乗せたトレイをテーブルの上に置いた。どうぞと配られたカップは、ミルクが2つとコーヒーが2つ。 「僕ミルク!」 「待った!ユンはコーヒーにして。ミルク二つ分しかなかったんだから」 「ええー空きっ腹にコーヒーなんてサイテーだよ!」 キャンキャンと文句を言う潤慶だけど、ナオにキッと強く視線を向けられるとおとなしく黒い液体が入ったカップを手に取りずずずと吸い込んだ。 「どうぞ、寒いから体冷えたでしょ、あたたまるよ」 「・・・」 「さっきからこの調子で調書が進みませーん。ということで、続きは明日にしましょ」 「ダーメ、せめておうちの連絡先がわかるまで帰しません」 「だって早く帰って寝ないとサンタさんが来てくれないでしょー!」 「子供みたいなこと言ってないで早くする!」 オニっ!カップを口に当てながら小さく吐き捨てると、またナオの厳しい視線が飛んできてユンはずずずとコーヒーをのどに通した。その会話だけを聞いていればとてもここが警察署だとは思えない情景に結人はまっ白いミルクが入ったカップを手にしながらケラケラ笑う。 だけど、その隣で一馬は、膝の上の小さな手を固く握ったまま黙って、カタカタ揺れる窓の外を見ていた。 更けていくにつれどんどん気温が下がる冬の夜、星も月も見えない暗い淀んだ空が広がっていた。風も強いようで、駐在所の前の裸の木がゆらゆら激しく揺れている。こんな中で寝ていたら確実に冷え切って死んでしまうだろう。 「一馬、飲まないの?」 「いらねーよ」 だけど一馬はずっとこの駐在所から抜け出す隙を窺っていた。 何とかしてここから出ないと。連れ戻されてしまっては、抜けだしてきた意味がなくなってしまう。 こんなところでクリスマスなんて、こっちだってご免だ。 早く逃げなきゃ。早く行かなきゃ。 片方しかない手ぶくろの手を強く握って、一馬はじっと窓の外を睨んでいた。 -- NEXT --
原話から一番キャラが変わったのはきっとこの二人。 |