Happy merry X'mas - 2008
09:馴鹿小唄






大きな鶏肉を根底にジャガイモやブロッコリーが頭を見せる紙袋を持って英士は寒空の帰路を急ぐ。通り過ぎる家々からは暖かな光とおいしそうな匂いが発せられ、クリスマスの夜を最後まで楽しんでいる空気が立ち込めている。

そんな町中から外れていくにつれだんだん町の明かりも少なくなっていく。そこにひそりと明かりをにじませる、交番。


「・・・あれ」


その前を通りがかると、交番のドアのガラスから見覚えのある小さな二つの背中を見つけた。ガララとドアを開けると室内にこもっていた熱気が肌を撫ぜ、それと同時に中にいた潤慶が英士に目を向け、手前の椅子に座って背を向けていた二つの背中も振り向き目を上げた。


「あれ、どーしたのヨンサこんな時間に」
「通りがかっただけなんだけど、その二人どうしたの?」
「窃盗食い逃げ万引き。でも名前もどこから来たのかもしゃべらないから帰すことも出来なくてさ。遠い親戚でも遠い他人でもいーんだけどな」


一度振り向いた一馬と結人は、すぐに英士から目を離し体の向きを正面に戻した。二つの背中はもともと小さなものだったけど、いつになく小さく見える。


「一緒に帰るよ、この兄弟今はうちの従業員だから」
「ほんとっ?オジサン!」
「やっぱりおいてきます」
「・・・マスター!」


英士の言葉に結人は立ち上がり喜ぶのだけど、隣の一馬は一度目を向けただけですぐにまた目を伏せた。


「って言ってるけど?」
「・・・」
「それ飲んでさっさと帰んな。僕も忙しいんだよ、早く終わらせてクリスマスやんなきゃナオが泣くから・・」
「そんな予定ありません」
「あ、いたの・・・」


結局そのまま英士に連れられて一馬と結人は釈放された。

冷気が立ち込める冬空の中、英士が道を指し示すようにまっすぐ歩いていく後ろを、あてもない二人は一歩一歩を不安定に歩く。交番から出られたんだ、このまま逃げてしまえば自由になれる。・・・だけど二人は手袋を片方だけしかつけていない冷たい手を弱々しく握って、目の前の背中について歩いた。


「礼なんか言わないからな」


足早になりがちな冬の夜をゆっくりゆっくり3人は歩く。

大人は子供が悪さをするといつもなんでそんなことをしたんだ、どうしてそんなことをするんだとオニのような顔で問いただしてくる。なのに・・・


「・・・なんで何も聞かないんだよ」
「聞かないよ。なに、聞いてほしいの?」


白い息を生みながら少しだけ振り向く英士は笑ってるように見えて、一馬はバカにされた気分になってフンと吐きだした。


「自分の悩みでいっぱいいっぱいだよ。君さ、大人は強いとか思ってない?」
「は?」
「俺もひとつ聞きたいんだけど、なんで君、笑わないの?」


暗い夜道は星も出てなくていろんなものを隠してしまうけど、その表情は暗くて見えないわけじゃない。


「一馬は笑うのがヘタなんだ。ウソ泣きはトクイなんだけど!」


隣でいつも結人が大きく笑うから気付かないけど、誰も一馬が子供らしく笑ってるところなんて、見たことがない。

だって、こんなに寒くて、どうやって笑えばいいの。


賑やかなクリスマスのイルミネーションも届かない喫茶カイロスまで戻ってきた3人がカランと鐘のなるドアを開けると、真っ先に出迎えたのは激しく言い合うケンカの声だった。


「いーじゃねーかよトナカイで、角あってカッコいーだろ!」
「ヤダー!俺もサンタがいい!」
「しょーがねーだろ1着しかねーんだから」
「いっつもそうだ、俺はトナカイじゃない!俺だってサンタがいい!」
「いーじゃねーかよトナカイなんて歌があんだぞ!まっかなおっはっなっのぉー、トナカイさーんーはぁー、いっつもみーんーなーのぉー、わーらーいーも・・」
「ほら・・・笑いものじゃーん!」
「いーじゃんウケててオイシーだろぉっ?」
「笑いものじゃーん!ヤダー俺もサンタがいいー!」
「何してるの」


騒々しい店の中にひそりとした英士の声が届くと、立ち上がって何かを取り合っていた亮と誠二はピタリと止まって息を落ち着けた。


「あ、ドロボー兄弟!まだここにいたんだ」
「おお、ユーカイ兄弟。お前らどーやって交番から逃げてきたんだ?」
「えっ、なんで俺らが捕まったの知ってんのっ?」
「ヘタクソだなーお前ら、そんなんじゃ誘拐なんて出来ないぞ」
「そんなことないよ、今回はちょっとヘマしただけだもん」


取り合ってた物をテーブルの上にばさりと置いて亮と誠二は窓辺の席に座りなおし、二人に寄っていく結人もちゃっかり誠二の隣に座ってテーブルの上のスープに勝手に口付けた。

カウンターの中に入っていく英士は奥にいる沙樹にただいまと声をかける。その一番最後に店内へ入ってきた一馬も結人のいるテーブル近くまで歩いていくと、テーブルの上に置かれた見覚えのある色彩の服に目をとめた。


「これって・・・」
「ん、あそれ?」
「・・・」
「あ、なにこれ。サンタの服と、うわートナカイの着ぐるみ!」
「な、それイケてんだろ?言ってやってよコイツに」


さっき捕まった時にデパートの店員が、売り子のサンタやトナカイの服がなくなったと騒いでいた話。ただの言いがかりだと思っていたけど、まさか自分たちをけしかけたこいつらの仕業だったとは。


「こんなのどうするんだよ」
「なーそれより俺すげー腹減っちゃったー、マスターなんか食べ物ちょーだーい」
「カレーでいい?」
「いやっ、あれはー」
「何言ってんだクリスマスといえばチキンだろチキン!」
「え、チキンあんのっ?」


チーキーン!チーキーン!
一馬の言葉は騒がしい二人の声にかき消されて、その奥で薄い笑みを浮かべてる亮も頬杖をついて窓の外に視線を流した。

四角い窓の外には真っ暗な夜の空が続いていて、遠くに見える一際大きな屋根のてっぺんから延びている煙突はもくもくと煙を出している。

明るく洩れる家の灯。
あたたかく溶けていく暖炉の煙。
きっとどこの家々も、今日はあたたかさで満ちている。

あの煙突の煙が消えるまで、あともう少し。








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三上熱唱。