Happy merry X'mas - 2008
11:棒付恋慕






白い息を弾ませて、絶景絶景!と屋根の上から街の明かりを見下ろすトナカイ。
空の中で風に煽られて体勢を崩しながらも棒付きキャンデーを離さないトナカイ。

この街一番の大きな屋敷の屋根へ上り、中央の一番大きな煙突の口に行きついたふたりはそこから一気に屋敷内へと侵入し暖炉の中に着地した。灰を踏みしめて外の様子をうかがうけど、もうすっかり寝静まった真っ暗な屋敷に誰の影も見えず、ふたりは堂々と暖炉から出て高級そうな床を踏みしめた。


「よし行くぜ誠二、地図だせ地図」
「へ?」
「地図だよ、屋敷の見取り図!」
「あー」


先を歩いていく亮は誠二に振り返るけど、後ろの誠二は地図を出すどころかその両の手のどちらにもそれらしき紙は持っていない。


「おい、地図は」
「あー、えーっとねー、さっき屋根の上で風がビューって吹いてー」
「ああ?飛ばされたのかよ」
「ううんそれで寒くてクシューンでくしゃみが出て、鼻水出たからそれでチーン!って」
「かんだのかよ!」
「それで汚いからくしゃくしゃポイって」


誠二の頭のトナカイの顔を殴るとバコッ!と鈍い音がした。
頭の上のバランスの悪い角がぐらぐら揺れる。


「バッカかお前!それじゃこのバカ広ぇ家のどこに絵があるかわかんねーじゃねーかよ!」
「んー困ったなぁー・・・!」
「困ったなぁじゃねぇよテメェ・・・!」


誠二の頭を抑え込んで分厚いトナカイの顔をぼこぼこ殴る。
イタイイタイ、あれでも痛くないと楽しくなってきた誠二はケラケラ笑い、それがまた頭にくる亮は能天気な相方トナカイを締め上げた。

だけどその手はぴたりと止まる。
締め付ける誠二の向こう側、大きな暖炉の上に目的の、絵が飾ってあったから。


「・・・俺らひょっとしてチョーついてるんじゃね?」
「わはは、ラッキーラッキー!」


顔を見合わせるふたりはニカリと笑って絵に駆けていく。
暖炉に上り、大事に飾られている額縁を下ろすとそのまま額縁ごと背中につけていた大きな白い袋の中へ入れた。


「誰かいるのー?」
「!!」


真っ暗な部屋の中、突然ぽっと現れた声にふたりはビクリと驚き暖炉から落ちそうになった。一瞬にして動きを止めあたりの様子をうかがうと、部屋の出入り口のほうからパタパタとせわしない足音が近づいてくる。ランプを持ったその声の主は閉じまりの確認をしていた椎名家のメイド、アイコ。


「ヤバいよヤバいよ、どーするっ?」
「バカ、声出すんじゃねぇよっ」
「くるくる!こっちくる!」


だからぁ!
無理やり誠二の口を閉ざすけど、この寝静まった暗く静かな屋敷にたとえ小さかろうと喋り声は響くもの。ランプの明かりはどんどん奥の暖炉へと近づいてきて、ふたりは咄嗟にうずくまって身を隠そうとするけど、


「・・・トナカイ・・・」


全身茶色い、角が揺れる真っ赤なお鼻の着ぐるみ。
気づかれないはずがない。
得体のしれないそれにアイコは声を出すのも忘れて不審げに近づいてくる。
ランプの明かりがやがて頭の先まで照らし出し、ふたりは意を決して暖炉から飛び降りた。


「キャアッ」
「こんばんはおじょーさん!俺たちトナカイです!」
「は・・・?」
「よい子にプレゼントを持ってきましたよー、おじょうさんはよい子かな?」
「はぁ・・・、あら?」


アイコの傍まで詰め寄ってわははと笑顔を振りまくトナカイふたりに、アイコはきょとんと目を丸くしていた。そのトナカイの片方の、口から飛び出ている棒に見覚えがあって、アイコはじっとその口を見詰める。

この棒付きキャンデー、どこかで見たような・・・。
どこでだったかな・・・


「あなた・・・、今日のお昼にもここにこなかった?」
「えっ?」


そうだ、この棒付きキャンデーを咥えた人。
お昼にツリーを運びこんできた人と同じだ。
仕事中に飴を咥えてるなんて、と思ったのだから、間違いない。


「やっぱりそうだ、あなた宅急便の・・」
「あー!」


はっきりと誠二を思い出したらしいアイコの口を何とか閉ざそうと、誠二は咄嗟に加えてた棒付きキャンデーをカコンとその口に入れ込んだ。
ぱくりとキャンデーを口にして、アイコは突然のことに見動きをなくす。


「はいプレゼント!」
「・・・」
「メリークリスマス!」


オレンジ色した小さな明かりの中、トナカイの頭だけどその笑顔はキラキラと輝き、飴を口に入れたままポカンとするアイコを甘い香りと味で包み込んだ。脳から全身へ血液が巡るように、甘い甘いイチゴの味が染みわたっていく。


「・・・なんだ?」


亮はその様子をすぐ傍で見ていたのだけど、見動きしなくなったアイコの異変がどういうことなのか分からず目の前でパタパタ手を振ってみた。だけどアイコは、誠二を見上げたままぼぉっとして、目の前ではためく手なんて視界に入らない。


「王子様・・・」
「は?」
「クリスマスだから、私を迎えに来てくれたのねっ?」
「へ???」


胸の前で両手を組むアイコはポロリとランプを落とし、亮は大慌てでそのランプをギリギリキャッチした。何が何だかやっぱりわからないが、アイコの目は誠二に釘付けでハート型。どうやら一瞬にして、恋に堕ちてしまったらしかった。

っていったって、トナカイだぜ・・・
女の心理がまったく分からないもう1匹のトナカイは、ランプの明かりの中で首を傾げた。


「おい誠二、とにかく出口聞けよ」
「うん。おじょーさん、出口はどっちっ?」


アイコの両肩にポンと手を置くとアイコはまた胸をときめかせて、キラキラ光って眩しい笑顔に「あっち・・・」と夢見心地で出口のほうを指さした。


「よし行くぞ。おじょーさんはとりあえず閉じまりをしなさいね」


ポンとメイドにランプを返し、亮はアイコが指さしたほうに白い袋を担いで走り出し、誠二も待ってよーと追いかけ走っていった。それを見送るアイコは深い深いため息を吐き出し


「あ、私も行かなきゃ!その前に閉じまりしなきゃ!」


ランプをかざして急いで次の部屋へと走って行った。


「なんなんだあの女・・・ワケわかんね」
「あっはは、でも出口教えてくれたよー」
「トナカイだぞトナカイ、しかも飴咥えたバカっぽいトナカイ」
「あははっ」


ピンチを乗り切った二人のトナカイは出口を目指して軽快に走っていく。
あとはこの屋敷を出てしまえばお宝ゲット、売り飛ばせば億万長者だ!
浮足立つふたりは止まらない夢想に笑いながら屋敷を駆け抜けていった。

・・・だけど。

出ようとした出口が突然開き、ふたりは慌てて足を止め近くの物陰に隠れた。
こんな夜更けに屋敷内を歩く人物なんてもういないはずなのに。


「ったく、これだからゲージュツカってやつは変人が多くて困る!どんなにいいものを作ったって、俺たちディーラーがいなけりゃ1円も入ってこないってことをちっとも理解していないっ!」


カツカツと靴音を響かせ入ってきたのは見知らぬ男だったが、一人でブツブツ言っている話を聞く限り、関係者ではあるようだ。しかも今回はさっきのメイドみたく簡単に騙されそうにも見えない狡猾そうな男。せかせかと近づいてくる足音に、仕方なく亮と誠二は逃げるように元来た道を引き返していくほかない。


「まぁいいさ、売る気があろうとなかろうと、売ってしまえばこっちのものだ。この絵が世に出ればまた憶単位の金が転がり込んでくる!もはや椎名の名は世界レベル!どんな落書きだろうと勝手に値がつき、その成功はすでに約束されている。いや、あの男の愚かな無欲さを考えれば、この成功は私のおかげだ!これは私の成功なのだ!」


ついに元の暖炉の部屋まで戻ってきてしまったふたりは、カツカツ足音を立てる男に見つからないようにテーブルの下へと隠れ、男が暖炉のほうへ歩いていく隙を狙ってまた部屋から脱出しようと息を潜めた。


「なんなのあいつ」
「椎名の絵のディーラーだろ。昼来た時にも椎名とモメてんのチラっと見た。金の亡者だ」
「あーあ、あきちゃんみたいだね」
「黙れ。俺はあんな醜くねぇ。それより早く逃げんぞ、ヤベェ」


大きく演説を振りかざしながら絵に近づいていくディーラーを見て、亮は急いで脱出の隙をつこうとテーブルの下から抜け出す。このままじゃ絵がなくなってることに気づかれるのも時間の問題だ。


「そうとも、この絵だってこんな家の中に無駄に飾られているよりもそのほうが幸せというものだ。素晴らしい絵は世に出てこそその称号を得るのだ。こんな暖炉の上だなんて環境最悪のところにこの絵が・・・、絵が・・・?」


ディーラーの目が暖炉の上に集中したところで、そろそろと床を這っていた亮と誠二は立ち上がってささっとドアから出て行った。


「絵が、ないー!!!」


ディーラーが発狂すると、屋敷の中は一気に警戒モードに切り替わりけたたましい警戒音が大きな屋敷の中に反響した。


「あそこだ!あいつが犯人だ!!」
「やっべぇ、逃げろー!」


出口に向かって走る亮と誠二だけど、向かいの廊下からバタバタと近づいてくる複数の足音を聞いて方向転換し、とにかく人のいない所へと絵の入った袋を担いで逃げ回った。

真っ赤に点滅する廊下。
ウーウーとサイレンが鳴り続く屋敷内。
クリスマスも過ぎようかという深夜に目を覚ます警戒音。

いくつもの足音がそれぞれの目的を胸に、聖なる夜を駆け巡る。







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トナカイ三上萌