Happy merry X'mas - 2008
12:愛相家族






ごつごつ背中を叩く白い布を背負い、大きな屋敷の中をひた走る2匹のトナカイ。
そしてそれを追いかける黒スーツの男たち。


「うわぁ挟まれたあ!」
「上行け上!とにかく逃げんだよ!」
「待てお前らぁぁああ!タダじゃおかねぇぞー!」


聖なる夜といえど、そろそろ世間も寝静まろうかとする深夜。
荒々しい足音と警戒音がひしめく屋敷の中、一枚の絵をめぐっての逃走劇は続く。
うしろを追いかけてくる黒スーツたちを振りきれない亮と誠二は、このままではラチがあかないと隠れられる場所を探しながら廊下の角を曲がった、その時。


「うっわ・・!」


角を曲がった途端、すぐ足もとに何かが見えた亮は咄嗟に避けようと飛び上がり、だけどその後ろを走ってきた誠二は何事が分からないままその”何か”にけつまずいて、豪快に転び顔面から床に倒れた。


「びっくりした・・・、なんだぁ?」
「あ、お前ら、泥棒兄弟!」


床でもがき苦しんでる誠二をよそに、何かを飛び越えた亮は何だったのかと振り向いた。するとそこにはあの小さな二人の兄弟、一馬と結人がいた。


「なんでお前らこんなとこにいんだよ!」
「お、お前らこそ!」
「イダイー!がおいだいいいいーっ!!」


思わず問い詰める亮だけど、廊下の角の向こうから押し寄せてくる足音はそれどころではないと考えなおさせ、亮は痛みに叫ぶ誠二を無理やり起こすと白い袋を代わりに背負って再び走り出す。一馬と結人も走り去るふたりと追いかけてくる黒スーツを見て大慌てで走り出した。


「お前ら何したんだよ、なんなんだよこの音!」
「んなもん説明してるヒマあっかよ!おら誠二しっかり走りやがれ!」
「うわ、一馬、なんかいっぱい走ってくるー!」
「イダイイダイー!顔イダイよー!!」


事情を説明する暇もなく走って行こうとする亮と誠二を、一馬と結人も迫ってくる黒スーツの人だかりから逃げて屋敷中を逃げ回る。延々続く赤じゅうたんの廊下をひた走る面々は、少し人数が増えて、少しでも人気のないほうへ、静かなほうへと。


「あ、一馬!あれ!窓の外!」
「えっ?あ!」


必死に走る途中で、突然結人が廊下の窓の外を見上げて指さした。その方向を見る一馬も、結人と同じものを見つけて声を上げる。そこには高く空へと延び上がった塔が建っていた。この大きな屋敷の中でも一際目立つ、美しく彩られた東の塔。


「あれだ!」
「あ!?なんだよ!」


小さな二人は方向転換して、窓から見えた東の塔に向かって走っていく。
それに驚く亮と誠二も、前から後から見える黒スーツに追い込まれて二人について走った。


椎名の屋敷の東側に立つ塔は、レンガの外壁に青々としたツタが巻きついた、まるでおとぎ話にでも出てきそうな建物。真冬の深夜は突き刺すような寒さなのに、この塔の中はふわふわとまるで浮いているようなじゅうたんと、ところどころに設置された暖炉で暖かく、壁には所狭しと花や草原の絵が飾られ、まるで春の景色のよう。

その塔の、一番てっぺん。
上へ上へと走ってきた一馬と結人、それについてきてしまった亮と誠二は、行き着いたひとつの部屋を見つけると静かにそっと、ドアを開けた。

部屋の中はピンクや白のレースで部屋中が包まれて、イスもテーブルもタンスも綺麗な装飾品に彩られ、街全体を見渡せる大きな出窓の傍には、天蓋のついたお姫様ベッドがふんわりと大きなふとんを乗せている。

そのふとんの中で、すやすやと小さな寝息を立てる、小さな女の子。
その寝顔を見つめて、一馬と結人はベッド脇に膝をついた。


・・・」


片方だけの手袋をはめた手で、一馬と結人はベッドの中のを優しく撫ぜた。


「誘拐って、マジだったんだ」
「誰?」
「しらねぇ」
は、俺たちの妹だよ。俺たちはいつも一緒だったんだ」
「・・・なのに、この家のシイナが、俺たちからを奪っていったんだ。あいつが俺たちを引き離した。あいつは俺たちを不幸のどん底に叩き落としたんだ・・・!」


一馬の小さな手がふとんをぎゅと痛く掴む。
その二人の後ろで、亮が袋を担ぎながら覗き込む。


「フーン。こんな広い部屋で、綺麗な服着て、大きなベッドで、靴下に入りきらないほどのクリスマスプレゼントがある、不幸な生活?」
「・・・」


冷たい風が白い窓を叩く聖夜。
すやすや心地よい寝息を立ててる、


「・・・ほんとは俺たち、兄弟じゃないんだ。俺も結人も、も、血なんて繋がってない」
「・・・」


みんなバラバラ、まったくの赤の他人。
同じことは、同じ場所に、捨てられてたってこと、だけ。

だからこそ、口先だけでも、兄弟だって、言いたかった。
僕たち3人は家族だって。一生一緒だって。離れちゃいけないんだって。
・・・本当のことなんて、悲しいことばっかりだ。


「気にすんな、そう言うの」


はーあ、とため息をついたうしろの亮は、肩の袋を足もとに下ろした。


「おい、俺たちそーゆーの気にしたことあったか?」
「ぜんぜーんなーいよー」
「・・・亮と誠二って・・・」
「勝手に言ってりゃいーんだよ。一馬と結人は兄弟です。お前らとは兄妹です、ってな」
「・・・」
「たぶん、椎名も言うんじゃねーの。は家族ですって」


こんなにもあたたかい、愛溢れる部屋で、健やかにすやすや眠っている。
手には、見覚えのある汚れた手袋を、握って。
もし椎名が嫌な奴なら、がこの手袋を持ってることなんて、なかった。
何も持っていない一馬と結人が、幼い妹のクリスマスプレゼントにと、ふたりで片方ずつの手袋を、の両手にはめてあげた。


「おい」


うしろでゴソゴソと音を立てる亮に呼ばれて、一馬は涙を拭い振り向いた。
亮は担いできた白い袋を広げ、中のものをふたりに見せる。
それは新進気鋭の天才画家と言われる椎名が描いた、「冬に咲く花」という名の絵画。
かわいい、きれいな、の笑顔。


「・・・結人」
「ん?」
「よく見とけよ、の寝顔」


白く柔らかいの頬にそっと触れ、その温度を冷たい指先に感じる。
結人もベッドに身を乗り出して、チュと頬に口先を当てた。


「帰ろう」


帰ろう。僕らの家に。
どこにいても僕らは、家族だから。

幸せでいてね。
いつまでも大好き。僕らの大切な妹。







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三上兄貴萌