おー、すげー桜。春だねぇー。
周りは学ランとセーラーで白と黒。
そんな中の薄紅はやけに映えて見えて絢爛豪華。
”けんらんごうか”
俺はその漢字が書けなくて国語の点数はレッドカードだった。
「杉山ぁー」
ぅおーいと手をあげてダラダラ歩いてくるはまじ。
あいつも俺も、中学も学ランだったからいくら高校生になったとはいえまったく心境の変化ってものがなさそうだ。それにしてもあいつほど桜の花びらが似合わねーヤツいねーな。かわいそうに、あいつのせいで桜の花びらが散っていくように見える。
「よぉ、ドンケツごーかくおめでとさん」
「おー、お前の奇跡の補欠ごーかくほどじゃねーけどな」
「ぎゃははっ、命拾いしたなぁーお互い!」
ギリギリとはいえ俺とはまじが合格したこの高校はお世辞にも頭の良い学校とは言えない、だけど家から一番近いだけあって昔から馴染みの顔がチラホラ見える。関口と山根だろ、藤木と永沢に小杉に山田…。
「おいおい嘘だろ、俺がビリッケツってことは俺は山田より下だったってことか?」
「うわっは!マジかよそれってすげーヤバくねー?」
「うるせー俺は中学時代をサッカーにつぎ込んだんだよ!サッカーの推薦だって貰ってたんだからな」
「フーン、なんでそれ行かなかったの?」
「なんでって…、なんとなく、肌に合わなかったんだよ!」
「なーにカッコつけてんだよ、練習についてけなさそーだっただけじゃねーのー」
「うっせぇ!」
桜の花びらがもうほぼ散り落ちようとしている校門前ではまじと取っ組み合っていると、通りすがる同じ新一年生らしきやつらには遠巻きに視線を投げかけられ、校舎の上のほうの窓からなぜかこっちを見下ろしてる上級生らしき人たちからは小さな笑い声がこぼれているようだった。
「杉山くーん!はまじー!」
「お、ブーだ」
「ほんとだ、ブーだ」
はまじにヘッドロックかけているところにまた遠くから叫び走ってくるのはブー太郎。慌てて走るあまり桜の花びらで滑ってこけそうになり笑われている。
あいつは小学校のころ口癖でブーブー言ってて、だから俺らはずっとブー太郎と呼んでたんだけど、中学に上がったころ、そこはもう俺たちだけの世界じゃなくて、いろんなところからいろんなヤツが来てて、だから今まで当たり前だったことが当たり前じゃなくなって、そうなるとあいつはその口癖を他の小学校から来たヤツらにからかわれだし、俺らが呼ぶ「ブー太郎」というあだ名ですらバカにされるように使われ、結構深刻な問題にまでなったことがあった。
もちろんそんなヤツらは片っぱしからぶっ飛ばして俺たちなりにブー太郎を守ったんだけど、中学にもなればケンカも本気だから限界があって、俺たちは話し合った結果、その対策としてまず「ブー太郎」と呼ぶのをやめようということに落ち着いた。だから俺たちは平均して「富田」、仲間内でだけブーと呼ぶようになったのだ。
「おーっすブー。高校じゃもうイジメられるんじゃないぞブー」
「そーブー、高校でイジメはたぶんシャレにならないぞブー」
「だったらブーっていうのやめてほしいブー」
「わははっ!久々に聞いたなブータローのブー!」
「さすが本場ブーは違うなブー!」
「もーやめてくれよー、言わないようにするの結構大変なんだからなぁー」
「ぎゃはは!」
同じ場所に立つ新一年生たちが昇降口に貼り出されたクラス分けの表を見て続々校舎の中へ入っていくのに、俺たちはまだ校門の前でゲラゲラ笑い声をあげていた。
「そうだ!そんなことより、見てほしいものがあるんだよ!」
「あ?なんだよ」
「ちょっとこっち来てよ!」
そう言えば慌てて俺たちのところまで走ってきたんだったブー太郎は、ハッと思いだして俺たちを昇降口のほうへと引っ張っていった。なんだなんだと連れられていったそこは、まだ多くの生徒たちが見上げてるクラス分けの表の前で、ブー太郎は自分より背の大きいやつらをかき分けて前のほうまで突き進んでいった。
「なんだよ、かわいー子でもいたか?」
「ていうか俺ら何組なの?」
「俺は1組ではまじが2組で杉山君は4組だったよ。それでホラ、アレ!」
「みんなバラバラかー。関口は?さっき山田もいなかった?」
「それよりアレ!アレ見て!」
「ん?」
ブー太郎が小さい背丈で必死に指さす先。
何人もの名前が羅列する中、自分がどこにいるのか探すのも一苦労。
俺は1年4組の表の中に自分の名前を見つけ、そしてブー太郎が指をさすのは、その俺の名前より少し左・・・出席番号でいうと前のほう。
「・・・え?」
「な、驚いたろっ?あれってさぁ!」
そこにあった名前を見て、俺もはまじも笑顔を止めて目を張り付けた。
5:大野けんいち
「大野・・・って、大野っ?」
「は、なんで・・・、いやそんなことねーよ、ただの同姓同名だろっ?」
「でももしかしたら、あの大野さんが帰ってきたのかもしれないブー!」
「マジかよー!ちょっと、探そーぜ、確かめにいこーぜ!なぁ杉山!」
「・・・」
まじかよ、あの大野?ほんもの?
帰ってきたって・・・、いやでも、もし本当に帰ってきたっていうなら、まず俺たちに言ってくるはずだろ?もし本当にこの大野があの「大野」だっていうなら、この学校を受けに来た時に俺に・・・じゃなくても、誰かに連絡してくるだろ?
「・・・いや、違うだろー。同じ名前なだけってこんなの。あいつなはずねーよ」
「だから確かめにいこーって!顔見りゃわかるだろ!」
「そーブー!もし本物だったらうれしいブー!」
「おいおい・・・ブーが戻ってるぞブーが」
「そんなこと言ってる場合じゃないブー!早く確かめに行きましょーよ!」
「・・・」
ブー太郎は昔の名残で、たまに敬語でしゃべってくる時がある。
だけど今のこいつは、完璧興奮して頭の中が小学校の時に戻ってるんだ。
そりゃそうだ、こいつ小3くらいの時に俺と大野に憧れて”弟子入り”までしてきたんだ。こいつにとっちゃあの頃の大野のまま、失った”大将”が帰ってきた気分なんだろう。
だけど俺は、そんな単純じゃなかった。
ほんとにこれが、あの”大野”?
「・・・よし、ブー太郎、お前見てこい」
「なんでだよ!同じクラスなんだから一緒に行けばいーだろ!」
「だって俺はさ、ほら・・・なぁ」
「ぜんぜんなに言ってるのかわかんないブー!」
だって、もしこれがあの大野だとして、もしそれがあの大野じゃなかったとして、俺はそこで、何をどうすればいいんだ?
「・・・やっぱお前らで」
「一緒に行くんだ!」
「お、おお・・・」
・・・そうして俺たちは、他の多くの新一年生たちに混ざって、たぶん他のやつらとはまた違ったドキドキを背負ってゲタ箱へと高校生活第一歩を踏み出した。
始まるブー