Two shot!!




形が整ったくすみない真黒な学ランはこう、パリッとした感じで、気持ちもしゃきっとさせるのか歩く姿すら堂々とさせて、それでいて誰しも初々しい雰囲気を拭えないでいる。見る人会う人他人だらけで余所余所しく教室の廊下を歩く新一年生たちは、いつも以上にあたりをキョロキョロ見渡しながら自分の居場所を探し求める。これから始まる高校生活に不安と期待を込めて。

「いた?」
「あ、アレじゃね?あの窓際の・・」
「顔見えないよ、こっち向いてくれないかなぁ」
「呼んでみるか?」
「誰が?」

通り過ぎゆく初々しい新一年生たちが、不審な視線を投げかけてくる。
それもそうだ。誰もが型にはまってるような制服を俺たちはもうすでに形を崩して廊下にしゃがみ込み、黒光りするズボンを埃で白くしてしまってるんだから。
いや、そんなことに不審な目をよこしてきてるわけじゃない。こんな教室の入り口から中を覗いて、男3人でコソコソ密談してればそりゃあ怪しさ満開だろう。

「杉山、お前呼べよ」
「はあ?なんで俺なんだよ」
「だってお前同じ4組なんだから、たとえ違ってもよろしくなーで済むだろ」
「やだよ、ブー太郎、お前呼べ!」
「俺はムリだよー、もうドキドキしてうまく息吸えないんだ」

顔赤くして呼吸困難って、どんだけ期待してんだよこのブーは!

「やっぱ本人じゃないか?なんとなく」
「うしろ姿しか見えてねーのに何がわかるんだよ」
「でも俺もそう思うよ、あのうしろ姿は大野さんな気がする」
「だから確かめてこいって!」
「だから、みんなで一緒に行こうよ!」
「バッカ引っぱんな!」
「うお!」

教室の扉の影でお前が行け、いやお前がと言い合ってるうちに、俺の袖を引っ張るブー太郎の手を振り払った俺の腕が教室を覗いてるはまじの背中にあたりはまじをドンと押し出してしまった。ドアから教室の中へはまじが転げこむと、その音と声に教室の中にいたやつらはみんなこっちに注目してしまって、そしてそれらと一緒にあの、俺らがずっと見てた窓際の席に座ってるヤツの頭もこっちに振り返ろうとして、俺たちは急いで体を起こしドアの陰に隠れた。

「もー押すなよっ」
「俺じゃねーよブー太郎が!」
「だ、だってぇ!」

さらに制服を床で汚す俺たちは廊下に座り込んで小さくぎゃあぎゃあとわめき合い、なんだか妙に目立ってるようだった。俺たちはゴホンと息を整え床から少し腰をあげ、埃がついたケツをパタパタはたく。

「で、あいつの顔見えたか?」
「それどころじゃなかったよ」
「ブー太郎は?」
「俺もよくは見えなかったけど、やっぱりそうな気が」
「なんとなくはもういいっつーの、もー・・」

「ちょっとアンタたち何してるのよ」

そんな俺たちの傍を通りすがり、なおかつやけに威圧的な口調で声をかけてきた女の声に俺たちは揃って振り返った。そして揃ってゲと眉をひそめ嫌な顔をした。

「前田と冬田・・・、お前らもここなのかよ・・・」
「なによその言いぐさ。また一緒かなんてこっちのセリフよ。なによこんな所にたむろっちゃって邪魔ねー」
「3人で何してるの?」
「なんでもねーよあっち行け」
「何よその言い方!」

あーうるせーうるせー。
なんだって小学校の時からの腐れ縁ってのはこんなやつらに限って切れないんだか。前田は昔っから事あるごとに首突っ込んできてギャアギャアうるさいし、冬田は冬田で・・・

「す・・杉山くんっ・・」
「んあ?」

前田と冬田を見上げシッシと手を振っていると、ブー太郎がまた俺の腕を引っ張ってバシバシと肩を叩いてくる。なんだよと振り返るとブー太郎もはまじも俺と同じくしゃがみこんだまま、だけど俺とは別の方向を見上げていて、その先には、

「・・・あ・・・」

教室のドアから、あの、窓際の黒い髪のうしろ姿が静かに俺たちを見下ろしていた。

そしてその時、一気に頭の中をさかのぼり駆け巡ったもの。
音楽チャイム。ランドセル。夕焼けの校庭。サッカーボール。

「大野・・・」

顔はずっと大人びて背もでかくなっていて、
だけど確かにそれは、あの、大野だった。

「やっぱり、大野さんだ!」
「え?」
「マジかよ、やっぱそーかよ!」

その顔を見て確信したはまじとブー太郎は声を高くして立ち上がり、俺たちの後ろにいた前田と冬田も目を大きくしてそいつを見てた。

「やっぱり、そうじゃないかなってずっと言ってたんだよ!」
「本当に大野さん!大野さんだぁ!」
「え、大野くんって、あのっ?」

小学校からの顔馴染みが集まるその場で、俺一人が出遅れた感じで、俺は声を出すことも気分を高ぶらせるのもタイミングを逃しゆっくり立ち上がった。

「なんだよ帰ってきたなら連絡くらいしろよー、びっくりしただろー!」
「そーだよ、水臭いですよー!」
「ほんとに大野君なのっ?帰ってきたのっ?」
「・・・」

はまじが嬉しそうにそいつの肩を叩き、ブー太郎に至っては涙ぐみながらキラキラした目でそいつを見上げてる。前田は何度も本物なのかと問いただし、冬田は呆然としてる。

みんながそいつを囲んで大声張り上げる。

だけど、肝心の真ん中のそいつは笑顔どころか白けた目をして

「は?何言ってんの。てかお前ら誰」
「え・・・」

そう、低い声で言い放った。

「え・・・?お前、大野じゃないの?」
「や、やだなぁ、大野さんだよね、あの大野さんだよね?」

この顔は明らかのあの”大野”なのに、この態度や雰囲気は俺たちの知ってる大野とは違う。どういうことなのか意味が分からずはまじもブー太郎も笑顔を止めて戸惑った。

そんな中、ずっと静かな眼をしてるそいつが、ふと俺に目を寄こした。
俺は意味もなくその目にドキリとして、だけどすぐに視線は外された。

「誰と勘違いしてんのか知らないけど、俺はお前らのいう大野じゃないから」
「・・・」

ぴたりとまるで時間が止まったみたいに、俺たち誰も動かなくなって、だけど周りは普通に動いてるから俺たちだけ不思議な世界に落されたみたいだった。

そんな中ようやく、俺たちの微妙な空気をチャイムの音が貫いて、まだ誰も動けない俺たちの中からその白けた目をした別人の「大野」だけがはまじの手を肩からどかして教室の窓際の席に戻っていった。

「ちょっと何よ、違うんじゃない!恥かいちゃったわよ!」
「あービックリした・・・、そうよね、大野君なはずないわよね」

まだチャイムが鳴り響く中、前田と冬田はしっかりと空気を取り戻して自分たちのクラスへと急いで駆けていった。

俺たちはといえば、チャイムの音が余韻を引きずりながら消えていく頃ようやく身動きを取り戻して目を見合わせた。

「・・・大野じゃねーんだって」
「うそだぁ、だって、あの顔は・・・」
「まぁ、俺もそー思うけどさ・・・」
「・・・」

はまじとブー太郎はまだ信じられないようだった。
俺もあいつの顔を見て大野だと確信してしまった手前、信じられてはいないんだけど、

「・・・本人が違うってゆーんだから、やっぱ別人だったんだろ」

だけど、俺はすぐに納得しようとした。
だってやっぱ本人がそう言うんだし。

何より、大野だったらあんな冷めた目で俺たちを見ない。
大野ならあんな冷めた声で俺たちに話さない。
あの大野が、俺たちが分からないなんてあるはずない。

「杉山君・・」
「もーいいだろ、お前らも自分のとこ行けよ」

逆に俺は、すっきりして良かった。
妙なドキドキを引きずってた自分がバカバカしいくらい。

俺はいつも通り、平静な心で教室に一歩踏み出せた。





まる・たまペアは近所の女子高へ行っちゃったからいません。