巨人―。
 記録では743年頃に出現し人類の大半を食い尽くしたという。人間と同じような体つきで二足歩行。骨格や筋肉、臓器なども酷似してはいるが生殖機能はなく誕生起源や繁殖方法は不明。体温が極端に高く、驚異的な生命力を持ち、身体損傷を加えてもものの1・2分程で再生する。痛覚は個体によって見られるが、弱点であるうなじ部分を削ぎ取らない限り頭部を破壊しようと心臓を突き刺そうと絶命しない不死身の肉体。
 個体差はあるが、最大で15メートル級とされていた巨人。しかし今から2年前、845年に南端の街シガンシナ区に突如現れ壁を破壊した「超大型巨人」は50メートルの壁を優に超える大きさだった。またその後街に侵入した「鎧の巨人」はシガンシナ区の住民達に目もくれず一直線にウォール・マリアの壁を破壊したことから、明らかに”内地に侵入する”という意思を持って行動したと思われる。
 人型とはいえ巨人に言語は無く、意思の疎通は不可能が通説。だがこの「超大型巨人」と「鎧の巨人」は明らかに意思を持っている。それは通常種とは違った行動を取る奇行種ともまた違う。この二体は明らかに、巨人よりも人に似た意思を持っている。

「―……なんて、これまで何万回繰り返したよ、この考察。あいててて」

 ははと自嘲しハンジは丸まった背をぐぐっと反らせ天井を仰いだ。一体何時間机に向かっていたのか、硬い椅子の背もたれで背筋はパキパキと音をたて、視界が曇るものだからメガネを外して疲労した目頭をぎゅとつまんだ。

「おやおや、朝か。一体何日の朝かな」

 気がつけばランプの明かりが何の役にも立っていない程室内は明るく、目の前の窓からは煌々と眩しい日差しが射しこんでこめかみに痛みをもたらせた。何日もこの資料と報告書と文献に囲まれていると日にちの感覚などなくなり、前に食事をしたのはいつか、睡眠を取ったのはいつかさえ思い出せない。髪の乱れと湿り具合からして4日は経っているかな……とハンジは推察したが、それを明白にするものも何もない。

「ハンジ分隊長、おはようございます」

 ノック音と共に扉の向こうからモブリットの声がして、ハンジは「どうぞ」と返答した。

「失礼します。……分隊長、一体何日目ですか」
「前に君と会ったのは何日前?」
「4日前です」
「お、当たった」

 部屋に入るなり鼻を覆った副官のモブリットは部屋を見渡しはぁとため息を吐き出した。この人のことだからあれからずっと部屋に籠ってるんだろうなと思ってはいたけど、どうしてこの人はこうも想像通りでしかないのか。案じて部屋の隅に置いていったいくつかの果物や飲み物は空になっているからには、本当に一歩たりとも外に出ていないのだろう。

「ちゃんとお休みになったんですか」
「うーん、寝ないと頭整理できないから、寝てはいたんだけど」
「机の上でですね」
「はは。今日は、何の会議の日だったかな」
「次回壁外調査の初動会議です」
「そっか。何分?」
「会議は午後です。それまでにせめて湯あみくらいしてください」
「はいはいっと」

 椅子から立ち上がり体を捻ると今度は腰がバキッと音をたてた。あいたたたと腰を押さえるとモブリットが「訓練サボるからです」と嗜めながら日差しの射し込む窓を開け放つ。扉から窓へと風が通り山積みされた資料がさわさわと動き部屋中に蔓延していた埃と悪臭が外へと流されていった。

「いい風だねぇ。というか寒いね」
「もうすぐ冬季ですから。部屋を掃除します。分隊長は先に食事を」
「はーい。あ、でもモブリット」
「分かってます。物は一切動かしません」
「さっすが、優秀だね君は」
「ハンジ分隊長程ではありません」
「ははっ」

 手際も頭の回りも良ければ上官への気配りも忘れない。彼が副官について数えればまだ半年も経っていないが、それはハンジの副官という役職には十分長期なことだった。何故だかハンジの副官は回りが早い。気がつけば別の人が配置され、また気がつけば別の人が配置されている。ハンジは分隊長の地位についてからこれまで副官に就いた者の名前と人数を指折り数えながら部屋を後にする。廊下を歩いていくと対面から歩いてくる兵達が当然のように道を空け敬礼し、それに笑み返し通り過ぎた。

「うわ、またハンジ分隊長、酷い匂いだな」
「また部屋に閉じこもって巨人の事でも考えてたんだろう。あの人の執着は異常だからな」
「その執念は尊敬するが……もう少し、なぁ?」

 ……すべて届きはしなかったが当然囁き声は耳に入る。
 そんなに酷いかな、とハンジは自分の袖を嗅いでみる。
 調査兵団の兵士なら誰でもこんなものだと思うけどなぁ。

「あ、ハンジ分隊長、お久しぶりです。お食事ですか? 用意しますよ」
「悪いね」

 自分にとってはついこの間会ったような人達が久しぶりと言ってくる。まるで時間移動でもしているような気分だ。日当たりのよい窓辺の席につき外を見ると柵に囲まれた広い訓練場では大勢の兵士達が訓練を始めている。走り込み、筋力トレーニング、対人格闘に剣術、馬術。毎日同じ訓練。同じことの繰り返し、積み重ね。

「どうぞ、分隊長」
「ありがとう」

 トレイに乗って運ばれてきた朝食メニューは普段の倍はありそうな量だった。久しぶりの食事でしょう? とニコニコと朝陽のような眩しい笑顔で運んできてくれた給仕係は満足げな表情を残し、足を引きずり戻っていく。彼女は元は調査兵団の兵士だった。歩行は二度と無理だろうと診断されたのに、彼女はまたここで立派に働いている。
 水を一飲みしてからパンをちぎって口にしたが、どうも喉を通らない。果物ならいけるかとリンゴをしゃくりと食べてみたが、それもやはり一口で断念した。やれやれ、意外と負担が胃に来ているな。ヤダねぇ、昔は何日徹夜してもこんなことなかったのに。

「はは、年寄りクサ」

 ひとりで自嘲し、つっこむ者も無くなんだか悲しい気配が漂った。

「また後で食べに来るからとっといてくれる?」
「大丈夫ですか? あまり顔色が……」
「へーきへーき、ゴメンね」

 食堂を後にしてハンジは再び廊下を進んでいく。通り過ぎる兵士が敬礼し道を空ける。
 会議は午後。それまでに、湯あみだっけ。ああメンドいなぁ。
 ぼやきながら、ハンジは痛みを覚える腹部を撫ぜながら外へと進路を外れた。
 太陽が高く昇る下を歩いていく。訓練場からは熱気が漂い、それとは裏腹にのどかな青空をゆっくりと雲が流れている。冬季に入るといえどまだまだ気温は保たれいい天気だった。

 訓練場を辿るように門の方へと歩いていくと、遠くに見えていた立体機動訓練用の木の壁がだんだん大きく立ちはだかった。そこでも大勢の兵士が実戦さながらに飛び交って、その中で一人の兵士が「うわっ!」と声を上げ落下して、それを他の兵士が捕まえ受け止めた。この距離では誰かは分からないが、他の兵士達が小馬鹿にしながら笑っている様子から新兵かなと推察した。その新兵を空中で叩き落とした兵が地面に着地する。あの佇まいと小ささは……リヴァイだ。リヴァイも兵士長という位に就いて部下の訓練に付き合うようになったとは。調査兵団に入団したばかりの彼からはとても想像がつかないとハンジは思う。

 くるりと訓練場に背を向けるハンジは療養棟に入っていった。いつも静かな療養棟だけど、今日はやけに人がバタバタと行き交い、あらゆる窓という窓が開け放たれ風がよく通っていた。

「ハンジ分隊長」
、来てたの。何ごと? なんかバタバタしてない?」
「はい、これから大掃除なんです」
「大掃除? なんでまた」
「女性方から男部屋が臭いと文句を言われたとかで」

 黒髪を布で覆いマスクをつけたがシーツを抱えながらハンジに駆け寄りふふと笑いながら言った。どうやら診察に訪れておきながら大掃除に巻き込まれたような彼女は他の兵士達と共に各部屋からシーツを集めている。普段から清潔を保たれている療養棟であっても男部屋はやはり臭いのか。ハンジは他人ごとで無い気がして笑いきれずにいた。

「ハンジ分隊長はどうされたんですか?」
「ちょっと食事が喉を通らなくて、薬湯でも貰えないかとさ」
「大変……また無理なさったんですか? 用意しますから、治療室へ」
、先洗っとくから貸せよ」

 すぐにハンジの身体を案じ奥へ通そうとしたの手から、首から腕を吊った兵士がシーツを受け取る。もはやここでの彼女の地位は立派に確立されていて、彼女もまた馴染んでいる。昔は雑多に感じた治療室も、多く棚が設置され薬や備品が綺麗に整頓されひとつひとつに名前まで書かれている。どこに何があるか分かりやすく取りだしやすく使いやすい機能的な空間となっていた。

「これがやったの?」
「ええ、皆さんが調査に行っている間ここで待機していた時は時間がありましたから」
「これはもう才能だね。私の部屋も片付けて貰いたいよ」
「モブリットさんがおっしゃってました、ハンジ分隊長のお部屋は何が重要か分からないからとても大変だとか。つい捨ててしまったものが重要なメモだったり」
「ははは」

 から薬湯を手渡されハンジは息を吹きかけながら一口飲む。とろみのある液体がゆっくりと喉を流れ胃の中へ落ちていくのが分かる。ただの薬の味でなく甘みもあり飲みやすい。

「また何日もお部屋に籠ってらしたんですか?」
「分かる? この前の捕獲した巨人のことがいまだに悔しくてさ。もう少し切り口を上にしていれば死なせてしまうことも無かっただろうに、可哀想なことをした」
「可哀想だなんて、きっとハンジ分隊長くらいでしょうね」
「だろうね。捕獲自体、批判的な者はいるからね。だがそれじゃあ何の進歩も解明も至らない。怪我や病気の治療に解剖は欠かせないでしょう?」
「ええ」
「見方が変われば世界も変わる。世論が変われば常識も変わる。変化を来たすには必ず無茶な一歩が必要なのさ」
「……リヴァイさんも、同じようなことをおっしゃってました」
「それは心強い。彼も確実に新しい扉を開ける鍵だからね」
「……」

 薬湯を飲み干すハンジは、の伏せった目を見逃さなかった。
 マスクに隠れた表情は分からないけど。

「ハンジ分隊長、髪を梳きましょうか」
「髪?」
「髪を梳くだけでも随分気が晴れますよ」

 は懐から円形の櫛を取りだしハンジに見せた。
 そうして二人は療養棟を出ると、裏手の芝生でハンジは腰を下ろした。
 水場でシーツを洗濯する兵士達と訓練場から響いてくる兵士達の声の合間で、ハンジの髪紐を解くは少しずつ髪に櫛を通した。長い間束ねたままの髪は絡まり玉になってうまく櫛も通らない。

「だから人体とは著しく違うんだよ、巨人というのは。まずあの巨体で二足歩行をしていること自体物理的に無理なんだ。あの巨体をあの二本脚で支えるにはもっと太く強くないといけない。だけど巨人の体って実はあまり重さがなくてね、昔巨人の頭を切り落として蹴飛ばしたことがあったんだけど、まるで張りぼてでも蹴ったかのような軽さだったんだ。一体あの体は何で出来ているんだろうね。死体でも残れば持ち帰って調べられるけどそれも無理だし、巨人の体を調べるのはやはり生きたまま捕獲する他にないんだよね」
「そうなんですか」
「血液だってそうさ。巨人の返り血を浴びても血は蒸気のように消えてしまう。この世に一瞬で蒸気となって消えてしまう物質があるかい? 再生能力にしてもそうだ。彼らは確かに目で物を見て耳で音を聞いている。だけどそれが神経を通して成されているのかと言われると疑問だ。神経を通しているなら中枢を担う脳が必要となる。だけど彼らは頭を切り落とされたってその機能を失わないんだから、目は目、耳は耳と、個別で機能を果たしていると言うことになるんだ。おかしいだろ? それなのにうなじを殺がれると絶命する。なぜうなじなんだ。そこが最大にして唯一の弱点だというのなら何故うなじなんだ。普通生物なら最も守りやすい位置に重要な器官が備わるものなのに、うなじだよ? 手を回すのも一苦労だ」

 口の止まらないハンジがうなじに手を回すと、その手がの手にあたりの手から櫛が弾かれ芝生に落ち、ハンジはそれでようやく口が止まった。

「またやった……聞き飽きたことだよね。こんなの、論争し尽くされたことだ」
「いいえ、普通一般人は巨人の話などそう聞きませんから、目新しいです」
「そう? リヴァイから聞いたりしないの?」
「リヴァイさんは……巨人の話なんて、しません」
「巨人の話をしないなんて、じゃあ君達何の話をしてるの?」
「なんの……なんでしょう。私が他愛のない話をするくらいで、リヴァイさんはあまりお仕事の話も、ご自分のことも話されませんから……」

 櫛を拾い汚れを払うの声が、後ろで風に邪魔される。

「ああそうか、そうだよね。私もよく叱られるよ、君に巨人の話をすると」
「叱られる……リヴァイさんにですか?」
「きっと彼は君を私たちの仕事に近付けたくないんだよ」
「……」

 ハンジが足を投げ座る芝生の先に、柵に囲われた訓練場。
 大勢の兵士が過酷な訓練を続け、息を切らし汗を流す。
 ワイヤが壁に刺さる音が響く立体機動訓練場では小さな人影が飛び交う。
 たった柵ひとつを隔てたこちら側とはまるで別世界。
 今年入ったばかりの新兵を相手に壁の間を飛び交い容赦なく叩き落すリヴァイの影。食らいついていく部下達、支え合い声を掛け合う仲間達。

「やっぱり……リヴァイさんの頭の中は、壁外調査のことばかりですから、あんなに一生懸命で、生活のすべてなんですよね」
「寂しい?」
「いいえ……それがリヴァイさんですから」
「でも、やっぱり寂しい?」
「……」

 兵士長という名が通り、部下が出来て、仲間が増えていく。失っては増えて、また失って。
 そうして生き残ってきた兵士達はより強固な絆を築き、信頼関係を築いていく。
 そこがリヴァイの生き場所。リヴァイが最も映える場所。

「……やっぱりリヴァイさんは、戦うことが一番ですから、一緒に戦える、確かな力と知識を持った……、ハンジ分隊長のような方が、必要なんです」
「君も恐ろしく力になってると思うけど?」
「私は……所詮壁の中ですから」
「一緒に壁外に行ける兵士だったらよかったと?」
「羨ましいんです……。リヴァイさんが一番やりたいことの力になれている、皆さんが、羨ましいんです」

 ワイヤをしまい地面に降り立ったリヴァイの元にひとりの兵士が駆け寄っていく。金色の髪が青空にキラキラと映えている細身の兵士。リヴァイを慕う若い兵士。

「素直な子だね君は。まるでこの空のようだ」
「空……?」
「リヴァイってさ、酷く潔癖だよね。きっと4日も部屋に閉じこもってたと聞いたら私の傍にも寄ってこないよ。間違っても君のように触れたりしない。人間とも思ってないかもね、バイキン?」
「そんな」
「つまりね、彼は、君に一点の曇りもつけたくないんだろう」
「……」
「一歩外に出れば悲しいことで溢れてる。苦しいことばかりだよ壁外なんて。そんな世界だ、知らないでいて欲しい事だってある。そんな世界を見てるからこそ、こんな、何の変哲もない景色を、美しいと思えるんだろう」

 頭を傾けハンジは空を仰ぐ。青い空が眼鏡に映る。
 流れゆく白い雲。風に飛ばされる芝。悠々と飛んでいく鳥達。

「あの鳥達は自由にこの大空を羽ばたいて、どこまでも飛んでいけるけど、彼らにだって巣はある。飛んでばかりはいられない。必ず大地に戻ってくる。生き物は、大地から離れて生きていくことは出来ないんだよ」

 香る草花。水にさらされる真っ白なシーツ。人の熱気、笑い声。
 この世に息づくすべてのものはこの大空の下、大地の上で生きている。

「帰る場所があると人は強くあれる。君は、彼の巣になるといいよ」
「……」

 ー! 遠くから呼ばれは背後を振り返る。
 シーツを洗い終えた兵達が手招いていて、ハンジは行きなと促した。

「ハンジ分隊長、これ受け取ってください」
「いいの?」
「はい。お仕事、頑張ってください」

 立ち上がるは駆けだす前にハンジに櫛を差し出し、ハンジはそれを受け取った。
 木製の丸く平べったい、かわいらしい模様が入った櫛。
 走っていった先で「どうだ、真っ白だろ!」と洗ったシーツを見せる兵士達の輪の中に混ざるは一緒になって笑い、水をかけられふざけ合いながら何枚ものシーツを木々に張り巡らせた綱に干して、その光景にハンジはふと笑んだ。

 綺麗に梳かれた髪が風になびく。頭の中を風が吹き抜けるようで、心地よい。
 そのまま身を倒し芝生に寝転がるとまた視界一面に青が広がった。
 大らかでのどかで、残酷なことなんて何もない、嘘みたいな青だった。
 ごちゃごちゃしているのは人ばかりで、この世界は、本当は何も感じていないのかもしれない。

 世界は在るべき所に在るだけ。
 空、風、大地。すべては連鎖している。不必要な物など何もない。
 ……だとしたら、巨人という存在は、この世界の何の為に生まれたのだ。
 一体、人とどう繋がっているというのだ。

 それらすべてが分かる時がいつか来るのだろうか。
 それらすべてが分かる時……。
 私はまだ、こうしてこの大地の上に息づいているのだろうか……


「……」


 ハンジ……という言葉を耳に受けて、ピクリと意識を覚ました。
 目の前には空が広がったが、見ていた時より雲が増えて少しずつ陰っていた。
 しまった、こんなところで寝てしまったか。一体今何時だ、モブリットに叱られる。
 そう思いながらも体が重くて動く気になれず、眼鏡の下で目をこすると体の上にシーツがかけられていることに気がついた。これは……おそらくだろう。まったく、子どもじゃないんだからと自嘲した。

「どうせあいつの喋ることなんて巨人の話だけだ、聞かなくていい」
「そんなこと……ハンジ分隊長は素敵な方です」
「どこがだ、あのクソメガネ」

 風に乗るように話声が聞こえる。頭の上から聞こえるからにはシーツが干してある方。
 顎を上げその方を見ると風になびくシーツ達の下から兵士の足と白衣が見えた。
 微かに聞こえた会話からしても、声からしても、とリヴァイに違いない。というかあの言いようはリヴァイ以外にない。

 リヴァイが訓練を終えていることからすると、今は昼休憩中か。あんなところで立ち話とは。しかしよくよく考えればリヴァイは訓練と壁外調査の繰り返しであの二人に逢瀬の時間はさほどないだろう。こんなところでの立ち話でも二人にとっては。

「髪が濡れてる」
「あ、洗濯中にちょっと……」
「なんでこんなに濡れるんだ」
「水をかけられて、マスクまでびっしょりと……。あ、ちょっと、フザけていただけですよ」
「マスク、取ったのか?」

 強い風が吹き付けていてシーツもバタバタ揺れている。
 二人の声は小さいが、リヴァイの声色は普段と何ひとつ変わりない。
 あの男は、彼女と二人でいても変わらないのか。まぁ大げさに変わられても怖いが。
 ハンジがそう含み笑いながら寝返り、はためくシーツの下から見えている二人の方を向いた時。
 芝生を大きく撫ぜる強い風が吹き抜けそれは目先のシーツ群を襲い、バサッと激しく白いシーツが巻き上がった。

 その合間から見えたリヴァイの背と、その腕に頭を引き寄せられた
 はためいたシーツは一瞬で二人を覆い隠し影だけが重なった。

「……野郎の前でマスクを取るな」
「え……あ……」
「分かったな」

 渦巻く空中にシーツと芝生と、細かな声が風に吹かれる。
 芝生に頬杖ついて寝そべるハンジにはあまり影響はないけども。
 こりゃオドロイタ。とんだ独占欲だ。
 プッと吹き出し、ハンジは再び仰向けに寝転がった。

 君は知らないかもしれないが、目の前の男はどうやら、とても君を想っている。
 もしかしたら、本人も知らないのかもしれないけれど。
 君に見えている世界は、おそらく誰も見たことのない景色。君だけが触れている世界だ。
 そう、見方を変えれば世界はいくらでも角度を変えて現れる。

 心配しないで。
 空も風も大地も、壁の外も中も、繋がってひとつの世界。


(あとでリヴァイからかってやろ)


 

未知らぬ夜に

なるほど、やはり世界は美しい