その朝は雲一つない真っ青な空が広がり、解けだした雪が大地を一面キラキラと輝かせた。
 ポトリポトリと軒先から雫が落ちる審議所には続々と人が集まり出す。
 暴動を起こした村人側傍聴席には近隣住民が集い、センター側傍聴席にはロブ医師派の職員、その中にハンジやリヴァイ、レイズらを案じる数人が席を並べている。また王都から医研の医師も審議の噂を聞き数名が駆けつけており、傍聴席は座れないほど多くの人で溢れていた。

 そんな中、ロブ医師を筆頭に数名の医師達と共に姿を現したは、高い窓から差し込む光に照らされながら一人発言台に立った。呼吸も感じないほど静かなマスクの中の表情は誰にも伺えない。審議を起こした村人達は傍聴人の多さに委縮しているが、席の最前列で足を組み座っているリヴァイの目から見ても、俯き加減に中央に立つの横顔からその心情は汲み取れなかった。

「センター側、総責任者のセルゲイ医師は今日も審議に参加しないつもりか?」

 時間になり審議が開始される。内容は昨日に引き続き、病にかかった村人への治療について。だがその担当者であるはずのセルゲイは今日も審議所に姿を見せず、村人側はそこに焦点を定めてきていた。

「今日も姿を現さないとは無責任な、それでも医者か!?」
「責任者であるセルゲイがこうも審議に無関心とあれば、それは治験センター全体が責任を放棄するということではないのか? 何故そうもセルゲイは出頭を拒否する?」
「昨日から申し上げております通り、審議は私に一任されております。私がすべてお答えいたします」

 審議は昨日同様、責任問題の追及に始まったが、発言台に立つの姿勢もまた昨日から一徹して変わりなく、それを受け上座のテーブルに座る判事は一枚の紙を手に取った。

「近隣住民達はセルゲイ医師の無責任な対応に憤慨している。それに引き換え、そちらにおられるロブ医師は昨日の審議の後もずっと村人達の話に耳を傾けておられた。住民達に理解を求めたいというのなら、それこそがセンターの医師達のあるべき姿勢ではないのかね」
「……」
「村人達は、センターの責任者をセルゲイ医師ではなくロブ医師とするなら審議を取り下げると表明している。でなければセルゲイ医師を、殺人も視野に入れ中央審議所でさらなる審議にかけると。それについてはどうかね」
「セルゲイ医師が行ったことは治療であり、その範囲を逸脱した行為は一切行っておりません」
「前途ある若者を死に追いやってまだ責任逃れする気か!」

 の陳述に村人側は気を荒くして怒声を上げる。それを浴びてもの様子には一切乱れがなく、傍聴席でハンジは疑問を抱いた。見る限り、村人側の意見と称しながらその内容は詭弁の立つ判事が発言しており、村人達はそれに同調しているだけに過ぎない。そしてその内容はおそらくロブと示し合わせたものだろう。しかしハンジが気になるのはの方だった。昨日のは発言に躊躇いはなくとも、村人達を逆撫でするような物言いは一切しなかった。しかし今日のは気遣うどころか村人側に一切視線も向けずただまっすぐに立っているだけ。

「セルゲイが責任者としても医師としても、この審議に参加する必要がないと思っているのなら、センターの存続にも我々は承知できない。セルゲイがその意思を改めないというのなら、セルゲイは罪人としてセンターを追放。君もこれ以上セルゲイに加担するのなら医師としての信頼を損ねたとして、君の持つ一つ星の称号をはく奪することも視野に入れる」

 ざわり、審議所内が一同にざわめき所どころに囁き声が反響する。
 星を返上するなど前代未聞の出来事。セルゲイをこの場に引きずり出したいロブにはの存在が今最も邪魔であり、をこの場から離脱させることに審議の方向を変えてきた。

「構いません」

 けれどもその中心では平静に返し、さらなる動揺が走った。

……医師が一度獲得した星を奪われるなど、今後の君の活動に関わるぞ。医療団としても、そのような医師についてくる者がいるはずもない。セルゲイと共に君まで堕ちる必要はないんだ。手を引け、滅多な事を言うな」

 センター側参考人席に立つロブがに小さく口添えをする。

「医療団はウォルト医師を筆頭に、医師である者もそうでない者も、志の有る者が集まり尽力しています。私の在籍が何らかの枷となるなら、私は医療団から除名していただきます」

 の止まらぬ発言に、傍聴席でレイズは柵を掴み身を乗り出す。一体何を考えているんだ。不安げに見つめるレイズの隣で、リヴァイもまたその見え辛い瞳と意思がまるで掴めず、のマスクの中を射抜くように見るばかり。
 揺るがぬの姿勢と発言を見て、ロブはそっと判事に目線を当てつけた。その目線に気付いた判事は息を飲まされていた自分にハッと気づき、咳払いしながら紙を握り直した。

「セルゲイが金で被験者を集めたり損傷の少ない遺体を受け取ったりしていることは証言者もいる、否めない事実だ。健全な人間に問題のある薬を投与し死に至らせる、その行為は本当に医師の行動なのか?」
「新しい薬を作るためなら何人死んでもいいというのか!? それこそが殺人だ、効果があるかも分からない薬を飲ませるなんてセルゲイは殺人鬼だ!」
「罪を償え! この場に連れ出し断罪されろ!」
「庇うならお前も同罪だ! この殺人鬼め!」

 村人も傍聴席の近隣住民達も合わさり場内に怒号が飛び交いそれはすべて中央に立つに向かっていた。審議所の一室にひしめく人々の怒号、罵声。何故人の命を救う医師が殺人だ罪人だと罵倒されなければならない。普段は一人間であるはずの民達の結託が、ガイには恐ろしく膨らみ上がった魔物のように見えた。中央に立つは一人発言台に立ち続けている。何故誰も擁護しない。何故誰も止めない。傍らに立つロブ達は同じ医師であるはずなのに。ガイはその異常な空気から、自分のすぐ前に座っているレイズやリヴァイに目線を下ろした。二人ともそこにじっと座ったまま。

 しばらく怒号が続いた。そして、やがて一人ずつ気付いていった。
 は静かに発言台に立っている。声がひとつ、またひとつ消え、やがて皆が気付き声は止んだ。最初にその場に立った時から何ひとつ変わらない、まっすぐに正面を向き静かに立つ。そして審議所内はシンと静かになった。

「命の償いは出来ません。痛みを代わってやりたくとも、死を代わってやりたくとも、人の命は代償では支払えません。失えば終わりです。……だからこそ医者がいます。命を繋ぎとめる為には医師の確かな技術と薬が必要であり、それを得るためにセンターの医師達は時間を惜しんで今も研究に己のすべてを捧げています」

 の言葉はそう大きくはない。
 それが審議所内の誰の耳にも届くほど、場内は静かだった。

「それを罪というのなら、私がセンターすべての医師の罪を請け負います。追放でも極刑でも然るべき処罰をお受けいたします」

 それはまるで地震のように、足元から揺るがす大きな動揺が場内に溢れた。
 これまでのざわめきのある騒然とした動揺ではなく、誰もが息をのむような。

 腕と足を組み静かに中央を見据えていたリヴァイはぐっと厳しくを睨む。
 しかしすぐ隣で、膝の上で打ち震えるレイズの固く握った拳が見えた。レイズもまた込み上がる衝動を必死に抑えていて、それがリヴァイに冷静さを与えた。組んだ脚を解き、リヴァイは立ち上がろうとした。けれどもそれを逆隣のハンジが手で遮り制止し代わりに立ち上がった。

「場外から済まないが異議を唱えさせていただく。私は調査兵団分隊長、ハンジ・ゾエ。兵団を代表して発言させていただく。我々調査兵団にとって医療団はもはや無くてはならぬ存在であり、彼女もまた失うわけにはいかない。この審議がどこに向かっているかは我々の口出す範囲ではないが、彼女に断罪が及ぶなら兵団としても黙ってはいられない」

 ハンジのすんと通り抜ける威勢の良い声で、場内の者……中央のもまた呼吸を取り戻す。ハンジの声に呼応するように、入口付近では王都から駆けつけた医研の医師達も立ち上がった。

「我々も同意見だ。彼女の一つ星はセンターと医研、双方からの推薦で授与されたもの。勝手に星をはく奪することは均衡を破るものであり、それこそ審議の対象となることを覚悟していただきたい」

 場内の視線が傍聴席を移り、センター側にも村人側にもざわざわと不穏な空気が流れた。
 ハンジら、それと医研の医師達……それらを見つめることで、は場内の人々の存在に気付いた。こんなにも大勢の人がいたのか。こんなにも広い部屋だったのか。傍らの医師達、相対する村人達。世界がぐるぐる回る。自分がこの場にいることをようやく認識した。

「随分と白熱しとるな。ここだけ温度が違っておるわ」

 ガチャリと大きな正面扉が開き、そこからセルゲイが現れ場内はどよめいた。
 これまで一度も姿を見せずにいたセルゲイが、全体から投げかけられる驚きと焦燥の空気を厭わずに髭面を掻きながら傍聴席へと上がり腰かけた。

「セルゲイ医師、いや……貴方はこちらへ」
「面倒事はすべてその娘に任せとるんでな。俺はただ見学に来ただけだ。研究も大よその目処がたったしな」

 ざわり、センター側参考人席に立つ医師達が顔を見合わせ、ロブがセルゲイを睨み上げる。

「しかし貴方はセンターの総責任者。この者達の訴えを聞く必要がある」

 ロブに指され村人達はドキリと委縮する。元より憤りはあったものの、それをここまで膨らませたのは自分達ではなかった。

「俺はただ研究に適した環境を作り籠ってただけだ。それを他の研究馬鹿共が同じように住みつきいつの間にかセンターなどとでかいものになってただけの話だ。運営だの共存だのに興味はない。代弁が駄目というならもうその娘がここの責任者でいいわい」
「何を……セルゲイ! 無責任も大概にしろ!」
「無責任って何の責任だ。俺の医師としての責任なら研究成果がすべてだ。ロブよ、こんなおしゃべり座談会などを開いとる暇があるなら、とっとと白衣を脱ぎ野を耕し女子供にメシを食わせクソして寝てろ」
「な……なんだと!?」

 セルゲイの登場で審議は一気に沈静化し、場内の誰からも憤りや疑いは失せていこうとしていた。発言台で呆然とするは、子どものように言い合うセルゲイが皺の寄ったハ虫類のような目でにやりと笑うのを見て、マスクの中で長く長く、安堵の息を吐いた。


「まぁったく、聞いてて恥ずかしくてしょうがなかったわ。なーにが私が請け負いますだ。己の力量を見誤るからしょーもない議論などに振り回されるのだ。自分のケツも拭けん小娘がお調子に乗りよって、頭に血が上ると見境なくなるのは成長せんの」
「聞いてたのなら、すぐに出てきてくだされば……」
「お前が任せろと言ったんだろうが。世の中話せば分かる人間ばかりではないのだ、お前ごとき説得で騙されるのは女に弱い男か童貞くらいのものだ。ケツの青い小娘が。お前まだ蒙古班ついとるだろ、ケツを見せてみろケツを」

 審議はロブが退場したことで主軸を失い、村人側が審議取り下げという形で終結した。控室で説教を受けるは審議中の己の発言を思い返し身の縮まる思いだが、お尻を触ろうとしてくるセルゲイの手から逃げガイを盾に身を隠した。

「とにかく無事に事なきを得て一件落着じゃないか、良かった良かった」
「ハンジさん……、本当にすみませんでした、ご迷惑ばかり……」
「いやいや。ところでセルゲイ医師、研究が終わったのならこれからは巨人についてその知識を費やしてみない?」
「兵士の筋だらけの乳は好かん」
「せんせいっ」

 は控室に訪れたハンジとモブリット、医研の医師達にも深々と謝罪した。けれどもそのどこにもリヴァイとレイズの姿が見えず、控室を出て廊下を見渡すと審議所へ続く扉口で腕を組みもたれ立っているリヴァイを見つけた。リヴァイにもどんな顔をすればいいのか迷ったが、恐る恐る近づいていくとリヴァイは審議所の中をくいと指差した。傍まで寄り中を覗くと、傍聴席にまだレイズが一人、床を見つめ座ったままで、は中へ入っていった。

「レイズ……ごめんなさい、心配かけて……」

 傍まで寄り声をかけるけど、レイズは僅かにビクリと肩を揺らしたが何も返さずこちらを見てもくれない。よほど心配をかけたのだろう、さらに歩み寄ると、レイズは立ち上がり高い高い所からを見下ろした。その茶色い瞳を見上げ……はビクリと言葉を止めた。するとパンと左頬に衝撃が走り、マスクが落ちた。

「……」
「それが……育ててくれたウォルト先生への、お前の恩義か」
「……ご……」
「おばさんがどんな思いでお前を待ってると思う……、医研の先生方にどんなに迷惑をかけた……、街の人達も、調査兵団の人達も、どれだけお前を受け入れてくれてると思ってるんだ。リヴァイさんが、どんなにお前をっ……」

 怒っている……いつも優しくそこにある瞳が。
 それだけでにはとんでもないショックと悲しみで、熱い頬を押さえる手にボロボロボロボロと涙が降った。

「お前は一人で大人になったわけじゃない、二度と間違うな!」

 その目は赤く燃えるようで、けれども青く漂って。
 瞳は波に覆われ、レイズは震えの止まらないその顔をぐと掌で押さえつけた。
 ごめんなさい……ごめんなさい……レイズごめんなさい……、手の合間から雫を垂らすレイズに寄り何度も伝えた。ポトリと降る涙を止めたくて、ボロボロ落ちる自分の涙も厭わずに、何度も何度も繰り返した。

 ごめんなさい、レイズ、ごめんなさい、……
 必死に訴えるを抱く手はいつも通り、誰よりも優しかった。
 それは誰も触れてはいけない聖域のようだった。


 荷物をまとめ、ハンジの馬車に達も同乗し、その前を馬に乗るリヴァイが走った。青々とした空は北を過ぎるほどにより温度を高め、ウォール・ローゼの壁が見える頃にはもう上着も要らないほどだった。しかし壁を超え内地に入る頃には空はすっかり暗くなり、本部まで戻るには視界が悪くハンジらは王都で宿を取ることにした。



 ハンジの馬車を下り、別の馬車に乗りこむをリヴァイが呼びとめる。

「話がある」

 馬上から見下ろすリヴァイを見つめ、はレイズ達と別れた。
 モブリットが手配した宿に入っていくリヴァイは、二階へ上がり突き当たりの部屋に入る。リヴァイの後について入った部屋はベッドとテーブルセットがあるだけの小さな部屋。リヴァイは担いでいた装備を下ろし、その上にマントとジャケットを脱ぐ。その背後ではマスクを取りながら居心地の悪さを感じていた。今さら、どんな顔をすれば。何を話せばいいのか。

「……キャッ」

 俯くは腕をぐいと引っ張られ、そのままベッドに押され倒れた。
 目を開けると天井を背景に、スカーフと肩のベルトを外していくリヴァイが見えた。ベルトをすべて外し腰布とブーツも床に脱ぎ棄てる。の身体をまたいでベッドに乗り上がると今度はの服に手をかけた。

「リヴァイさん……」
「うん?」
「話……って」
「これがそうだ」

 上着を床に放るとセーターを巻くしあげパチパチと静電気の音を立てながら引っ張り脱がせる。着重ねた服が手際よくどんどん失われ、ついには下着までを取り払われ、は肌寒い空気の中で身を抱き胸を覆った。

「答えは出たか?」
「え……?」

 耳元に手をつき、腕の長さ分だけ高いところからリヴァイが問いかける。
 はようやく思い出した。

 お前が、もう俺には触れられないと言うなら、俺はそれを否定できない。

「お前が決めろと言ったが……、お前が拒否しても、俺は聞かんだろう」
「……」
「俺はもう、お前を手放せないところまできている。人だろうと法だろうと、死だろうと……、何にもお前を奪われたくはない」

 腕を辿り、肩を辿り、首から頬を撫で、口唇をなぞり、耳ごと髪を絡め取る。
 その手は撫でるごとに我儘に強さを増して、耳元で髪を握り潰す音がした。
 強く撫でる掌に痛みを覚えながら……は胸を隠す手を解き、リヴァイの顔に手を伸ばした。

「ちゃんと、消毒しました……?」

 右頬に残る傷跡に触れ、輪郭をなぞり、指で耳の形を辿り、髪に指を通す。
 目を閉じても分かるくらい。その形を、感触を感じ取る。
 首筋を辿って襟元からボタンを外し、細い指がプツリプツリと腰元まで。

「きっと、一番愚かなことは、罪を罪と理解できないことなんでしょうね」

 ゴツゴツと硬い肩からシャツを下ろし、筋肉に盛り上がる腕から胸をなぞっていく。
 リヴァイは肘を折りより近づくと、胸の肌と肌とを添わせた。

「お前がヤケになったとこなんか初めて見た」

 口先で呟くと、恥ずかしげにきゅと締まった赤い口唇に甘く柔く口唇を重ねた。
 目を失っても、耳を失っても、暗闇の中でも分かるくらい。
 肌に、感覚に、体に覚えさせた。

 肌を添わせ、冷えないようふとんで覆いながら胸に抱き、リヴァイは夜通し長い長い話をした。一番古い記憶から、蓋をしたはずの奥底まで。時折リヴァイの口唇が止まる。どう表現すればいいのか……言葉が分からない。そんな音のない言葉を呼吸で、肌の温度で感じ取った。

「クソみたいな人生だ。だが……あの時、地下競売で、金にもならないガキを盗み出した。その事だけは、あの時の俺に感謝してぇな」
「……」

 長い黒髪に指を梳き通し肩を抱くリヴァイの手の温度に、じわり涙が染み渡って胸にポトリと落ちる。それを感じ取ったのか、語る口唇が額に口付けさらに強く抱いた。永い永い夜だった。雪解けのようだった。


 次第に意識が近づいて、パチパチと燃える音が耳に入ってくる。
 一度目を開け、閉じながら手を伸ばすが……その手は何にも触れずにまた目を開けた。つい今までここにあったはずの温度がなく、ガバッと起き上がるも明るくなっている部屋の中に姿も服もなく、リヴァイはふとんを撥ね退け扉を開けた。

「キャッ……ヤダ、リヴァイさん」

 開けた扉のすぐ向こうに瓶を抱えたがいて、ふと呼吸を取り戻す。
 は裸のままのリヴァイを急いで部屋の中へ押し戻した。

「いなくなるな、ビビるだろ」
「だってよく寝てたから……」

 後ろ首をぐと抱く大きな手はまるでしがみつくよう。

「私は、いなくなりませんよ」
「どうだかな。お前は急に切り替わるからな」
「ええ……、とにかく、早く服着てください。風邪ひきますよ」

 床のシャツを手渡され、リヴァイはそれに袖を通す。
 パチパチと音をたてる暖炉の上にポットを置き湯を沸かすの背で、部屋中に散らばっている服を拾い集めるリヴァイは、ボタンを止めズボンを履きジャケットを着て、ふと気が付いた。胸ポケットに入っていた白い紙包み。そうしてもうひとつ思い出す。内側のポケットにも同じような茶色い紙包み。

「なんです? それ」

 リヴァイは白い包みをしまおうとしたが、振り返ったに見つかってしまった。

「お前のハンカチを駄目にしちまってな」
「まぁ、それでわざわざ? そんなの構いませんのに。ふたつもですか?」
「好きな方選べ」
「どちらかなんですか?」

 リヴァイは仕方なく……ふたつの包みをに渡す。
 受け取りは白い包みを開け中からハンカチを取り出した。薄紅色の花の柄に染まったハンカチでは「キレイ」と声を上げた。そうしてもうひとつの茶色い包みも開け、取り出す。リヴァイは背を向けベルトを留めながら……その胸中が思った以上に騒がしくなっているのを感じ取った。

「……」

 取り出しただろうの、先程のような声が何も聞こえない。
 それは余計に神経をとがらせ、リヴァイはに振り向いた。
 は真っ白いハンカチを手に、じっと見つめている。

「ふふ……リヴァイさんみたい」
「……」
「私こっちがいいです」
「そうか」

 人に物を贈るのは存外気をすり減らすものだと刻みながら、リヴァイはの持つ白いハンカチの、もうひとつのほうを紙包みごと取り暖炉の火の中へポイと放りこんだ。

「ヤダッ……何も燃やさなくても」

 隣に駆けよったが驚き火の中を見つめる。
 みるみると焦げ形も色も無くなっていくハンカチはすぐに煙と化した。
 それを残念そうに見つめるを、くいとこちらを向かせて、リヴァイはその口唇に甘く柔く永く、キスをした。

 

未知らぬ夜に

Merry X'mas & Happy Birthday 2014