ねぇ、これって、恋なのかな

情なのかな










13.フォルティッシモ











油断してたわけでも唐突だったわけでもないのだけど、不意を付いたくしゃみは女らしさの欠片もなく飛び出た。


「豪快だね、まだカゼ治ってないんじゃないの?」
「う、いや、てゆーかアレルギーかも」
「ということはうちが埃っぽいってことか。掃除、してないもんね」
「いやわかんないんだけどさ」


ティッシュ箱を抱えてぐずぐずとこする私は英士君がいるのにこの豪快なくしゃみっぷり。いや、恥ずかしい気持ちは多分にあるけども止められなかった・・・。


「ねぇ、そういえばさ、ここってテレビないよね。私クラスの話題についてけてないもん。電波届かないとか?」
「いや、ユンの部屋に一台あるんだよね」
「え、そーなの?独り占め?ずっるー」


じょしこーせーといえば、ドラマやらアイドルやら音楽番組の欠かせない年頃ですよ。たまには情報収集しなくては、と私はテレビを見せてもらおうと潤慶の部屋に向かった。
ノックしながら「ユーン」と呼んでも返事がなくてドアを開けると、潤慶はこんな時間にもう寝てて(まだ8時だよ)、起きれないはずのユンはそれでも私の声で目を覚ましてしまった。


「ゴメン寝てたんだね、テレビ見せてもらおうと思ったんだけど」
「・・・うん、いいよ」


眠たい声でそういう潤慶は被っていた布団をめくって「どうぞ」と言った。
いやいや、私、テレビ見せてって言ったのね?(寝起きでもボケるかこの男は)

久々に見たテレビは、音楽関係はもう完璧についてけてなかった。ずっとやってるバラエティ番組でもコーナーとか出演者が変わってるし。恐るべし時代の流れ。家を出てからずっと見てないんだから仕方ないか、と家を出てからの日数を数えてみた。仕方ないというほどの月日も経ってなかった。




テレビとはおかしなもので、騒がしいクセに、ぼーっと見てるとその騒がしさをあまり感じない。潤慶の部屋はあたたかくて、つまり、常温。つまり・・・


ちゃん」
「・・・ん」
「眠いの?寝ていいよ」


潤慶が寝転がってるベッドに背中をもたれさせてテレビを見ていたら、私の頭がこっくりこっくり揺れてるのを見てか潤慶が後ろから言った。眠い、ちょっと寝かせて。とベッドの上に頭を落とすと眠気は更に増し、私の意識をかっさらった。


「ふ、スキを見せたねちゃん」
「・・・・・・」
「ってオイ、早いな」


なんかそこで潤慶の声がしてたけど、私の意識は水没していく石の如く沈んでいって、一気に睡眠の世界へと落とされた。潤慶の布団は不思議なほどふかふかしててあったかく感じたし、眠気を妨げるものも何もない。


ちゃん」
「・・・」
ちゃん」
「・・・んぁ、」
「ちゃんと寝な、おいで」
「・・・・・・」


のそり、と頭を上げると、ベッドの上の潤慶の顔がすぐそこにあって、何か、言ってた。それがよくわかんなかったけど、潤慶が布団をめくってベッドの半分をあけてくれたから、私は眠気に襲われたままでもそもそとそこに這い上がって、潤慶の隣にどさりと重い身体を倒したのだ。

ふわりと掛け布団が私を包む。
元々ユンのいたそこはあったかかった。









うう、首が痛いぞ。
朝だというのにすっきりしない身体と頭でとぼとぼ学校までの道を歩いていた。隣でシノが「寝違えた?」と私の首を心配してくれた。


「うーん、なんかヘンな体勢で寝てて、隣にユンがいたから」
「は?」
「きのうユンの部屋でテレビ見てたらどーにも眠くなってね、それがいつの間にかユンのベッドで一緒に寝てた」
「うそぉ!ちょっとアンタ・・」
「いや、ちゃんと服は着てたよ、うん」
「あ、そお、なんだ。でもアンタ、しっかりしなよ。相手ははっきり意識してきてんだからさ」
「・・・うん」


思えば私、仲良く添い寝なんかしてる立場じゃない。ユンはあんなにはっきりと私に好きだといって、私はそれに何も答えなかったんだ。何も答えられなかった。


「答えなかったってことは、気持ち受け入れたってこと?」
「そんなつもりじゃないんだけど」
「あっちはそう思ってもおかしくないよ」
「う、うん・・・」
「心配だなぁ、アンタ一回刺されてるんだよ?も少ししっかりとこう、さぁ」
「ハイ・・・」
「やっぱり、その人危険だと思うんだ」
「・・・、うん」


危険・・・。危険、か。


「そうだよね、きのう寝てるとき蹴り入れられたし」
「それはただ単に寝相が悪いだけでは」
「・・・あそうか」


ベタな話に二人でちっさく笑ってると、隣をクラスの友達が通り過ぎた。なんか目が合ったからおはよーと普通に声をかけたら、何故だかどもって挨拶を返されて、その上そそくさと先へいってしまわれた。

なんなんだ?


「あのね、
「ん?」


隣でシノが苦く笑ってる。すると前のほうの友達がこっちに振り返って「あ、」とか言って指差してきて、よくよく回りを見渡してみるとみんななんとなくこっち見てて、大して仲良くない子も知らない子も男子も先輩も後輩もみんな。

あらららら?


「シノ、私ってば、いま旬なの?」
「なんじゃそら」
「いやユンと一緒にいるとヘンな言葉がつい」
「・・・うん、まぁ、ね。あたしもきのう聞いたんだけど」
「なにを?」
さんて同棲してんだって〜、同じ学年の誰からしーよー、うっそー、っていう・・・」
「・・・・・・。うそぉ!なんでー!?私ってばいつの間に皆様方のおいしいお手軽おつまみになってんのー?!」
「だから表現ヘンだって。まぁどこからバレてもおかしくはないよね」
「これでも一応、気をつけてるんだよ?」
「でも先生とかまでバレたらさすがにヤバイんじゃない?」
「同級生との同居禁止なんて校則あったっけ」
「そういう問題ではなく」


人の視線の雨あられの中、私はテンパってしまってシノに落ち着けと言い渡された。だってそんなこと言われたって、どこから漏れたってゆーの?そう、教室に入ることにもビビって教室のドアを開けられずにいると、更に追い討ちをかけるアナウンスが流れた。


『2年E組さん、2年E組さん、至急校長室まで来てください』


うう、どうしたらいいんだ・・・

仕方ない、校長室に呼び出されては行かないわけにはいかない。ハラをくくれとポンと肩を叩いたシノに押し出され廊下をずるずると歩いていった。
道中やっぱり視線の嵐で、中にはニヤニヤと楽しそうなヤツもいて、からかうような声が飛んでくる。

どれ?あの子?
かわいーじゃん。名前なんだっけ?
相手どんなやつー?どこまでいっちゃったのー?


「最低、3年じゃんアレ」
「・・・」
「ムシしな、気にしなくていーよ」


そりゃあんなの相手にはしないけど、でもやっぱ気分はよくなくて、やっぱりどうしたって、これからの学校生活とか、ヘタに仲いい子とか、ああ、あああああ、

周りの喧騒に耳を塞いでるつもりで歩いていると、その、嫌味ったらしい声が聞こえていた後ろが今度は「きゃあ!」という叫び声に変わった。なんだ、と振り返って見ると、そこにはさっきのからかってきた3年の男子と、


「あ、ヤバ、殴っちゃった」


一人しりもち付いてる人の前に、英士君・・・


「えーしぃ!何してんだお前ー!」
「ってぇーな誰だよお前!なぐっちゃったじゃねーよ!」
「何年だお前、いー度胸してんな!」
「すいませんセンパイ、でも俺今から用事があるんで・・」
「逃げんな!」


あっという間に揉みあいとなったその3年と英士君と若菜たちは、廊下のど真ん中でケンカし始めてしまった。あああ、もう、何やってんのー!?




「・・・で、君たちが問題の二人だね?えーと、郭君とさん」


校長先生と対面して話すなんてなかなかない出来事で、妙に背筋を伸ばしてまっすぐと立ってしまった。隣の英士君は元々しゃんと立つ人だけど、彼にはなんて似つかわしくない、綺麗な顔にバンソーコー。


「君たちは、ふたりで一緒に住んでるのかな。いつから?」
「正確には3人ですけど、ここ何ヶ月かです」
「どういういきさつかは知らないが、・・・」
「僕がさらってきてしまいまして」
「・・・さらう・・・」


ああ、校長先生が呆れてらっしゃる、そりゃそうだろうよ。英士君は英士君で、やっぱりあの従兄弟のせいでなんか言葉ヘンだし。


「とにかくだね、こうも大きく噂になってしまうと他の生徒にも影響が出てしまうかもだしね、それ相応の対応はしなくてはならなくなるんだよ。そもそも君たちはまだ高校生だし、わかるね?」


こんなことは初めてなんだろう(当たり前といえば当たり前)校長先生はどこか弱々しい口調でなんとか責務を果たそうとしているよう。そんな校長先生の胃痛も知らずに私と英士君は「停学かな」「退学ではないだろう」なんてことをこそこそと話してた。


「このままだと君たち二人は退学。つまり、処罰は今後の君たちの行動による、ということなんだよ」


ひぃっ!

手遅れにならないよう早めに行動を起こしなさいと校長先生はあたたかいような冷ややかなような言葉をくださった。汗ダラダラかく私たちは、こりゃ困ったぞと校長室を出ていく。


「ああそれと、君たちのご両親に連絡を取ろうと思ったんだけど、二人とも連絡が取れない状態のようだね。そういう状況ならとも思ったのだがね」
「退学撤回ですかっ?」
「いやそうはいかないのだけど」


いかんのかいっ!


「ああさん、もうひとつ聞きたいんだが、この間授業中に外から叫んでた子が君を呼んでいたそうだね」
「・・・ああ、はい」
「あれは確か、うちにいた子だね。2年前に傷害事件を起こした」
「・・・」


傷害事件・・・?


「あの子とも付き合いがあるんだね?」
「・・・」


私はそれが何のことかは、知らない。
私と潤慶の関係なんて、ただ、


「きのう、一緒に寝たんです」


それだけだ。



パタンと校長室のドアを閉めて、英士君と何も話さずに廊下を歩いていった。もう授業が始まってるからシンと静かで、ひやりとした。パタパタ、パタパタ、私と英士君の足音が重ならない。


「・・・好きな人だって言えばよかったかな」
「ん?ああ、」
「間違えちゃった」
「はは」
「あたし、家出るね」
「え?」
「しょうがないよ、退学は困るしね」
「でもどうするの?」
「うーん、とりあえずまた、兄貴の世話になるっきゃないなぁ」
「そっか・・・」


まだ、冬というほど冷たい空気ではないにしろ、なんだか寒い空気が流れてた。いっそ雪が降って吹雪になって世界中が凍っちゃったら、こんな寒さも仕方ないって思えたかもしれない。でもなんだか中途半端で、寒いのが、余計に寒く感じるよ。


枯葉もなくなった校庭はもう冬が近づいていて、季節が通り過ぎるのって、こんなに早かったっけ。並んで歩くことすらなかった夏休み前と、全てが動き出した夏の終わりと、今と。たった数ヶ月しか経っていないのに、なんだかもう10年くらい生きたくらい、しあわせだったり不安だったりして。

でもやっぱり、安らぎの賞味期限は早くて
終わりがもう、そこまできてるんだね。


静かに静かに、でも確かに

強く、強く、目の前に終わり。













BACK ← TOP → NEXT