いびつに輝く、それでもこの想いの先は ・・・いつ? もう二年以上前。潤慶、韓国の実家にいた時から家に寄り付かなくてさ。あいつのお母さんもそうだけど、ユンもかなり状態おかしくなってて、暴れるから警察とか何度も行ってて。見かねてうちでユンを引き取ることにして韓国に迎えにいったんだけど、かなり酷かったよ。死んじまえだのクソババアだの、めちゃくちゃに叫んでた。 こっちに来てからもしばらくはずっとうつ状態で、ずっと部屋に篭って出てこなくて、うちの母さん見てもお母さん思い出して吐いたりするし。そんな状態がずっと続いて、 そのあとで ・・・冬の夜は、痛い。 走ってると風を受けて、目が痛くて、鼻が痛くて、耳が、頭が、指先が、足が。通りすがる人たちの口から生まれる白い息はあたたかそうなのに、自分の口からでるこの息は凍りつくくらい冷たかった。それでも走って走って、周りを見渡し走って走って。 「ユンー・・・」 寝巻きにコートを羽織っただけの格好はやたらと目立つらしくて通りすがる人たちがみんな振り返った。仕事帰りのスーツが多くて、街の明かりがちかちか反射する中、私一人だけ別世界にいるみたいに逆流して走ってた。 「どこよ、ユンー・・・」 靴下も履いてこなかったから踏み込む足が痛い。もともと冷え性だから手なんてもう感覚ないくらい。 寒い、寒いよ。寒いでしょ、潤慶・・・ あてもなく走ってあの姿を探していると、笑い声のうるさい5・6人のおやじが横を通り過ぎた。ねーちゃんなにやってんだー?それパジャマじゃないの?さむそーだなぁ。一緒の飲もうよあったまるよー?むせ返るほどの酒のにおいを漂わせて、節操のない笑いを浮かべて肩に手を置いてくる。 うえ、酒臭い・・・ 「どけよじじい!」 口と鼻を押さえて、そこから抜け出た。 ・・・おやじなんて、みんなしねばいいのに。酒臭い息がものすごく嫌だ。あの目つきも。触ってくる手も気持ち悪い。 うちのクソオヤジもそうだった。 「ユン・・・」 あんたはわかるよね、潤慶・・? 早く、みつかってよ・・・ パパーッと車道で車のクラクションが鳴り響いて、ビクリと心臓を揺らしてそっちを見た。車はそのまま走っていって、その車が通り過ぎた向こう側に、車道の向こう側に、潤慶が見えた。 「ユン・・・」 横断歩道なんて無視して車道を横切って、それこそ自分がクラクション鳴らされながら向こう側に急いで、冷たい夜の闇の中、ぽつんとガードレールに腰下ろしてる潤慶のところまで走った。車道を渡った先の歩道の路肩に足を取られて、潤慶に行き着く前にこけてしまったけど、その音で潤慶が私に気づいてこっちに振り向く。 いた。ユンがいた。 冷気の漂うコンクリートに両手をついたままホッと出た息は、思いのほかあたたかい気がした。立ち上がって、ようやく見上げてる潤慶の前までたどり着いて 「手、手見せて」 冷えた潤慶の右手を取って、もう片方の手首も見て、何もない綺麗な腕にホッと胸をなでおろす。さっきまであんなに寒かったのに、なんだか体が熱い。涙が熱い。 「ちゃん・・・?」 潤慶の弱い声が、そっと私に染みこんだ。 「どうしたの、ちゃん」 私の頬に伸ばすその手は芯まで冷え切ってるのだけど、嫌じゃない。口から漏れる息が真っ白く、それでも感情が高ぶって涙も止まらずぼたりぼたり毀れ、にごった波の向こうに潤慶の目を見た。 「あたし、家、出る」 冷たい手で私の冷たい頬に添えてた潤慶の手がピタリと止まる。 「・・・本気で?」 「ん」 「俺、ちゃんと離れてられないよ」 「ん」 頬の冷たい指を、冷え切った手をきゅと弱く握った。 それはちっとも綺麗な形じゃないかもしれない。 けど、ユンを、愛しいと思う。 その冷えた手を、取ろうと思った。 「寒いね」 「うん」 バスの中はごうごうと暖房が動いているのに、骨の髄から冷えているのか、心が冷たいのか、あたたかさを感じられなくて、私たちはぎゅうぎゅうと抱き合ってた。バスの一番後ろのシートで、靴すら脱ぎだして抱き合う私たちに、他のお客さんたちが振り返って非常識そうな目を向けてくる先で、それでも私たちはこれ以上ないほど傍にいたくて。寄り添いたいなんてものじゃない。分かち合いたいわけじゃない。すがるように、冷えた世界で抱き合ってた。 「なんか着てくればよかった」 「そんなカッコで、寒いに決まってるよ」 「うん。あったかいとこ行きたいね」 「うん」 窓の外に、ちらちらと細かな雪が降っていた。寒いはずだ。 あたたかいどこかに行きたいね。 ねぇユン、私たちの世界はどうしてこんなにも、冷たいものばかりなんだろう。凍えそうで、痛くて、困っちゃうよね。 でも、涙って熱かったんだね。声もろとも飲み込むことばかりだったから、泣いたら負けだと思ってたから、わからなかったよ。 ねぇ、ユン あんたはそれを知ってるの? ユン 痛いときは泣けばいいんだよ。 悲しいときは、泣いたらいいんだよ。 そしたら私は、その熱い涙で、この指先をあたためるんだ。 |