きれいなまるをつくりたかった。この手で、きれいなまるを





17.キャパシティ















「ねぇユン、これどこおこっか」
「んー、こっち」
「これは?」
「それそっち」


家を出た私は兄貴のいる家に帰った。もちろんというかなんというか、潤慶も一緒で、兄貴になんていおうかかなり迷ったのだけど、まぁいいやいってみようと玄関を叩いたらば、兄貴は私たちを見るなりやっぱり深いため息をついた。
その後、住むところは思いのほかすぐに見つかって私と潤慶はそこへ移り住んで、兄貴の世話になるのも最小限ですませたのだ。(家借りるのにやっぱり世話にはなったんだけど)(哀愁漂う兄貴の背中がやけにオヤジくさくなってたな・・・)

兄貴が言った、あのときの奴と違うな、という言葉が耳に残った。兄貴もあの人と別れたの?って言ったらはたかれた。ちゃんと避妊しろよとしつこく言われた。(やめてくれ)


「あー終わったー!休もー」


ふぃーと息をついてまくっていた袖を下ろして、質素な部屋を見渡した。荷物なんてほんと少ないけど、とりあえず寝れればいいし、十分な家だ。


「何飲む?紅茶、コーヒー、お茶、・・・あ、紅茶は買ってこなきゃないな」
ちゃん」
「ん?」


潤慶の声にくるりと振り返ると、何もない部屋の隅で壁を背に座り込んでる潤慶が私を見上げていた。何もない部屋に潤慶はなんだか似合ってる。雰囲気かな。そんな潤慶は静かに笑って、私に向かって手を伸ばす。


「きて」
「は・・・、え、えー・・・」


にこりと笑顔を乗せたまま、私に手を伸ばして、私を待つ。なんだかそれがものすごく、恥ずかしくて、私は反応に困ってしまった。だって、今まで何かと動き回ってて、やることがあったからふたりきりでもなんともなくて、でもこう、落ち着いていざふたりで向かい合うとやっぱり、かなり、慣れなくて。


「えーあー、なんでー」
「いーからくるっ」


ぐいと私の腕をひっぱって、潤慶はその広い胸の中に私をぼすんとうずめる。抱きつかれるとか抱きしめられるとかは慣れてるけど、抱き合うっていうのは、慣れなくて。私を腕で包んで無邪気に笑う潤慶の前で、私は無意味にうーとかえーとか言いながらとりあえずの笑顔を垂れ流すしかこの恥ずかしさを紛らわせられなかったのだ。


ちゃん」
「う、あ、え?」


じわりじわり、微笑むユンの顔が近づく。
すぐ、鼻先まできて、


「ヨンサといる時はあんな素直なのに」
「・・・」


目の前でピタリ止まった潤慶の顔は、よくよく見ると、笑ってるけど、笑ってない。

まずい・・・


「なによ、ヤキモチー?いー年して妬かない妬かない!」
「ぼくまだときめく17歳」
「あ、そーだっけ?」
「ぱーんち」


ごつりと潤慶が額に拳を当てた。
私たちは、いろいろよく考えてうまくやっていかないといけないんだ。落ち着いて、思いあって、仲良く。もう何も波風なんてたたないように、潤慶が穏やかにいられるように。

いいほうにいいほうに。
もっていくんだ。









これだけ寒いと教室にすら暖房が入る。
そんな学校はなかなか好きだ。


「ふーん、ついにふたりになっちゃったか」
「うん」
「ちゃんとやってけてんの」
「うん、じゅんちょーじゅんちょー」


潤慶と一緒に住んで、新しい年が明けて、3学期がやってきた。席替えがあっても相変わらず英士君は窓際の席で、何か裏工作でもしてるのか、さもなくば何か魔力でも持ってるのかという気になる。


「でもちょっと痩せたんじゃないの?」
「え?そーお?」
「ちゃんと食べてるの?あんたそれ以上痩せたら胸なくなるよ」
「え、それはヤダなぁ」
「冬休みは何してたの?」
「ほとんどバイトばっかり」


とにかくビンボーな私たちはバイトばかりで、学校にいってる間と何も変わらないような生活だった。私は結構遅くまでやるバイトばかりしてたし。(だって夜のほうが金が高い)


「ふーん。でもずっとふたりだったんでしょ?大丈夫だったの?」
「だいじょうぶって、うれしーことじゃーん」
「・・・」
「・・・・・・え?」


にっこり笑顔で返したのに、シノは何故だかじぃっと私を見てきた。


「私さぁ、ってあんま無理が続くタイプじゃないと思うんだぁ。てゆーか体質的に無理が合わないってゆーかさぁ」
「だからなにも」
「そんなんでずっとやってけんのかなぁ」
「・・・」


そんなこと、ない。大丈夫。
私たちすごくおだやかに、いいほうに向かってる。がんばってそうしてるんだもん。

だいじょうぶ。
私たち、もうちゃんと抱き合えるしちゃんとキスだって出来る。私は潤慶を大事にしようと思ってるし、潤慶だって私を好きでいてくれてるのが判る。

それってすごくしあわせなことだよね?
ちゃんとできてるんだよね?





潤慶の唇は、熱い。しっとりと、私の乾燥した唇を潤す。時々カチリと歯をたてるクセはずっと直らないけど、口の中の傷なんてすぐ治るもの。それよりなにより、私は痛いほど抱きしめられることを心地いいと思う、変な体質らしいし、だから私と潤慶は、合ってるんだ、きっと。


「・・・髪、伸びたね」


目の前をちらりちらりと揺れる潤慶の前髪が目に付いて、夏に見た潤慶を思い出した。あの頃は今よりもっと髪が短かった。当たり前の話だけど。唇をつける潤慶から離れて髪に指を通すとたくさん指から毀れて、時間が経っていることを物語る。


「切らないの?」
「うん」
「伸ばすの?邪魔じゃない?」
「切らない。このまま伸ばしてヨンサと双子になるんだもん」
「なんじゃそりゃ」


髪型が同じなくらいで見分けつかないほど君たち似てないよ。初めて会ったときは、髪形違うくせに見間違ったけど。
また私の髪に手を伸ばす潤慶から離れて、私は引き出しからハサミを取り出しおいでおいでと潤慶を手招いてやる。

ちょきちょき、潤慶の少し硬めの髪の毛を切っていくと、隠れ気味だった目が綺麗に現れた。睫長いんだから、前髪が長いときっと邪魔だろう。夏ごろの髪型くらい短く切っても大丈夫なくらいだ。短いほうが潤慶は似合う。


「眉の上くらいまで切っちゃっていい?」
「んー好きにしていーよ」


ちょきちょき。そんな人の髪を切り慣れてるわけじゃないからゆっくりと切りそろえた。はらりと切られた髪が落ちていく。目を閉じてる潤慶の顔に細かな髪がついて、こそばゆいだろうからそれを指先で払うと、ふと動いた潤慶の唇に指があたった。


ちゃんさ」
「ん?」
「俺と寝るの嫌なの?」


ぽつり、ユンの目がそっと開く。


「まさか」


少し俯く潤慶の目は見えない。
髪は短くてその睫はよく見えてるのに、その目の奥がちっとも、見えない。


「・・・」
「・・・えっと、あたし、また何か、寝言とかいった?」
「いってない」
「・・・じゃあ、」


なんで、


「わかるじゃん」
「え・・?」
「わかるんだよ。好きな女の気持ちがこっちに向いてないことくらい」


ちらり、潤慶の目が上がって私に交じる。
その目は奥深くまでよく見えて、


「わかるんだよっ」


ガッ、と潤慶の手が私の髪を掴んで、ぐいと引っ張り寄せようとする。
目を合わせようとする。

その目の奥深くは、赤い。
こわい


「や、いた、ユン、髪ひっぱんないで・・っ」


ぐいと潤慶を押し離そうとしても痛いばかりで、掴んでくる手はちっとも力をひいてはくれずに、まるでものを掴むように無造作に引っ張る。

痛い、痛い、やめてよ、潤慶、

何を言ってもその力は緩まず、離さず、潤慶が手をついたテーブルが揺れて、そのテーブルの上の何かを潤慶が掴んだのが見えた。潤慶の、もう片方の手が近づいてくる。その手に、


「・・・ぃやっ」


しゅぼ、
揺れるライターの火が顔に近づいてきて、視界が真赤になった。ずっと掴んでる私の髪と潤慶の手の間にその火がゆらりと揺れて、移る。


「いやっ・・・」


どんと押し付けたユンの体が簡単に私から離れた。
髪を掴んでた手も、その手に髪を掴んだまま離れた。

じりっと焦げた音がなんて、偽物みたいに聞こえた。
臭い、髪の焼けた匂いが部屋に充満した。


深く、深く、床に目線を落とす潤慶の目はもう見えない。
私も、何も見えない。
頭の中がきちんと動いてなくて、すごく、ぼーっとして、何も考えられない。


「・・・」


へんなにおい
くさい

へんなおと
しずかなのに

へんなの
ちゃんとできてるのに


へんなの


わたしたち、へんなの









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