むちゅうだった。あなたに、 空ってこんなに白かったっけ。 もっと、青い気がしたんだけど。 「っくしゅ・・・」 空を見上げてたらくしゃみが出て、そしたらたて続けに連発して止まらなくなった。 「なに、また風邪?」 「んー、寒いからなぁ」 「気をつけなよ。髪切らない方がよかったんじゃない?」 冬は好きだけど、寒さにはめっぽう弱くて、毎年よくこんな寒い世界を生きているものだと思ってしまう。背中まであった髪が肩下まで短くなったせいで、気のせいだろうけどなんだか寒い。 お昼のお弁当を持って(パンだけど)、少しでも日のあたる場所を、とシノとさまよい歩いていると、もうお昼ごはんを食べ終えたのか廊下の先で若菜たちが騒いでた。体温高そうだよなぁ、若菜。 そんな騒がしい団体を横目に歩いていくと、ぽん、と背中を叩かれて振り返った。 「あ」 「げんき?」 英士君だった。同じクラスで、しゃべるときは普通にしゃべるのに、なんだか最近はちっともしゃべれてなかった。 「どうしたの、元気ないね」 「開口一番それ?なんかオヤジくさいよ」 「失敬だね」 変わらない英士君のトーンに自然と笑えた。ヤダなぁ、私の背中そんなしょぼくれて見えるのかな。そんなことないよ、とフリフリ手を振りながら話してると、シノが「先に場所探しとくね」と廊下を歩いていってしまった。あれれ、なんで?そんな話し込むわけじゃないのに。 「髪、どうしたの?」 「切ったの。随分伸びてたから。てゆーかほったらかしにしてただけなんだけど」 「でもかわいかったのに。ふわふわしてて」 「そーお?すごいクセッ毛だからすごい絡まるんだよ、切ってよかった。ていっても自分で切ったから毛先ガタガタでさ、これからシノにそろえてもらうのー」 「ふーん。潤慶は?何してる?」 「ちゃんと生きてるよー。学校も行ってるし、ごはんも食べさせてるし」 やっぱり英士君はなんだか潤慶が大事で、いつも心配してる。そうだよな、従兄弟だもんな。私だって今潤慶と離れて暮らすことになったら心配でたまらない。 「さんは?だいじょうぶ?」 「うん。って、なにがよ。全然なんもかもだいじょーぶよ」 「教室でもずっとくしゃみしてるし」 「あー、風邪でもないんだけど、なんか寒くてさ」 今じゃ私と英士君の席はかなり離れてるのに、私のくしゃみはどれだけでかいんだ。(恥ずかし)悪くならないようにね。と英士君はポケットの中に手をつっこんで、取り出したものを私に渡した。 「うわー、あったかい」 「ほっかいろくらい買いなよ」 「だってお金ないんだもん。すべて自家発熱で補うしかないのだ」 「顔色も、あんまりよくないよ」 「寒いからだよ、ほんと寒さに弱いの」 些細な熱の袋で、指先を包んでみたり頬に当ててみたり。世界中が冷えてる間って、こんな小さい熱がほんとに愛おしい。 「ごはんちゃんと食べてる?っていってもあそこで住んでるときも大したもの食べてなかったけど」 「いやぁ、英士君のごはんはおいしかったよ、素材が活かされてて」 「・・・料理になってないって言いたいの?」 「あはは」 「あーあ、俺、しあわせにするって言ったのにな」 「え?」 「さんのお兄さんに」 「ああ」 夏の終わり、英士君が窓から私を連れ去ってくれたとき。しあわせにするんですよねって言った兄貴に、はっきり「はい」って言ってくれた。 「いやぁ、しあわせだったよわたし」 「どうだかね」 「ほんとほんと」 「そんながんばって笑った顔で言われてもね」 ぴたり、 思わず引き上げてた頬がとまった。 「ちゃんと泣いてる?」 「えー・・・」 それはまるで、魔法でもかかったみたいに、時間が止まったみたいに。うすら笑ったままの私の隣に、英士君の静かな息遣いと、あったかい目。 そんな空気で傍にいられると、体のどっかの、最後の一本が簡単に弾き飛んでしまう。緩みに緩んでいたネジが、からんと零れ落ちてしまう。 「う、うえっ・・」 「あ、ほんとに泣いちゃった」 「うっ・・うえー・・」 「ほんとにもう・・・。ほら、我慢しないでいいから、いっぱい泣いていいよ」 そうは言われても、我慢しないで泣く方法を、いっぱい泣く方法を、私は知らなかったので、それはそれは醜い泣き方だったかもしれない。けど英士君は短くなった私の髪をよしよしと撫ぜて、涙を落とさせた。ぽんぽんと頭を撫ぜられると、自然と涙はぼろぼろと毀れ続けた。 「え、えいしくん、あた、あたしね、」 「うん」 「あたし、わからないの、よく、わからないよー・・」 「うん」 「ちゃんと、伝わんないの・・、わたしも、ユンも、なん・・なんか、ヘタで、」 「うん」 「なんで、かなぁー、うまく、う、うえっ・・」 「うん」 「もっと、うまくしたいのに、でも、なんかよく、わかんないのー・・・・・」 「うん」 よしよし、よしよし、 英士君はずっと私の、ヘタクソに毀れてくる言葉に相槌打って、頭を撫ぜて、私の中のものを全部引きずり出した。私はちっともうまく吐き出せなくて、ちゃんとしゃべれもしなくて、全然何を言ってるのかわからなかったかもだけど、それでも英士君は周りのみんなの目が集まっててもずっと、ずっと目の前に。 「つらかったね」 「うっえ、えーしくんー・・」 「うん、聞いてるよ」 「う、ううー・・・っ」 ・・・・・・えいしくんは、私を甘えさせる天才のような人で、ずっと私の頭を撫ぜて抱きとめてくれた。 ごめんえいしくん。 ほんとに、わからないことが多すぎる。 ごめんね、えいしくん。 あたし、居場所を見つけたみたいで夢中だった。 その静かな空気に、おだやかな視線に、あたたかな手に、あまい香りに あなたに、ずっと甘えていたかった。 |