三上・郭合同誕生会


三上バージョン in 武蔵森



1月22日、金曜日。
この日、武蔵森学園の高等部は少し異様な空気に包まれていた。

「おらあッ!」
「うわっ・・・、もー怖ぇよ三上ー」
「っしゃあ!オラ次こい次ぃ!」

声やシューズのしなる音が響く天高い体育館。
上下ジャージに身を包む男子生徒たちは、区切られたコートの中でそれぞれに細長いラケットを持ち、白いシャトルを打ち合う。普段、サッカー部の勢力が強い武蔵森でも体育の時間は様々なスポーツが行われ、誰でもその時その時優位に立てる時間。

しかし、どのスポーツにおいても大事なのはやはり、基礎能力なのだ。
それに優れた生徒が一番多いのもまた、サッカー部なのだ。
網に硬いゴムが跳ね返る、細かな音が反響する体育館で、一番奥のコートはどこよりも熱い賑わいを見せていた。

「燃えてんなー三上、なにごとだ?」

どこのコートもうまいとは言えない羽さばきで和やかにゲームが続いてる中、そのコートだけはたった一人の熱に煽られて熱戦が繰り広げられている。その内情を知るクラスメートはコートを囲む白線に座り込んで観戦して、いつもと違う三上のテンションに驚く隣のクラスの男子は物珍しげに寄ってきた。

「あー、あいつ今日誕生日なんだよ」
「は?それであんなテンション高いわけ?」
「んー、ちょっと違う」
「違うって?」

今日、1月22日は、武蔵森学園サッカー部エース、三上亮の誕生日である。
全寮制の武蔵森では生徒間の関わりは深い。先日高校選手権を好成績で終えたサッカー部の3年生にとってその想いはひとしおだ。きのうの夜も、12時なると同時に多くの部員たちが三上の部屋に押しかけクラッカーとバースデーソングが寮内に響き渡ったのだ。

まさか公表されてるわけでもないその個人情報。だけど寮生活を6年も続けてきた生徒たちにとって誕生日を祝い合うのは当り前のものだった。今まで切磋琢磨し合いここまでひとつのことに熱中してきたサッカー部員たち。卒業を目前に控え、それぞれの進路に別れてしまうから、今年は例年より手厚い祝いだった。

しかし、想いがひとしおなのは何も、サッカー部だけではなかったのだ・・・。

「もー羨ましいを通り越して怖ぇーよ。朝から女子がとっかえひっかえ、休み時間は後輩が押し掛けてきて3年対1・2年の睨みあい勃発」
「うわ、マジで?」
「昼休みは教室から拉致られて中庭で中等部の女子に囲まれて・・・」
「あーアレ!俺も見た見た」
「もーすぐ退寮だし、バレンタインの頃には俺ら学校にはいないからな。これが最後のイベントなんだよ女子にとっちゃ」
「こんな時期に誕生日なんて、幸せなのか不幸なのか・・・」

そう、今日は朝から、学園全体の女子の熱が尋常ではなかった。
毎年のことでそれなりに何かあると踏んではいたのだけど、学園で過ごす最後の誕生日となれば、今年は例年の比ではなかったのだ。プレゼントを渡されるだけならまだしも、一人ひとりがマンツーマンの時間を欲しがって入れ替わり立ち替わり熱い想いを吐き出していく。昼休みはその極め付けで、5時間目に教室に戻ってきた三上に生気はなかったという。

「いー加減にブチ切れる寸前だったからな、6時間目体育でよかった」
「たぶん、地球上で女子がいないことにあんなに喜んでんのは、あいつだけだろうなぁ・・・」
「それであんなに生き生きとしてんのかぁ」
「放課後んなったらまた地獄だから、思う存分付き合ってあげようよ・・・」

白線の外から送られる暖かい視線に見守られて、全力でラケットを振る三上のシャトルが相手の陣地にカツンと突き刺さる。1点決めるごとに拳を握り声を張り上げる三上を邪険にする者は、誰もいない。あと20分だけの憩いの時間を、クラスメート(男子)たちは一丸となって守ってあげるのだった・・・。




・・・そんな学園内の異様な空気に、気付いていてもさほど重く受け止めていなかった私は、三上先輩がそんなにも大変な今日一日を過ごしてきたとは考えもせず、よたよたとフェンス沿いにグラウンド脇の道を歩いていた。

「うわぁヤバい、落ちる落ちる・・・」

腕に抱える色とりどりの箱、その腕の先で握るいくつもの紙袋の紐。
形も大きさも趣向も様々。みんな、人とかぶらないように必死で考えたんだろうなぁ、なんて思いながら、目の前に見えてきたサッカー部の部室に向かっていった。

部室につき、ドアの前で手を伸ばそうとする。
だけど抱いている物が今にも落ちそうで、なかなか開けられなかった。
すると、そんな風に四苦八苦する私の前の、ドアが勝手に開いたのだ。

「何してんだお前」
「わ、三上センパイ、いたんですか」
「いちゃ悪ぃかよ」
「いえいえ、悪くないです、むしろいてくれてよかったです」
「なんで」

ドアを開けて、部室の中から私を見下ろす三上先輩は、どこか疲れ顔。

「お誕生日おめでとうございます!三上センパイ!」
「・・・」

はい!と腕の中いっぱいのプレゼントの数々を、三上先輩に差し出した。
三上先輩は更に眉間にしわを寄せる。

「いやぁ、友達とか後輩の子に渡してって頼まれまして・・・。直接渡せなかったみたいなんですよ、3年生の教室まで行くの勇気いりますもんね。あ、あと中等部の時の後輩にも頼まれて、すごいですねセンパイ、中等部にまでたくさんファンが・・」
「いらん」
「え、ちょっと、閉めないでくださいよ・・・!」

バタン、と部室のドアが閉ざされて、プレゼントの山を抱えたままの私は締め出されてしまった。なんでですか!開けてくださいよー!慌てて叫ぶとドアはもう一度ゆっくりと開いて、中に入れてもらえた私は部室の真ん中のテーブルにやっと重かったそれらを下ろせた。

「三上センパイ、なんで学校ジャージなんですか?」
「体育の時間だから」
「・・・え、今ですか?サボりですかっ?」
「8割参加したよ」
「いやダメですよ!割合の問題じゃないです!そしてサボりで部室使わないでくださいよ!」

うるせーなぁ、と鬱陶しそうに三上先輩は、テーブルから離れたベンチにどかりと座って右足を左ひざの上に乗せた。(うわ、くつまで体育館シューズのままだ・・・。)この3年のうちに三上先輩の定位置となっていたそこは、次からは藤代君が受け継ぐことにこないだ決まったことを、三上先輩は知らない。

選手権が終わって、3年生の部活は自由参加になった。
大学部に進学する三上先輩はじめ、まだサッカーを続けていく人は今でもチラホラやってくる。そうでなくてもレギュラーだった人たちはよく練習を覗きにくる。卒業が近づいて、皆さん名残惜しいようだった。三上先輩もそうなのかと聞いたら、そうではなく6年間染みついた習性のせいだと言われた。

「でも来てくれてよかったです。誰かに渡してもらおうと思って持ってきたんですけど、やっぱり直接渡したかったし」

そう私は、テーブルの上のプレゼントたちをそれぞれ分けた。

「よし、いいですか?まずこれが2年生の分で、これが1組の鈴木さん、こっちが4組の藤井さんと加藤さん、これが6組の中島さんと7組の北野さんからです。こっちは1年生の分で、中村さん、高橋さん、えーと・・西田さん?伊藤さん・・・?中村・・・さん・・・?」
「・・・。中村が2回出たぞ」
「あれ?えーと、西田伊藤・・・、あ!橋本さんです!」
「全部覚えたのかそれ・・・」
「はい!それでこっちは中等部の子たちで、これが一番むずかしかったですよ、私も知らない子ばかりなので・・・。いきますよ、こっちから酒井さん、青木さん、村川さん、佐野さん、・・・」

ちゃんと聞いてくれているのか、膝に頬杖ついて私を見上げてる三上先輩の前で、私は頭を抱えながら必死にさっき覚えたことを振り絞って排出した。全部ちゃんと言い切ってヨシ!と拳を握る私に、三上先輩は一言ごくろーさんと呟いた。

「いやぁ、すごいですね。さすが三上センパイですね。お願いします!って頼んでくる子がもうかわいくてー。やっぱり下級生には近づきにくいんですよ、三上センパイ怖いもん。藤代君はぜんぶ笑って受け取ってくれるから渡し安いんですけどー」
「じゃー持ってこなきゃいーだろ」
「でも三上センパイはファン心をくすぐられるらしいですよ。最初は近づきづらいけど、見てるとだんだんハマっちゃって抜け出せなくなるらしいです。あ、これはクラスの子が言ってました」
「なんだそりゃ」
「三上センパイの名言のせーですよ、みんなアレにノックアウトされてるんです」
「名言?」

下級生の中で語り継がれている三上先輩の名言というのがある。
三上先輩は今まで彼女がいた気配が全くなかったのだ。私の知る限りでもそんな話を聞いたことがない。そんなだから三上先輩ファンは増える一方。そんなあるとき、三上先輩に告白した女子生徒が「誰か好きな人がいるの?」と聞いて、三上先輩は言ったらしいのだ。

「”俺は誰も好きにならない”!」
「・・・」
「アレー、嘘なんですかー?三上センパイ言いそうなのに」
「バカか、誰がそんなことゆーんだよ」
「ええー、みんな信じてますよー?三上センパイにとっての恋人はサッカーなんだよね!!って」
「いやそれ、夢見過ぎだろ・・・」

最後の最後で、下級生たちの夢は儚く溶けていってしまった・・・。
だけど黙っておこう、下級生たちにとって三上先輩は、永遠に輝き続ける星なのだから・・・。(あ、これじゃ三上センパイが死んじゃったみたいだ。)

「中には手紙が入ってる子もいるので、ちゃんと開けてあげてくださいね」
「で、お前は?」
「え?」
「お前からのは?」
「え・・・?欲しかったですか・・・?」
「・・・」

そりゃあもちろん部員名簿でみんなの誕生日は分かるからその日におめでとーと声をかけることはあるけど、プレゼントはあげたことがない。ひとりにあげるなら何十人といる部員みんなに用意しなきゃ申し訳なくなってしまうから。でもそれじゃいくらなんでも私が持たない。

「あ、じゃあ来週何か持ってきます」
「お前、今日帰んの?」
「だってせっかく練習もない土日じゃないですか」
「フーン」

その時、部室の外から学校のチャイムが響いてきた。

「あ、授業終わった。私着替えてこないと・・・」

6時間目が終わったチャイムが鳴れば、そろそろ部員たちがやってくる。
私も制服を着たままだから、一度寮に戻らなければいけない。
三上先輩も立ち上がった。学校ジャージだから着替えに行くのかな。

「これどうしましょう?」
「置いとけ。部活終わったら誰かに運ばせる」
「ああ、藤代君が運ばされてる姿が目に浮かぶ・・・」
「まぁ妥当だな」
「あはは」

少しだったけど、ずっと同じ顔だった三上先輩がやっと笑った。

「お前マフラー何本持ってんだよ。こないだ赤だっただろ」
「いっぱいあります、これは自分で作ったんです」
「マジか。誰にでもひとつくらい取り柄はあるもんだ」
「はい、編み物とケーキ作りはけっこう自信あります」

拳を握ってみせる私に、三上先輩はふっと鼻で笑った。
私はいつも後になって三上先輩に嫌味を言われていたことに気づくのだ。
その度三上先輩に「お前はバカし甲斐がない」と言われてきた。
藤代君みたいに毎回毎回反応しちゃうような人が三上先輩好みなんだろう。

「あ、誰か来ちゃう」

部室のすりガラスの向こうに人影が見えて、私は急いで部室を出ようとした。
掃除する時以外、マネージャーは部室に入らない暗黙のルールがあるのだ。



ドアを押し開けようとした・・・、ほんの手前、三上先輩が私を呼んだ。
振り返ると同時に、すぐそこにいた三上先輩が私の頭に手を置いて、そのまま流れるように近づいてきて、深く背を折って私の口に触れた。

ほんの一瞬だった。一度だけ。
すぐ目の前でまた鼻で笑う三上先輩は、そのまま私から離れていく。

「来週まで待ってやるよ」
「・・・え?」
「返事」

・・・あれ、なんだ・・・?今なにが起こった・・・?
ベンチで脚を組む三上先輩があまりに今まで通りすぎて、分からなかった。

「おわっ、びっくりしたーマネージャー。早いじゃん。つかどいて」
「あ、三上センパイ、ちわーす」
「うわ、なんスかこの山」

部室のドアが開いて、薄暗かった部室に明るい光が差し込む。
ドア口に立ち尽くす私を押しのけて部員たちは中に入っていった。
テーブルの上のプレゼントに群がる後輩に、三上先輩は欲しけりゃやるよなんて言ってて・・・。

「・・・え?」

だから、私はいま・・・、なにをされた・・・?





2010年1月22〜25日に開催した三上と郭の合同誕生会です。
選択式なので郭バージョンも合わせてお楽しみください。