三上・郭合同誕生会


郭バージョン in 雑司ヶ谷



1月23日、土曜日。
冬に似合わず青く澄み渡った空に、緑のネットがよく映える。

「さむ!つめた!・・・」
「うるさい」
「うおお・・・、ひゃああ!」
「うるさい」

だけどやっぱり寒いものは寒い。練習中閉め切られていた更衣室は陽が当たらないせいでことさら寒く、いくらつい今まで走り回っていたとしてもその温度を誤魔化せるものではなかった。練習着を脱いでは叫び、冷えたシャツに袖を通しては叫び、体が馴染むまで冷たさに耐えて、外に出て風に煽られてまた叫ぶ。

「でもまぁ・・・、お前らのその反応が一番冷たいんだけどね・・・」
「なんていうか、寒さごときでうるさい結人を暖かく受け止める季節は過ぎたよね」
「うん、年明けても変わらない結人が逆に寒い」
「ちょ、お前ら、それウケる!」
「・・・」

なんもウケねぇよ。マフラーの中で呟いた一馬の声はかすれていた。

「一馬、喉大丈夫?」
「んー、朝より痛くないんだけど」
「てか年明け早々カゼひく一馬も王道過ぎてウケる!」
「べつにウケねーよ」
「結人の中で流行るのは構わないけど、別に面白くもないからウケるウケる連発しないでくれない」
「お前ら、ほんっっっと冷たいな、最近」
「いつもだよね」
「うん、いつもだな」

お前らなぁ!白い息を吐き出して結人が憤慨して叫ぶけど、目の前の青信号が点滅すればコロッと切り替えて走り出す。そのまま俺たちは冷気で霞んだ駅に入っていき、ちょうど入ってきた電車に乗り込んだ。けっこう人が乗ってて俺たちはそのままドア口に立つ。

はもう帰ってきてんの?」
「ん、たぶん」
「なんだよ、会ってないの?」
「うん」

ガタンガタン揺れて進んでいく電車はすぐに次の駅を連れてくる。
人が降りては乗って、その度冷たい空気が差し込むけど、このきつめの暖房の中ではそれがちょっと気持ち良くもある。

「でもって明日もう学校に戻るんだろ?大丈夫なの?」
「お母さんが車で送ってくれるからよっぽど遅くならない限り大丈夫って言ってたよ」
「練習終わんのが4時だろ?そんで英士んちにつくのがだいたい5時過ぎくらい?3・4時間は大丈夫か。ていうかに会うのも久々じゃね?この前試合で会った時はぜんぜんしゃべれなかったしさ」
「俺たちはー・・、夏休み以来か。英士は?」
「俺も、3か月ぶりくらいかな。滅多に帰ってこないし。メールは入ってくるけど」
「あ、俺も俺も!俺もこないだメールしたー」
「・・・は?」

なんで結人がのメアドを知ってるの。
ちょっとイラッときて、電車がちょうど駅についてドアを開けたものだからドンと背中を押して電車から突き出してやった。

「おいー!おんまえ、シャレにならんっつーのー!」
「チッ・・」
「チ!?いま舌打ちしたかお前ぇ!歯ぁくいしばれぇえ!」

だけど押し出すのが早すぎて、結人はドアが閉まる前に戻ってきてしまった。
こんな電車の中で非常識に騒々しい結人が恥ずかしく、俺に向かって拳を振りかざす結人のフードを一馬が引っ張り静かにさせた。

「だいたいな、お前は好きとかなんも言ってないんだろー?ぜんぜん会えてないんだし、向こうは寮なんだぞ?彼氏なんかいた日にはもー毎日会いたいほーだいのやりたいほーだい・・」
「ゆーと」
「それも武蔵森。サッカー部のマネージャー。藤代やら渋沢やらいるんだぞ?なんもねーってほーがムリあるだろ。学校に彼氏いる可能性なんて山ほどあるじゃん。いつまでもみんなでパーティー!なんて言ってる場合じゃないんじゃないのー」

言い返してみろーと舌を出して、ここぞとばかりに結人が俺を挑発してくる。こんなとこでじゃないと反撃できないからだ。ガタガタ揺れる中でいつまでも俺たちが睨み合っていると、次に停まる駅のアナウンスが流れ、そこで降りる一馬がハイ終わり終わりと俺たちの間に仲裁に入った。

「じゃあま、細かいことは決めといて。また明日な」
「おー」
「カゼちゃんと治しなよ」
「ああ」
「1日で治ったら世話ねーっつーのー」
「・・・」
「だからもうやめろってお前ら」

一馬が電車を降りていくと、ドアは閉まって、手を振る一馬を置いて電車はまた走り出した。一馬が降りた駅は乗り継ぎの多い駅だからけっこう人が降りて、空いた座席にいの一番にカバンをおろした結人が俺を手招いた。

と何話したの」
「あけおめーことよろー」
「あ、そ」

一馬がいなければ俺たちはまず張り合うことはしない。
間に入る一馬がいないと仲直りがメンドくさいから。

しばらくして俺も電車を降りて、結人と別れた。
さほど大きくない雑司ケ谷の駅はいっそう北風が強く吹いているように見える。
電車の中では取っていたマフラーを巻き直して冬の中を歩きだした。

・・・は、昔から近所に住んでいる同じ年の女の子だ。
昔から友達の輪にうまく混ざれない俺と、テレ屋で引っ込み思案だったを、すごく小さいときにこっちに遊びに来てた潤慶が無理やりくっつけてからの付き合い。お互い初対面の人と仲良くしたり交友関係を広げたりが苦手で、二人でいることに慣れてからは二人でいることばかりだった。あの時も今も、俺が女の子で長く同じ時間を過ごしていられるのは、だけ。

だけどは中学に武蔵森を受験して、寮生活となりいつも近くにいることがなくなった。最初は学校にも寮にも慣れることが出来なくて、休日のたびに家に帰ってきていた。休日じゃなくても帰ってくることもあった。はあの頃一番泣いてたと思う。

それがだんだん、毎週帰ってこなくなった。
いってきますと笑って学校に戻っていけるようになった。
サッカー部のマネージャーになってからは月一ほども帰ってこなくなった。

「・・・」

学校に彼氏いる可能性なんて山ほどあるじゃん。

ほんと、そうだと思う。

「・・・あ」

駅近くのスーパーの前を通りかかって、そのガラス越しに、台の上で袋に物を詰めてるを見つけた。
やっぱり帰ってきてた。そりゃそうだ、明日は1日早く俺の誕生日を祝って、結人と一馬とうちでパーティーするって約束していたのだ。

「・・・」

ずっと同じくらいの背だったを、俺はだんだん見下ろすようになった。
の誕生日だって簡単だったのに、今は何をすれば喜ぶのか、すごく悩む。

いつまでもみんなでパーティー!なんて言ってる場合じゃないんじゃないのー。

「・・・」

居心地のいい空気が、記憶の中にしかなかった。
今の俺とには、こんな風に、見えない壁がある。

・・・ガラスをコンコンと叩くと、その音を聞きつけたがこっちに目をあげて俺に気づいた。「あ」と口を開けて、小さいときみたいに笑った。

「英士、偶然!練習帰り?」
「うん」

がさりと袋を二つ提げたがスーパーから出て駆け寄ってくる。

「今ね、ケーキの材料買ってたの。うち何もないんだもん」
「今年は作るの?」
「作るよー、時間あるし。ここんとこずっと買ってばかりだったもんね」

白い息と一緒に、赤いマフラーの中で笑うはごくごく自然に俺の前に立つ。
が持つ袋の中には小麦粉や牛乳やジュースや砂糖、もうひとつにはたくさんのお菓子のパッケージが透き通って見えていて、俺はその一つに手を伸ばした。

「え、いいよ、重いから」
「いいよ。ていうかさ、なんで重いものをひとつの袋にまとめちゃうの。分けたほうが持ってて重くないんだよ」
「あ、そうだね・・・。なんか、こっちはケーキ、こっちはおかしって思って、分けちゃった」

えへ、と笑うは、昔から失敗がバレたときに見せてた顔と同じ顔。

「この間はびっくりしたねー、クラブチームとって言ってたからまさかって思ったんだけど、ほんとに英士のとことするとは思わなかったー」
「去年はクラブ選手権でも当たらなかったしね」
「うん。でも英士、ほんと上手になったねー。ビックリした」
「そんな小学生褒めるみたいに言わないでくれる」
「あはは、そっか。だってあたしの中で英士はまだ小学生だしー」

それもどうなんだと思いながら横断歩道を渡った。
あの横断歩道を渡ればもう大きな車道はなく、広くも狭くもない道路が家まで続く。だけど夕方のせいか交通量はわりと多く、俺の右を歩くの後ろを回って車が通るほうを歩いた。

「・・・なんか、英士が男の子になってる」
「は?」
「荷物持ってくれたり、車道側歩いてくれたり・・・。もしかして英士も・・・、好きな人とかいるの・・・?」
「は?」
「だってさ、そういうことを自然にできるようになるのって、やっぱ女の子と付き合いあるからかなーって・・・」
「ないよ」

無性に、気持ち悪くなった。
そういうことを聞いてくるのって、自分も、そういうものを持ってるから、じゃないか・・・。

「そっか。やーでも、気がつけばもう高校生だもん。いても全然不思議じゃ・・」
はそういう人いるの」
「えっ?」

はちょっとびっくりしたような顔で、違うよいないよと大げさに首を振った。

「明日、何時くらいになりそう?ケーキ練習しとかなきゃ」

まるで、今まで通り、今まで通りと、言い聞かすように。
なのにどこかで、変化を、一歩をと、求めているような。

気持ち悪いんじゃなく、もどかしいのだ。
”今まで”と”これから”に摩擦が生じる。

・・・、覚えてないの?」
「え?」

冬は陽が落ちるのが早い。
赤く空を染めていたかと思えば、もう灰色の雲間から細い月が見えてる。

「昔、約束したんだよ」
「え、なにを?」
「・・・」

まるで思い出せない

が変わっても、俺は変わらないから」
「え・・・?」

あの頃も今も、俺だけ、君だけ・・・

「明日までに思い出しといて」

家の前について、荷物をに返して家に入っていった。
英士・・、と俺の名前を呟いたの声が耳に残った。

踏み出した一歩は、必ずどこかへ向かう。

一本だけだった”今まで”を、ふたつに裂いた。





2010年1月22〜25日に開催した三上と郭の合同誕生会です。
選択式なので三上バージョンも合わせてお楽しみください。