02. Mystery
電気が消された暗い部屋に、一筋の光が正面のスクリーンを差し四角く映像が映し出される。今時3Dなんて当たり前なのに、映写とはこの先生もなかなか古風なところがある。
「このように、人類のテクノロジーの使用は自然界にあるものを単純な道具にすることから始まったのです。火を扱う方法を発見することで食料の幅が広がり、車輪の発明によって行動範囲が広がり、・・・」
ゆっくりとした口調で科学技術の歴史が延々と話されている。
問題も質問もなければ休憩も注意もない。時間いっぱいを使って淡々と進められる語り口はまるでおじいちゃんの昔話だ。周りを見渡せばほとんどの生徒が机にうつ伏せ寝ている。イヤホンをつけて音楽を聴いてる者もいれば、テキストに隠して本を読んでる者もいる。
「ふぁあ・・・、もーダメ、トランクス、なんかあったら起こして・・・」
そう告げながら、とうとう隣のアボも机に沈没していった。
俺だってさっきからあくびが止まらないというのに・・・。アボの後頭部をにらみながら目の端に溜まった涙を指で拭って、頭を振って眠気を散布した。
もうまともに授業を聞いている生徒など数えるほどしかいない。
そんな中、前のほうの列で暗がりに溶け込みそうな黒髪の頭が、授業開始時から変わらない姿勢のままスクリーンを見つめているのが目に入った。映像を交えて教授がテキストを読んでいくだけの授業で、前の彼女はノートにペンを走らせている。
時間が来て教室の電気が元通りつくと、倒れていた生徒たちの頭は次々起き上がって教室を出ていった。隣でアボもまた大きなあくびを放ち、俺に向かっておはようと言ってくる。
「トランクス、何か食べにいかないか?」
「うーん・・」
1日の授業が終わって学校から生徒たちが次々に出ていく。
俺もアボと教室を出ようとして、カバンを肩に担ぎながらさりげに教室の前のほうに振り返った。
あの暗闇に溶けてしまいそうだった彼女・・・は、授業中と変わらない姿勢のままテキストを見つめ、まだペンを走らせている。
「なんだトランクス、も一緒がいーのか?」
「はっ?」
突然肩に顔を乗せてきたアボが、俺が見下ろす先を同じく見下ろす。
そのままアボはしょうがないなぁと言いながら、机の間の階段をとんとんと軽快に下りていってしまう。おいおいおいちょっと待て、どこへ行く気だ・・・!
「ー」
ようやくペンを止めテキストやノートをカバンに入れるに、アボは声をかけながら寄っていった。そのままふたりは何か話してて、その中でアボが俺を指さし、それになぞるようにが俺を見上げ、俺は思わず目線を外してしまった。
「残念だなー。トランクス、はこれから用事があるんだってさ」
「え?あ、そう・・・」
「ごめんなさい」
「いや、ぜんぜん・・」
二人が階段を上がってきて、俺たちは一緒に教室を出ていく。
なりゆきとはいえ一緒に歩くなんて初めてのことだ。
「あの授業で寝ないのってすげーよなー、今日は最後の授業だったから特にみんな寝てたよな」
「聞いてたら楽しいんだけどな、あの教授の話」
「そーかー?俺ダメだ、あのじーさんの話聞いてると子守唄に聞こえてくるよ」
アボのオーバーな話し方に、は見逃してしまうくらい一瞬だけ笑う。
こうして傍で見ていると、だって普通なんだなと思えてくる。
容姿や雰囲気で勝手にイメージを持ってしまっていたけど。
校舎を出るとそれじゃあとはホイポイカプセルを取り出し離れていった。
カプセルはの手から離れると、ボンと煙を出しながらバイクに変わる。
今時はみんなスカイカーやジェットフライヤーが主流だから、バイクというのも珍しい。
「前から思ってたけど、そのバイク、随分古い型だね」
のバイクはうちの製品で、ボディにCCのマークが付いている。
フライングタイプだけど随分と初期のものだ。
「もらいものだから」
「俺も知らないくらい古い型だな、今はもう販売されて無いんじゃないかな」
「新型に買い替えればいーのに。ていうか車にしろよ、なぁトランクス、お前んとこの新製品いーよなー、見せてやれよ」
「え?ああ・・」
アボに言われて、俺はカバンからカプセルケースを取りだして一番新しいカプセルを放り投げた。ボンと煙の中から形を見せ始める俺のジェットフライヤーは、先月発売されたばかりの新モデル。人気デザイナーとコラボレーションしたこのタイプは特に人気で爆発的に売れてるらしい。
「ほらー、カッコいーじゃんコレ!いーよなーお前は、いつでも新商品もらえてよ」
「べつにいつももらってるわけじゃ・・・、前のが調子悪くなったからもらったんだよ」
「でもトランクスに言えば安くしてもらえんじゃないの?なぁ」
「ああ、うん、それはいいけど」
「じゃあ今度見に行こうぜ!なぁ」
アボはあっという間に次の口実を作り上げてしまう。
けどは
「いいの、まだじゅうぶん走るし。じゃあね」
そういうとゴーグルをつけて、はバイクに乗って行ってしまった。
門を出るまで地を這うように飛んでいたバイクは、外に出ると空へ飛び上がり遠くへ消えていった。
「・・・やっぱ、お前となんかあるんじゃないの?」
「はあっ?」
「確かにお前の前だといつも以上にそっけない気がする・・・。お前なんか嫌われるよーなことしたんじゃないのか?」
「な、なんだそれ・・・」
そんな、今まで同じクラスでありながらまったく話したことも関わったこともないんだから全く身に覚えはない!・・・のだけど、キュールだけじゃなくアボにまで言われると妙は不安が襲ってきた。いやいや、そんなことないだろう。が絶対にデートの類を承諾しないのは有名な話だ。あのキュールですら「ごめんなさい」の一言で一蹴され続けてるというのだから・・・。
「ま、そーゆー高嶺の花ってところがまたいーんだろー?」
「だから・・・、べつにそんなんじゃないから!」
「お?そーんなこと言っちゃっていーのかー?もう気ぃ利かしてやんねーぞ」
「俺も帰る」
「え!こら!メシ食いにいくんだろー!?お前のおごりで!」
「なんでだよ!」
は、ナゾだ。
特定の誰かと仲良くしてるところを見ないだけに、噂程度にも踏み入った話は届いてこない。
・・・だからこそ、気になってしまってるのかもしれない。
俺にだって、みんなに言っていないこと、出来れば隠しておきたいことがあって、それを詮索されたり、ましてや知れ渡ってしまうのは困るから、あまりに内情な話はアボといえど避けてる。
まぁ、異星人との混血だなんて、今どき誰も信じないだろうけど。