03. Detection
西の都に本社を構える世界屈指の大企業、カプセルコーポレーション。
先代のブリーフ博士が開発した、あらゆる物を粒子状に変換し小さなカプセル内に収納できる”ホイポイカプセル”は、世紀の大発明として全世界に多大な影響を与えた。
現在、カプセルコーポレーションはブリーフ博士の一人娘・ブルマが主に活躍し経営している。才色兼備の女社長として有名な彼女だが、科学者としても一目置かれており、その才能と実力は父のブリーフ博士をも凌ぐと言われている。
「これ必要ないんじゃない?削っちゃいなさいよ」
「でもここはあのデザイナーが残してくれって言ってるとこなんですよー。勝手に外しちゃうとまたほら、面倒なことになりますし」
「デザイン主体じゃないってのよねー」
「そんなこと言ったらまた騒がれますよー」
またその企業の躍進から、研究・開発は社長宅に隣接する研究所で行われ、宣伝・販売は別に建てられた巨大なビルで行われている。もちろん都一の企業であり有する従業員の数も莫大である。
時代の流れに則ってますます繁栄していく自社は衰えることを知らない。
それも全ては、企業の全てを統括する女社長の手腕だと高い評価を得ていた。
「じゃここはよろしくね」
「はい、お疲れ様です」
目まぐるしく成長しゆく機械文明と科学技術。
多くの優秀な科学者が日夜製品の開発に取り組んでいる研究所から出て、今でも製品の開発に助言する社長のブルマは、研究所から家への通路を渡りながら疲れた顔で肩に手を乗せ「年かしらねー」と首を振って見せた。
「はっはっは、そう落ち込むなよ、17やそこらの女の子相手に!」
「笑いごとじゃないよ・・・、俺本気でこれに賭けてんだからー・・・」
通路の脇にいくつかある、研究員たちの休憩所となっているカフェから大きな笑い声と嘆きの声が聞こえてきてブルマはそちらに目をやった。建物の中だというのに青々とした芝生や木々が見渡せる中庭の一角のベンチに、白衣を着た二人の研究員がいた。普段開発を担当する研究者たちは研究所に寝泊まることも多く、無精ひげを生やす男たちはあまり清潔とは言えない風貌。
「どうしたの、何落ち込んでるのよ」
「あ、社長、これはこれはお疲れさまです」
「社長!僕がこの間お渡しした論文、目を通していただけました!?」
「え?あー、どれだっけ?」
「生物の粒子化による利得と安全性についての論文です!」
「あーあー、あれねー、読んだわよ」
「どうでしたっ?」
「あれはねー、ちょっと商品としては進められないかしらねー」
「なぜですか!あれが可能になれば必ず会社にも一役買えると・・・!」
「生物の粒子化は無理がありすぎるのよ。逆に時代がついてこれないわ」
「・・・!」
がっくりと肩を落とす頬のこけた研究員に、隣の恰幅の良い研究員は大きく腹で笑い、肩をバンバン叩きながら慰めた。
生物のカプセル化・・・。
どんな物質をも粒子化し簡単に持ち運びできるというカプセルの最大の利点を、生物にも適応させるという企画は目新しいものであり、それが可能になればまたひとつ科学と時代は方向を変えて発展していくことだろう。
しかしその見解は、ブルマがすでに何十年も前に考え実際に完成させていた。
生物ごとカプセルに収納してしまえる機械。
だけどブルマはそれを個人的に使用はしても、製品化としては成り立たないことを理解していた。生物のカプセル収納はあってはならない。それは技術や物質の問題ではなく、人類と道徳の問題だ。
「はぁ・・・、やっぱりそうですか・・・。まぁ、分かってはいました・・・、さっきまったく同じことを言われましたから・・・」
「あらそうなの?」
「ええ・・・、科学者がいくら発明に純粋であれど、それを使う人間が必ずしも純粋ではない・・・。オーバーテクノロジーは必ず時代に歪を残すものだって・・・」
「あら、いいこと言うじゃない。誰に言われたの?」
「それが・・・」
もうすでにノックアウト寸前の男は、何を思い出したのか、分厚い眼鏡の下から涙を流しおいおいとすすり泣いてしまった。その男の隣でまた恰幅の良い研究員がはっはと大きく腹で笑う。
「製造部の若い女の子ですよ!その子にさっきまったく同じように論破されてしまいましてね」
「へぇ、製造部に女の子なんて珍しいわね。どんな子?」
「前は管理部にいたらしいんですが、最近移動してきましてね、これがなかなかキレる子で。いや、いい格好しようとしたこいつが悪いんですよ、はっはっは!」
「だってしょうがないじゃないかぁー・・・」
笑い、落ち込む二人の研究員を前にして、フーンとうなづくブルマの興味はもうそこから逸れていた。まぁまたがんばってよと言い残し去っていくブルマは、もともと向かっていた方向とは逆に向いて、また研究所のほうへと歩いていった。
それから数時間が経った、窓から見える外の景色も真っ暗になった頃。
すっかり日が落ちたことをいいことに、スカイカーで帰ってくるのも面倒になり自身で飛んで帰ってきたトランクスは、人目につかないように自宅の屋上に静かに降り立ち家の中へ入り、この時間ならまだごはん食べてるかなと腕時計を見ながらエレベータを降りていった。
「ただいま」
「おかえりお兄ちゃん!」
「ただいまブラ」
部屋のドアが開くと、夕飯の匂いが漂って来るのと同時に妹のブラがスプーンを持ったまま駆け寄ってきた。その小さな頭を撫ぜて中に入っていき、ブラを元の席に座らせる。
「遅いじゃないのトランクス!」
「え、そう?このくらいの時間よくあるじゃん」
「いつもはいいけど私が用あるときは早く帰ってきなさい!」
「そんな勝手な・・・。なに?用って・・・」
学校帰りにアボとごはんを食べに行っていたトランクスだけど、家族が囲んでる食卓に同じように座り目の前のチキンに手をつけた。悲しいかな、飲食店で出てくる普通の量ではまるで足りない性なのだ。
「アンタ、同じ学校にって子いるでしょ、綺麗な女の子」
「えっ・・・?ああ・・・、うん、いるけど・・・?」
普段ならまずあり得ない、自宅の食卓で突然出たその名前にトランクスの胸中は大きく揺らぎ、手の中のチキンを落としそうになった。何故母の口からその名前が出るのか・・・?妙な胸騒ぎと疑問を押し隠すトランクスはチキンを口にすることも忘れたまま、話の続きに耳を寄せた。
「その子ねー、うちで働いてるのよ」
「・・・えっ、うちで!?」
「私も今日知ったんだけどさぁ、やけに若いなと思ったらまだ学生だっていうし、聞いたらアンタと同じ学校だっていうじゃない。コースも同じなんでしょ?」
「・・・、あ、うん・・・、同じクラス・・・」
「アラそーなの?なんだ、じゃあ結構顔見知りなんじゃない。アンタのこと知ってるけどあまり会わないって言ってたわよ。まぁ人数多い学校だしねー」
「・・・へぇ・・・」
ていうか・・・、今日も学校帰り・・・一緒に歩きましたけど・・・?
学友どころか知人扱いにもならない自分の存在に、疑問が芽生えた。
というか、がカプセルコーポレーションで働いていた?
そんなの今まで交わした数少ない会話の中でもまったく聞いたことがない。
普通、話題程度にでも出さないか?
「でもめずらしいわよね、バーナードの学生がアルバイトなんて。ま、むさくるしい研究所に華が出来ていいことだけど。やっぱり女の子いると違うのよねー、ヤローどもの働きっぷりも」
「あの・・・、その子、なんの仕事してんの?」
「製造部だから製品の組み立てとか検査よ。テクノロジーの生徒にはいいアルバイトなのかもね。開発部に回してもいいくらい頭の良い子だったし」
「そりゃそうだよ、バーナード始まって以来の天才って言われてんだから・・・。ていうか本当に、って言ったの?」
「言ってたわよー、疑うなら見てこればー?夜までって言ってたからまだいるわよ」
・・・どれだけ説明されても信じられない。
だって、あのだ。常に成績トップで誰とも慣れ合わず、テキストや難しい論文に囲まれてるのが似合うような、物静かな孤高の人だ。
「・・・」
食事を終えてティーカップにお茶を注ぐブルマは、幼い声でデザートを欲しがるブラにフルーツを食べさせた。
「あら、トランクスは?」
「しらなーい」
「どこ行ったのかしら」
家族の姿が見える明るい家から抜け出るように飛び降りて、トランクスは暗い庭を走っていった。家の隣(と言っても野球場並みの広い庭があるが)にある研究所のほうへ駆けていくトランクスはどうしても気になって仕方なかったのだ。
カプセルコーポレーションのビルの中はトランクスもよく知らず、どこに何があるのか分からなかった。夜だからか人もまったく通らない静かな廊下。
トランクスは、聞くより早いやと足を止め、気配を探った。
人が溢れる街中で小さな気を探るのは至難の業だけど、これだけ範囲が狭くて人も少なければ、知っている人間の気くらいすぐに分かるだろう。・・・案の定、感じたことのある気配をすぐ近くに見つけた。建物の中じゃなく、外だ。
「、メシ食いに行くけど一緒に行くかー?」
「いえ、私は・・・」
窓から外を見下ろすと暗い中に何人かの人影を見つけた。
どうやらもう仕事が終わって帰ろうとしているところらしかった。
「たまにはいーじゃないか、おごってやるぞ」
「明日も朝から学校なので、ごめんなさい」
「そーかー、学生にそう言われちゃ仕方ないなぁ」
誘いを断り、みんなでどこかへ向かった集団から一人外れては歩き出す。
ポケットからカプセルを取り出して、手放そうとした・・・直前で、その手を止めた。
「・・・」
「あ・・・、やぁ・・・」
何と言おうか迷った挙句に出た言葉はなんとも気の利かないものだった。
暗がりに溶けてしまいそうな目の前の彼女は言葉なく立ち尽くす。
いつもなら学校でしか見かけることのない、相対しているその姿は紛れもなく、だった。