04. Rainy
雨の日は学校の空を舞うエアカーが多くなる。
屋上に位置する屋根付きエアポートは朝から離着陸で大渋滞だ。
もちろん歩いて登校してくる生徒もたくさんいて、玄関ホールは濡れた傘でいっぱいになる。どれだけ文明が進んでも、人が雨の中を濡れずに歩くのはなかなか難しいものなのだ。
俺もやっと着陸出来て、屋上から階段を下りてくると通りすがる友達におはよーと声をかけられた。いつもの学校。いつもの朝。
なのだけど・・・
「あ・・・、やぁ・・・」
「・・・」
俺は少し、少しだけ緊張した面持ちで、廊下の向かいから歩いてくるに気の利かないセリフを吐きながら手を上げた。
「おはよう」
は俺の前まで来ると抑揚なく呟いて、そのまま教室に入っていった。
今まで何度か挨拶を交わしたことはあったけど、今までのいつよりも質素な声だった気がして、俺は笑顔を残したまま手をおろした。
「おっすトランクス!朝っぱらからまたフラたのかっ?」
「・・・」
肩に腕を回しながら無神経なことを言うアボのそれをどかして、教室に入った。
・・・きのう、まさかと思っていた母さんの話は本当で、家の隣の研究所の前でに会ってしまった。も仕事中に母さんが自分に会いに来たから嫌な予感はしていたらしい。一応母さんにも、俺には言わないでほしいと口止めしたらしいけど、申し訳ないことにうちの母さんはそんな面白そうなことを黙っていられるタチじゃなかった。
そして、やっぱりはうちで働いてることを俺に知られたくなかったみたいだ。俺にというより、誰にも。だからは俺にも絶対に人に言わないでと釘を刺してさっさと帰っていった。
声をかけてくるクラスメートに挨拶を返しながら、は空いてる席に座る。
前のほうの、いつもわりと空いてるあたりの席へ。
「ほらトランクス、座れ座れ」
「ああ・・・」
アボがのうしろの列の席を取り、俺を手招く。
アボは思い切りわざとらしいけど、はまさか振り返りはしない。
どうして、うちで働いてること、誰にも知られたくないんだろう。
べつに悪いことじゃないのに・・・。
「やぁトランクスくん」
「ああ、おはよう」
登校してくるクラスメートたちが次々に席についていく中、俺とアボの座る席の近くを通ったキュールが声をかけてきて、何かのチケットを渡してきた。
「今度ぼくの父の写真展があってね、そのレセプションパーティーが明日あるから、良かったらどう?」
「パーティー?」
「うっそ、俺も行っていいの!?」
「もちろん、軽いパーティーだから服装も気楽なものでいいし」
「やぁったー!行こうぜトランクス!」
「あー・・・」
パーティーかぁ・・・、そーゆーの苦手なんだよなぁ。
「、肩が濡れてるね。カゼひくよ」
キュールはそのままひとつ前の席のにも声をかける。
というか、本命はそっちなんだろうと思うが。
はバイクだから今日は乗ってこなかったんだろう、肩が濡れていた。
「もどう?パーティー」
「私は・・・」
声をかけられ振り向いたは一度俺を見て、だけどすぐにキュールに掌を向けて断った。
「ほんと小さなものだから、夕食がてら遊びに来てくれればいいんだよ」
「ほんとに、ごめんなさい」
「今まで散々断られたんだから、一度くらい付き合ってよ。これ渡しとくから、明日までに考えといて」
そう言っての手を取って両手で包み、その手にチケットを残してキュールは去っていった。ていうか待て、手を取る必要がどこにある。
「いーじゃん、タダでパーティー行けるんだぜ?いこーよ!」
「ん・・・」
「あのなアボ、いくら軽いパーティーって言ったって、あいつの父親のパーティーなんだから気軽なもんじゃないぞきっと」
「え?だってあいつ、夕食がてら遊びにこいって」
「自分ちでやるパーティーなら誰だってそう言うんだよ。そんなカッコで行ったら思いっきり浮くぞ」
「げ。スーツ貸してくれよトランクス」
「行くのかよ・・・」
は無理やり渡されたチケットを困った風に見つめてる。
明日も仕事なのかな。それとももパーティーは苦手なのかな。
その日は、他にも何人かキュールのパーティーに誘われたらしく、その話題で持ちきりだった。みんな楽しそうに何を着て行こうかと楽しく話し合ってる。
は休み時間の度にキュールに声をかけられている。
いつも誘いはしても断られたらスマートに引くやつなのに、今日はやけに引き下がらないようで、さすがのも困ってる様に見えた。
「大丈夫?」
「・・・ええ」
その日の放課後、疲れた様子のに思わずそう声をかけた。
同じコースでも選択する授業によってみんなそれぞれ違う時間割りで動いている。この日最後の授業にキュールはいなく、にとってはやっと訪れた休息だった。このまま会わずに帰りたいだろう。
「今日もうちで仕事なの?」
「ええ」
「もしかして明日も?」
「明日はない」
「はは・・・、どうせなら明日あれば断る理由にもなるのにな」
は最近になって研究所勤務になったから俺の家に近づいたんであって、前までは別の部署にいたから俺の家からはもうひとつ遠かったのだ。研究所に来なければ俺は今も気づかないままだっただろう。それでもそんなに毎日働いてるなら、いつも同じほうに向かってたのだから、気づいても良かったか・・・。
「トランクスくん、君はキュールのパーティー行かないのかい?」
雨の中帰っていく生徒で溢れる玄関口で、まだ楽しそうにパーティーの話題を繰り広げてるクラスメートたちが声をかけてきた。
「どうかな、まだ決めてないけど」
「行かないの?は?」
「私は断ったわ」
「どうして?行ったらいいのに」
「そうよ行きましょうよ、はどんなドレス持ってるの?」
誰に誘われても同じ。は明日は無理なのと答える。
「パーティーより勉強か。トップは毎日たいへんだな」
ロッカーの前で話す俺たちの横を、通りがかったやつらが口を挟んだ。
「バーナードが誇る天才だもの、パーティーより帰って勉強よ」
「だからいつも誘われても断るのよね。ナンバーワンは外せないもの」
クスクス笑いながらチラリチラリとこっちを見やって。
だけどは気に留めずに傘を取り、出口へ歩いていく。
「必死よねぇ、とても私には真似できないわぁー」
「マネしたい?そんな生活」
「ふふ、いやよそんなの」
「やめろよ」
しつこく浴びせられる声に、反応してしまったのは俺のほうだった。
「なんだよ、べつに君に言ったわけじゃ・・・」
「はなにも勉強のために忙しいわけじゃないよ。は・・」
だけど、そんな俺の腕をぐいと引っ張った、。
「え?あ・・・」
ついむきになって勝手に反論してしまったけど、そうだった・・・。
はまっすぐ突き刺さるほど俺を見て俺を黙らせ、そのまま俺の腕を掴んで廊下の奥へと引っ張っていった。
多くの生徒が集まる玄関口のロビーで、みんなが振り返る。
そのまま引きずられるように人気のないところまで連れ去られ、やっとは俺を離した。
「や・・・ごめん、つい・・・」
「・・・」
「言っちゃ駄目なんだよな、うん、分かってる、もう絶対言いません」
「・・・」
腕を組んで黙ったままじっと見てくるに思わず敬語になる。
なんだろう、この、父さん並みの貫録・・・。
もういいわ、とはやっと俺を許してホールのほうへ戻っていった。
「あ、」
離れていくを呼び止めると、は振り返り俺を見る。
「えーと・・・、今そっちに行くとまた、キュールがいるけど・・・」
「・・・?」
が俺を見つめて少し不思議そうな顔をする。
ちょっと変な言い回しだったかな・・・。
けどホールのほうから女の子たちがキュールを呼ぶ声が聞こえてきたから、は俺の言うことを信じて行くのをやめた。
「あの、今からうち行くんだよね」
「・・・」
「雨降ってるし、たいへんだろ?うちまで乗ってく?」
外は、いまだ降りやまぬ雨模様。
ぽとぽと窓を叩く雫の音ほどに小さいの声が「うん」と模った。