05. Disposition
広いコートの中で交わるシューズの音、人の掛け声。
弾むボールの音が足元からの振動を伝え、ホイッスルが天井まで響き渡る。
「よし、交代だ。次、CチームDチーム入って」
15分間のゲームを終えて、荒れた息遣いでコートから出る生徒がコートの外に流れ込むように寝そべって呼吸を繰り返す。体育の授業とはいえ、みんなの汗の量がこの球技のハードさを物語っていた。
「っあー疲れたー!今日は一段とハードな気がする・・・」
「みんな張り切ってるからな」
「だーから嫌な予感したんだよ・・・」
「嫌な予感?」
つい今ゲームを終えて俺の横へなだれ込んできたアボが、手渡したタオルを受け取りながらゼェゼェと嘆いた。その時、アボと交代でコートに入ったチームがゲームを開始し、キュールがんばってー!とフロアを囲んでる2階部分から見物してる女の子たちの甲高い声援が飛んだ。
「ほらな、今日はお前もキュールもいるから絶対ギャラリー増えると思ったんだ・・・」
「ああ、そういうこと」
俺たちは体育の授業中だけど、その時間に授業のない生徒がスポーツ観戦感覚でゲームを見ていることはよくあること。だけど今日のギャラリーの数はいつもの倍以上いそうで、ほぼ女の子で囲まれていたからみんなのヤル気も自然と上がっていたのだ。
体育の授業は他のコースの生徒と時間がかち合うことも多く、学年関係なく生徒数がとても多くなる。その生徒たちがその日のメニュー(野球・テニス・レスリング・陸上競技など)から好きなものを選択してそれぞれにゲームをするのだ。
「めずらしーよな、キュールがバスケに来るの」
「あいつは一人天下が好きだからなー」
俺はいつもだいたいアボと野球やバスケットやサッカーを選んでる。だから今ここにいることはいつものこと。だけどキュールはテニスや陸上などの個人種目にいることが多かったと思う。だからまた今日はギャラリーの数が半端ないのだ。
普段バスケを選択しないわりに、うまいキュールに相変わらず声援が飛ぶ。
まぁ、大体どのスポーツも基礎能力がモノを言うし、去年まではスポーツコースだったキュールは全般苦手なものなんてないんだろう。
「そうだ、トランクスー。お前きのう、と一緒に帰ったらしいな」
「・・・えっ?なんで知ってんのっ?」
雑談しながらゲームを見ていた俺の意識を、アボは一気にかっさらった。
やっと息が落ち着いたアボは起き上がって、俺に向かってにんまり笑ってる。
「知らねーの?すげー噂になってるぜ」
「し、知らない・・・」
「まぁ噂なんて本人の耳にはまず入らないからな。で?どーなったんだよ、それからどこ行ったの?」
「どこって・・・、雨降ってたから・・・家まで送っただけだよ」
「家までっ?で、そのままんちでお茶でもしたのか?」
「するか!」
「なんだよ、まさかほんとに送ってっただけ?信じらんね、もうそんな機会二度とないかもしれないのにバッカだなー」
まさか、そんなことが噂になっていたとは・・・。
きのう、確かには俺の飛行機に乗ったけど、向かったのはの家ではなく俺の家・・・、それも隣の研究所だ。アボがニヤニヤ想像してるような甘さのカケラもない。
・・・けど、助手席に座るをあんなに近くに、長いこと感じたのも初めてのこと。会話はさほど盛り上がったとは言えなかったが、は口数少なくも質問にはきちんと答えてくれるし、普通に話せていたと思う。
きのう分かったことは、とにかくはキュールが苦手だということだ。あの否応なしに注目され、本人もそれを自覚し派手好きなところに巻き込まれるのがすごく嫌なんだそうだ。誘われたパーティーをどう断ろうかとばかり悩んでいた。
「そこまで!次EチームとAチーム、コートに入って」
短いゲームの時間が終わり、ようやく俺も出番が回ってきて立ち上がりコートに入る。2階から降り注ぐ歓声はいまだ止まず、キュールもそれに手を上げ応えている。
「がんばれトランクスー、が見てるぞー」
「!!」
うしろからひゃひゃと笑うアボが余計な声をかける。
も今体育の授業中で、フロアの遠くのほうでアーチェリーをしている。間違ってもこっちを見ていることなんてなく、俺はアボに振り向きやめろと怒鳴った。たく・・・、と前を向くと、正面からキュールが近づいてきていて、まっすぐこっちを見ながら俺の前で足を止めた。俺も同じように足を止める。
「がんばって」
「え?あ、ああ・・・」
少し俺を見続けた後で、キュールはそれだけ言ってコートを出ていく。
俺はひとつ首をかしげて、もう始まろうとしているコートのまん中へ急いだ。
俺は野球やバスケなどのチーム競技が好きだった。もちろん絶対に全力でやることはなく、力をセーブしながら周りに合わせてゲームを楽しむことはもう慣れていた。子供のころから、都会で暮らすためには力は出しちゃいけないんだと母さんに言われてきた。昔はそれがもどかしくもあったけど、今はそんなこともなく十分に学校もスポーツも楽しめている。成長したな、俺も。
その後15分間のゲームを終えて、俺と入れ替わりにアボがまたコートに入った。そのまた15分後、再び俺の番が回ってきて、その時キャアと一際大きな歓声が飛んだのだ。
「今日一番の見どころだな」
ギャラリーを見上げてコートを出るアボがすれ違いざまに言う。
サークルの中に立つ俺の前に、キュールが立った。
授業終了の時間も迫っていて、これが今日最後のゲームだろう。
片付けをし始めた他の生徒たちまでがバスケットコートを囲んでいた。
「きのう、と一緒に帰ったんだって?」
「え?」
ボールが高く上げられ飛ぼうとした瞬間、目の前でキュールが呟いた。
それに思わず目を取られると、キュールは飛び上がってボールにタッチし仲間にボールを渡した。そのままボールは自陣を突き抜けてゴールをくぐり、あっさり点を入れられてしまった。
「おーさすが、トランクスのチームから先取点取ったぜ」
「キャー!キュールー!」
ただの体育のバスケのゲームに多くのギャラリーが集まってくる。
ざわめきと歓声をものにしたキュールはボールを拾って、俺に投げた。
すると、キュールはコートの外に目線を移して笑って手を振った。
その先には授業を終えたが歩いてきていて、も俺たちに気づいた。
「さぁ、ゲーム再開しようか」
歓声止まぬ中キュールが声を張り上げた。
「・・・のやろう」
挑発してくるキュールに笑い返し、ボールを弾ませた。
そのまま試合は進み、点を取っては取られの接戦が続いた。
完璧にゲームのムードとギャラリーの歓声を掴んでいるキュールの勢いに押され、キュールはひとりでどんどんと点を量産していく。どこのリーグの試合かと思うほどの熱気がコートを包み込んでいた。
「パスくれ!」
回すボールがコート中を交差して、俺に戻ってくるとそのままゴールをくぐらせた。
パスを回してうまくつないでいく俺たちのチームで、俺がボールを持ってる時間は少ないが、その分みんなが同じだけ動きゴールを決めるから体力にバラつきがない。
「正反対だな、あいつらのバスケは」
ゲーム終了の時間が迫り、点差の開きもさほどない瀬戸際。
ボールを弾ませるキュールは額に汗を滲ませながら、いつもの余裕な笑みを浮かべてた。
「楽しいよ、トランクスくん。君もスポーツを専修すればよかったのに、もったいないよ」
「専門にやる気はないからな」
「それは家庭の事情かい?」
「え?」
「カプセルコーポレーションは君が継ぐんだろう?」
一度ドンとボールを弾ませたキュールが俺の右を抜けようとスピードを上げてくる。その軌道を塞ぐとすぐに体を翻したキュールは今度は逆側から俺の抜こうとした。その瞬間に手を伸ばすと俺の指先がボールに触れて、キュールの手から毀れたボールをキュールはすぐに取り直し、また落ち着いてボールを弾ませる。
「人には生まれ持ったサガというものがある。君にも、ボクにもね。だからボクたちはこんなにも人の注目を受けるんだ」
「サガ、ね。確かに」
おそらくキュールが言いたいそれとは違うが、俺にも生まれ持ったどうしようもないものがある。
「ボクたちは人と同じじゃダメなんだよ。人よりいくつも飛びぬけていないといけない。自分自身も、身につける物も、付き合う人もね」
「よくしゃべるやつだな」
「ぼくたちが同じものに惹かれるのも、あながち偶然じゃないのかもね」
「・・・?」
口の止まらないキュールは、ボールをうまく操り何度も抜こうと隙を狙ってくる。個人技が好きなやつだから1対1にこだわるんだろう。・・・けど、周りを見てみろよ。
また俺の右を抜いてこようとしたキュールの前を塞ぐと、俺の仲間がその隙をついてキュールのボールを弾いた。意表を突かれたキュールは体勢を崩し、転がるボールを拾う俺はゴールに向かっていく。
「止めろ!」
仲間にパスしてボールはゴールに飛んでいくけど、うまく入らずにボールが跳ね返る。すぐにゴール前を固めてくる相手チームを前に、一度ボールを下げて態勢を整えると俺の前にキュールが戻ってきた。
「君はいいライバルだよ」
「勘違いだよ」
俺はキュールを抜こうとして、動いたキュールの隙をついて頭の上からパスを通した。ボールがゴール前に通りそのままシュートする、けどゴールからはまた外れ、けどその間にゴール前に走った俺は毀れたボールをそのままゴールに押し入れた。
「うおお!どんだけ飛ぶんだよトランクスー!」
「キャアアアーッ!トランクスー!」
押し込まれたボールはゴールをくぐって転々と転がり、俺はぶら下がってたゴールから手を離して着地して仲間とハイタッチした。その後ゲーム終了のホイッスルが鳴り響き同時に体育の授業が終わるけど、ギャラリーが騒ぐからいつまでも熱気は冷めなかった。
「トランクスくん」
少しずつ生徒たちがフロアから出ていき、周りが片付けと清掃に動く中でキュールがまた寄ってきて手を差し出してくる。何の握手か分からないけど、一応交わしておいた。
「あんなにマンツーマンをけしかけたのに、君は乗ってこないな」
「バスケは個人競技じゃない」
「じゃあ1対1でも君はボクに勝てたかい?」
「さぁ、やってみないことには」
やらないけど。
「掴めないな君は。今日はボクの負けということにしておくよ」
負けず嫌いなキュールはそんなことを言いながら、俺のうしろを見やって手を挙げた。何かと思って振り返ってみると、フロアの奥から歩いてくるがいて、手を上げるキュールに気づいたは俺の後ろで足を止めた。
「最後のゲーム見てた?」
「終わりのほうだけ」
「そ。そんなわけで、今日は諦めることにするよ。しつこく誘って悪かったね」
「え?」
と同じように俺も聞き返した。
そのままキュールはいつもの余裕な笑みで、次はがんばるよと去っていった。
「どういうこと?」
「さぁ・・・」
諦めるとはおそらくパーティーのことだろうけど、いったいいつからそんな話になっていたのか。俺もも分からず首を傾げた。やっぱりどこかあいつの思考にはついていけない。
「・・・あ、そうだ。きのう母さんが言ってたんだけど、一度夕食に来いって」
「私が?どうして?」
「また話がしたいからって・・・。やっぱり、嫌?」
「断り辛いという点においては社長もキュールも同じね」
「はは・・・。じゃあー、それとなく断っとこうか?」
「そうしておいて」
「また仕事中に乗り込んでくかもしれないけど」
「・・・」
「や、そういう人だから、うちの母さんって・・・」
母さんの強引さをナメちゃあいけない。
仕事中に連れ去ってくる可能性も、家まで押し掛ける可能性も多分にある。母さんに比べればまだスマートなキュールの誘い方なんてかわいいものだし、の頑なさも母さんの手にかかれば赤子の手をひねるようなものだろう。
一応俺はそれとなく「は忙しいらしい」とやんわり断りを入れておいたのだけど、数日後の我が家の食卓に、研究所から拉致られてきたの姿があったことは、言うまでもない。