07. Develop
その日、は目を覚まさないまま陽は落ちて、様子を見にきた母さんに夕食だと言われ部屋を出た。母さんはの実家に連絡したらしいけど、の実家は結構遠いところらしく、来るのに2時間かかるんだそうだ。だったらと母さんは、今晩はうちで預かりますと言ったらしい。
が一人暮らしだったことさえ知らなかったんだから、もちろんの親のこともまったく知らない。俺たち本当にほんの少し前までまともに話したこともなかったから。
(や、それは今でも同じか・・・。)
夕食を食べて、またすぐにの寝てる部屋に戻った。一応自分の部屋から明日のテストのテキストを持ってきたんだけど、ぜんぜん頭に入らないから無駄だとやめた。
「・・・」
その時、気のせいかもしれないけど、が瞼を開ける音が聞こえた気がした。
暗がりの部屋で立ち上がりベッドを見ると、が目を開けているのが分かって駆け寄った。
「、起きた?」
「・・・」
はまだはっきり開けられない目で天井を見つめて、俺の声を聞きつけ目をこっちへ流した。そうして俺を認識したはガバっと体を起こした。
「おいっ・・・」
今の状況を理解しようとしただけど、すぐにぐらりと頭を揺らし、額を押さえるはそのまままたベッドに頭を倒した。
「急に起き上がるなよ、大丈夫か・・・?」
「・・・」
は気持ち悪さを耐えながら、しばらく動かなかった。
そのまま落ち着くのを待って、次第に頭を抱える手の力を緩めるがひとつ深く息を吐き、そのままゆっくりと呼吸を繰り返した。
「・・・どこ?ここ」
「ここ?俺んち・・・、仕事中に倒れたんだって。それで医者に診てもらって、点滴の注射だけ打って、大したことないって言うからうちまで運んできたんだ」
「・・・あなたが?」
「え?あ、うん・・・」
「・・・」
まだずっと額を押さえたままベッドに伏せていたは、ゆっくり顔から手を離して起き上がり、一度だけ俺に目を合わせ、ありがとうと呟いた。
「いま、何時?」
「いまは・・・11時、夜の」
「私、どのくらい寝てた?」
「えーと・・・、5時間くらいかな」
「・・・、社長は?」
「え?」
はふとんをめくり、ベッドの下へ足を下ろす。
「まだ動かないほうがいいって、このままここで寝てていいから」
「もう平気、どうもありがとう。ラボに戻るわ」
「はぁ!?何言ってんだよ、しばらく安静って医者も言ってたんだよ」
ついさっき倒れたヤツがどうしてもう仕事に戻ろうと言うのか。
こいつのこの頑なな頭の中を一度見てみたい!
「いいから今日は寝てろって」
「どいて」
立ちあがり俺をどかして歩いてくの腕を掴んで引きとめる。
「元気じゃない時くらい人頼れよ!」
静かな部屋に耳鳴りのように響く俺の声。
はようやく俺の言うことを聞き入れたのか、足を止めた。
つい声を荒げてしまって、ゴメンと謝った。
「母さんが、の実家に連絡したから」
「え・・・?」
「結構遠くに住んでんだろ?だから今日はうちで預かって、また明日連絡するって言ったんだって。だから今日はうちにいないとさ・・・」
「・・・」
そのまま口を閉ざしてしまった。
この顔は・・・、やっぱり知られたくなかったのかな・・・。
「電話、させてくれない?」
「あ、うん、それ使っていいよ」
ふと顔を上げたに、ドア口についた電話を指した。
はゆっくり電話まで歩いていって、俺はその間部屋を出ていった。
「母さん、目覚ましたよ」
「あそう?良かったわね、どんな感じ?」
「仕事行こうとしてた」
「あはは、根性あるわね~」
母さんはの食事も用意していて、食べるかなと温め直した。
「あした、元気になったらちゃん家まで送っていくから、アンタ学校に言っておいてよ」
「いいけど・・・、たぶん、学校行くって言うんじゃないかな」
「えー?だって今はテストだけなんでしょ?」
「だからだよ。は特待だから俺の倍はテストあるし、取らなきゃいけない点数もすげー高いんだよ」
「あーそっか。勉強して仕事して、だから倒れちゃったのねー」
「それがさ、は授業以外で勉強なんてしないんだって。テストなんて授業で聞いたことしか出ないんだから必要ないでしょだって。バケモンだよな」
「アンタもそのくらい言って欲しいモンよね」
「・・・」
まぁ、母さんの一言は置いておいて、が目を覚ましたらなんだか俺までお腹が空いてきて、母さんに俺にもスープを入れてと頼んでテーブルの上のパンをくわえた。さっきぜんぜん食べなかったからな、もっかいごはんでもいいくらいだ。
「アンタばっかり食べてないでちゃんに持ってってあげてよ」
「いま電話してるから」
「電話?どこに?」
「実家じゃないの?母さんが実家に電話したって言ったから」
俺の前にスープの皿を置く母さんは、なぜだかそのままジッと見上げてきた。
「なに?」
「アンタってさ、ちゃんのこと好きなの?」
は!?と口を開けると、くわえてたパンが口から毀れて慌てて受け止めた。
ちょっと、面と向かってこの人は、何を聞いてくるんだ。(しかも人が思い切り自覚した直後に・・・!)
「な、なに、なんで・・」
「見てりゃ分かるわよ。で、ちゃんのことどう思ってんの?」
「どうって・・・」
いつも、凛とまっすぐな姿勢で、行く先だけを見つめている。
ちっとも甘くない、ツンとした香りは、脳を小さく刺激するような。
靄がかかって、視界は冴えず、本当のことが何も見えない。
「あいつって、強いじゃん」
「強い?」
「倒れるくらい弱ってても大丈夫とか言うし、頭いいし、何でも出来るからぜんぜん人のこと頼らないし、言うことキツイし、冷たいし・・・」
「うん?」
「ちゃんとしてて、一人で立派に生きてけるんだろーなって感じ。むしろ誰にも自分のことに踏み込んできて欲しくないっていうか、誰のことも信用してないみたいな・・・」
「・・・フーン。アンタって、私に似たのかしらね」
「え?」
ふふと笑って、母さんはコーヒーの入ったカップと一緒にソファに座った。
「さっき電話したちゃんの実家ね、教会なんだって。ちゃん、小さいころにご両親亡くして、まだ赤ちゃんだった時からそこで育ったらしいわ」
「え・・・?」
ふーと母さんは、熱いコーヒーの湯気を煽る。
「バーナード受けて特待生で入学して、そこを出て自分のお金は自分で稼いで、その上教会にもお金送ってるらしいわよ」
「うそ・・・、ほんとに・・・?」
「ほんと、若いうちから苦労しすぎね。で、そんな事情だからちゃん、うちに住ませそうと思うんだけどいーわよね?」
「うん・・・、って、ええっ!?」
「言っとくけど、だからって手ェ出すんじゃないわよ。アンタたちが気まずくなっても出てくのはアンタのほうだからね」
「はあっ!?いや、そんなことないし!」
「じゃあいいわね。ちゃんに言ってこよーっと」
「ちょっと、かあさんっ!」
そう言って母さんは本当に部屋を出ていってしまった。
なんか今日は、いろんな事に驚きどおしだ。
いや、ていうか、そんなのん気なこと言ってる場合じゃなくて!
が、うちに・・・?
「・・・うわ・・・」
一緒に暮らす・・・