08. Emotion
いつもより多くの生徒たちが集まる中で、それぞれの研究結果が発表されていく。テストの最終日は、チームごとに今まで研究してきた結果を発表する場となっていて、そのレポートを他の生徒が意見し合い、それを踏まえ教授が総合的な評価を出すのだ。
「のチームはいいよな、がいりゃ評価A確実だもんなぁ」
「俺らのチームにもいるじゃん、学年2位が」
「2位がいたって評価がAとBほどの差がついちゃあなぁ」
「まーな」
俺とアボのチームは朝一で発表を終えていてすでにBの判定がついていた。今まで発表されたレポートの中では一番だけど、きっとこのチームの発表が終わればすぐにトップはひっくり返るだろう。内容を聞いているだけで俺たちとの違いがよくわかる。俺たちのチームが完璧な研究の結果を出しまとめたものより、このチームのレポートのほうが的確でいて小難しくなくとても分かりやすいのだ。これはもう、研究結果をまとめる人間の腕の差だと思う。
「でもいないな」
「うん」
発表が終わり、質疑応答に入って教室内は騒がしくなっていく。
だけど、前の教卓にいるチームの中にの姿はなかった。
午前の発表が終わりランチの時間で食堂がにぎわう中、2階のカフェにやっとあの姿を見つけた。生徒たちが食堂に集まってくるとはテキストを片づけて階段を下りてくる。
「、発表どうしたんだよ」
歩いてくると入口ですれ違い、アボが声をかけた。
「ほかのレポートの提出が近いから、発表はお願いしたのよ」
「余裕だなー。ま、あれなら評価Aは堅いよぜったい」
そう。
それだけ質素に答えては食堂を出て行った。
各生徒によって受けるテストの数が違うこの学校では、成績は点数ではなく受けるすべてのテストのアベレージで評価される。そんな中でもはやっぱり学年首位を独走していた。その上グループ研究でも最高の評価、そのほかに個人での論文をふたつも抱えているそうだ。
「アボ、先に食べてろよ」
「おー。いってらっしゃい」
テスト前であっても特にテスト用の勉強はしないというでも時間に追われるこの時期、なのには変わらず仕事にも入ってるようだと母さんに聞いた。そりゃあ倒れもするだろう。
「、ごはん食べたのか?」
「ええ」
「ほんとに?ちゃんと食えよ、また倒れるぞ」
食堂を出て行ったに追いつくと、は一度俺に振り返っただけでそのまま歩き続けた。は会社で倒れたあの日は何とかそのままうちに泊まっていったけど、その翌日はもう学校でテストを受けていたのだ。休めているようにも思えないけど、相変わらず頑なな態度は崩れない。この頑固さはほんと、父さんといい勝負だ。
「今日も仕事?」
「今日は休み」
「やっと休みか。ほんと無茶するなよな、ちゃんと寝てんの?」
「あなた、うるさい」
「・・・」
最近じゃの一撃必殺にも慣れてきた。
は、うちに住まないかという母さんの申し出をやっぱり断った。仕事場も近くなるし、家賃が浮く分今までよりお金が自由になると母さんは説得したんだけど、の返事は変わらなかったのだ。
「今日休みなら夕メシ食べに来いよ」
「けっこうよ、まだレポート残ってるの」
「うちでやればいいじゃん。ブラも遊びたいって言ってるし」
「私にレポートしろって言ってるの?ブラちゃんと遊べって言ってるの?」
「あそっか。まぁうちに来ればどっちもできるってことで」
「労力が増えるだけね」
「たしかに・・・。レポート、どのくらい残ってるの?」
「もう終わってるんだけど、あと見直して直すくらい」
「じゃあ俺にも見せてよ。母さんにも見てもらえばいーじゃん」
は少し考えた。
にはやはり母さんが効く。(俺の誘いには一切乗らないが・・・。)
でも本当に、母さんと一緒にいるは、普段とは少し違う気がするんだ。
「って、母さんとはけっこう仲良くやってるよな。母さんに誘われればメシだって食いにくるし」
「社長はあなたの10倍は強引なんだけど」
「そーだけど・・・」
だけどそんな母さんの提案であっても、うちに住む話だけは呑まなかった。
私は自分の力量でできる限りのことができればいい。
それ以上は望まない。
それが、が返した理由だった。
と母さんがその話をした後で、俺は母さんに言われたんだ。
から見れば、俺は苦労とは無縁のいいとこのおぼっちゃま。
俺が分かろうとするのは、分かり合うのは、難しいだろうって。
俺はそんなことはないと思った。家がどうでも、甘やかされて育ったわけではないし、抱えてるものだってある。内容が違うだけで俺ももそう変わらないはずだと。
だけどこう、いつまでも近くならない距離を感じると、痛感する。
「あなたのお母さんは、いい方よね」
「え?」
「聡明で立派で、明るくてあたたかい」
「そうかな・・・、自分じゃよくわからないけど。若作りしてるだけだよ、老けたとか言うとすっげー怒るんだ」
少し前を歩き続けるが少しだけ笑う。
「そういうところがきっとすごく素敵なのよ。あなたがあの家で、そうやって育ってきたのがよく分かる」
「俺・・・?」
「だからあなたはそんなにもきれいでまっすぐなのよ」
「・・・」
それから、は俺にランチまだなんじゃないのと言ったから、俺たちは分かれ、そのまま歩いて行くを見送った。
俺には生まれた時からあった、当たり前のもの。
家もその環境も、父さんと母さんも。
いろんな意味で人とは違うところがあって、でも俺にはそれが当たり前で。
でも、当り前は人によって違う。
にとっての当り前は、今ある自分ただひとつだけ。
「・・・」
だからあなたはそんなにもきれいでまっすぐなのよ―
なんだか、ツンと感情がのぼりつめて、苦しくなった。
深く息を吸い込んで、いっぱい吐き出した。
そんなにも、と言われたところが、ちゃんと俺を見てくれてるようで。
なんだか、世界がまばゆく見えた。