09. Little visitor

学校から家に帰ってくると、エアカーの中から家の前に人が立っているのが見えた。それが普通の人なら気にも留めないんだけど、家の裏に着陸して表に行ってみるとやっぱりそれは小さな男の子だった。俺の家を見上げながら口を開けてキョロキョロしてる。社員の誰かの子供だろうか。

「なにしてるの?」

そばまで行って声をかけると、男の子は振り向き俺を見上げた。
そわそわしてる小さな手をぎゅっと握って、俺に向かって口を開ける。

ッ・・・」
「え?」
に、会いにきた・・・」

・・・?いま、って言った?

「えーっと、はここにはいないんだけど・・・?」
「ここ、カプセルコーポレーションでしょ?」
「ああ、うん、そうなんだけど、は今日は休みだから来てないよ」
「やすみ・・・?」
「うん」

こんな小さい子がとどんな関係が?
そうは聞けず、目線を合わせて話をしようとするけど、その子は困ってしまったのかうつむいて黙ってしまった。

「えーと・・・、じゃあに連絡してみようか」
「え?」
「家は知らないからな・・・。とりあえずうちおいでよ、ここだから」
「・・・」

そう言って、ポカンと見上げてる男の子と一緒に家の中に入っていった。
家に入るとちょうど母さんに会って、当たり前に男の子に目を留めた。

「なぁにその子」
「家の前に立ってたんだ。に会いに来たみたいなんだけど」
ちゃんに?」
「あ、あの時の電話の声だ」
「え?」
「この前おばさんうちに電話してきたでしょ」
「あたしが?アナタのうちに?」
「セントアリアス教会」
「教会?ああ、ちゃんのね」
「えっ?」

じゃあこの子も、が育ったという教会の・・・?


その子はピスタといって、前にがうちで倒れ母さんが教会に連絡したときに初めに電話に出たのがこの子だったそうだ。その時母さんがカプセルコーポレーションと名乗ったから、この子はそれだけを頼りに一人でここまで来たらしい。

に連絡をとりピスタがうちに来てることを言うと、はすぐに行くと電話を切った。らしくなくすごく驚いていて、やっぱり大変なことだったんだと思った。

「えっ、朝の9時に家出たの!?それは、たいへんだったね・・・」
「お金あんまりないから途中までしかバスに乗れなかったんだ」
「じゃあここまでどうやってきたの?」
「歩いてきた。あ、途中でいっかいトラックに乗せてもらった」
「すごいな・・・」

ピスタはまだ8歳なんだそうだ。そんな子がひとりでこんな街中を・・・。
大人でも教会からうちに来るまで2時間はかかると言っていたのに。

「でもなんで一人で来たの?誰かと一緒に来ればよかったのに」
「これないよ。院から出れることなんてたまにだし、シスターは・・」

ミルクを飲みながら話すピスタは、それだけ言って突然ピタリと口を閉じる。
正面に座ってる俺をチラリ一目見て、またごくごくとミルクを飲む。

「ちょっと待て・・・、もしかして、黙って出てきたのっ?」
「・・・」
「えええっ!ちょっと、いま5時!8時間もいなかったら心配されるだろ!?」
「俺がいなくなってることなんてお昼の時間にもうバレてるよ」
「だったら余計にダメだろ!電話・・、いますぐ電話!」
「いーよ、きっとがしてるから」

ピスタは落ち着き払ってテーブルのお菓子に手を伸ばす。
といい、教会で育つとみんなこんなふてぶてしくなるのか・・・?
焦って電話を握りしめた俺のほうが恥ずかしくなり、静かに座りなおした。

「はぁ・・・、なんでそんなことしてまで・・・。そんなにに会いたかったの?」
「べつに・・・」
「でもに会いに来たんだろ?」
「うち出てってからぜんぜん帰ってこないから、どうしてんのかなって思っただけだよ」
「出てってからってことは、1年以上か。そーなんだ・・・」

じゃあ家にいる間はずっと一人なんだなぁ・・・。
そんなことをぼんやり思ってると、口の周りにお菓子をつけてるピスタがジーッと俺を見上げていた。

「なに?」
「アンタ、のなに?」
「はっ・・・?いや、なにって・・・」
「なんでそんなにくわしいの?のなんなんだよ!」
「や、なにってことは・・・」

急に目を吊り上げ押し迫ってくるピスタから後ずさっていると、ピンポーンと家の中にインターホンの音が鳴り響いた。よかったな、が来たぞ!とピスタの頭をポンポン撫ぜて、急いで玄関へと逃げていった。


「ごめんなさい、すぐつれて帰るから」
「でも朝からずっと歩き回って、やっとここ見つけたらしいよ。少し休んでからのほうがいいんじゃない?」
「すぐに帰さないといけないの」
「ああ、そう・・・」

玄関の前にいたを家に招き入れ、ピスタがいる部屋に向かった。
けど、中を見渡すとピスタがどこにもいない。

「あれ・・・?母さん、ピスタどこ行った?」
「え?あら、さっきまでそこにいたのに」

部屋の奥に続くキッチンの母さんに聞くけど、やっぱりどこにもいない。
すると俺のうしろにいたが窓辺のソファのほうへと歩いて行って、そのソファのうしろへ手を伸ばし、そこからピスタを引っ張り出した。

「わぁ!なんだよ、はなせよ!」
「はなせよじゃない。何してるのよアンタ」
「はーなーせー!」

にうしろ襟を掴まれて手足をジタバタさせるピスタは、さっきまでちゃんと座っていた姿も跡形なく暴れ、の手を振り払って逃げ回った。に会いたくてここまで来たはずなのに、ピスタはこっちに逃げてくると俺のうしろ隠れる。

「帰るわよ、お礼言いなさい」
「い、いやだ・・・」

子供相手でも甘い顔など一切ないに、俺の脚にしがみつくピスタはビクビクと怯えていた。はいつになく不機嫌だし、ヘビに睨まれるガマカエル状態の二人の間で、俺だってこわい・・・。

「あのさ、・・・、もうちょっとくらいゆっくりしてっても・・・。ほら、おなかだって空いてるだろうし・・・」
「教会は8時で閉まるの、すぐ出ないと間に合わないわ」
「あ・・・そうなんですか・・・」

ごめん、ピスタ・・・(力およばず・・・)。

「帰るのよピスタ、マザーも心配してる」
「ヤダよ!もうあそこには帰らないんだ!」
「帰りなさい。アンタにはあそこしかないの」
「いやだ!だって出てったじゃないか、俺だって・・」
「だったら人に頼ってないで自分で生きていきなさいよ」

少し声を荒げたにピスタはビクリと体を揺らし、溢れてくる涙を耐えた。
一瞬むきになってしまったもほんのわずかだけ表情を変えたけど、言葉を撤回することはなかった。

強張った雰囲気の中で、小さな口を食いしばって堪えるピスタの泣き声が部屋を包む。その空気をかき消すように、パンパンと手をたたく音が俺たちの外れから飛んできた。

「ハイハイそこまで。腹が減ってはなんとやら、ごはんにしましょ」
「ですけど・・・」
「乗り物乗り継いで2時間でしょ?エアカーで行けば1時間ちょっとで着くわよ。送ってってあげるからちゃんも食べてきなさい」
「・・・」
ちゃん、運ぶの手伝ってくれる?」
「はい」

母さんに言われやっと納得したらしいは、母さんと奥のキッチンへ入っていった。一瞬張りつめた緊張は母さんのおかげで元に戻り、俺はまだうしろで小さな拳を握りしめてるピスタに振り返った。

でも俺は母さんと違ってピスタに何と声をかければいいのか分からない。こんな小さな体で、きっと抱えきれないくらいの大きな何かを背負ってなお、涙がにじむたびに袖で拭い唇をかみしめるピスタの事情も気持ちも、俺には分からない。

「あ、ピスタ!・・・」

目線を合わせてピスタの前にしゃがみ、声をかけようとしたところでピスタは突然走りだし部屋を出ていった。すぐに追いかけるけどピスタは廊下をどこまでもかけていって、つきあたりまで行くとそこにあったドアを開け、中に入りバタンとドアを閉めてしまった。

「あ・・・」

あそこは・・・。

俺の声を聞きつけてか、部屋からが出てきていたけど、心配ないよと元の部屋に一緒に戻った。中のテーブルにはできたての料理が並んでいて、母さんもキッチンから出てくる。

「あの子どこ行っちゃったの?」
「あ、うん・・・。父さんの部屋に入っちゃった・・・」
「ええ?」

一度ノックしたけどドアにはカギがかかってるみたいで開かなかった。

「ま、大丈夫でしょ。さぁ食べましょ!トランクス、ブラ呼んできて」
「うん」

ほんとに大丈夫かな・・・。
余計に泣いて出てこなきゃいいけど・・・。