14. Reasons

頭の中でいろんなことを整理しながら、の両親の写真を見ていた。
もうずいぶんと昔のものな上、破られたせいでしわくちゃのつぎはぎ。
一片ずつ丁寧に張り付けて直された写真の中、家族は幸せそうに微笑んでいた。
母は生まれて間もない娘を抱いて、父は厳格そうな制服を着込んで。
ありふれた、だけど満たされた、家族の写真・・・。

にすべてを話すとしたらどこから話せば分かってくれるか、どこまで時代をさかのぼって話すべきかと考えて、でも俺が一番気にかかってることは、申し訳ないけど、の両親の真相ではなく・・・俺自身のこと。

俺の、本当のことを話して、分かってくれるのか。
そう思うとなんだか怖くて・・・、言い出せそうになかった。
言わなければ、今まで通り普通の友人として過ごしていける。
俺のことは伏せてもの両親の話はできる。

「・・・」

だけど俺は、言いたい。分かってほしい。受け止めてほしい。
この先もずっと、今よりもっとそばで、いろんなことを分かち合いたい。
だから、話そうと決めた。




周囲のざわめきよりも騒がしい胸の内を押さえながら、教室のドアの前に立った。集まってくるクラスメートたちがおはよーと声をかけながら中に入っていく。きっともこの中にいる。焦りや不安をぎゅと押しつけて、一歩を踏み出した。

中に入って教室中を見渡すけど、どこにもが見当たらなかった。
まだ来ていないのか。代わりに窓際にアボがいて、そっちに寄っていった。

「おっすトランクス!2日も何してたんだよ?」
「ちょっと、出かけてた」
「フーン、と?」
「え?」

カバンを下ろしてアボの隣に座ると、横からニシシと笑ってアボが体を寄せてきた。

「ふたりでガッコ休んでおでかけなんてずいぶん進展してんじゃんかよー。もしかして、泊まりで旅行とかしちゃったのっ?」
「そんなんじゃねーよっ」
「あれれぇー?なんかテレてるー?」

からかってべったりくっついてくるアボの頭を押し離した。
そりゃうちに泊まったり・・・(思わず抱きしめてしまったり・・・)はあったけど、それはアボが想像してるような甘いものではないし・・・。

「でもこないじゃん、は今日も休みなの?」
「え?きのうも来てなかった?」
「うん。なんだよ、一緒だったんじゃねーの?」
「・・・」

とはおとつい、教会からの帰りに別れたきりだ。
それから来てないなんて。あのが?
なんかあったのかな、体悪くしながらテストや論文やった後だし・・・。

「・・・」

心配になってきて、その日の学校が終わると俺はの家に行ってみることにした。母さんに電話しての家を調べてもらって、書き留めた住所に向かった。

学校からほど近いの家は、何百件もの家が積み上げられたキューブみたいに固まったアパルトメントだった。狭いエレベーターで12階まで上がり、たくさんある部屋の中からの家を探す。表札も何もなくちょっと不安だったけど、玄関横に立てかけられた青いカサには見覚えがあった。

呼び鈴を押すと、部屋の中にビーッと音が響いた。
きっとは驚くだろう、まずなんて言おう。
そう考えていたんだけどいつまで待ってもドアは開かず、中に何の気配も感じないから留守のようだった。

「どこ行ったんだろ・・・」

のアパルトメントを後にしながら途方に暮れてしまった。
さっき母さんに電話したんだから仕事してるってことはないだろうし。
一度の気を思いながら探ってみたけど、の気はとても小さいし、この街には人がいすぎてなかなかうまくつかめなかった。ダメだ、やっぱ修行不足だ・・・。

「・・・あ、教会かな」

ふと思い立って、他にがいそうなところも思いつかないし、行ってみることにした。エアカーに乗って教会のほうに飛んで、でも時間かかるから途中でエアカーをカプセルに戻して自分で飛んでいった。


飛んでいけばほんの数分で街から外れ、野原が目立つ地面の中に教会が見えてきて、人に見られないように教会の裏に降り立った。ぐるりと教会を回って、相変わらず子どもたちの騒がしい声が響いている家のほうへ向かっていく。門の前には車が停まっていて、門は開いていた。

「やめろ!おまえらみんなかえれっ!」

門から中を見ると、庭の奥の玄関口に3人のスーツ姿の男が見え、その向こうから小さな怒鳴り声が聞こえてきて足を止めた。あの声は、ピスタだ。男たちの姿の向こうにも、玄関先で棒を手に握り構えてるピスタとシスターたちが見えた。

「ピスタやめなさいっ」
「かえれ!ぶっとばすぞっ!」
「ピスタ!」
「ヤレヤレ、子どものしつけがなってないねぇ」

何か、異様な雰囲気だった。スーツを着た男は怒鳴り散らすピスタを見下ろしてサングラスを外し、奥の冷たい目を見せた。

「ボウヤ、大人の話に子どもが首をつっこむものじゃないよ」
「うるさいっ、おまえたちなんかオレがやっつけてやる!」

握った棒の切っ先を前の男たちに向けるピスタは、その棒を振り回しながら男たちに突進していく。だけどそれは簡単によけられて、足をかけられたピスタは地面に転がり倒れたものだから、俺は急いでその人だかりに走っていった。

「やめろ!」

スーツの男たちを押しのけて、他のシスターたちと同じように倒れるピスタに手を伸ばす。

「ピスタ、大丈夫か?」
「うっぅ・・・」
「もうやめて!子どもに手を出さないで!」
「それはこのボウヤに言ってくださいよ」

シスターが男たちと俺たちの間に立ちはだかる。土にまみれ、それでも棒を握って立ち上がるピスタはシスターたちの前に出て棒の切っ先をまた男に向けた。

「トランクスさん、どうしてここに・・・?」
「え?ああ、がいなくなったからここかと思って・・」
「シッ・・・。じゃあは一緒じゃないんですね、よかった・・・」

こっそりと俺に話しかけてきたひとりのシスターがそんなことを言った。
が、どうしたんだ・・・?

悔しく顔を歪めるピスタが棒を握ってまた男たちに向かっていく。
粗野に降りかかってくる棒を軽くよける男がその足を振り上げたから、俺はシスターたちの間のすり抜けピスタを抱き上げそのままその男を蹴り倒した。とっさで力の調整がつかず、男は庭の地面の上を吹っ飛んで行ってしまった。

「このガキ・・・!」

飛ばされた仲間を見てもう一人が、ピスタを下ろす俺に殴りかかってくる。
今度はちゃんと力を抜いて、パンチを避けながら軽く腹に返した。
それでも強すぎたか、男は激しく胃液を吐きながら地面に伏せてもがく。
ヤバい、力の抜き方が分からない。普通の人を殴ったことなんてない。

「ははは、強いねキミ」

仲間がやられたのに笑い声を上げる男はリーダーっぽい。
いま倒したやつらよりずっと落ち着いてる。

「アンタたちが何者か知らないけど、ここの人たちに手を出すな」
「私もキミのことは知らないな。誰だいキミは」
「必要ないだろ」
「ふむ・・・。見たところ、17・8といったところかな」
「・・・?」

俺をジロジロと見るそいつは、なぜか俺の年を言い当てる。

「もうおやめください」

そこに、家の中からマザーが出てきた。
シスターたちはマザーに駆け寄り、マザーは心配ないと手を外させる。

「これはマザー、体を悪くされたと聞きましたがお元気そうで何より」
「その方はこことは何の関係もございません。アナタがたの要望も今日は叶わないでしょう。どうぞお引き取りくださいませ」
「そうかな?私はこれでもけっこう鼻が効くんですよ。我々ももう限界でしてね、そちらの都合に合わせていられない」
「その方に手を出すことは私が許しません」
「・・・」

マザーのよどみないまっすぐな目に一笑して、男は分かりましたよと折れた。
そして男は俺に目線を変え、俺の服を少し見つめる。

「ではまた、近いうちに必ず」

だけど男はそうマザーに言い置いて体をひるがえし、まだ腹を抱え苦しんでる男に命令し、遠くで倒れてる男を連れてこさせて出ていった。いったいあいつらは何だったのか、シスターたちはそろって安堵のため息を吐いた。

「トランクス・・・、おまえ、強いんだな・・・」
「え?ああ、たまに父さんに鍛えてもらってるから・・・」
「父さんって、あの父ちゃん?」

ピスタはとても意外そうな顔でポカンと俺を見上げていた。
すると周りのシスターたちも俺を囲んでありがとうと声をかけてきた。

家の奥からいくつもの子どもたちの泣き声が聞こえ、シスターたちは急いで家の中へ駆け込んでいく。マザーが促すから俺も中へ入り、ピスタは転んだケガの手当てに連れて行かれた。

もう日が暮れかけて、家の中にはほのかな明かりがつけられる。
わんわんと響いていた子どもたちの泣き声は、ごはんの時間になってやっと落ち着きはじめ、ひざにばんそうこうを貼るピスタが悔しそうな顔でいつまでもぎゅっと小さなこぶしを握りしめていた。


子どもたちが元気を取り戻し食事の準備をしだすころ、俺は奥の部屋で、マザーにが見当たらないことを話していた。もしかしたらマザーに心配かけてしまうかと思ったけど、マザーは思ったよりもずっと落ち着いて俺の話を聞いていた。

「もうここしか思いつかなくて来てみたんですけど・・・」
「・・・。はもう、ここには来ないでしょう」
「えっ、どうしてですか?」

俺は驚いて思わず立ち上がり、マザーのそばに寄り理由を聞いた。

「このあたりの土地ではいま都市開発が進んでいまして、周囲の家々や野原は次々と買い占められて住民たちも皆べつの土地へ移されているのです。この家も教会も数年前から立ち退きを申請されています」
「それがさっきの・・・?」
「あの方たちは土地買収を任されているスターカンパニーという会社の人間です。私どもがなかなか承諾しないので、ここ数年は少々手荒になってきましてね」
「・・・それはもちろん、も知っているんですよね?」
「私どもには自分たちの身を守る力もなければ知恵もありません。ここを守っているのは、あの子なんです」
「どういうことですか・・・?」
「権利者本人の承諾がなければ文化的建造物である教会を無断で売買することはできないそうです。それでは1年ほど前にこの土地と教会の権利を自分に移し、権利書を持ってここを出ていきました」
「・・・」
「あの時は15でした。人の生活を背負うには早すぎる年です・・・」

が今まで、ひとりであることにこだわったこと・・・。
人との関わりを持たず、自分の話は伏せ、だれにも頼らず生きていく。
それらすべての理由は、そこに通じていた・・・。

「・・・は、今どこにいるんでしょう?他に行くあてなんてあるんですか?」
「分かりません。無責任な話ですが、私は今まであの子がどこに住んでいるのか、何をしているのかも知りませんでした。たまに名前もない手紙が届きお金が送られてくる、それがからだということくらいしか分かりませんでした・・・」
「・・・」
「だから、アナタ様のおうちから連絡をいただいたときは、本当にうれしかったのです。内容はとても飲み込めるものではありませんでしたが・・・」

そりゃそうだ・・・
1年以上連絡も取れなかった状況で、いきなり倒れたとか言われちゃ・・・。

「あの、俺、あれからの両親のことを、少し調べたんです・・・」
「調べた・・・?」
「はい、それで・・・、は本当に両親の話なんて、聞きたくないでしょうか?俺もきのうからずっと考えてるんですけど、が知りたくないなら無理に知る必要ないのかなとか、おせっかいかなとか考えちゃって・・・」
「・・・」
は人に・・・、ていうか、俺に、そこまで踏み込んできてほしくないんじゃないかなって・・・」

俺がを分かろうとするのは、分かり合おうとするのは、エゴなんだろうか。
にとって俺のすることは全部、オゴリなのかな・・・

「おとつい、アナタがとここに来た日の夜、から電話がかかってきました。アナタにお渡しした写真のことで」
「写真・・・?」
「なぜいま渡すのかと言われました。自分に処分の判断を任せるというのなら、ここを出ていくときに渡せばよかっただろうと。は、私が今になってあれを渡したことを、じきにここがなくなるせいだと思ったようです」
「あ・・・」

はそれが気になって、帰りの飛行機の中でどこか不機嫌だったんだ。
学校にも行かずに飛行機を降りたのは、そのせいだったんだ。

「でもそれは誤解です。私がいまにあの写真を渡したのは、ここがなくなるからではありません」
「じゃあどうして・・・?」
「あの子がここを出ていくときに渡しても、あの子は本当に捨ててしまっていたでしょう。あの子はここでも一度も神に祈りを捧げたことはありませんでした。祈ることも頼ることも、すべて甘えだと捉えてしまう子です。何物にもすがりたがらないでしょう」
「・・・らしいや・・・」
「ええ、本当に。私はあの子にまたあの写真を亡くさせたくなかった。私がいまになってあの写真を渡したのは、理由はどうあれあの子が、誰かと一緒に、ここに来たからです」
「・・・」

俺がマザーに目を向けると、マザーはゆっくりと立ち上がり、テーブルを回って俺のそばまで歩み寄った。

「私は、あの子が笑っていたことを神に感謝したい。あの子のことを思い、共に考えてくれる人がいることを深く感謝したい」
「そんな・・・」
「ありがとう」

マザーは白くしわくちゃな手で俺の手を取ると、俺の手を握りこんで祈るように目を閉じた。
俺はこみ上げるものを、それでも喉の奥にしまいこんで、ぐと引き締めた。

を探します」
「お願いします」
「はい!」

マザーに一度深く頭を下げ、急ぎ出ていった。
もう外は陽が落ち暗くなっていて、家の向こうに見えた大きな教会が静かに闇に溶けていた。

が守ろうとしているもの。
が背負っているもの。

目に焼き付けて、暗い夜空へ飛び立った。