16. Party night
家のガーデンテラスで肉や野菜の焼ける音が広がって、テーブルいっぱいに並べられた料理を囲んで、久しぶりに集まるみんなの楽しそうな声がにぎわっていた。
「ブラー、座って食べなさいよー」
「はぁーい」
「パン、気をつけて運ぶだぞ」
「はぁーい」
陽はもう落ちて、暗い空には飛行機のライトがチカチカと行き交っている。
窓から漏れる家の明かりと庭に点在する照明でテラスは光度を保っていた。
「へぇー、悟天が高校生とはなー。早いねぇ」
「クリリンさん白髪が目立ってきましたね。昔みたいに丸めちゃったらどーですか?それでヒゲ伸ばして第二の武天老子様に・・・」
「そーだなぁー。ってするか!」
「ワシと一緒はいやかクリリン」
「ええっ!?いやそーいうわけではなく!」
「私はいやだね」
「じゅ、18号・・・!」
年に何度かうちでみんなを招待しての夕食会がおこなわれる。
久々に顔を合わせる面々は、それでも空いていた長い時間をちっとも感じさせずにすぐに打ち解け盛り上がる。長年共にしてきた空気は何年たっても変わらないんだろう。
「クリリンさん焼けましたよ、どうぞ」
「サンキュー悟飯。お前とうとう学者になったってなぁ。ところで学者ってなにしてるんだ?」
「おもに生物についていろいろ調査したり研究したりです。いろんなとこ飛び回ってますよ」
「へぇー。まぁ普通なら何千年もかかる遠い宇宙にまで行ったことのある学者は世界中探したってお前しかいないだろーな」
「はは、そーですね」
悟天も悟飯さんもいるのに、今日もやっぱり悟空さんはいないみたいだ。
こうしてたまに集まる機会を設けても、なかなか来ないのはいつものこと。
前にみんなと会ったのはパンちゃんが生まれた時、悟空さんちにみんなでお祝いに集まった時だったか。
「ベジータ、お前も相変わらず毎日修行してんのか?」
「当然だ」
「父さんがベジータさんと試合したがってましたよ」
「望むところだ、返り討ちにしてやる」
「ったく、お前らはそれしかないんだからなー」
めずらしく父さんもそこにいるようだ。でもきっと食べるだけ食べたら家の中に戻るんだろう。
「もうそのくらいでいいわよビーデルさん、食べましょ」
「はい」
「ほらヤムチャ、運ぶの手伝ってよ!」
「ハイハイ」
山盛りに焼いたバーベキューがみんなのテーブルに運ばれてくると、パンちゃんとブラも背の高いイスに座りみんなでテーブルを囲んだ。
「あれ?ブルマさん、トランクスはどうしただか?」
「あーあの子?いるにはいるんだけどねぇ」
「そういえばきのう、トランクス超サイヤ人になってませんでした?」
「あ、あれやっぱトランクスだよな?俺も感じたよ、一瞬だったけど」
みんながふと思いだしたように俺の話題を出し始める。悟飯さんのうちもクリリンさんのうちもヤムチャさんも、みんながぞくぞく集まってくるのに、そこに俺の姿がなかったから。
「トランクスくんどうかしたんですか?」
「ふふー、失恋よ、シ・ツ・レ・ン」
「えええーッ!?」
「失恋って、マジ失恋!?」
「おかげできのうからずーっと部屋にこもりっぱなし。わっかりやすい子よねぇ」
「ちょっとちょっとー、くわしく聞かせてくださいよ!」
「クリリンさん・・」
・・・母さんの話にクリリンさんや悟天は食いついて、料理を囲んだテーブルは一気に盛り上がった。俺を気遣ってか悟飯さんは止めてくれてるようだったけど、肝心の母さんがおもしろがってるから収集つくはずもない。
「・・・ヒデぇ」
テラスでわいわい盛り上がる声たちは夜の風に乗って広く響き、明かりもつけずにベッドに伏せている俺の部屋まで筒抜けだった。べつに・・・落ち込んでずっと部屋に閉じこもってるわけじゃない。ただ、まだみんなと楽しくしゃべって食事をするだけの気力がないだけだ。
・・・あれからぜんぜん力がでない。何をする気も起こらない。
学校になんて、とても行けない。行けば絶対に顔を合わせるし・・・。
もう、にどう顔を合わせたらいいのかわからない。
あんなこと言ったから、いきなりあんなもの見せたから、もう俺に会いたくないかも・・・
「・・・」
なんで俺、普通の家に生まれなかったんだろ・・・
なんで俺、普通の人間じゃないんだろ・・・
「トーランクスくーん」
部屋のドアが開いて、その向こうから悟天の声がした。
起き上がりもせずに顔だけドアのほうに向けると、廊下からの明かりがもれてるだけの暗い部屋の中に悟天が入ってきて、奥の部屋のベッドにいる俺を見つけた。
「うわー、ほんとにチョーダークだなぁー」
「・・・なんだよ」
「いひひ、トランクスくんフラれたんだってー?」
「・・・。殴るぞ」
それから悟天は俺のそばまできて床に座り、どんな子?かわいい?と無思慮に質問を投げかけてくる。もちろん何も答える気にならずに背を向けた。
「ねーもしかして、それできのう超サイヤ人になったの?見せたの?」
「・・・」
「それでなんて言われたの?」
「なんでそんなこと言わなきゃなんないんだよ」
「参考までにさ。ボクだっていつかそーゆーときが来るかもしんないし」
「自分でためせよ」
「ムリムリ、そんな勇気ないよー」
閉じていた目をふと開けた。
悟天なんて、俺よりもっと簡単にぶっちゃけたりしそうなのに。
「ボクも家があんなだからさ、都会の子は嫌がるんだよね、あんな山の中の家なんてさ。女の子連れてくるとお母さんぜったいケンカしちゃうし」
「・・・おまえ、彼女なんていたの」
「いないけど、お母さんが女の子と付き合うならぜったいうちに連れて来いって言うんだよ」
「それでちゃんと連れてってんのかよ」
「今はあんまり連れてかない。家に連れてくとぜったいダメになっちゃうもん」
「・・・おまえも苦労してんだ」
いつもガキみたいにヘラっと笑ってる悟天だったのに。
俺んちも悟天ちも、それぞれ家庭の事情は厄介だ。
「自分のことなんて特に隠してるよ。超サイヤ人なんてぜったいムリ。けど、誰かとずっと一緒にいるならぜったい言わなきゃいけないときがくるんだよね。にーちゃんはラッキーだったんだよ」
「ラッキー?」
「だって普通の子でボクたちみたいなの受け入れられるなんて、普通ないじゃん。ビーデルさんみたいな人と出会ったのってすっごくラッキーだと思わない?」
「・・・おまえも、サイヤ人じゃなかったらよかったとか思ったことある?」
「あるよー。もっとふつーの家に生まれてりゃなって思ったこともある」
「・・・」
「けど、うちのこと知ってとか、母さんと会って離れてく子見ると、そのあとボクもけっこう簡単に冷めちゃうんだよね。やっぱなんだかんだ言ってもさ、あの家を受け入れられない子とは合わないんだよ。学校にいる間一緒にいて楽しくてもさ」
2世はツライよねー、なんて言いながら悟天はベッドに頭を倒した。
ほんとそうだ。社会の中で生きてくなら自分の力は隠していなきゃいけないし、かといって父さんたちみたいに一生修行しながら生きてけるわけがない。地球人としても、サイヤ人としても、どっちつかず。
「そう思うとさ、父さんたちなんてキセキだよね」
「なんで?」
「だって宇宙人だよ?うちの父さんはともかく、トランクスくんのお父さんなんて宇宙人として地球攻めてきたんだよ?普通そんな人と結婚しよーって思う?」
「・・・ほんとに、まったく」
「それでも父さんには母さんがいてさ、クリリンさんなんて人造人間の18号さんと結婚しちゃうし。そうやってみんなさ、よく出会えるよなって思う。父さんと母さんなんて子どものころに会って、大人になるまでほとんど会わずに18で結婚しちゃったんだよ。父さんはそのとき結婚がなんなのかよく知らずにしたらしいけど、それでも今までずっと一緒にいるわけだしさ」
「うん」
「ボクずっと、最初に出会った子とそうなるんだろーなって思ってたんだよね。じっさいそんなことなかったんだけど。だからボクはまだ、自分のことぜんぶ話したいって思う子には会ってないなぁ」
「・・・」
俺はあの時、全部話そうって、分かってもらいたいって思った。
受け入れられなかったらどうしようなんてちっとも考えなかった。
悟天が言うように、種族だとか境遇だとかいろいろ合わないことがあったって、父さんと母さんみたいに、うまくいくものだと信じてた。そう思い込んでた。
「あーあ・・・、現実はどうしてこうも俺たちに高く阻むかな」
「いっそまたすっごい強敵とか現れないかな。それでボクたちがドカーンとやっつけてさ、女の子みんなキャー!なんつって」
「バァーカ、そんなの出たって俺たちより先に父さんたちがノリノリで倒しに行っちゃうよ」
「まぁそっか」
ベッドにあご乗せてる悟天と笑い声が重なると、俺はベッドから立ち上がって窓のほうへ歩いて行った。開けた窓から風が曇った部屋の中に吹き込んで、空気を浄化していくようだった。
「あー、ハラへった」
「ボクも。まだまだぜんぜん足りない」
これもいやな習性。ぐぅとハラの音も重なる。
下のテラスからみんなの笑い声と肉の匂いが届いて、俺たちは窓から庭に降りたって、明かりが灯ってるテラスに歩いていった。
「お、トランクス!ハラへったか?」
「うん」
「ボクもー」
「いま焼いてやっからふたりともそこ座るだよ」
みんなが座るテーブルにはちゃんと俺と悟天のイスも用意してあり、俺たちはそこに座ってテーブルの上の料理に手を伸ばした。
「で?なんでフラれたんだよトランクス!」
「フラれてないの!まだ終わってないの!」
「あら、さっすが私の息子だわ。このまま腐ってるようなら叩きだしてたとこよ」
「さっすがブルマさん、こわい!」
ゲラゲラ笑い声が上がる中、チチさんとビーデルさんが俺たちに肉を持ってきてくれる。俺はずっとみんなにからかわれ続けたけど、笑っていた。
まだ終わってない。フラれたわけじゃない。
思わず出た言葉だったけど、それが俺の気持ちだと分かった。
「へー、超サイヤ人になってみせるなんて、よっぽど本気だったんだなー」
「バッカねー、いきなりなっちゃダメって言ったのに。ほんとベジータに似て力まかせなんだから」
「アレ?それブルマさんが言うんスか?」
「どーゆー意味よ!」
「いいかトランクス、男ならな、言うこと聞かない女は力ずくで押し倒せ!」
「ヒュー、ヤムチャさんさっすがー」
「ちょっとヤムチャ、トランクスにおかしなこと吹き込まないでよ」
あした、に会いに行こう。
もう一度、話をしてみよう。
それでもダメなら・・・力づくで押し倒してみようか。