19. Red eyes

が少し落ち着いて、下にごはんを取りに行くともうみんなが帰っていくところだった。せっかく久々に集まった夕食会だったのにバタバタしてしまって悪かったなと思う。

寝てしまったパンちゃんを抱いて玄関を出ていく悟飯さんに、俺は追いかけて、小さく謝った。悟飯さんは変わらずやさしい顔で気にするなって答えて、またなと帰っていった。

食事を運んできた母さんが、事情を聞きながらカップにお茶を注ぎの前に置く。の食事はあまり進まなかったけど、母さんに事情を話すようになっただけ、ずいぶん楽になったんじゃないかと思う。

「大丈夫よ、私も力になるわ。そんなの簡単に片づけられるわよ」
「そうだよね、あいつらぜったい悪徳だし、ぶっつぶしてやってよ」
「その会社のことはともかく、ちゃんの問題は任しておいて」
「ほらな、母さんに相談してよかっただろ」

な、との顔を覗きこむと、は母さんにすいませんとつぶやいた。
まったく、この口からは謝罪しか出てこない。

「問題はアンタよねぇ」
「え、俺?」
「だってアンタその会社壊しちゃったんでしょ?大問題よねぇー」
「あ・・・」
ちゃんは守れてもアンタは守れないわね」
「そんな、どうしよう母さん!」
「だから自分の力くらいちゃんと自分でセーブしろってことよ、いい教訓になったでしょ!」
「そんなぁ!」

そうだった・・・。俺は俺で大問題をしでかしてしまったんだった。
会社いっこ潰してしまったんだから、訴えられかねない・・・!
うおお、と頭を抱える俺をよそに、母さんはまったくほったらかしてと話してる。母さんはどうも俺にはやさしくない!ブラにはベッタベタなくせに!

「しばらくうちに住んで、事が収まるまで学校も休んだほうがいいわね。連絡しておいてあげる」
「・・・いえ、それは大丈夫です」
「えっ、まさか学校行く気!?」
「やめたの、学校は」
「ええ!?いつ!」
「おとつい、あなたに会う前に・・・」

おとつい・・・、がいなくて探し回ったとき。
あの時からはもうこの街を出ていく気だったんだ。
うちの仕事もやめると上司に言ってあるらしい。
社長である母さんに報告するのはしばらく経ってからにしてくれとまで頼んで。
本当に、静かにいなくなる気だったんだ・・・。

「!」

その時、不穏な気配を感じて立ち上がり窓に駆け寄った。
俺の突然の行動に母さんがうしろからどうしたのよと声をかけてくる。

「母さん、をお願い」
「え?」

俺は窓を開け庭に飛び降りる。
そろそろ街も寝静まろうかとする深夜に似つかわしくない、大勢の人の気配、家を囲む車の音。集まってくるスーツの男たちがそれぞれに銃器を持ってぞろぞろと敷地内に入ってきた。

「それ以上入るな」

その男たちの前に立ちはだかり、足を止めさせた。

「お前か、うちの会社潰してくれたのは」
「俺らにケンカ売ってどうなるか分かってんだろうなあ!」
「会社ごとぶっつぶすぞこの野郎ぁ!」

ぶしつけに叫びながら銃を空へ乱射して騒ぎ立てる連中はやはりあの会社の人間だった。たしかビーデルさんがいろんなところに勢力伸ばしてるって言ってたっけ、潰したあの本社以外にもまだまだいるようだった。

さぁ、どうしようか。相手をするのは簡単だけど、あんまり大げさに動くと家や研究所にも被害が及んでしまいそうだ。研究所にはまだ社員も多くいるだろうし、こいつらに好き勝手暴れられたくない。

「またいっぱい来たわねー。こんな夜中にぞろぞろと、迷惑な連中だわ」
「あんなに・・」
「大丈夫よ、何人来ようと敵じゃないから。問題はまたやりすぎちゃわないかってことよねぇ。ベジータ呼んでこようかしら、あいつじゃいても一緒か」

とにかく家にも研究所にも手を出してほしくないから、こいつらはここから一歩も中に入れないことが先決だ。静かに一人ずつ、気絶する程度にやるのがベターかな。そう決めて、力を押さえながら拳をぐっと握った。

「あの教会の娘もここにいるんだろう、どこにいる?」

動き出そうとした手前に、連中の奥から黒い毛皮のコートを肩にかけた男が前に出て、他の連中も銃を撃ち放つのを止めた。その男は静かに俺の前まで歩みよって高くから俺を見下ろす。

「答える気はない」
「こんな大企業の後継ぎともあろう人間が、あんな小娘ひとりのために会社ごと潰れていいのかね」
「関係ない、もうには関わるな」
「我々が欲しいのは権利書だ、それさえ手に入ればあんな娘、なんの価値もない」
「言っただろ、何も答える気はない。全員ブッ潰されたくなかったらとっとと帰れ」

俺の言葉が気に障ったか、目の前の男は脇に差していた拳銃を取り出すと有無言わさず俺に向かって撃った。澄んだ空気の中を切り裂く銃声があたりに響く。

「!?」

だけど俺に変化はなくやつらは驚く。
俺は胸元で掴み止めた弾を指でピンとはねて目の前の男に返した。

「なるほどな、普通じゃないってのはこのことか」
「お前たちに勝機はない、もう帰れ」
「そのようだ。だけどおぼっちゃん、これはガキのケンカじゃないんだ。この世には力が強いだけじゃ守れないものがたくさんあるんだよ」
「・・・?」

そう言うと男は片手を上げ、周りの連中が銃を俺や家に向けてきて俺は身構えた。

「お前のおかげでやっと決着がついた、我々はあの娘から手を引こう」
「どういうことだ」
「お前はここで存分にあの娘を守っていればいい。そうしてる間にあの娘が守ろうとしたものは崩れさる。権利書も権利者も手に入らないとなれば、あの教会ごと消してしまえばいいんだよ」
「!?何したんだお前!」
「なに、少し火遊びをしただけだよ」
「・・・!」

俺は家に振り返り、俺の部屋の、を見上げた。

「さぁ、娘か、教会か、自分の家か?好きなものを守れ」
「お前・・・!」

ざわりと身の毛が逆立った。
すると俺の横を気功波が飛んでいって、家を囲んでいた車に当たって爆破し炎上して周りの連中も爆風で吹き飛んだ。振り返ると家の前に父さんが立っていて、こっちに向けていた腕を静かに下ろした。

「父さん!」
「さっさと行け」
「・・・、うん!」

父さんに言われ、俺は自分の部屋のバルコニーに飛びあがった。

、掴まれ!」

見上げるを抱き、そのまま思い切り飛ばして教会までを急いだ。
向かい風に煽られないようの頭と体をぎゅっと寄せて、さらに気を最大まで上げて夜空の中を突き抜けた。


すぐに街明かりは消え去って真っ暗になった地面に今度はぼんやりと赤い光を見つけ急停止した。何も見えない暗闇の中にごおごおと炎を立ち昇らせてるのは間違いなく教会と家で、消防車が発する水音と人の叫び声が夜を切り裂いていた。

「くそ!」
「そんな、どうして・・・!?」

地面に降りて教会近くまで駆け寄っていくと、炎から離れたところに泣き叫ぶ子どもとシスターたちが見え急いで駆け寄った。

「みんな!」
、どうして・・・!?」
「みんな無事!?マザーは!?」
「マザーは先に病院へ、それよりピスタがまだ中に・・・!」
「!?」

消防隊や近所の人たちの手が火を消し止めようと放水を続けている。
だけど火の勢いは強く、教会の周りをごおごおと囲んでいる。
異変に気付いたみんなは急いで家から避難したけど、そんな中でピスタがひとりで火を消そうと教会の中に入っていってしまったらしい。火は夜の風に煽られ燃え上がりすぐに出入り口をふさいでしまい、ガラスを突き破って燃え続けている。

それを聞いてはすぐに走りだした。教会の入口ではなく裏手のほうに。
俺もすぐにを追いかけていく。は炎に包まれる教会に苦しそうに顔をゆがめながら走っていって、教会の裏にポツンと立っているマリア像に駆け寄った。

そのまま像の背に周り、地面に膝をついて草や土を払いのける。手探りで取っ手のようなものを見つけ、それを掴み上げると四角いふたのような鉄板が砂埃を巻き上げて開き、地下に続く穴を覗かせた。

「これ・・・、あ、!」

その中には飛び降り、俺も続いた。細い石畳の真っ暗な通路をは手探りで足早に進んでいく。冷え切っていた通路もだんだん奥から熱気がにじんできて、が最奥まで行きつくとハシゴを上り天井を押し開けようとした。

だけどそれは熱が染みて、鉄の取っ手は触れることもできないくらい熱い。俺はハシゴを上りのうしろから天井を押し開けた。地上へ上るとあたりは熱気と炎に囲まれていて、外同様に中もかなり火の手が回っていた。

「ピスタ!ピスタッ!」
、危ない!」

内壁の柱が崩れて、前を走るの腕をつかみ止めた。天井の照明はすでに落ちて入口からの通路をふさいで、天井のステンドグラスが次々と炎で割れ落ち降りかかってくる。煙が充満して、熱で息もしづらい。早くピスタを見つけて出ないとヤバい・・・!

熱に煽られながら礼拝堂の奥へ走り、は突き当たりの扉を開けた。その中にはまたいくつもの扉があり、扉の中は人ひとりがやっと入るくらいの狭い木造の小部屋。はその扉をひとつずつ開けていき、一番奥の扉まで行きつき開けようとすると、カギがかかっていて開かなかった。

「ピスタ、いるの?ピスタ!」
「どいて、

奥に向かって叫ぶをどかし、扉を壊し開けた。パラパラと崩れる扉の奥には、せまい中でぐったりと目を閉じてるピスタがいた。

「ピスタ・・・!」

駆け寄るがピスタを抱き上げ呼び起こす。
ピスタは気を失ってるけど何とか呼吸をしていた。
俺はピスタを抱きを連れて急いでそこから出た。だけど炎はもうすぐそこまで迫っていて、さっきの地下通路にも戻れなかった。巻き上げる炎を衝撃波で遠ざけるけど、ガラガラと崩れてくる柱や像がもうこの建物自体の限界を知らせていた。

どうする、もう壁を壊して外に出るか・・・?
けど、この教会を傷つけるなんて・・・

「ごほごほっ・・・」
・・・」

うしろでが煙にむせて足を止める。
ずっと叫んでたはもう煙を吸いすぎている。

「・・・、ごめん」
「・・・」

熱気で揺らぐの瞳が俺を映し出す。
俺は掌を奥の壁に向かって突き出し気を放った。
爆風からを守って、大きく空いたそこからを連れ出ていった。

「ピスタ、!・・・」

外に出ると夜の冷たい風が、俺たちに浴びせられていた熱を吹き流す。
遠くからシスターたちが、肌や服や髪までを煤まみれにした俺たちに駆けよって、意識のないピスタを急いで救急車に乗せる。俺たちも一緒に病院へと言われたけどはそれを断り、救急車はみんなを乗せて遠ざかっていった。

教会はまだ燃えている。真っ黒な空と真っ赤な炎。
混ざり合わないふたつを瞳に映して、はそこに立っていたかった。

傷ついた体で、焦がした髪で、ぼんやりと赤に照らされて、がどんな思いで目の前を見つめてるかは分からない。必死に守ろうとしたものが燃えて、崩れて、焼け落ちていく様。

壁が崩れ、教会が大きな音とともに崩れていく。
空にあった十字と鐘が落ちていく。
小さなの、あらゆる時間を連れたまま。

だけどに涙はなかった。
ただまっすぐに立っていた。

美しいまでの、真っ赤な瞳。